2022年11月22日にブラックライン株式会社主催、SAPジャパン株式会社協力にて開催致しました「Modern Accounting Night ! エグゼクティブ ラウンドテーブル」についてご報告致します。早稲田大学大学院 会計研究科 客員教授 / アビームコンサルティング エグゼクティブアドバイザーの 柳良平氏にご登壇頂き、SAPジャパンからはCFO大倉裕史、中野浩志が登壇しました。
柳氏の講演では、日本企業はESGなどの見えない価値(非財務価値)を定量化することで、企業価値を高めることが出来るという主張と、その背景となる“柳モデル”が語られました。続く大倉の講演では、SAPの組織変革の事例を通じて、今後のファイナンス部門の方向性を示しました。パネルディスカッションでは、サステナビリティの時代のCFOの役割と、今後求められるスキルなどについての議論が交わされました。
アジェンダ
- 柳モデルによる非財務資本とPBR価値
- SAPが実践した事業構造変革
- サステナブルな成長を支える上でCFOが身につけるべき能力
柳モデルによるESGと企業価値の関係
柳氏は長年エーザイCFOの経験を持ち、早稲田大学の客員教授、アビームコンサルティングのエグゼクティブアドバイザーを務める。エーザイのCFOは2022年の6月に退任したが、その後も同社のシニアアドバイザーとしても仕事を継続し、最近ではTV出演の機会もあるという。
こうしたマルチな活動の中で、柳氏が訴えているのは「日本企業は見えない価値(非財務の価値)を見える化すれば、企業価値を倍増でき、令和の時代に日経平均は4倍になる」というものだ。エーザイCFOとしての実践と、学者としての研究の融合によって生み出された柳氏の理論は、“柳モデル”として、今や世界的に認められている。
柳氏は、日本企業の潜在的価値にも関わらず、世界の投資家は日本企業を評価していないと述べ、日本企業の「不都合な真実」のデータを示す。PBR(株価純資産倍率)を見た場合、日本企業の平均は1倍程度、プライム市場では約半数が1倍割れで、米国の4倍、イギリスの2倍に比べ劣後している。
「SDGsバッジの保有率は世界1位で、統合報告書の発行部数も世界でトップクラスだが、ROEが8%以下、PBR1倍割れでは世界の投資家は納得しない」と警告。ESGへの取り組みを、美しい写真や文章で統合報告書に示しても、定量化データが伴わないからだ。
では、どのような開示が求められているのか。柳氏は独SAPの先行事例を示した。SAPは、従業員のエンゲージメント調査などから、人的資本と営業利益の関係を定量化し、その結果を早くから統合報告書に記載している。柳氏はSAPのこの取り組みに衝撃を受けたという。日本企業においても、曖昧で定性的なコメントに終始せず、こうした定量化によるデータ開示こそが必要だと、柳氏は言う。
柳モデルでは、柳氏のエーザイでの実務経験と、学者としての研究成果を融合したもので、概念フレームワーク、実証、開示、エンゲージメントをトータルパッケージとしている。海外ではハーバードビジネススクールでの「インパクト加重会計」の論文にも紹介された。
柳モデルによるエーザイのESGと企業価値の実証研究により、人件費投入、研究開発費、女性管理職比率、育児時短制度などと企業価値には「正の関係」があることが証明された。ただし、そこにはいくつかのポイントがあることを、柳氏は指摘する。
1つは、ESGによる非財務資本の価値と、企業のバリエーション(PBR)を、短期ではなく中長期で見ること。もう1つは、「人材や研究開発への投資が効いてくるのは、5年から10年の時間を要する」という遅延浸透効果の理解だ。またこの関連性は、「因果関係ではなく相関関係」であり、投資家や社員に対しての、企業パーパスの理解浸透といった「相関を因果につなぐ」取り組みも重要となる。
柳モデルはエーザイだけでなく数十社に採用され、近年では、KDDI、NEC、日清食品ホールディングス、JR東日本が結果を公表している。最近では、ブラックラインとアビームコンサルティングの協賛により、早稲田大学で会計ESG講座が開講した。
柳氏は「ESGが日本を救うと信じています。皆さんはその同志です。一緒に世界を変えましょう」と、財務経理の参加者にエールを送り、講演を締め括った。
SAPによる組織変革とサステナブルな事業管理の実践
続いて、SAPジャパンの代表取締役常務執行役員最高財務責任者、大倉裕史が、SAPの組織とサステナビリティに向けた事業管理の変革を紹介。
SAPは、2010年代にグローバルでの大がかりな組織変革を実施した。事業では、各国や地域の市場に合わせた個別最適化をとりつつ、ファイナンス、購買調達、人事給与、IT、ファシリティなどは標準化を進め、シェアードサービスセンター(SSC)が、国・地域を横断してサービスを提供するというハイブリッド型の事業構造への転換だった。
それは、単なるコスト削減ではなく、共通化により削減したコストを人材育成に再投資するというトランスフォーメーションプログラムでもあった。それを可能にしたのはデータに基づく管理基盤だ。「共通のダッシュボードによるデータ利活用が進み、従来の正確性の担保のためのチェックや、報告などの業務が基本的に無くなった」と大倉はいう。
ESGに関しては、SAPが重要視するCO2排出量、女性管理職比率、従業員リテンション比率などの指標をKPIとして設定し、社員向けのダッシュボードによって公開した。SAP SuccessFactorsで収集した従業員のエンゲージメントも、非財務情報として開示している。こうした「ワンファクト・ワンプレース・リアルタイム」の事業管理が、SAPのサステナビリティへの取り組みを可能にしていると大倉。
サステナビリティ経営のため今後CFOに求められるスキルとは
柳氏、大倉の講演の後は、SAPジャパン中野がモデレーターとして加わり、パネルディスカッションがおこなわれた。
中野は、今後のサステナビリティの動向と方向性について、柳氏に訊いた。柳氏は「インパクト加重会計、『Value Balancing Alliance』(VBA)、柳モデルなどで、ESGの価値の定量化の方法が確立しつつある。社会貢献の価値を数値によって公開していくことが求められる」と語る。
ついで、中野はサステナブルな成長を支える上でCFOが身に着けるべき能力について両氏に訊いた。
柳氏は、「ESGの基盤であるG(Governance)に立ち返ること。G(ガバナンス)をベースとして、E(環境)とS(社会)の価値をP企業価値につなげていく能力、経理財務部門が、企業パーパスを数値化していく能力も必要となる」という。
大倉は、「今後の経理財務の人材には、スキルセットとマインドセットの両面のシフトが求められる。財務の分析能力に加え、リーダーシップやビジネスサイクル理解、従業員マネジメントへの問題意識などが必要になる」と述べた。
最後に参加者からは、活発な質問も寄せられた。財務会計の実務者の立場からの具体的な質問に対して、両氏は丁寧に回答を加え、講演を締めくくった。