製造DX メーカー卒業生のつぶやき

 

とある製造メーカーに40年在籍し、最後は製造修理のグローバル責任者として執行役員の職を取っておりました。そんな私が、製造を中心とした「サプライチェーンにおけるDX」を推進していくまでの思いをつらつらと記述することにしました。

思いも少々長くなりそうなので、何回かに分けてお話しします。

 

つぶやき1         日本製造業と自分の会社を見つめ直す

つぶやき2         製造DXについての悩み

つぶやき3         製造DXへの取り組みの視点

つぶやき4         メーカーから離れて見えてくること

 

 

つぶやき1 日本の製造業と自分の会社を見つめ直す

日本製造の世界の立ち位置を直視していますか

一企業からの視点を一つ上げ、「日本の製造業をもう一度世界の製造業にしていく貢献をしたい」との思いからメーカー経験者の視点で、特に製造領域DXの推進を訴えていきたいのです。

“Japan as Number One“ (*1)を知る世代が多い経営者には、世界の中での日本製造のポジション(OECDデータ生産効率*2)をあらためてご認識いただき、10年先のリスクを本気に感じて欲しいのです。この今の日本のポジションに“愕然”としている時間はありません。

(*1) 社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書で当時のベストセラー

(*2) 労働生産性の国際比較2023本文

 

近い将来の三つのリスクを受け止めていますか

  1. 地方の労働人口の圧倒的な減少

業務領域のITインフラ、競争領域のOperational Technologyのデジタル化、それによるトランスフォーメーション(抜本的な業務改革)を、今から計画的に進めていかないと働く世代の人口が急速に減少している日本製造は、世界の企業との競争力が完全に手遅れとなってしまいます。

 

何が手遅れかと言いますと、まず第一は“労働力の確保ができなくなる”ということです。

一次産業の工場は、都市圏から離れた場所に多いのですが、
県によってはこれから20年で「労働者人口が40%減少する」衝撃的な事実が迫っていることを受け入れて欲しいのです。

そのリスクを頭で漠然と理解していても、ネームバリューがあり地方での採用にまだ苦労をしていない大手の製造メーカーは、その感度が鈍くなっており思い切った行動に移せていない。

 

  1. 待ったなしの生産効率の抜本的な改革

二つ目は、労働者減少へのリスク対応です。労働力が減っても同等以上の仕事量が出来るようにしなくてはなりません。

生産性を上げるための「業務プロセスの抜本的なデジタル化」と「製造現場のデジタル化(見える化、自動化、小人化)」を実現することでしょう。これらは、『言われなくても分かっている』との声が聞こえそうです。しかし、案外とその本質的な課題が見えていない経営者も少なくないのです。

 

  1. 強化が続く法規制、現場の負荷増加

三つめは、安全に関わる「法規制の強化」に伴ない、製造工程での「データ収集」や「記録」の量が益々増えてくるということです。
人手に頼ったモノづくりをしている工場は、そのために更なる工数の上乗せが必要になります。
特に使用する側の生命の安全に直結する自動車、航空業界、また医薬医療機器業界では、その法規制への対応が、そのまま製造現場への負担のしわ寄せになっています。

 

自分の会社のコアコンピタンスは何ですか

 

世界の企業(医薬医療機器企業に多い)では規模拡大、収益性をあげるための
M&Aや製造委託会社(CDMO: Contract Development and Manufacturing OrganizationやCMO)の活用による開発/設計/生産の切り離し、
また間接業務の海外へのBPO(Business Process Outosourcing)が盛んに実施されています。

 

労働人口が減少していく中、これらの業務モデルも会社の状況に応じて必要な施策に思います。

これらの施策を実行する場合においても経営者の方々によく考えてもらいたいことは、「皆さんの会社のコア技術は何なのか」です。

 

メーカーでない場合は、“コアコンピタンス”と言った方がよいのかもしれません。他社に“真似ができない自社ならではの中核となる能力”と言えばよいでしょうか。会社の“社会への存在意義”は何なのか、コア技術、コアコンピタンスがあるからこそ、今まで生き残っているのです。

 

コア技術、コアコンピタンスがなくなったら市場から退場せざるを得ないでしょう。何としてもコア技術は自分の会社に残していかなくてはなりません。存在意義を実現させる「自社のコア技術」も、市場の環境変化、技術革新、また競合他社の動向をみながら、自己評価をし優先順位付けする必要があります。その棚卸を定期的に実施しなくてはならないでしょう。

 

メーカー存続の根底にあるもの

やはり、製造現場は、特に「人づくり」が根底に必要であると信じています。

AIが進歩し、設備の多くが自動化され、ITツールが導入されても、製造現場を動かすのは“人”です。先進技術を現場で使いこなすなど、「人に要求される役割」は変わっていく必要があるでしょう。しかし、メーカーが「大切にしていくべきもの」は、今後も不変であると考えています。

  • コア技術、コアコンピタンス へのこだわり
  • 匠技能への敬意
  • 改善マインドの醸成と仕組みの継続
  • 現場力を強化する教育体制 (*3)

 

(*3)

 

つぶやき2 製造DXについての悩み

効率改善、原価低減、カイゼンの先を考えていますか

製造機能の企画部門は、経営の「中長期戦略」を見据えた将来の生産構造、すなわち生産拠点の統廃合、残す拠点、拡張する拠点、などの戦略を検討・立案すると共に、経営方針からの「原価率低減の要請」は絶えず大きなプレッシャーとなっています。

永続的な企業成長のためには、業務プロセスの効率化、また製造現場(*4広義の意味)の“カイゼンの歩み”を止めないという会社方針は当然のことと理解しつつ、製造領域の“カイゼンの先に行く手立て”を考える必要性を常に感じていました。

(*4)新製品立上げ/生産技術/生産管理/工場組立現場、等々

 

製造DXって分かっていますか

“デジタルトランスフォーメーション(DX)”という言葉が巷で頻繁に使われるようになっていた2018年当時、筆者は、生産技術部門の責任者もしていたこともあり 『設備の自動化・小人化を生技部門で粛々と進めているけど、これって直接要員の削減、人為的なミス防止にはなるが、製造全体の抜本的効率化にはならないよなあ?!?!、製造DXって何をやることなんだろう?』 っと、仲間と議論をしていました。

 

 

まだ、「製造DXの全体像」をイメージすることが出来なかったのを思い出します。その類の書籍を片っ端から読み倒し、製造DXは何をすることなのか、うちの会社では何をしていけばよいのか、どんな将来コンセプトを描けば良いのか、とメンバーと頻繁に議論をしながら、考え方を整理してきました。

 

 

電子情報の断絶が起こってませんか

メーカーの間接職場の業務プロセスは、“サプライチェーン”、“エンジニアリングチェーン” と業務範囲、プロセスが非常に広く複雑です。そのプロセスをデジタルでつなぐには、第1ステップをするだけでも、構想から5年は掛かるでしょう。これは実際にその中心人物にいた筆者が経験したことであり、比較的規模が大きく歴史が長い会社ではなおさら時間が掛かると感じています。

 

それはなぜでしょうか、もちろん会社の規模やマネジメント体制によって差異もあると思いますが、役割責任が細分化される傾向にある「組織の強固な縦割構造」も一つの要因かもしれません。

 

研究開発、設計、生産技術、販売予測、生産管理、調達、販売、それぞれの機能が、長年の歴史の中で「最大効率のための仕組み作り(ITインフラ)」に投資し、システム化してきたこともことも「情報の連携」を難しくしています。このことは“製品”に関係するあらゆる電子情報の“データの断絶”を生んできました。

 

特に、製造領域では、メインフレームを中心としたMRPに、数百-千に上るスクラッチのサブシステムが接続されているのがケースもまま見られます。この複雑に絡み合った糸をどうな解きほぐして一本のつながった糸にしていくか、この戦略的な構想に時間と人的リソースが膨大に掛かります。第1ステップ、第2,第3、と「中長期的な会社戦略」に組み込み、予算を確保し計画的に進める必要があるのです。

 

 

筆者の今回の“つぶやき”は、1,2にしました。3,4は次回以降とします。

ご興味がある方はまた立ち寄ってください。

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筆者:SAPジャパン株式会社

チーフエグゼクティブアドバイザー 江口和孝

1984年に某医療機器メーカーに入社、長年、製造・修理・調達業務に従事

2017年から執行役員(製造修理担当)としてグローバル製造機能をリードする中で製造DXの施策を推進する