SAPジャパンは2023年、中期変革プログラム「Japan2026」を始動。2026年のゴールであるNo.1クラウドカンパニーを目指す上で欠かせない3つの成功「Customer Success(顧客)」「People Success(人)」 「Society Success(社会)」と、SAPジャパンの「Growth(成長)」という計4カテゴリーを設け、カテゴリーごとのメンバーのボトムアップでの変革を推進している。
今回は「Growth」。クラウドビジネスの飛躍的な成長を目指す戦略と、その実現に向けた4つのフォーカスチームの取り組みについて話を伺った。
「Growth」では、日本企業の変革と成長のためにクラウド活用を促す4つのフォーカスチームを設定
<取材対象者>
北大路 成聡…Revenue Operations 本部長
高橋 正直…Enterprise Cloud事業統括 バイスプレジデント
織田 新一…カスタマーアドバイザリ統括本部 統括本部長 バイスプレジデント
田原 隆次…ミッドマーケット事業統括本部 統括本部長 バイスプレジデント
服部 貴志江…パートナーエコシステムサクセス統括本部長
―― Japan2026におけるGrowthカテゴリーが設定された背景と目指すビジョン、その実現に向けた戦略についてお聞かせください。
北大路: SAPジャパンではこれまでも中期戦略を策定・実行してきましたが、従来は日本の課題解決やビジョン実現に重点を置いており、SAPグローバルやアジア太平洋地域の戦略・目標との整合性が十分ではありませんでした。グローバルとしては「エンタープライズアプリケーションとビジネスAI領域でナンバーワンになる」というクラウドビジネスの成長が至上命題であり、アジア太平洋地域でも「Asia Now」という中期計画で高い成長目標を掲げています。
そこで今期の中期変革プログラムである「Japan2026」では、グローバル・リージョンの方針をしっかりと反映させながら、部門横断で活動を推進することで、ビジネスの成長を加速させる、それが結果として社員の成長やお客様・社会の成功につながっていく――。そうした考えのもと、3つの「Success」と「Growth」を両輪として進めることにしました。2026年までにクラウドの売上を2023年比で数倍に伸ばすことを掲げています。
―― 数倍という目標の実現可能性はいかがでしょうか。
北大路:クラウドビジネスは売上成長余地が大きく、堅調に拡大できています。ただし、3年で数倍という目標は間違いなく高い壁です。一般的なクラウド市場の成長率が年20%程度と言われていますが、私たちとしてその成長率を大きく上回る目標を達成したい。この実現に向け、4つの戦略の柱を設定しました。
1つ目が「Customer Transformation」。お客様のクラウド移行とビジネススイート活用の促進。
2つ目が「Industries & Innovation」で、業界トレンドやAIなどのイノベーションを活用した新市場の創造。
3つ目が「S/4 Public & Volume」で、パブリッククラウド型ERPを中心とした中堅中小市場でのボリュームビジネスの展開。
そして4つ目が「Ecosystem Growth」で、パートナーエコシステムの拡大・変革による成長加速。
これらの戦略を実行することで、日本市場の課題解決やお客様・パートナー様の変革支援にもつながると考えています。
―― では、各フォーカスチームの2024年の活動と成果について具体的にお聞かせください。まず、Customer Transformationチームからお願いします。
高橋: 私たちは、お客様の二つの重要な変革を支援しています。一つは既存のSAPユーザーのクラウド移行を促進する「Move」、もう一つは複数のクラウドサービスの活用を推進する「Cross LoB」です。
「Move」の取り組みでは、現行の私たちのシステムに満足しているお客様から、システムの継続利用に迷いを感じているお客様まで、保守サポートや導入支援の部隊も巻き込んで包括的なコミュニケーションを行っています。単純な営業活動ではなく、実際にシステムを使用しているお客様の声や、導入時の経験を踏まえた提案を心がけています。
一方の「Cross LoB」では、基幹系ERPに加えて人事領域のSAP SuccessFactors や経費管理のSAP Concurなど、より広範な私たちのクラウドサービスの活用を促しています。各事業部門の垣根を越えて連携し、製品の組み合わせがもたらす価値を検討。私たちが目指す「ビジネススイート」としての総合的な価値提案を行っています。
―― Industries & Innovationチームの活動についてお聞かせください。
織田: 私たちのチームは、SAPが提供できる価値をより広く日本で展開していくことを目指しています。具体的には、自動車業界、公共・公益業界、製造業におけるサプライチェーンの3つの領域に特化して活動しています。
これらの業界を選定した理由は、まだSAPジャパンのマーケットとして成長余地が大きい領域であること。また、業界自体が競争激化や技術トレンド、規制変更などにより変革を迫られているという点です。さらに、SAPがグローバルで強みを持つ分野でもあります。
―― S/4 Public & Volumeチームの取り組みについて教えてください。
田原: 背景には、「日本の未来を現実にする」というSAPの長期ビジョンがあります。日本企業の生産性の低さや人手不足という課題に対して、SAP S/4HANA Cloud Public Editionを活用した革新的な改善を目指しています。
特に注目しているのが中堅中小企業市場です。日本企業の99.7%、労働者の7割以上がこのセグメントに属しています(中小企業白書, 2024)。ERPの市場規模で見ても、年商500億円以下の企業向け市場は全体の55%を占めており、大きな成長機会があります。
―― 最後に、Ecosystem Growthチームの活動をお聞かせください。
服部: SAPが持続的に成長し、より多くのお客様に成功と成長を届けるためには、パートナーエコシステムの力が不可欠です。現在約500社のパートナーがおり、日本におけるSAPプロジェクトの90%以上がパートナー企業によって実施されています。
―― 各チームの2024年の具体的な実績、成果を教えてください。
高橋: Customer Transformationチームでは、クラウド移行を促進するワークショップを開催し、多くのお客様にご参加いただきました。また、SAPユーザー会であるJSUGと連携した座談会を3回実施。実際に私たちのソリューションの新機能を体験いただく機会を設け、既存のソリューションをより広く活用いただくきっかけづくりができました。特にワークショップでは、Webサイトでの商品紹介だけでは伝えきれない価値や、他のお客様との対話を通じた課題共有ができる点が、参加者から高く評価された実感があります。
織田: Industries & Innovationチームにおいての成果ですが、まず自動車業界においては、EVに関わるバリューチェーンでSAPが提供できる価値の整理を行いました。素材メーカーから最終顧客まで、幅広い業種を横断する提案の枠組みを構築しています。
また、ビジネスAI領域では日本市場向けのGo-to-Marketプランを策定。その一環として開催したハッカソンには約350名のパートナー企業の若手エンジニアが参加し、業務を本質的に変革できるような革新的なシナリオが数多く生まれました。2回目の開催時は、単なる便利機能の提案ではなく、業務を本質的に変革できるようなシナリオが多く提案されたり、より実践的で価値の高い活用方法が示されるなど、パートナー企業のAI活用力の向上を実感しています。
田原: S/4 Public & Volumeチームでは、パブリッククラウドのコンソーシアムが大きく成長し、2023年5月の立ち上げから1年余りで1,000名以上のエコシステムメンバーが参加しています。コンサルタントの技術分科会、営業向けの提案活動の分科会など、様々な取り組みを展開。通常はコンペティターとなるパートナー企業同士が、積極的にナレッジを共有し合う場となっています。さらに、認定コンサルタントの数が前年比5倍に増加したことも大きな成果です。これは、パートナー企業自身がSaaSビジネスへのシフトが着実に進んでいる表れだと感じます。
服部: Ecosystem Growthチームの2024年の活動としては、新たな取り組みとしてパートナーリクルートイベントを開催しました。既存のパートナー企業にむけては自走、もとい“自創モデル”への転換を推進し、パートナーが主導的に案件を創出する動きも活性化しています。実際、パートナー起点でクローズした案件の金額は前年比3倍に成長しました。さらに、ビジネスAIの活用促進にも注力しています。パートナー企業がAIを理解し、活用できるようにするだけでなく、AIによるプロジェクト効率化という観点からも支援を行っています。
――イニシアチブ推進の中で経験された印象的なエピソードがあればいくつかご共有をお願いします。
田原: SAP S/4HANA Cloud Public Editionを推進する中で感じたことですが、顧客・パートナー双方の考え方をどう変革していくかが最重要課題です。従来の「業務にシステムを合わせる」アプローチから、SaaSモデルの「システムに業務を合わせる」Fit to standardへの転換が求められています。これはSAPにはグローバルで実証済みのベストプラクティスが実装されており、この標準に業務を適合させる考え方への移行ですね。近年は経営者層の変革意識は高まっており、人材不足を背景に、AIを活用した経営指標の自動生成など新たな業務スタイルへの関心が拡大していますし、実際市場における変革志向の顧客・パートナーは増加していますね。
織田:自動車産業においては、EVバリューチェーン全体を網羅するSAP提案の体系化を進めています。従来のOEMメーカー中心のモデルではなく、素材メーカーから最終顧客接点まで包括する視点へと拡大し、部門横断的な戦略を構築中です。また、ビジネスAI領域では日本市場向けGo-to-Marketプランを策定し、先進企業への導入実績構築に加え、パートナー企業若手人材によるハッカソンを服部さんのチームと共催し、AI活用の業務改善モデルを創出しています。
服部:カテゴリープロジェクトは、時に業務として義務的に捉えられてしまうこともあるかもしれません。だからこそ、「楽しむ要素」を取り入れることが重要だと考えています。単なるイベントにせずにハッカソンにする、といったこともその一例で、ビジネスAIチームが主体的に参画してくれています。また、プロモーション映像を自主制作してYouTubeで配信するなど、創意工夫を凝らすなど、自分たちで主体的に工夫するような姿勢はひとつ大切なポイントのように感じますね。
―― 今後の展望をお聞かせください。
北大路: 大きく2つの課題があります。1つは、グローバルSAPの変革のスピードが速く、製品・サービス、組織体制が常に進化している点です。我々も最新の情報を取り入れ、戦略や活動を柔軟に更新していく必要があります。
もう1つは、現在の体制をより幅広い層に発展させることです。現業に近い社員がリードすることで実務との連動は強くなりますが、一方で他の社員が参画しづらい面もあります。今後は若手社員や直接ビジネスに関わっていない部門からも積極的に参画を促し、輪を広げながらより多様なアイデアとエネルギーを増幅させながら取り込んでいきたいと考えています。それがカルチャーや組織の変革にもつながるのが理想ですね。
高橋:製品戦略が常に進化する中、グローバルの最新動向を把握しつつ、日本市場特有のニーズに合わせた価値提案を構築していく。それこそ我々がリードしていくことのできる部分だと思っています。これからも引き続きグローバルの戦略メッセージを日本市場に効果的にローカライズし、適切に展開していくことを重視していきたいです。
田原: 2030年にはIT人材が79万人不足する(経済産業省, 2019)と言われており、プロジェクト遂行の在り方自体を変えていく必要があります。パブリッククラウドとAIを活用し、パートナー企業の生産性を高めると同時に、お客様自身のシステム活用力も高めていく。そうした人材不足時代を見据えた変革も推進していきます。
織田: グローバル戦略との整合性を保ちつつ、日本市場に適した変革提案を行っていきます。特にAIやビジネスネットワークは、日本企業の競争力強化と生産性向上に直結する領域といえるため、お客様やパートナー企業との共創を通じて業界全体の変革を促進していきたいと考えています。
服部: 「SAPで日本を変える」という志のもと、エコシステムの力を最大限に活用していきます。パートナー企業の自走モデルをさらに強化し、AIによる効率化も進めることで、より多くのお客様の成功に貢献していきたいと思います。