世界市場でビジネスの拡大を目指す企業にとって、基幹システムのグローバルスタンダードとして知られる SAP のソリューションは、持続的な成長を支える経営基盤として大きな価値を備えています。しかし、中堅・中小企業にとっては高額なコストの問題などが導入のハードルとなっていたことも確かです。りん青銅の専業メーカーとして知られ、すでに海外からの売上高が約 3 割を占める株式会社原田伸銅所では、SAP S/4HANA® Cloud Public Edition を中核とした中堅・中小企業向けオファリング「GROW with SAP」を採用し、7 年間にわたって使い続けてきた国産 ERP パッケージからの移行を決断しました。本記事では、「世界に冠たるりん青銅メーカー」としてのさらなる成長に向けて、データの一元管理によるリアルタイムな経営情報の可視化、意思決定の高度化を目指す同社の取り組みについて紹介します。
リアルタイム経営の実現に向けた基幹システムの刷新
強度が高く、ばね性に優れ、電気伝導率が高い「りん青銅」は、スマートフォン、PC、デジタル家電、IC カード、自動車など、私たちの身の回りのさまざまな製品で利用されています。1952 年に創業し、売上高が 149 億円(2024 年 3 月期)の原田伸銅所は、国内有数のりん青銅の専業メーカーとして、りん青銅板や条(コイル)の製造販売を手がけ、情報通信技術やデジタルエレクトロニクス技術の進化を支え続けています。
りん青銅の分野において、世界に冠たるオンリー・ワン企業を目指す同社の売上高は現在、約 3 割を中国・韓国・台湾・東南アジアを中心としたアジア市場からの売上が占めています。今後はインドやアメリカへの進出を通じて、海外からの売上高を 5~6 割にまで高め、グローバルにおける「HARADA」ブランドの確立を目標に掲げています。
こうした同社の事業を支える基幹システムは、1980 年代から約 30 年間使い続けてきたオフコンから 2016 年に国産の ERP パッケージに移行し、その後はカスタマイズしながら 7 年にわたって利用してきました。しかし、ボトムアップで個別最適化を重ねる中で複雑化が進み、事業環境の変化に柔軟に対応できなくなっていました。そこで、まず差別化領域である生産管理システムを ERP パッケージから切り出す形で 2022 年からスクラッチ開発を開始しました。人事総務部 情報システム部 取締役の小山晋介氏は次のように説明します。
「ディーラーや商社経由で製品を販売する当社において、既存の国産 ERP パッケージでは、見込生産と受注生産を組み合わせて納期の短縮を図る独自の業務フローとうまく適合せず、精緻な管理ができていませんでした。そこで生産管理システムを先行してリプレースすることを決定し、2025 年度中の本稼働に向けて開発をスタートしました」
新たな生産管理システムの全体像が見えてきた 2024 年には、国産 ERP パッケージで残されている会計・販売・購買領域のシステム刷新に向けた具体的な検討を開始しました。
「従来のシステム環境はデータの持ち方が悪く、製品別・地域別損益などが見えない状況でした。似たようなデータが各所に散乱してどのデータが正かわからず、データを抽出しても加工に時間がかかるなど、複雑化が進んでいました。そこで経営トップからは既存の国産 ERP パッケージを刷新し、システムのグローバル標準化によるデータの一元管理、分析の高度化、リアルタイム経営の実現を目指す方針が示されました」(小山氏)
中堅・中小企業にフィットする GROW with SAP
複数の ERP 製品を検討した原田伸銅所は、SAP の中堅・中小企業向けオファリング「GROW with SAP」の採用を決定しました。GROW with SAP は、SAP S/4HANA の SaaS 版である SAP S/4HANA Cloud Public Edition を中核に、データ分析や AI、アプリケーション開発などの機能を提供する拡張プラットフォームである SAP Business Technology Platform(SAP BTP)のほか、導入プロジェクトを円滑に進めるための方法論やツールなどがパッケージ化された包括的なサービスです。
同社が GROW with SAP を採用した理由としては、基幹システムのグローバルスタンダードとしての信頼性に加えて、導入しやすいコスト、Fit to Standard による業務の標準化への期待、SAP BTP による柔軟なシステム拡張、導入を支援してくれる強力なパートナーの存在などがありました。
「2016 年に国産 ERP パッケージを導入した当時も SAP の ERP を検討しましたが、オンプレミス環境へ導入する難易度、当社の事業規模・業務要件以上の多機能性、高額なコストなどを理由に断念した経緯があります。SaaS 版の SAP S/4HANA Cloud Public Edition が登場したことで、コスト的にも機能的にも当社の事業にフィットするようになり、SAP ジャパンから当社にあった導入パートナーを紹介されたことも後押しして採用を決めました」(小山氏)
導入パートナーの支援で Fit to Standard を徹底
プロジェクトは 2024 年 11 月にキックオフし、1 年 5 カ月後の 2026 年 4 月の本稼働を予定しています。SAP S/4HANA Cloud Public Edition のモジュールは、会計(FI/CO)、販売(SD)、購買(MM)とし、2025 年 3 月現在は要件定義フェーズとして業務担当者へのヒアリングを実施しながら、新たな業務プロセスを整備している段階です。
プロジェクトでは、SAP S/4HANA Cloud Public Edition の導入に加えて、スクラッチで開発中の生産管理システム、新規で導入する経費精算システム、勤怠・給与管理システムの開発が並行して進められています。SAP S/4HANA Cloud Public Edition の導入では、Fit to Standard による業務の標準化を徹底し、対応できない業務要件は SAP BTP による Side-by-Side 開発でクリーンコアを維持していく考えです。
SAP ジャパンから紹介された導入パートナーのワンアイルコンサルティング株式会社とは、準備フェーズから Fit to Standard に関する支援を受け、要件定義のフェーズでも一緒に業務プロセスを整理しています。情報システム部 システム管理課 兼 システム開発課の小林邦義氏は「ワンアイルコンサルティングのコンサルタントからは、Fit to Standard は頭ごなしに現場に強制するのではなく、As-Is を丁寧にヒアリングしながら業務を標準プロセスに当てはめていくことが、ハレーションを起こさずにプロジェクトを円滑に進めるコツであるというアドバイスをいただきました」と振り返ります。
すでに今後の移行フェーズに備えたデータの整備にも着手し、既存システムから生産管理システムへのデータ移行や、残ったデータを整理する作業も進めています。情報システム部 システム開発課 兼 システム管理課 課長の牟田昭則氏は「既存システムの管理台帳はすべて取り出して、新たな生産管理システム側に移行することができました。今後は残されたヒト・モノ・カネの流れを整理し、SAP S/4HANA Cloud Public Edition 側でのデータの持ち方を考慮しながら移行方法を検討しています」と話します。
製品別・地域別の損益をリアルタイムに把握
SAP S/4HANA Cloud Public Edition の本稼働後、原田伸銅所が目指しているのはデータの一元管理によるリアルタイムな経営情報の可視化、それによる意思決定の高度化です。すでに経営層にとどまらず、営業や生産の現場からも期待の声が寄せられています。
「これまでのような属人的な業務管理、分散したデータ管理環境が改善されないまま、現場の報告だけに基づいて意思決定を行っていてはミスリードが起きかねません。Fit to Standard で業務を標準化し、一元管理されたデータをリアルタイムに取得することで、製品別・地域別の損益や原価構造などが正確に把握できるようになり、迅速な意思決定、経営判断の高度化につながっていくことが期待できます」(小山氏)
また、データ管理における業務の効率化にも期待が寄せられています。IT 部門では従来、経営層や営業サイドから情報の提供を求められた際、データの抽出・加工に丸一日を要することが珍しくありませんでした。ユーザーが自らデータを取得し、分析できる環境を構築することができれば、こうした IT 部門の負荷も軽減されます。
「可能な限りデータの取得から分析までの流れを自動化することで、データ加工にかかる IT 部門の負荷が軽減し、人的リソースを他の業務に振り分けることも可能になります」(牟田氏)
もう 1 つの期待効果が、6 カ月に 1 回のペースで自動的にバージョンアップされる SAP S/4HANA Cloud Public Edition の新機能です。小林氏は「私たちが意識していなかった潜在的なニーズを先取りして気づきを与えてくれる環境があることは、クラウドサービスならではの付加価値として期待しています」と話します。
業務の高度化に向けた積極的な AI 活用
原田伸銅所では今後、AI 活用にも注力していく方針で、SAP Business AI や Joule®の活用も視野に入れています。
「すでに生成 AI 技術を全社で導入し、業務で AI を積極的に使っていく方針を経営トップが打ち出しています。加速する AI の進化に追随しながらビジネスの最前線で活用し、さらなる業務の効率化や経営判断の高度化に取り組んでいきます」(小山氏)
「世界に冠たるりん青銅メーカー」として、新たな海外市場の開拓に向けた動きを本格化する原田伸銅所。GROW with SAP を採用し、Fit to Standard による業務の標準化、リアルタイム経営の実現を目指す同社のチャレンジは、多くの中堅・中小企業にとって参考になるはずです。
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