「Fit to Standard」による業務プロセスの変革はDXの成功に通ず

2025年5月27日に東京で催されたSAPのプライベートイベント「SAP Innovation Day for Finance and Spend Management」では、「SAP S/4HANA Cloud」のユーザーであるSOLIZEの上席執行役員 堤 寛朗氏による講演が行われました。
ここでは、その講演内容と、講演後に堤氏を交えて展開されたパネルディスカッションの要点をレポートします。

DXの一環として「SAP S/4HANA Cloud」による業務変革を推進

SOLIZEは、自動車業界の企業を主要な顧客としながら、エンジニアリングサービスやマニュファクチャリングサービス、ならびに業務変革のコンサルティングサービスを展開する企業です。同社では、自社の業務をシステムの標準プロセスに適合させる「Fit to Standard」の方針と、その方針に基づきシステムのカスタマイズを行わず、アドオンモジュールの開発も最小限に抑える「クリーンコア戦略」を推し進め、その結果として「SAP S/4HANA Cloud」の導入を9カ月という短期間で完了させ、2021年7月から本番運用を始動させています。

今回のイベントでは、そのプロジェクトを牽引したSOLIZE 上席執行役員の堤 寛朗氏が演壇に上り「SaaS ERP導入の成功の秘訣 ~ Fit to Standardで得られる本来の価値とは」と題した講演を行っています。

SOLIZE株式会社 上席執行役員 堤 寛朗氏
SOLIZE株式会社 上席執行役員 堤 寛朗氏

この講演において堤氏はまず、SOLIZEにおけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みについて言及しました。この取り組みを始動させた経緯について、堤氏は「当社の業務プロセスは旧来、アナログかつバラバラな状態で属人的な業務も横行していました。しかも、基幹システムへの手作業によるデータの入力・転記が当たり前のように行われ、給与の支払いミスや人事データの不整合といった問題が日常的に発生していました」と明かし、そのうえで「こうした状況を打破すべく、2020年にスタートさせたのが包括的なDXのプロジェクト『SOLIZE DX(SDX)』です」と続けます。

同氏によれば、SAP S/4HANA Cloudの導入もSDXプロジェクトの一環として推進されたといいます。そのプロジェクトの目的は明確で「次の事業成長に向けて、データとデジタル技術をフルに生かせるよう現場のオペレーションを変革し、デジタルビジネスの確立と経営基盤の強化を図ることです」と同氏は説明を加えます。

クリーンコアによるデジタル基盤の構築をAIの活用につなぐ

同社のSDX戦略は「①顧客との関係のデジタル化」「②事業のデジタル化」「③組織運営・働き方のデジタル化」という3つの領域と、2段階のステップ──具体的には「(ステップ1)デジタル基盤の構築」と「(ステップ2)データの活用、トランスフォーメーション」によって体系化されています(下図参照)。

図1:SDX戦略のグランドデザイン(2020年策定)

図1:SDX戦略のグランドデザイン(2020年策定)
資料:SOLIZE様講演資料抜粋

堤氏によれば、2段階のステップのうち「デジタル基盤の構築」については2020年から2024年までの期間でほぼ完了しており、現在(2025年6月現在)は、ステップ2に移行する段階にあるといいます。そう説明したうえで同氏は「ステップ2のフェーズでは、データを活用したマーケティングや営業プロセスの最適化やスピードアップに加えて、現場から経営までの『データ・AIドリブン運営』の実現に力を注いでいきます」と明かします。

加えて堤氏は、データ・AIドリブン運営の実現に向けた準備はすでに整えられているといいます。

「当社ではSAP S/4HANA Cloudをはじめ、人事や営業・マーケティングなどの業務を支えるシステムをすべてFit to Standard/クリーンコア戦略のもとで導入しました。これにより、業務の標準化と“クリーンなデータ”の蓄積が十分に進んでいます。これは、データ・AIドリブンの組織運営を実現する土台が整備されていることを意味します。実際、標準化されたプロセスの中で蓄積されたクリーンなデータは、AIに使わせるうえで理想的なものです。というのも、標準的で固定的なプロセスのもとで継続的に蓄積されていく一貫性のあるデータは、機械学習のアルゴリズムやAIによる予測分析の精度を向上させる効果が期待できるからです」(堤氏)

 

強力なリーダーシップにより「Fit to Standard」の困難を乗り越える

言うまでもなく、Fit to Standardの推進は、多くの場合、既存業務の大きな変更を伴います。ゆえに堤氏は、SAP S/4HANA Cloudなどの導入に際し、既存の業務をすべて切り捨てるとの決断を下しました。それによって目指したのは、属人的な業務プロセスからの脱却と、標準化された効率的な業務プロセスの確立です。

既存の業務を切り捨てることに対しては、現場から相当の反発もあったようです。それでもFit to Standardを徹底できた要因の1つとして、堤氏は「(マネジメント層による)強力なリーダーシップ」を挙げます。

この点について同氏は「Fit to Standardを推進する中では、必ず現場から『現行の業務プロセスのほうが効率的』といった声が上がります。そうした声を受けながらも、プロジェクトチームが力強く「Fit to Standard」を推進していくためには、業務プロセスの変革、あるいは標準化に経営層がどこまでコミットするかが鍵となります。つまり、短期的な現場の不満を解消することよりも、業務プロセスの標準化とクリーンデータによって自社の競争力を長期的に向上させることを優先させるマネジメント層の強い意志とリーダーシップが、Fit to Standardの推進には不可欠となるのです」と指摘します。

同氏はまた、Fit to Standardを徹底できた要因として「強力なプロジェクチームを組成できたこと」や「適切な導入パートナーを選択したこと」なども挙げます。このうち、最も苦労したのは「プロジェクトチームの組成」だったと堤氏は振り返ります。

「SAP S/4HANA Cloudの導入プロジェクトには、各部門のエース級の人材を引き入れたのですが、部門長にそれを認めてもらうことは大変でした。ただ、プロジェクトに必要なメンバーの要件を明確に示したうえで、プロジェクトの主眼がデジタル基盤という事業成長の基礎を整えることにあると強く訴えたところ、部門長たちの了承を得ることができました。そして実際にも、当社の売上げはSDXプロジェクトを始動させた2020年当時の145億円から2024年の227億円へと伸びているのです」(堤氏)

Fit to Standardがもたらしたもの

先に触れたとおり、同社におけるFit to Standardの取り組みは、クリーンデータの十分な蓄積という効果を生んでいます。また、業務プロセスの標準化により、属人的な業務がほぼ一掃され、人事異動による人的リソースの全体最適が図りやすい環境も築かれています。さらに同社では、2025年7月に持ち株会社制への移行を予定していますが、Fit to Standardによる業務システムとプロセスの標準化によって、そうした組織上の変化に速やかに対応することが可能となっています。

こうした効果を踏まえつつ、堤氏はFit to Standard/クリーンコア戦略を遂行することの価値と、遂行するうえでの心構えについて、こう述べています。

「Fit to Standardの方針のもとでシステムや業務プロセスを刷新することは、デジタル技術やデータによって業務やビジネスを変革するための土台(=デジタル基盤)を築く取り組みです。デジタル基盤はこれからの企業経営に欠かせないもので、それが構築できることにFit to Standardの本来価値があります。その意味で、Fit to Standardの取り組みやデジタル基盤構築へのIT投資はコストではなく、企業の競争力を維持・向上させるための必要経費と見なすべきです。しかも、デジタル基盤を用いた業務・ビジネスの変革には終わりはなく、デジタル技術の進化・発展に合せて、標準化した業務プロセスの刷新、あるいは最適化を図っていかなければなりません。そうした点を念頭に置きながら、Fit to Standardによる業務とシステムの変革に取り組むことが大切です」