2025 SAP NOW開催報告 新たなマインドセットで変革の壁を乗り越える。経営層や事業部門から頼られる CFO 組織のあり方とは?

フィーチャー

DX の潮流に乗ってオフィスワーカーの生産性と品質を向上させ、ビジネスの新たな価値創出に貢献するためには、ビジネスパーソンとしてのマインドセットの変革が不可欠です。SAP ジャパンが主催する年次最大のイベントとして、8 月 6 日に開催された「SAP NOW AI Tour Tokyo and JSUG Conference」の経理・財務トラックのキーノート「マインドセットで壁をブチ破る ~DX 推進と CFO 組織の進化と挑戦~」では、オフィスワーカーの生産性と品質を向上させるための 4 つのポイント、また経理・財務部門におけるキャリアパスの道標となる CFO 組織の役割について、東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授 兼 株式会社 NTT データグループ アドバイザリーボードメンバーの橋本勝則氏が講演を行いました。


DX
、MX は個人のマインドセット変革の絶好の機会

橋本 勝則 氏
東京都立大学大学院 経営学研究科 特任教授
株式会社 NTT データグループ アドバイザリーボードメンバー
元 株式会社東芝 取締役 監査委員長 指名委員
元 デュポン株式会社 取締役副社長

橋本氏は、YKK の英国子会社で CFO、米化学大手のデュポン社では FP&A(Financial Planning & Analysis)、内部監査マネージャー、取締役副社長などを歴任し、経理・財務を中心とした経営管理畑でキャリアを積み重ねてきたエキスパートです。

同氏はまず講演の冒頭で、会場に向けて次のように語りかけました。

「DX の必要性が叫ばれる中、自らが所属する会社に対して変革を求める方も少なくないと思います。しかし、自分自身は変わっているでしょうか。他者を変えようとするのであれば、その前に自分自身が変わるべきではないかと、自問自答してみることも大切です」

今後、企業のビジネスにおいて AI 活用がますます進むことは間違いありません。しかも、経理・財務は AI にとって代わられる職種の代表格といわれています。その中でオフィスワーカーはどのようなキャリアゴールを設定し、自分の壁を破っていくのか。橋本氏は「固定観念の体現ともいえる企業文化そのものを変革しようとする DX の潮流は、皆さんの活躍を後押しする絶好の機会」だと話します。

 

DX は、経営の司る「デジタルを使いこなす視点」と IT 側の「デジタルだからこその視点」の両輪で、目指すビジョンや事業目標を実現するものです。また、そこではリーダーシップ論の第一人者である J.P.コッターが提唱する「8 段階の変革プロセス」の 1 段階目にある「危機意識」が欠かせません。これは経営層に限ったことではなく、個々の社員にも当てはまるものです。現在の変革期においては、社員 1 人 1 人が危機感やビジョンを持って能動的に動くことが成功をもたらす鍵だといいます。

 

*出典:講演資料

また橋本氏は、日本企業が競争を勝ち抜いていくためには自身が提唱する「MX(Management Transformation)」が必要だと強調します。
狭義の DX がデジタルによって組織のルールや構造、戦略を変えていくのに対し、MX はミッション、ビジョン、コアバリューといった水面下の見えない部分を変革するものです。

「特に社員の共通の価値観である『コアバリュー』は一番の核となります。これが『信念』として定着するまですべての社員に働きかけ、ルールによってではなく、自主的に判断して行動できるようになることが重要です。全社規模で DX、MX に取り組み、皆さんが企業文化を変革する船頭役となって前に進んでいただきたいと思います」(橋本氏)

*出典:講演資料

DX、MX の潮流が個々の社員にもたらす変化

続いて橋本氏は、DX、MX の取り組みの中でオフィスワーカーの生産性と品質を向上させるためのポイントを 4 つ紹介しました。

1 つめは「リモートワークをトリガーとした生産性の向上」です。コロナ禍の副産物としてリモートワークが普及し、ビジネスにおける ICT 活用が大きく進展しました。しかし、変革はその延長線上にあるわけではありません。IT インフラやシステムにとどまらず、それを使いこなすための社員の IT リテラシーの向上、そして組織のあり方や人事制度、評価システム、コミュニケーションの方法などを、後追いではなくプロアクティブに設計していく必要があります。

2 つめは「標準化と単純化を踏まえた生産性向上」です。まずグローバル ERP による標準化、全体最適の中での Fit to Standard は徹底するべきです。橋本氏は「標準化が実現すれば、オフィスワークの 8 割方は同じプロセスになるのではないでしょうか」と指摘します。そうなれば標準化が人材の流動化を促し、人手不足が深刻化する産業界全体に好影響を及ぼすと考えられます。

「何よりこれから世に出てくる Z 世代の人材は、AI に任せられるような手作業や使い勝手の悪いシステムを受け付けません。優秀な人材を獲得できる組織であるためにも、標準化による生産性向上は不可欠です」(橋本氏)

*出典:講演資料

3 つめは「価値創造型のワークスタイルへのシフト」です。これからの仕事は、トランザクション的な業務から価値創造型の業務へシフトしていくといわれています。こうした価値創造型の業務を分解していくと、上図の右側にある売上の拡大、コスト削減、キャッシュフローの改善といったテーマにたどり着きます。とはいっても、正確な原価計算を行うことが価値創造かというとそうではなく、より高い利益率につながる原価の低減に貢献することができれば、仕事がもっと面白くなるはずです。これが価値創造です。つまり、ビジネスパーソンとしての専門性やセンスを磨きながら、新たな価値を生み出す仕事にシフトしていくということです。

4 つめは、「全社的経営リテラシーによる品質向上」です。企業全体を変革するためには、高度なケイパビリティを備えたビジネスリーダーを育成していく必要があります。リーダーには、ビジネススクールレベルの経営リテラシー、NPV、IRR、ROIC、EBITDA といった財務指標を用いて、数字で経営を語れる能力が求められます。とはいえ、現在は 1 人の優れたリーダーがいれば、ビジネスが成功する時代ではありません。

「これからの時代は、ビジネス側からはセールス、マーケティング、R&D、 製造、技術が、スタッフ部門からは経理・財務、人事労務、会社法務、知財法務、人事が参画するリーダーシップチームによって、全社的な経営リテラシーを高めていかなければなりません。ここでは、現状維持=衰退といったマインドセットで事業を運営していくことが重要になるでしょう」(橋本氏)

なぜ、日本では CFO が育ちにくいのか

橋本氏は、日本企業には名ばかりの CFO や専門性だけに特化した「経理屋」「財務屋」が多いことを指摘し、「本来の CFO は CEO に次ぐナンバー 2 のポジションで、長期的な事業の方向性と短期的な業績予想に対する責任、事業ポートフォリオマネジメントによる事業買収・売却・提携の判断など、全社的な事業の舵取りを担う立場にあります」と話します。

また、経理・財務パーソンが生き残っていくには、「正しい決算書をつくる」といった専門性にとどまらない、「いかにしてビジネスに貢献するか」というマインドセットが不可欠です。将来的には、ビジネスリーダーを参謀としてサポートできる経理・財務の専門家が求められるようになるはずです。

*出典:講演資料

 

具体的には、上図下段のような組織です。現状の日本企業は、事業部門と経営企画、経理・財務が横並びになっているのが一般的です。それに対してCFO組織は、経営企画と経理・財務を統合し、配下にコントローラーとトレジャラーを置きます。事業部長の参謀となって事業運営に貢献できるビジネスの理解と経理的な分析力を兼ね備えたビジネス CFO/FP&Aの人材も掌握します。

橋本氏は、本来の CFO 組織が担う役割として、「ビジネス CFO/FP&A」、会計のスペシャリストとしての「コントローラーシップ」、財務関連の「トレジャリー」、「税務(Tax)」、「内部監査」、「IR」を挙げます。

*出典:講演資料

こうした中で、現在の経理・財務パーソンがキャリアパスを考えていくうえでは、当然ながらプロフェッショナルとして通用するだけの知識と経験を積んでいく必要があります。そのためには、必要なトレーニングを受けることも重要です。

「私が在籍した米デュポンでは、業務で間違いが起きた際には原因追及の過程で『担当者はトレーニングを受けているのか』を確認します。多くの日本企業では『OJT で仕事を覚えれば十分』とされていますが、この考え方は改める必要があります」(橋本氏)

これからは「One-Person Company」(1人請負企業)のマインドセット、つまり自分の年収を踏まえて、どれだけ組織の利益に貢献できているかを考えること。また「Business Person」(商売人)として、売り手と買い手、さらにステークホルダーや社会に貢献できているかという「三方よし」のマインドセットも重要だといいます。

プロアクティブな  CFO  組織が DX、MX を成功に導く

前述したような CFO 組織をつくることができれば、企業が DX、MX の河を渡る際の船頭役を担うことができるようになります。そのためには、業務の生産性や品質の向上を図りながら、定型業務から価値創造型業務にシフトすること、経理・財務パーソン自らが DX、MX に積極的に関与することが必要です。

「リアクティブではなく、プロアクティブに変革に取り組み、DX、MX の波に乗って、ぜひ皆さんがやりたいことを進めていただきたいと思います。この機会を活かし、全社の経営リテラシーを向上させ、組織のレベルアップにつなげてください」(橋本氏)

そして、CFO 組織は「経営層・事業部門から頼られる存在」を目指すべきだと橋本氏は強調します。「相談に対して『できない』と返答するのは簡単です。ですが、そうではなく事業部門が何をやりたいのかの「Why」を理解してサポートしてください。これはすべてのビジネスパーソンが持つべきマインドセットでもあります」

最後に橋本氏は「CFO 組織の最大の顧客は投資家でも金融機関でもなく、自社の経営層と事業部門です」と話し、「自分自身を経理・財務の専門知識を持ったビジネスパーソンであると考え、変革をチャンスとしてキャリアパスを切り開いてください」と、会場の参加者にエールを送りました。

(/了)