精密機械部品加工会社のマツモトプレシジョンが、顧客、地域社会との連携で目指す持続的成長とその未来とは?

フィーチャー

SAP ジャパンが主催する年次最大のイベントとし「SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference」が8 月 6 日に開催されました。中堅・中小企業向けトラックのキーノートでは、福島県喜多方市に本社を置く精密機械部品加工会社 マツモトプレシジョン株式会社 代表取締役社長の松本敏忠氏が登壇。「THE SUSTAINABLE FACTORY ~中小企業 DX で越える、持続的成長のその先へ~」をテーマに同社が取り組んできたDX・GXの経営改革と、その先に描く新たなビジョンについて語りました。
後半では、製造業DXの分野で自ら情報発信を行い、メディアや企業イベントでも多数の講演を行う株式会社カクシン CRO の天野眞也氏とのトークセッションが行われ、企業変革の本質を掘り下げる議論が展開されました。

 

【登壇者】


松本 敏忠 氏
マツモトプレシジョン株式会社
代表取締役社長

 


天野 眞也 氏
株式会社カクシン
取締役CRO/エバンジェリスト

 

「選ばれる会社」への危機感が、変革の原動力に

創業から 75 年の歴史を持つマツモトプレシジョンは、空圧制御部品や自動車エンジン部品といった精密機械部品の加工を手がける福島県喜多方市の老舗製造企業です。現在の従業員数は約 140 名、売上高は 2024 年度実績で約 18 億円の規模となっています。
2014 年に事業承継を機に入社し、2017 年に代表取締役社長となった松本氏は、現場の高い技術力に信頼を置く一方で、未来に向けて強い危機感をいだいていました。

―中小企業が持続的に成長していくためには、“選ばれる会社”にならなければ生き残っていけない。

この危機感を原点に、松本氏は新たなミッションステートメントを掲げ、経営のあり方を見直し、経営の見える化とデータ経営への転換に着手します。

2025 年度を最終年度とする 5 カ年の長期ビジョン「THE SUSTAINABLE FACTORY ~ファクトリーブランディングの推進~」においては、目標として「企業価値を高め、社員の給料(可処分所得)を上げ続けること」を明確に示し、その具体的な手段として「DX による生産性向上」と「GX による環境価値向上」を両輪とした経営基盤の構築に取り組んできました。

サプライチェーンをデータでつなぐハブとしての役割

2018 年ごろから DX 構想に着手した同社が、まず取り組んだのが「製品別原価の可視化」でした。そして、2021 年には SAP S/4HANA をベースとした共同利用型 ERP を導入。多品種の製品別原価や利益率を共通のシステム上で把握できる仕組みを整備しました。

その結果、売上総利益は 30 %向上、利益率は 3 %改善、従業員の基本給も 4 % アップ(2022 年度実績)という明確な成果が生まれました。さらに、SAP が提唱する Fit to Standard に基づいた標準業務プロセスの導入により、部門を越えた情報共有が進み、「データで会話できる文化」が社内に根づきました。

「当社はものづくりで 75 年の歴史のある会社ですから、現場はまさに匠です。しかし、利益を正しく把握し、ものづくりの現場と経営の算盤勘定の両輪がしっかりかみ合わないことには収益力も向上しません。この解決策として取り組んだのがERP導入をはじめとしたDXです。」(松本氏)

ERP を導入してから 5 年間の成果を受け、現在マツモトプレシジョンは顧客や協力会社とデータでつながるためのハブとなり、持続可能なサプライチェーンを強化していくための取り組みを進めています。

「今後は QCD、生産計画、在庫に関するデータをサプライチェーン全体の中で共有しながら、これまでの下請け企業としての上下の関係性を長期的なパートナーとしての信頼関係に転換していきたいと考えています」(松本氏)

 

GX は社会から選ばれる中堅・中小企業の条件

もう 1 つの GX の観点においても、同社の取り組みは進んでいます。

太陽光自家発電と非化石証書付電力を組み合わせ、再エネ 100%の工場を実現。
さらに、カーボンニュートラルの取り組みの基盤として、SAP Sustainability Footprint Management を導入し、使用する原材料別、製造工程別、また製品別の CO2 排出量を可視化しています。 その結果、CO2 排出量は以前と比べてほぼ半減という大きな成果が確認されました。

GX の成果はそのまま企業価値に直結し、中堅・中小企業が社会から選ばれるための条件の 1 つとなっていくことは間違いありません。
松本氏は「カーボンニュートラルの取り組みについては、当社でも原材料調達のところから力を入れています。同じ部品を製造する企業が他にあったとしても、私たちが再エネ 100 % の工場で CO2 排出を半減できていることをデータで実証することで企業価値を向上し、選ばれる会社になるという理念を実現することができます」とその取り組みの中で一貫した理念を語りました。

 

顧客、協力会社、地域との連携を目指す
「連携と循環」をキーワードにした新たな長期ビジョン

ERP の導入からすでに 5 年が経過し、全国の中堅・中小企業のみならず、大企業からも視察の申し込みが絶えないほどの成果を達成したマツモトプレシジョンでは、すでに次の 5 年間(2026~2030年)に向けた長期ビジョンを描いています。

そこでは DX と GX という 2 つの手段は変わらないものの、新たに「連携と循環」というキーワードを加え、顧客、協力会社、地域社会との連携を視野に入れた目標が掲げられています。

セッションの後半では、松本氏と株式会社カクシンの天野氏がそうした次なる5 年間を見据えた対談を繰り広げました。
これまで積み重ねてきた DX・GX の取り組みを土台に、これからどのような変革に挑もうとしているのか。その中で “総論賛成・各論反対”という変革の壁をどう乗り越えていくのか。――対談は、その核心に迫る内容へと進んでいきます。

 

 

顧客との“リアルな情報連携”へ

松本氏がまず語ったのは、「共創型スマートサプライチェーンの実現」をテーマとする DXです。

取り組みのひとつとして『リアルタイムなデータ連携』を掲げ、「ダッシュボードなどを使ったデータ連携によって、生産の進捗や在庫情報、品質情報といったリアルな情報をお客様と共有していきたいと考えています」(松本氏)と話します。情報を見える化し、受発注の透明性を高めながら、取引先との信頼関係をより深いものへと変えていく構想です。

さらに製品開発における『デジタルツイン活用』にも踏み込みました。設計段階から顧客と擦り合わせを行うことによる開発リードタイムの短縮を目指します。これにより、顧客の新たなニーズを開拓し長期的な信頼関係を構築する考えです。

これらのビジョンについて、製造業界の多くの現場を見てきた天野氏もデータで会話をすることの重要性を強調します。

「営業や設計、生産の間でデータを共有できていない企業は多く、部門間の壁があることが珍しくありません。マツモトプレシジョンさんはデータを通じた会話ができていますから、『自分が頑張っているのに給料が上がらないのは、周りが悪いのではないか』といったネガティブな思考が全くありません。経営側と現場との摩擦もあったと思いますが、給与を上げるという目的を共有することで、現場の抵抗を乗り越えて将来につながった大きな成果といえます。さらに、これからは取引先に対してもデータで会話ができない会社さんには仕事が来ない時代になります。まさに DXによって現場のマインドチェンジが起きているということです」(天野氏)

さらに、工場の生産ラインをデジタル空間上で再現するデジタルツイン活用についても天野氏は「営業さんがリアルタイムに稼働状況を確認して、納期の迅速な提示や価格交渉を行えるようになります。こうしてお客様との信頼関係を高めていけることは、発注側と営業側双方にとってメリットが大きく、企業にとって大きなアドバンテージになるでしょう。」とデジタルを活用した同社の取り組みに驚きを隠しません。

松本氏も、これらの取り組みは今後 5 年間の目標としながらも、「デジタル化を進めなければ、今後はお客様から選ばれなくなってしまうという危機感を強く感じていますので、『共創型スマートサプライチェーンの実現』は重要な手段の 1 つです」と意欲を示します。

 

地域と共創する GX の新たなステージ

もう 1 つの GX についても、松本氏は『地域と共にカーボンニュートラルを達成』をテーマに、個社単独でのGXから、「地域全体でのGX」へのスコープ拡大という新たな方向性を掲げています。

週末に停止している自家発電設備を地域向けに稼働させ、余剰電力を地元へ還元する計画を進める一方で、教育機関と連携し、環境教育や人材育成にも取り組みます。

天野氏は「デジタルを活用して 1 製品あたりの CO2 排出量、環境負荷が明示できないことには、全製品の環境負荷もわからなくなり、カーボンニュートラルの観点での顧客からの要請に応えられなくなります。GX の取り組みはお客様からの信頼を獲得する上で非常に重要です。それと同時に、採用面においても地元の方から働きたいと思われる会社でないと、優秀な人材が集まりません。マツモトプレシジョンさんの DX と GX は、社外のみならず働く人の自己成長を促し地域の発展にも貢献する、まさに二重のファクトリーブランディングですね」と高く評価します。

労働人口が減少して人手不足が慢性化する中、成長を持続するためには会社の魅力を高めていかなければならないのは多くの中堅・中小企業に共通する課題です。松本氏は「ここでは会社の魅力を高めると同時に、地域の魅力も重要になります。個社単独の GX から地域共創の GX へのシフトには、こうした理由があります」と今後5年間のビジョンを強調しました。

「総論賛成・各論反対」を乗り越える経営者の覚悟

トークの終盤、天野氏は「変革を進める中で“総論賛成・各論反対”の抵抗をどう乗り越えたのか」というセッションの核心に触れる質問を投げかけました。

この点について松本氏は、「当社では『総論賛成・各論“調整”』という考え方で進めています。『総論賛成』とは、中小企業の変革は経営者が覚悟をもって方針を決める必要があるということ。そして『各論調整』というのは、それぞれの手段についても各論を深堀りするのではなく、経営側が目的をしっかり精査した上で明確な方針を示し、現場の理解を得てから進めていくということです」と話しました。

どのような DX においても現場の理解がなければ期待した成果は生まれず、現場のやりがいも持続しません。すなわち、中堅・中小企業の経営を成功に導くためには、松本氏のような経営者としての覚悟が必要だということです。

 

天野氏が評するとおり、自社の DX の成果を共創型のサプライチェーンへと発展させ、GX の成果も地域社会に積極的に還元する「二重のファクトリーブランディング」を顧客、社内、そして地域に対して実践するマツモトプレシジョン。
すべての社員がこのストーリーに共感し、未来への期待を持っていきいきと働ける環境は、まさに持続的成長の先を見据えた新たな経営モデルです。松本氏が推し進める経営改革からどのような成果が生まれるのか、今後も大きな注目が集まります。