SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conferenceハイライト: AI 時代の新たなデータ基盤「SAP Business Data Cloud」の最新機能をエキスパートが総解説!

フィーチャー

SAP ジャパンが主催する年次最大のイベントとして、8 月 6 日にグランドプリンスホテル新高輪・高輪 国際館パミールで開催された「SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference」。S-08「一挙大公開!! SAP Business Data Cloud の全貌」と題したブレイクアウトセッションでは、AI 時代の新たなデータ基盤である SAP Business Data Cloud の全体像の紹介に加えて、各領域のエキスパートが SAP Business Data Cloud を構成する Intelligent Applications、ビジネスデータファブリック、データプロダクトや、SAP Business Warehouse(SAP BW)のモダナイゼーションについて解説しました。

 

◎ 登壇者

椛田 后一
SAP ジャパン株式会社
SAP Business Data Cloud ソリューションアドバイザリー

小谷 尚太郎 氏
データブリックス・ジャパン株式会社
Senior Partner Solutions Architect

春木 崇生
SAP ジャパン株式会社
SAP Business Data Cloud ソリューションアドバイザリー マネージャ

 

 

ビジネスデータの価値を最大化する SAP Business Data Cloud

 

セッションの冒頭では、まず SAP ジャパンの椛田が SAP Business Data Cloud の全体像と各種機能について解説しました。SAP Business Data Cloud は、あらゆる SAP システムのデータおよび Non-SAP システムのデータを統合・集約し、SAP アプリケーションや AI に対して正確でセキュアなビジネスデータを提供するプラットフォームです。「Intelligent Applications」「ビジネスデータファブリック」「データプロダクト」の 3 つの機能群で構成され、ビジネスデータファブリックではデータ分析の SAP Analytics Cloud、データの統合・管理の SAP Datasphere、データサイエンス・ML/AI 向けの SAP Databricks などを提供します。またデータプロダクトの機能によって、SAP アプリケーションのデータを自動でコピー・同期ができるため、すぐに活用できる形でのデータ提供が可能です。

「SAP Business Data Cloud では、さまざまな業務領域向けのダッシュボードや分析用コンテンツを提供し、担当者はそれを見ながら意思決定をすることができます。さらに AI デジタルアシスタントの Joule を使って対話形式で分析を深掘りしたり、さらに AI エージェントを活用しながらタスクを実行する世界の実現を目指しています」(椛田)

 

SAP Business Data Cloud を構成する機能群

 

SAP Business Data Cloud を構成する主な機能は以下のとおりです。

・SAP Analytics Cloud

ビジネスデータを可視化する BI ツールです。経営管理ダッシュボード、セルフサービス BI、業務レポートの定期出力、戦略立案・企画のための分析/予測、予算編成・統制などの機能を有しています。 

・SAP Datasphere

SAP S/4HANA のビジネスコンテキストを活かすためのクラウド上のデータウェアハウス(DWH)です。SAP S/4HANA とのデータ連携機能を有し、ETL サーバーを利用することなく SAP S/4HANA の CDS View へ直接接続することができます。SAP S/4HANA を含むさまざまなデータソースからのデータ収集と統合、データ加工とモデリング、データカタログといった機能を提供します。

・SAP データプロダクト

SAP アプリケーションのデータとメタデータをすぐに使える形で提供するための基盤として SAP データプロダクトを用意しています。SAP S/4HANA、SAP SuccessFactors、SAP Ariba など SAP アプリケーションのデータは自動的にプッシュ形式で SAP データプロダクトへ送られ、更新されていきます。DWH の SAP Datasphere とは別に、オブジェクトストアと呼ばれる大量のデータ保持領域を確保し、データをコピーしていきます。データだけでなく、メタデータや各テーブル間の関係といったセマンティック情報も保持したまま、データが管理される仕組みです。SAP によるマネージドサービスとして提供されるため、ETL ツールを別途用意・設定する必要もなく、最新データの同期が可能です。複数の SAP アプリケーションのデータの整合性も確保して、共通のデータモデルに落とし込むことにより、アプリケーション間のデータ結合やデータモデルの再設計が容易となります。

「現在、SAP S/4HANA Cloud Private Edition では 134 個(2025 年 9 月現在)のデータプロダクトを用意し、アプリケーション領域ごとにグルーピングして提供しています。今後は 2025 年末に向けて、SAP S/4HANA Cloud Public Edition、SAP SuccessFactors、SAP Ariba 向けのデータプロダクトもそろえていく計画です」(椛田)

また、データプロダクトは「カスタムプロダクト」として Non-SAP データも管理して、ビジネスデータの品質と信頼性を担保することができます。企業独自の要件やデータソースに応じて、カスタムで連携・拡張することが可能です。

 

 

データプロダクトでは、SAP Knowledge Graph というナレッジグラフ機能も提供されています。SAP Knowledge Graph は、業務データの関連性を AI が理解できるように管理する機能です。これによりデータの関連性を正確に管理することができ、生成 AI のハルシネーションを抑えることができます。

「SAP Knowledge Graph は SAP アプリケーションのデータの意味や関係を網目のように結ぶ構造化モデルで、AI エージェントや LLM と連携して推論を行ったり、AI エージェントが自律的に作業を行います」(椛田)

 

・Intelligent Applications

Intelligent Applications は、業務機能領域ごとの分析モデルやダッシュボードなど、SAP データプロダクトに基づいて構築された SAP 管理下で提供されるコンテンツです。Intelligent Applications によって、素早い意思決定とアクションが可能になります。今後、新たなコンテンツが順次リリースされる予定で、SAP 以外にもパートナーコンテンツとしての提供も検討されています。

ダッシュボード上では、AI デジタルアシスタントの Joule を利用することも可能で、自然言語で問いかけることで分析を深掘りすることができ、BI ツールとアプリケーションの画面を切り替えることなく作業が完結します。さらに、今後は SAP BTP 上で Intelligent Applications の作成が可能になる予定で、可視化だけでなくデータ入力やデータ変換の機能を実装したアプリケーションの提供が期待されています。

 

・SAP Databricks

SAP Databricks はビジネスデータファブリックの中で提供されるソリューションの 1 つで、最新のデータサイエンス、ML/AI、データエンジニアリングの機能を有しています。データレイクハウスの領域で定評のある Databricks 社のソリューションを SAP が OEM 製品として SAP Business Data Cloud に組み込み提供します。

「SAP Databricks では、ゼロコピーでデータを統合・参照する機能である Delta Sharing を活用してSAP データプロダクトを参照しています。SAP 標準コンテンツの拡張として、SAP Databricks で予測モデルを構築して結果を SAP Datasphere と共有し、SAP Analytics Cloud でダッシュボード化することをイメージしています」(椛田)

 

この SAP Databricks については、提供元であるデータブリックス・ジャパンの小谷氏がサービスやユースケースを紹介し、デモを行いました。SAP Databricks は、レイクハウスと呼ばれるデータのストレージレイヤーのアーキテクチャに強みを持ち、エンタープライズデータを用いた生成 AI を開発するための機能をベースに構成されています。レイクハウスとは、データレイクと DWH を組み合わせた造語で、Delta Lake、Iceberg、Parquet などのフォーマットでデータを保存します。

「データの実体としては、安価なデータレイクです。クラウドのオブジェクトストレージにデータを保持しながら、信頼性と高性能を併せ持つ DWH を実現しています。従来は生データをデータレイクに置き、DWH に転送して分析するのが一般的でしたが、すべてをデータレイク上で完結させているところに SAP Databricks の新しさがあります」(小谷氏)

すべてのデータと AI のガバナンスは、SAP Databricks の「Unity Catalog」と呼ばれる機能で対応し、データの種類やアクセス権限を管理しています。管理対象はテーブルだけでなく、AI モデル、ファイル、ノートブック、ダッシュボードも含まれます。それらをリネージ、コスト制御、ビジネスメトリックスなどの一貫した管理体制で信頼性を担保しています。

Databricks 社と SAP のパートナーシップでは、AI の取り組みを最優先事項に位置付けています。SAP システムには企業にとって重要なビジネスデータが多く蓄積されており、データと AI の掛け合わせによって価値あるユースケースが生まれてきます。財務、人事、サプライチェーンなどの SAP データを AI に学習させるための強固な基盤となるのが SAP Databricks です。

「SAP と外部データでドメイン特化の生成 AI を作成するケースとして、パーソナライズされたチャットボット、顧客の解約予測、クレーム処理の自動化などに取り組んでいる事例があります。また単純なモデル作成だけでなく、外部データと掛け合わせた SAP データの探索・分析をしているケースとして、サプライチェーンの需要予測や在庫管理の最適化に取り組んでいる事例もあります」(小谷氏)

デモでは、SAP Databricks のコンソール画面を使ったデータ管理や DWH の実現方法のほか、予測分析や生成 AI のエージェントアプリケーションの作成方法などが紹介されました。

 

 

SAP BW の資産を最大限活用するモダナイゼーション

 

最後はビジネスデータファブリックにおける SAP BW/4HANA の BW モダナイゼーションについて、SAP ジャパンの春木が解説しました。

SAP BW は、1998 年のリリースから 30 年近くにわたって業務データの分析基盤として進化を続けており、SAP ERP と連携したソリューションとしてデータ活用を支援してきました。一方、近年のデータ活用のトレンドである非構造化データを含めた統合管理、セルフサービスデータ活用、ML/AI といった要望に柔軟に対応できないという課題がありました。これらの課題を解決するため、次世代のデータ基盤として誕生したのが SAP Business Data Cloud ですが、これまで蓄積してきた SAP BW の資産を SAP Business Data Cloud で最大限活用したいという声も多く聞かれます。そこで、SAP では「LIFT」「SHIFT」「INNOVATE」の 3 つのステップで SAP BW を SAP Business Data Cloud に移行するメソッドを提供しています。

 

ステップ 1 : LIFT

SAP BW や SAP BW/4HANA のオンプレミス環境を SAP Business Data Cloud のプライベートクラウドコンポーネントへ移行することで、SAP BW をそのまま使い続けるステップです。SAP BW への投資を維持しながら、移行プロジェクトのコストを低減することができます。必要に応じて SAP BW の最新バージョンへのバージョンアップや DB の HANA 化を実施し、2030 年あるいは 2040 年までのサポート延長に対応することが可能です。

 

ステップ 2 : SHIFT

SAP Business Data Cloud 上で既存の SAP BW を利用しながら、徐々にデータやデータモデルを SAP Datasphere にシフトしていくステップです。SAP Business Data Cloud の機能であるデータプロダクトジェネレータを利用して、SAP Datasphere のオブジェクトストアおよびビューレイヤー内に SAP BW データプロダクトを作成することができます。トランザクションデータおよびディメンションで構成されたデータをデータプロダクトとして公開することで、SAP Datasphere や SAP Databricks で利用することが可能です。SAP Datasphere を用いた SAP データと Non-SAP データの統合シナリオや、SAP Databricks による SAP データの ML/AI のシナリオが活用できる点においてメリットがあります。

 

ステップ 3 : INNOVATE

SAP BW を SAP データプロダクトと Intelligent Applications に完全移行し、最終的に SAP BW をシャットダウンする最終ステップです。ここでは 3 つの手法があります。

1 つめは、既存の SAP BW のデータモデルを SAP データプロダクトや Intelligent Applications にそのまま移行する手法です。現在と同じ要件をそのまま再現できるわけではありませんが、SAP のベストプラクティスに基づき、新たな分析をスタートすることができます。

とはいえ、長年利用しているデータやレポートを使いたいというニーズは根強いことから、2 つめの手法として用意しているのが、標準データソースを SAP データプロダクトと SAP Datasphere へ移行する方法です。これまで利用してきたデータモデルやクエリーは変換フローを活用してデータの再マッピングやデータ変換を行いながら、できる限り従来と同様の形でデータを提供することになります。

3 つめは、カスタムデータソースを SAP Datasphere へ移行する手法です。アドオンテーブルからのデータ連携や、アドオンの CDS View からの連携の場合、カスタムデータプロダクトから連携を実装し、データモデルに関しては移行後に再修正したり、新たなレポートを作成したりしながら環境に適応させることになります。

「LIFT、SHIFT、INNOVATE のどこから始めるか、どこをゴールとするかは、お客様の状況によって変わってきます。SAP BW に関しては長年利用されているお客様も多いことから、ブラックボックス化してどこから手を付けていいかわからずに悩まれているお客様もいらっしゃいます。そこで、SAP では SAP BW のマイグレーションに向けたアセスメントサービスを無償で提供しています。独自のロジックを作り込んでいたり、貴重なデータが残っていたりするケースも見られますので、SAP はそれらを有効活用したモダナイズに引き続き注力していきます」(春木)

 

最後に椛田が補足として、SAP Business Data Cloud のコンポーネントの概要、アーキテクチャの全体像、周辺システムとの連携などを解説し、技術ブログやオンラインセミナーなども紹介して、約 100 分にわたるセッションが終了しました。