2025年9月に日立製作所CFO兼CRMO加藤知巳氏をゲストスピーカーに迎え、SAP SELECT – CFO Executive Exchangeを開催しました。幅広い業種かつ業界を代表する企業21社のCFOが参加し、「AI時代のサステナブルな企業価値向上に向けたCFOの役割」をテーマに事例講演およびパネルディスカッションを通して活発な意見交換が行われました。
本稿では、ご参加いただいたCFOから大変高い評価と共感を得た日立製作所加藤CFOの講演および体験共有のサマリーをお伝えします。


入社以来、多様な業種・地域・拠点(IT・エネルギー/
米国・中国・日本/工場・販売会社・コーポレート)での財務を経験2024年よりCFOとして経営計画における主要財務KPIの 達成に向けた活動をリード
■日立経営改革の歩み
日立製作所は115年前に創業し、現在はIT、プロダクトの制御技術であるOT、そしてプロダクトの3つを組み合わせた社会イノベーション事業をグローバルに推進しています。
創業以来、売上と利益が拡大傾向でしたが、90年代後半からは利益が低迷し、当期利益では時折赤字になる厳しい状況でした。そこにリーマンショックが発生し、当時の日本企業製造業では最大額の約8000億円近くの赤字を計上することになります。
赤字の原因はリーマンショックの影響はあるものの、本質的にはそれまでに抜本的な構造改革をしてこなかった不採算事業の累積でした。
図表1 日立連結最終損益の推移

リーマンショック以降の経営改革は社長も交代して新チームで推進しました。
2010年度から始まった中期経営計画ではその後3つの中計期間にわたり、経営危機からの脱却と収益力向上の基盤作りのためにコア事業の選定を行いました。社会イノベーション事業に注力分野を決めて事業ポートフォリオ再編、不採算事業撤退を断行し、コア事業としてLumada事業を立ち上げたのが最大の成果と認識しています。
社長が3代にわたりブレないで経営改革を進めたことが今の日立の基盤を作ったと考えています。
図表2 歴代社長がブレずに経営改革を推進

その後、2019年度から始まった2021中計では、それまでに改善した収益力を背景に、グローバル成長基盤の構築として、一兆円規模の2つのM&A投資を決断しまた。1つは、高電圧のパワーグリッド事業で業界をリードするABB社パワーグリッド事業の買収、もう一つが顧客のDX戦略を実現するソフトウエアを提供する米国に本社のあるGlobalLogic社になります。
この事業ポートフォリオ改革の結果、かつてはプロダクトから金融まで総合デパート感のあった事業構成は、コングロマリット企業とは言っても社会イノベーション事業に絞った事業構成になり、上場子会社の再編も完了しました。
図表3 事業ポートフォリオ改革

2008年の大赤字の反省の1つが経営力の不足でしたが、経営ガバナンスが弱かったとの認識のもと、取締役会の強化を実施しました。2012年からは、取締役の過半数を社外取締役が占めるようになり、現在では3/4が社外取締役で、約4割が外国人で、グローバル事業の経営経験のある方にお願いしています。
取締役の間では大変活発な議論が行われ、M&Aや予算提案が承認されなかったことも一度ならずあり、執行側から取締役会への提案はいつも真剣勝負になります。ただ、このいい意味での緊張関係が、経営レベルの向上を通じて企業価値向上に繋がるのだろうと考えています。
こうした経営改革を土台に昨年度に終了した2024中計ではオーガニックな成長を図り、キャッシュ創出力と企業価値創造ストーリー強化を推進しました。結果として、財務目標の殆どを達成して株価も過去最高を大きく更新するなど、大きな成果を出すことができました。また、数字面だけでなく、キャッシュフローとROIC重視の経営が定着したことも財務責任者として良かったと思います。
図表4 企業価値向上の実現と財務部門の貢献

■先行き不透明な20年代と日立の方向性 新経営計画Inspire 2027
2020年のコロナウイルスに始まり、ロシアによるウクライナ侵攻と中東紛争激化、米国関税に端を発する貿易対立に加え、AIによる社会激変など、20年代前半は激動の日々でした。そして後半もこの激動は続き、もっと大きな変動になりえると懸念しています。
こうした状況下、今年度から始まった新CEOの下での新たな経営計画を紹介します。
前中期計画で成果を上げた一方、これから更に持続的企業価値を成長させようとすると幾つかの大きな課題があります。
まず、ベンチマーク先の企業と比べるとまだまだ収益性と資本効率が低い点、そして前中計では機会に恵まれず計画していた規模での成長投資を行うことができず、事業ポートフォリオ改革のスピードが落ちた点であります。また、リスクマネジメントの継続的強化も必要と考えています。
このような課題認識のもと、どの事業をコアに伸ばしていくかについて見直しを行いました。従来からデジタルを活用して顧客価値を向上させるLumada事業をコアにしてきましたが、昨今の急速なAI技術の進展により、かつてないスピードでデータから価値を生み出すことがAIで可能になってきたことを踏まえ、AIを活用したLumada事業を3.0として引き続き新経営計画のコア事業として位置づけることにしました。
■図表5 新経営計画のコア事業

Lumada 3.0の特徴的な例が鉄道事業部門での取組みになります。同事業部門では、日立がこれまで獲得したプロダクトや運行・保守サービスに係る事業固有の知識であるドメインナレッジを使って生成AIを教育し、プロダクトや運行などのデジタライズドアセットから収集される稼働データをこのAIで解析し、車両や鉄道インフラの健全性をリアルタイムに判断することで保守コスト・列車の遅延を大幅に減らせるソリューション (HMAX)を提供しています。
こうしたLumada事業を長期的に日立全体の売上収益の80%を占める規模に拡大する目標を掲げ、Lumada事業の利益率も20%という長期目標を決め、Lumada事業をドライバーに今後の日立全体の売上拡大と収益向上を実現する狙いを明確にしました。
新経営計画Inspire2027でもLumada事業の売上比率を50%、利益率を18%に上げる目標を定め、この成長を実現するために投資と事業ポートフォリオ改革を進めていきます。
また、今回の経営計画を検討する際に、中計自体を完全にやめることも検討しましたが、資本市場に対して経営チームの目線を示すためにも、目標を開示することにしました。但し、中計という言い方は止めて、長期目標と中期目標とし開示しています。
Inspire2027の主要財務目標は下記5つになりますが、今後の経営環境の不透明性を考慮し、絶対値では無く、幅や比率の目標を設定しています。
■図表6 コア事業をドライバーに企業価値向上に向けて持続的成長を目指す目標設定

売上収益拡大とマージン率向上、そしてキャッシュフローコンバージョン率を高めて、最終的にコアフリーキャッシュフローを成長させることに加え、業績向上を図りながら資本効率を上げていくためROICを目標に置いています。
そして、これら財務目標を達成するドライバーをLumada事業の売上比率とマージン率としています。
■激動の20年代に企業価値向上をリードするCFOの役割
ここまで、日立の経営改革の歩みとこれからの経営方針を話してきましたが、ここからは今後のCFOの役割について3つの観点で話をします。
1.サステナブルに企業価値を向上する財務戦略
先ほどの新経営改革の財務目標で示した通り、企業価値向上に向けてキャッシュ創出強化を考えています。
次に、創出したキャッシュを成長投資と株主還元にバランスよく機動的に配分します。株主還元については中長期的に還元を拡大する方針を明言しており、安定的な配当成長と機動的な自己株式の組みあわせで、コアフリーキャッシュフローと当期利益の半分以上を還元する方針になります。
そして、Lumada事業を中心に事業拡大によるリターン拡大と、アセットライト化による投下資本適正化を推進し、ROICを向上させていきます。特に、M&Aなどの成長投資の判断時には、ROICとROICスプレッドの計画を出してもらい、M&AによるROICの影響とその回復時期を明確にしています。
ROIC向上に加えて、レバレッジ活用やデジタルサービス事業拡大、そしてIR活動の拡充によりWACC低減を進めています。
■図表7 コア事業拡大によるリターン拡大と投下資本適正化によるROIC向上

経営環境の不透明性拡大を踏まえて、事業セクター、地域、コーポレート機能組織が連携し、日立全体の重大リスクを一元的に把握し対策するエンタープライズ・リスクマネジメント(ERM)を推進しています。
昨年より、コーポレート、セクター、地域にリスクマネジメントオフィサーを配置し、既存の組織が担うリスクマネジメント活動をファシリテートする体制を構築しました。
貿易対立などの重大リスクを影響度と発生可能性の2軸で整理しています。まず、セクターが自分たちの事業における重大リスクに順位付けを行い、次に日立全体としての重大リスクの順位付けをコーポレートで実施し、全社で取組む重大リスクを特定し、担当部門が対策方針と進捗をコーポレートの戦略会議で報告するサイクルとしています。
■図表8 リスクマネジメント体制とリスクヒートマップ

2.デジタルを活かした財務トランスフォーメーション
ここまで説明してきた企業価値向上の戦略を実行するには、デジタルの力と人の力が必須と考えています。
まず、デジタルを活かした財務トランスフォーメーションについて説明します。
財務部門では長期的なビジョン(2030ビジョン)に向けたトランスフォーメーションロードマップを策定しました。
財務戦略、デジタル/DX戦略、E2Eプロセス戦略、人財戦略で構成され、2030年までの主な施策が明示されています。
ビジョンとしては、「企業価値の最大化に貢献する、最高のチームワークで、規範を守り、困難な課題に挑戦する」を掲げています。
財務戦略は、先ほどお話した狭義の財務戦略で企業価値に直結するものであり、人財戦略はCFOなどの経営職とマネージャーなどの管理職、そして税務・資金などの専門職の3つに分けたモデルとなるキャリアパスを共有しています。
ここではデジタルDX/戦略、E2Eプロセス戦略を中心にお話しします。
日立はコングロマリット企業で各事業が異なるということと、かつては各事業の自主性を重んじて最終ゴールは上場化だったこともあり、未だに業務プロセスはバラバラな状況が残っています。かねてから共通システムの導入を訴えてきましたが、数年前からようやく統合ERP共通化プロジェクト(*1)を始めることができ、この共通ERPを前提に新たな業績管理システムやシェアードサービスセンターの検討を進められるようになってきました。
■図表9 共通ERPを土台にしたデジタル経営基盤のありたい姿

日立はコングロマリット企業でありますが、シナジー活動に貢献するデータ利活用の最大化を図るため、ITアプリケーションロードマップを整理し、主要アプリケーションとツールを3つに区分してITガバナンス徹底を図っています。
Core:全社統一標準領域
日立グループで共通のものを使う領域。ERP、調達、人財、コミュニケーション、または基本的なITツール等
Distinct:個別事業領域
事業特性を反映した差別化が必要な領域。R&D、マーケティング、販売、エンジニアリング等。
この領域は各事業の裁量を認める。
Common:共同利用領域
CoreとDistinctの間として、できる範囲で共通化しながらも、事業モデル毎または地域モデル毎に最適化が必要なSCM、原価計算などの領域。この領域は、会社の経営方針に沿った上で事業モデル別の裁量を認める。
現在、日立グループ全体に共通ERPを展開中していますが、この共通ERP基盤も先ほどの全社統一の標準領域CoreとCommonに区分した上でグローバルITカバナンスを利かせる仕組みとしています。
この共通ERP導入という大きな取組みは、2020年にABB社から買収したパワーグリッド事業がきっかけとなりました。
これは事業買収だったので、ABB社ERP基盤からの乗り換え先となる新たなERP基盤構築が早期に必要でした。そこで、グローバルに展開するパワーグリッド事業の主要なIT機能を、1インスタンスのSAP S/4HANAでカバーする野心的なプロジェクトに踏み切りました。
ABB社のERP基盤もSAPでありましたが拠点毎にインスタンスは分かれおり、数十あったインスタスの統一化が大きなチャレンジでした。プロジェクトキックオフしてから4年かけて全世界の拠点への導入が完了しました。
この1インスタンスの共通ERP基盤により、主要な業務プロセスが統一化され、シェアードドサービスセンターの生産性は飛躍的に向上しました。また、SAP S/4HANA主要モジュールをほぼ全て導入したことで主要なデータはほとんど共通ERPに蓄積されることになり、分析や報告の効率が大幅に改善しました。
■図表10 パワーグリッド事業共通ERPを雛形にした日立グループ全体の統合ERP基盤の構築・展開

パワーグリッド事業では以前より売掛金・買掛金・税務・経費精算などの基本的なトランザクション業務をシェアードサービスで実施していました。シェアードサービスセンターでは、従来RPAによるプロセス自動化が主流でしたが、共通ERP基盤導入に伴いAI活用が徐々に増え始め、現在はプロセス自動化の半分以上をAIにより実現しています。
また、共通ERP基盤を土台にトランザクション業務以外の工場・製品、プロジェクト、SG&Aにかかわるコントロール業務、財務分析、予算管理など分析業務についてもCCC(Controlling Capability Center)への集約化を推進しており、ここでもAI活用の加速化を図っています。
■図表11 共通ERP基盤を土台にシェアド業務&管理経営業務のAI活用・生産性向上の加速化

このパワーグリッド事業の共通ERP導入をコーポレート側もまたとない機会と捉え、戦略投資枠を使い日立グループの共通ルールをこの共通ERPに組込むように仕掛けて将来の日立グループ横展開に備えました。
そして、このプロジェクト(REIWA)が完了した後、パワーグリッド事業共通ERPを雛形に日立グループ全体の共通ERP基盤を構築・展開しています。
なお、日立グループ全体に展開中の共通ERPは、日立グループにおける事業の多様性を踏まえてワンインスタンスに拘らず、事業の型(例えば量産型、中量産型等)毎にインスタンスを分けて導入展開しています。
但し、インスタンスは分かれていても前に述べたように全社統一の標準領域CoreとCommonに区分した上でグローバルITカバナンスを利かせる仕組みとしています。
次に、デジタルを活かした財務トランスフォーメーション例としてTMS(Treasury Management System)について説明します。
最大の狙いは地域分散型から本社集中型の資金管理へのシフトになります。これまで、分散型の資金管理による資金効率悪化リスクが顕在化していました。そこで2019年よりグループ資金管理方針を明文化し、デジタル経営基盤整備に着手しました。
TMSの主な機能としては、グループ会社の銀行口座開設のコントロール、残高の可視化、為替取引・残高確認、内部取引、グループ内ネッティング、支払い代行などになります。
グローバルキャッシュマネジメント業務の集中化・標準化・プロセス自動化を推進し、グループ600社の資金調達と支払いの集中化により各社の手元資金と借入金を圧縮することで、年間100億円以上の真水の効果と為替リスク低減、資金ガバナンス強化を実現することができました。
*日立製作所Global Treasury Transformation詳細はSAP News Center記事をご参照ください
*日立製作所 Global Treasury Transformation概要についてはYou Tube(5分程度の動画)でご覧いただけます
■図表12 デジタルを活用した資金面からの企業価値創造への貢献 Before / After


3.非財務指標の経営管理への織込み
日立では、サステナブル活動を図表13のように整理し、役員報酬と連動させることで社会への価値提供を継続してコミットしています。

■図表13 非財務指標の経営管理への織込み
ここでは、役員や従業員のインセンティブに関する取組み、高いパフォーマンスを発揮する組織文化と人財強化の取組みについて紹介します。
役員報酬については2023年以降、中期的な企業価値成長と業績への連動性向上、また、Pay-for-performanceの徹底を狙いに、中長期インセンティブの比率を従来以上に高めています。
CEOを例に取ると、かつては所謂月給の基本報酬、ボーナスといわれる短期報酬、更に株式報酬である中長期インセンティブの割合が「1:1:1」でしたが、これを「1:1.2:2」に改定して半分弱を株式報酬に変えました。
また、従来は基本報酬だけだった取締役に株式報酬を導入しました。
この株式報酬を従業員シニアリーダー層に拡大することを計画しており来年度からの導入できるよう準備を進めています。
また、従来は国内だけだった従業員向け株式購入プランもグローバルに展開する予定になります。
また、高いパフォーマンスを発揮する人財強化の取組みについては、AI人財拡充と成長戦略を実現する次世代リーダーを1000人規模で育成することを計画しています。
■図表14 持続的成長を牽引する人財を人的資本への積極投資により強化

4.これからのCFOの役割
以上、激動の20年代に企業価値向上をリードするCFOの役割として日立の取組みについて紹介してきました。
この激動の20年代は残念ながら後半も激動が続き、特にAIやサプライチェーン変動への対応によって、各企業の競争優位性が大幅に変動する可能性が高いと考えています。
自社や競合他社は言うに及ばず、今の優良顧客や有力サプライヤーまでもが競争力を失ってしまうリスクがあるという認識になります。
このきわめて厳しい経営環境の中で求められるCFOの役割を考えてみました。
図表15 これからのCFOの役割

ひとつは伝統的な役割を強化しつつ、新たな役割もあるということであります。
ここでは「掛け算型リーダー」と書いていますが、例えばサプライチェーンが大きく変わる環境で、具体的な商流やサプライヤーにフォーカスする「ミクロ分析」は不可欠ですが、更に最初はよく見えない大きな流れの変化をより早く的確に掴み取る力や感性などの「マクロ視点」が求められます。
次に、CFOのあるべき姿を考えれば考えるほど、CEOを従来以上に広範囲でサポートすることが求められるということであります。
自分もかつて当時のCEOから言われた財務戦略でなく経営戦略をCEOと一緒に考えてくれ、という言葉を改めて思い返しています。
一方、具体的な重点アクションはというと、企業価値向上に資する戦略に加えて、ITである経営インプラ強化と人財強化という3つは変わらないという認識を持っています。
ここで申し上げたのは今後求められるCFOの役割であり、恥ずかしながら私自身はこれらの役割についてあまりできていないという認識であります。更なる精進が必要であり、後継者育成が待ったなしと認識しています。
*1: SAP S/4HANAをコアにした共通ERP。パワーグリッド事業におけるS/4HANAをモデルに日立グループに展開中


