(本記事は、1月9日に本社で掲載されたものです)

AI は今、単なる便利なツールの域を超え、企業の競争力を左右する中核要素へと急速に進化しています。特化型モデルや AI エージェント、さらに AI ネイティブなアーキテクチャの浸透によって、AI は企業活動の根幹に深く組み込まれ、計り知れない価値をもたらしつつあります。

AI の進化の波を乗りこなすには、意識の転換が不可欠です。もはや「AI で何ができるか」を問う段階は終わりました。今問われているのは、「AI と共に成功するための組織をどう作るか」「AI ネイティブな基盤をどう構築するか」「課題ごとに最適なモデルをどう選択するか」「いかにして AI を適切に管理・統制するか」という問いなのです。

2026年のエンタープライズAIを定義する5つの重要テーマを見据えると、これらは組織にとって機会と課題の双方をもたらします。それでは、深掘りしていきましょう。

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1. 新たなカテゴリーのAI基盤モデルがもたらす企業価値の創出

生成AIの進歩を支えているのは、「基盤モデル」と呼ばれる技術革新です。これは膨大なデータで学習された巨大なニューラルネットワークで、多様なタスクへ柔軟に適応できるよう設計されています。

大規模言語モデル(LLM)は、基盤モデルが大規模に展開される中で、その第一波を形成しました。インターネット上のあらゆるテキストに相当する膨大なデータで学習された汎用 LLM は、文書要約やコード生成、そして ChatGPT や Claude などのアプリケーションを支えるといった、数多くの付加価値の高いユースケースへの扉を開きました。ここ数年、この基盤モデルのアプローチは、動画生成や音声といった他の領域にも急速に拡大しています。

2026 年には、特定のデータ形式や領域に最適化された特化型基盤モデルが、企業における付加価値の高い AI ユースケースの原動力となります。動画生成モデルは、現実世界の物理データに基づいた学習を通じて、場面に応じた自然な動きや物理的な法則を推論できるようになっています。また、新たに登場した「世界モデル」は、物理世界のシミュレーションが、予測や合成トレーニングデータ、デジタルツインといった用途で新たな可能性を切り拓くことを示しています。さらに、視覚・言語・行動モデル(VLA モデル)は、ロボット特化型の基盤モデルが未知のタスクや環境にも適応できることを証明しています。これにより、インターネット規模の膨大な知識を、物流や製造現場における現実世界の具体的な動作へと変換することが可能になります。

エンタープライズ領域においても、データベースや業務ソフトウェアに蓄積された構造化データに対し、同様の変革が進行しています。LLMは多くのユースケースで目覚ましい成果を上げていますが、配送日の予測やサプライヤーのリスク評価といった、数値ベースの予測タスクは得意ではありません。

しかし、リレーショナル基盤モデルの研究によって、インターネット上の汎用的なテキストや画像ではなく、表形式などの構造化データセットで直接学習することで、高い予測精度を実現できることが示されています。これにより、従来の機械学習では必須だった、煩雑な特徴量エンジニアリングや個別訓練が不要になります。その結果、企業は予測モデルのデプロイを、数ヶ月ではなくわずか数日間で実現できるようになります。最近発表された SAP-RPT-1、Kumo、DistilLabs といったリレーショナル基盤モデルは、ERP、財務、製造、サプライチェーンといったシナリオにおいて、予測、異常検知、最適化といったユースケースを直接サポートできることを明確に示しています。

2026年には、こうした特化型モデルの普及がさらに進み、構造化された業務タスクにおいて、汎用LLMや従来の最先端機械学習アルゴリズムを上回る性能とコスト効率を実現すると期待されています。これらのモデルは、企業の高付加価値業務を支える中核的な存在となっていくでしょう。

2. AI ネイティブアーキテクチャへのソフトウェアの進化

AI は、初期のルールベースによるエキスパートシステムから、確率論的ディープラーニング、そして近年の生成 AI の爆発的な発展に至るまで、数十年にわたりさまざまなアプローチによって価値を創出してきました。2026 年には、企業は既存の AI 搭載アプリケーションやプロセスの改善にとどまらず、現代 AI の可能性を最大限に引き出す AI ネイティブなアーキテクチャへと移行していくことになるでしょう。

AI ネイティブなアーキテクチャーは、決定論的なシステムの上に、継続的に学習する自律的なインテリジェンスレイヤーを付加します。これにより、アプリケーションは、固定されたワークフローに沿った静的にコーディングされたものから、インテントドリブンで、コンテキストを理解し、自律的に改善し続けるものへと進化させます。ただし、こうしたエージェント型システムが真価を発揮できるかどうかは、信頼できる情報を取得し、根拠として活用できるコンテキストレイヤーの質に左右されます。そのため、企業は、包括的で意味的に豊かなナレッジグラフの構築に投資すべきです。それがスケーラブルな文脈情報の供給源となり、AI ネイティブなソフトウェアの信頼性と自己改善能力を支える鍵となるからです。

企業向けアプリケーションは、今後ますます AI ネイティブな設計へと進化していくでしょう。その特徴は、マルチモーダルかつ自然言語による対話に最適化されたユーザーエクスペリエンスや、複雑なプロセスを推論して実行する AI エージェント、そして基盤モデルやサービス、さらには意味的に豊かな業務データを蓄積したナレッジグラフを統合管理するインフラにあります。また、AI ネイティブなアーキテクチャーによって、より多くの従業員が自らアプリを開発できるようになります。例えば、IT 部門に負担をかけることなく、個別の業務に必要な小規模な生産性向上アプリをわずか数分で構築することが可能になります。

AI ネイティブなアーキテクチャーは、既存の SaaS の原則や、最新のクラウドアプリケーションへの投資を土台としており、それらを必要不可欠なものとします。確率論的で適応力の高い AI モデルと、決定論的な SoR (System of Record) を組み合わせる手法は、専門用語でニューロシンボリック AI と呼ばれます。これは、AI が持つ優れた適応力と、信頼性・ガバナンス・確実性を備えた業務プロセスを融合させるものです。次世代のアプリケーションは、AI を単に後付けするのではなく、設計の中心に据えて構築されます。これにより、AI による推論、ビジネスルール、そしてデータを組み合わせ、インサイトの提供から自動化までをシームレスに実現します。例えば、企業のポリシーや規制を遵守しつつ、異常を未然に察知し、対策を提案し、さらにはワークフローを自律的に実行する――そのような ERP システムの姿が現実のものとなります。 

3. ミッションクリティカルとなるエージェント型ガバナンス

過去 2、3 年の間に、生成 AI は付加価値の高い多くのユースケースを生み出してきました。これらの多くは、ユーザーがモデルにプロンプトを送り、その回答を受け取り、さらにやり取りを重ねるという、対話型の利用スタイルが中心でした。

昨年には、次なるイノベーションの波が始まりました。それが、複数ステップにわたるタスクを計画し、反復的な推論を通じて遂行できるAI エージェントです。このエージェントは、適切なツールの選択や進捗の自己評価、さらには他の AI エージェントとの協調さえ行う能力を備えています。こうした高度な AI エージェントは、膨大な文書・記録・ポリシーを横断的に分析して紛争解決したり出張手配したりするなど、これまで自動化が難しかった複雑なビジネスプロセスに対応できる可能性を示しています。

しかし、機密性の高いデータや重要タスクを扱うAI エージェントが急速に普及するにつれ、新たな管理機能が不可欠になります。組織が数百もの専門特化型 AI エージェントを運用するようになると、エージェント型ガバナンスが極めて重要な要件として浮上します。AI エージェントが無秩序に増え続ける「エージェントスプロール」という課題は、かつてのシャドー IT を想起させますが、自律的な意思決定を行う存在である以上、そのリスクは当時とは比べものにならないほど大きくなります。

先見性のある企業は、エージェントのライフサイクル管理(バージョン管理、テストプロトコル、デプロイ承認、廃棄手順)、可観測性と監査可能性(エージェントのインベントリ、ログ、推論パス、およびアクショントレース)、ポリシーの適用(ビジネスルール、規制上の制約、および倫理ガイドラインのエージェント実行プロセスへの組み込み)、人間とエージェントの協調モデル(自律性の境界、承認要件、およびエスカレーション経路の定義)、そしてパフォーマンス監視(精度、効率、コスト、およびビジネスインパクトの追跡)という 5つの側面を網羅する、包括的なガバナンスフレームワークを構築することになるでしょう。

この組織的な転換は、極めて大きなものとなるでしょう。AI を単独のツールとして見る段階から、オンボーディング、パフォーマンス評価、そして継続的な改善を必要とするデジタル同僚としてエージェントを管理する段階へと移行するからです。組織がエージェント型ガバナンスを従来の人的リソース管理と同じくらい真剣に扱うようになるにつれ、人事部門と IT 部門は協力して「デジタルワークフォース管理」に取り組むことになります。 

4. インテントドリブン ERP と生成 UI がもたらす新たなユーザーエクスペリエンス

消費者は、自然言語や音声、さらには画像やジェスチャーを用いたプロンプトによるコンピューター操作にますます慣れつつあります。同時に、テキスト、グラフ、コード、さらには HTML を瞬時に生成する生成 AI の能力も急速に向上しています。これらと並行して、AI エージェントの発展により、ユーザーは単に自らの意図を伝えるだけで、エージェント側がその目標達成に向けて最適な進め方を自律的に判断できるようになってきました。

こうした進化は、エンタープライズソフトウェアとのまったく新しい関わり方や「ノーアプリ(no‑app)ERP」といったエクスペリエンスを可能にします。たとえば、顧客訪問を予約するには、通常であれば分析アプリでアカウントを確認し、CRM システムで住所を調べ、さらに別アプリに移動して出張手配を行うといった、複数のタスクをこなす必要があります。

2026 年には、デジタルアシスタントを通じた「生成 UI (GenUI)」エクスペリエンスがますます普及し、ユーザーは複数のアプリケーション間を行き来したり、手作業でタスクをこなしたりする負担から解放されるでしょう。やがて AI は、ユーザーが「最も多くのリード(見込み客)を抱える顧客への訪問を準備して」といったインテント(意図)を伝えるだけで、すべてを完結できるようになります。そこからは、AI エージェントが実行手順や利用すべきシステムを特定し、ユーザーと対話して詳細を確認しながら、分析グラフや説明資料をウィンドウ内にダイナミックに生成していきます。AI エージェントの計算・予測ツールが強化されるにつれ、ユーザーはより自然に「データと対話」できるようになり、エージェントはバックグラウンドでデータに基づいた意思決定を下すようになります。はっきりしているのは、エージェントとのやり取りが単なるテキストチャットの域にとどまらないということです。 組織は、豊かなビジュアライゼーション、完結したワークフロー、そしてわずか数コマンドで高度にパーソナライズされたアプリを構築できる能力を享受することになるでしょう。

ユーザーインターフェースが消失するわけではありません。ノーアプリ (no-app) ERPエクスペリエンスや自律型エージェントには、人間が日常業務で依拠しているものと同じ共通基盤、すなわち、ビジネスアプリケーション内に定義されている構造化されたワークフロー、セキュリティ、ガバナンス、およびビジネスロジックが必要です。決定的な違いは、エージェントがこれらのプリミティブを GUI を通じてだけでなく、プログラムによって大規模に利用する点にあります。そして人間は、アプリケーションを一度も開く必要なく、自然言語を介してこれらのエージェントとやり取りできるようになるのです。

これらの機能は、職場における人間と AI の協調、および生産性の新たなパラダイムを切り拓くものとなります。アプリケーションやデータソースを横断するパーソナライズされたエクスペリエンスと適応型ワークフローは、新しいシステムの導入ハードルを大きく下げるでしょう。モダリティや基盤となるシステムに左右されず、ユーザーの意図を達成することだけに集中できるこの能力こそが、AI やエンタープライズシステムへの投資価値を最大限に引き出すカギとなります。  

5. 脱グローバル化によるソブリンAIオファリングの推進

AI が、科学的発見や国家安全保障から、経済生産性、さらには文化に至るまで、あらゆる分野に影響を及ぼす可能性を秘めていることから、国家間ではデジタル主権を巡る議論が巻き起こっています。関税や戦争に起因するサプライチェーンの混乱といった地政学的な出来事は、多くの国や組織が抱く「デジタル主権を確保しなければならない」という切迫感を、より一層強める結果となっています。

デジタル主権には、大きく分けて 2つの定義が存在します。一つは、データストレージやアクセス権限を規定する情報セキュリティ上の認定区分としての定義です。 例えば、米国の FedRAMP やドイツの VSA などがこれに該当します。政府の機密データをソブリンクラウドで処理する際には、こうした制度における適切な認定区分を取得していることが求められます。もう一つは、より広範な概念として、クラウドスタック全体における物理的資産や知的財産、法的管轄権、およびサービスの由来を指すものです。具体的には、アプリケーションが採用している AI モデルが欧州、米国、中国のどこで作成されたものか、あるいはデータセンターが地理的に他国から独立した場所に置かれているか、といった点が重視されます。

ソブリン AI には極めて高い重要性を持つ一方で、地政学的な不確実性や複雑さも伴います。そのため企業は、最先端かつ柔軟でありながら、完全に自国の主権下で運用できる AI・クラウドソリューションを、いっそう強く求めるようになります。こうした動きは、世界一律の万能型クラウドから、各地域の規制に準拠した AI 搭載型エンタープライズプラットフォームへのシフトを一段と強めるでしょう。同時に、各国政府も国家 AI 戦略の洗練化を継続し、クラウドスタックの各レイヤにおいて、自国が競争力を発揮し価値を創造できる分野への投資を強化していくと考えられます。 

2026 年の AI テーマの実行に向けて

2026 年、AI は企業の単なる補助的なツールから、組織を支える不可欠な柱へと進化を遂げようとしています。この変化を牽引しているのは、高度化するエージェント、生成 UI、そして AI ネイティブなアーキテクチャーといった主要トレンドの融合です。これらが AI をアプリケーション層から引き上げ、ビジネスオペレーションの中枢へと押し上げています。

これからの時代に成功する組織とは、この変化をいち早く捉え、AI を前提とした組織構造を築ける企業です。その実現に向け具体的な鍵となるのは、まず、人間と AI エージェントが協働する新たなワークフォースを管理すべく、強固なガバナンスを確立すること。次に、生成 UI の導入により、採用の障壁を下げ、従業員が自然に対話できるインテントドリブンのユーザー体験を実現すること。また、ビジネス価値を最大化させるため、企業のユースケースに最適化された専門的な基盤モデルを活用すること。そして最後に、推論、ビジネスルール、データを統合し、先回りした洞察と自動化を提供する AI ネイティブなアプリケーションを構築することにあります。

一方、2026 年においても組織には依然として高品質で連結されたデータが不可欠です。データがサイロ化していると、AI の効果は大幅に制限されます。前述したとおり、AI ネイティブなアーキテクチャーを構築するには、全社のデータを調和させ、モダンなクラウドアプリケーションへの継続的な投資が欠かせません。なぜなら、データが統合されているほど、AI はより正確で価値ある結果を生み出せるからです。


・ジョナサン・フォン・ルーデン (Jonathan von Rueden) は、SAP SEのAI 最高責任者です。
・ウォルター・サン (Walter Sun) は SAP SEのシニア・バイスプレジデント兼SAP Business AI担当AI グローバル責任者です。
・ショーン・カスク (Sean Kask) は、SAPのバイスプレジデント兼SAP Business AI担当AI戦略責任者です。