多くの中堅・中小企業では現在、下請け気質からの脱却や、ビジネスの持続的な成長を支える新たな経営基盤の確立が大きなテーマとなっています。福島県の会津を拠点に医療機器に組み込まれる極小部品の精密加工などを手がける西田精機株式会社も、こうした課題を抱える企業の 1 つです。これまで「西田スタンダード」と呼ばれる独自の在庫管理方式に最適化されたシステムで経営を進めてきた同社は、新たな基幹システムとして SAP S/4HANA®、MES、サプライヤーポータルなどの機能が提供される共同利用型 ERP「CMEs(Connected Manufacturing Enterprises)」を Fit to Standard で導入。約 3 年にわたる運用を通じて、データに基づく生産・販売・在庫・品質不良ロスの把握や予実管理などの基盤を構築しました。これによりデータドリブン経営が可能になり、事業承継への一歩を踏み出しました。

 

下請け気質の在庫管理方式が課題に

西田精機の原点は、1949 年に東京都板橋区で創業した金属挽物業です。その後、部品メーカーとして医療機器業界に参入し、1977 年に西田精機株式会社が創立されました。2020 年には本社を板橋から福島県の西会津町に移転し、現在は 2014 年に操業を開始した会津若松工場を主な生産拠点として事業を展開しています。売上高は約 14.9 億円(2023 年度実績)、従業員は 191 名(2025 年 4 月現在)、2027 年度を最終年度とする中期経営計画では、技術の進化による新たな価値創造などを掲げており、そこではデータを駆使した競争力の強化が重要な課題となっています。

創立以来、オリジナルの刃具を使った極小部品の精密加工に強みを持つ同社では、内視鏡などで使われる多くの金属部品を製造しています。部品は最小径 φ0.3mm、ミクロン(1/1000mm)オーダーの精度の加工実績があり、人体に触れる部品を厳密な品質管理によって製造し、医療機器メーカーに提供しています。

同社のビジネスの特徴として、重点顧客 1 社を中心とした取引が長期にわたっていることが挙げられます。現場で製造する医療機器用の金属部品は、劣化が少なく廃棄もわずかです。そのため同社の在庫管理は特殊で、取引先からの発注変動に迅速に応えられるように常時在庫を持つ体制となっており、この安心安全の方式は「西田スタンダード」と呼ばれていました。

生産と経営管理を司る基幹システムは、早い段階からパッケージ製品の導入やスクラッチ開発によって強化を続けてきたものの、生産管理、MES、在庫管理、財務会計など個別最適で構築されてきたシステム間の連携には課題があり、損益や原価などのデータは年度の決算がまとまるまで正確に把握できていませんでした。

代表取締役社長の西田高氏は「この方法が取引先との正しい付き合い方であるかどうかについては、世の中のスタンダードとは逆行しているという自覚はありましたが、在庫を持っておけば売れるという状況もあり、これまで受け継がれてきました。しかし、次につながる未来を考えたとき、現在の生産体制を見直して会計とつなぎ、最低でも月次単位で経営データを把握して意思決定が下せる環境を構築するべきであると考え、全体最適への転換を目指して基幹システムの刷新をトップダウンで決断しました」と話します。

 

本稼働から 3 年間の原価・損益管理の進化

これらの課題解決に向けて、西田精機は会津地域の製造業を中心とする企業間の連携組織「会津産業ネットワークフォーラム(ANF)」の会員企業が利用する共同利用型 ERP「CMEs」を導入し、2022 年 5 月より本稼働を開始しました。とはいえ、稼働した直後は基盤ができたばかりで、即座に経営に貢献できたわけではありません。本稼働から約 3 年の時間をかけて原価や損益管理の高度化に取り組み、ようやく現実が理想に近付いてきたといいます。この経緯について、執行役員(経営企画、品質/環境、新規事業担当)の皆木隆志氏は次のように話します。

「まず製造業において最も重要で、これまで把握できていなかった原価の可視化を優先しました。これにより、データに基づいて利益を生み出す仕組みを整備することができます。もう 1 つは、予算管理の仕組み作りです。最初の 1 年はデータ収集で手いっぱいでしたが、2 年目の後半からは当社独自のベンチマークが徐々に見えるようになり、将来予測が可能になりました。3 年目の 2025 年は過去 2 年のデータをもとに予算を組むことが可能になり、利益の確保につなげることができています」

同社が初年度に最も重視したことは、生産と会計をつなげることでした。常務取締役の西田真氏は次のように話します。

「当社では長年にわたって、それぞれのシステムが最適であれば生産はうまく周り、在庫を確保して納期通りに納品できれば十分という考え方で、在庫がどの程度経営に影響するのかは意識していませんでした。つまり、生産と会計をつなぐことの未来像が描けていなかったのです。“このままではいけない”と意識を改めたことで、ようやく自分の中で腹落ちしていきました」

一方、本稼働直後はデータ入力を増やしすぎたことで、現場は混乱に陥りました。そこで、正しい原価・実績を把握するためのデータ入力はこれまでの西田スタンダードを実現するためではなく、経営管理を高度化するためのデータ入力へと進化・改善を図っていきました。経営管理課(経理係・情報管理係) 課長の宍戸政輝氏は次のように話します。

「情報の精度を高めようとしたことで、現場に必要以上のデータ入力の負荷がかかってしまいました。そこで生産管理で本当に必要なデータは何か、財務や会計につなぐために本当に必要なデータは何かをあらためて整理しながら、SAP のプロセス上で経営管理をよりシンプルにするための改善を重ねていきました。その結果、現在の管理レベルにたどり着くことができました」

データに基づく意思決定が事業承継への足がかりに

CMEs の稼働から約 3 年が経過した 2025 年 8 月現在、生産・販売・在庫の“PSI”と品質不良ロスの“Q”は日次単位での把握が可能になり、ダッシュボード上で可視化されています。課長以上の管理職は、不良ロスの削減に向けて日次の PSI-Q を見ながらタイムリーに対処しています。PSI-Q は工場内の大型モニターにも表示され、従業員全員がモニターを見ながら不良ロスの削減に取り組んでいます。

会計領域についても、CMEs の実績データを分析することで、月次単位の「品目別損益」「工程別原価」の可視化が実現しました。これにより、損益の改善が必要な品目を絞り込み、原価情報をもとに改善ポイントを明確化できるようになっています。定例会議では損益や原価をもとに議論し、関連部署にフィードバックすることで工程の改善を進めています。財務/予算管理についても、期初の段階で年度の着地点を予測できるようになり、月次の予実管理で着地点の補正も可能になっています。

「現在は各課の課長も経営会議や予算会議に参加してもらい、議論をしながら予算を決めています。課長は自分の課のメンバーに対する説明責任が発生しますので、積極的に無駄の排除に取り組むようになり、生産性が向上しています。自分が経営に参画しているという意識が生まれることで管理者のモチベーションが向上し、それが現場にも波及しているということです」(西田社長)

利益率が改善した成果は従業員の給与にも反映され、2025 年度は 5 %のベースアップを実現することができました。組織的には営業部隊を新設し、重点顧客以外との取引も始まっています。さらに自社製品の企画にも着手し、従業員全員で新たな価値創造に向けたチャレンジが始まろうとしています。

「現在は原価に基づいて自社のコストを改善し、それを取引先に還元することで“選ばれる企業”になることを目指しています。一方で取引先からは価格に対する納得感が得られていることから、将来的にはデータを活用して交渉力を高めていきたいと考えています。こうした取り組みを通じて、事業承継への一歩を踏み出し、次の世代へバトンを渡していきます」(西田社長)

 

SAP の Fit to Standard の重要性を実感

西田精機における CMEs の導入を改めて振り返ってみると、この決断のきっかけとなったのは西田社長が参加した ANF の講演会でした。この場でインダストリー 4.0 の話を耳にした西田社長は大きな感銘を受けて導入を決めました。自社の業務のやり方にこだわっていては、取引先とデータでつながれなくなってしまう、取引先から選ばれなくなってしまうという危機感を感じたのです。

「心が動いたのは、業務をシステムに合わせる Fit to Standard の考え方を理解したときでした。SAP の ERP のことは知っていましたが、当社の規模の会社で導入できるとは思っていませんでした。しかし、これまで多額の投資で個別最適を極めてきた中で限界を感じていたところもあり、非競争領域にこだわっていても意味がないことに気づいて導入を決めました」(西田社長)

CMEs の導入プロジェクトは、2020 年 11 月から 2022 年 4 月にかけて実施。導入に先駆けて生産方式改革・構築プロジェクトを立ち上げ、各部署のキーマン、関係するメンバー、最終的にはすべての従業員を組織横断的に巻き込んで、コンセンサスを得ながらシステムの移行を進めていきました。

「なぜシステムを変えるのかという従業員の疑問を解消するために、まず経営側の方針を伝えた後、各部署からキーマンを選抜して、理解を得るところからスタートしました。導入時はロジスティクス/MES/財務の各領域で説明責任者/実行責任者を置き、すべての現場を巻き込む形で進めていきました。朝礼や全体集会でも社長がシステムを刷新する意義を繰り返し説明したことで、全員が同じ方向を向いて導入を進めることができました」(西田真氏)

一方、プロジェクトではマスターの整備、業務をシステムに合わせる Fit to Standard の徹底、正しいデータの入力といった点で苦労も多かったといいます。

「マスターが正確でなければ、標準原価も実際原価も正しく把握することができません。これまで設定していなかったマスターも多くありましたので、この対応は大変でした」(西田真氏)」

 

データドリブンによって経営管理の精度をさらに向上

導入から約 3 年で具体的な成果が見えつつある中、中期経営計画の最終年度となる 2027 年までの継続課題としては、PSI 管理、品目管理、財務/予算管理のさらなる精度向上が挙げられます。

直近の課題が PSI 管理です。現在も現場に依存しているデータ入力の問題を解決することで、PSI のさらなる精度向上とエラーリカバリーの削減を図っていく考えです。これにより、MRP(資材所要量計画)の活用による生産計画の自動化、在庫の最適化を見据えています。

品目管理については、製造工程の基本データであるマスターデータ(BOM)や作業手順の精度向上を図り、管理レベルの底上げを目指していく計画です。

財務/予算管理については、データの集約/分析サイクルの高速化と精度向上を図り、現在の月次単位から週次単位の細かいサイクルで可視化することでタイムリーにフィードバックしていく予定です。

「将来的には、データドリブンによって現場の意識を改革し、会社の風土・文化を変えていきたいと思います。データ活用のための新たなフレームワークを整備することで、さらに効率的に動ける環境を提供していきます」(皆木氏)

また西田精機全体としては、より良い社会の創造に貢献する ESG 経営の推進にも取り組んでいます。直近では取引先から求められるカーボンフットプリント(CFP)の算出に備えるため、SAP Sustainability Footprint Management の導入も視野に入れています。

事業承継のための環境整備として、データ活用や業務の標準化を進め、属人的な経営から脱却した西田精機。経営トップの判断で大きな変革を成し遂げた同社の成功事例は、同様の悩みを抱える中堅・中小企業にとって価値あるモデルケースとなるはずです。

 

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