(本記事は、6月1日に本社で掲載されたものです)

欧州最大級のエネルギー企業 E.ON の CIO であるセバスチャン・ウェーバー(Sebastian Weber)氏は、SFの世界のようなテクノロジーが日常生活に自然に浸透しているにもかかわらず、人々がそれに対して大きな動揺を示さないことに驚きを感じています。

ウェーバー氏は、その例として、サンフランシスコで走行する自動運転車、戦闘任務を担う自律型ドローン、人間と同様に人のケアを行うよう訓練されたロボットなどを挙げています。TAC Insightsが主催し、SAP for Energy and Utilitiesをテーマに開催されたカンファレンスで講演した同氏は、こうしたテクノロジーの進展について「不安を感じさせる側面もあるが、同時に非常に刺激的でもある」と率直に語っています。

重要インフラを担うエネルギー企業にとって、こうした技術革新のスピードは、単に興味深い、あるいは不安であるといった枠で捉えられるものではありません。むしろこの変化は、イノベーションを適切に統制し、レジリエンスを確保しながら、明確な目的に基づいて導入する責任を企業にもたらします。 

テクノロジーの波に乗る

ウェーバー氏は、こうした動きを、世界を形作ると同時に人々の意識にも影響を与えてきた「大きな技術の波」の延長として捉えています。インターネットの存在なしに現在の社会を想像することは難しく、また携帯電話の普及がITの利用のあり方を大きく変えたことも否定できません。人々は日常生活で得られる利便性と同等の体験を、職場にも求めるようになりました。

「AIも同様の変化を生み出しています」とウェーバーシャは指摘します。「家庭ではChatGPTを使ってガーデニングの課題を解決できるため、職場でも同様に業務を効率化してくれることが期待されます」

E.ONが直面する大きな課題の一つは、外部環境における急速な技術革新と、組織構造や文化に根差した内部の変化を効果的に取り込み、実装する力との間で拡大するギャップを埋めることです。

この課題は、経営陣が大規模なIT投資の継続的な妥当性を検討した際に浮き彫りになりました。しかし、デジタル化されたエネルギーシステムにおいて、安定性、コスト効率、レジリエンスを確保するためには、継続的な投資が不可欠であることがすぐに明らかになりました。E.ONが欧州のグリーンエネルギー転換を主導する存在となることを目指すのであれば、継続的な投資は不可欠です。

この目標を実現するため、同社は「成長」「サステナビリティ」「デジタル化」の3つを戦略的優先事項として定義しています。これは、デジタル対応で遅れると、長期的により大きなコストを招くという認識に基づくものです。

ウェーバー氏は次のように述べています。「システムを現在の水準に引き上げるには、組織としての準備が不可欠です。投資や優先順位について深く検討する必要があり、何よりも重要なのは人材と企業文化です。一つ確かなのは、私たちはもはやかつてのスピードには戻らないということです」 

戦略的な存在へ

E.ONの事業は、エネルギーグリッド、カスタマーソリューション、エネルギーインフラソリューションの3領域にわたります。この広範な事業範囲は高い業務の複雑性を生み出しており、そのため、組織全体で拡張性があり、透明性が高く、協働的な業務の進め方が求められています。

同社はこうした課題に対応するため、社内体制の強化と人材への投資を進めています。社内の専門知識を拡充する中で、1,000人以上の専門人材を迎え入れており、その中にはデータ分野で500人以上、サイバーセキュリティ分野で300人以上が含まれています。これにより、組織全体でのオーナーシップと協働が強化され、イノベーションが促進されています。

この取り組みは、同社の根底にあるより広い考え方を示しています。ITはもはや単なる支援機能ではなく、エネルギー転換を先導し、競争優位を生み出すための基盤となっています。

急速なテクノロジーの進化を背景に進む同社の変革において、AIは転換点の中心に位置しています。AIアシスタントや自動化ツールは単なる新規性にとどまらず、顧客のサービスとの関わり方を再定義しています。E.ONはこうした変化を捉え、これらのテクノロジーを追加的なものとしてではなく、コアシステムに直接組み込むアプローチを採用しています。 

ギャップの解消

ウェーバー氏は、E.ONにおけるデジタルトランスフォーメーションとは、「4,700万人の顧客により良いサービスを提供するために、適切なテクノロジーを事業の中核に組み込むこと」だと説明しています。

その取り組みは、プラットフォームの標準化から始まり、クラウドERPへの変革、SAP S/4HANAへの移行へと続きます。分断された個別開発に依存するのではなく、この戦略によりテクノロジーを統一されたアーキテクチャに統合することで、不要な複雑性を避けながら拡張性を確保しています。こうした基盤インフラへの投資は具体的な成果をもたらしており、5年間でITダウンタイムを77%削減しました。

E.ONの歩みから得られる重要なポイントの一つは、デジタルの能力を事業運営の中核に組み込むことの重要性です。ウェーバー氏は、「デジタルラボや実験的な『ガレージ』といった、業務から切り離されたイノベーション拠点から離れ、デジタルツールを業務プロセスに直接統合しています」と述べています。

一方で、同社はガバナンスも重視しています。この規模のデジタルエコシステムを管理するには、セキュリティ、一貫性、コスト規律を確保するための強固な統制が不可欠です。E.ONは、契約の標準化やITシステム管理の統合を含む中央集約型のガバナンス体制を導入し、イノベーションを阻害することなく統制を維持しています。

また、人材への投資も同様に重要です。対象を絞ったトレーニングや能力開発の取り組みを通じて、従業員が新たなテクノロジーを測定可能なビジネス成果へと転換できるようにしています。 

AIの活用

多くの企業と同様に、E.ONにとってもAIは将来を見据えた戦略の中核に位置付けられています。一方で、同社は意図的に慎重なアプローチをとっています。独自プラットフォームの構築を急ぐのではなく、実績のあるテクノロジーパートナーとの連携を活用しながら、ITポートフォリオの柔軟性を維持しています。このアプローチにより、同社は効果が実証されていないソリューションに過度に依存することなく、カスタマーサービスの自動化、予知保全、業務最適化といった分野でAIの可能性を探っています。

同社のITエキスパートは次のように指摘しています。「つまり、私たちはデジタルトランスフォーメーションを通じてより広い経験をしています。その成功はバランスだと感じています。イノベーションは確実に推進していく必要がありますが、安定性、サイバーセキュリティ、ガバナンスを犠牲にしてはならないからです」

また、単にデジタルツールだけでは不十分です。適切なトレーニングとビジネスニーズとの整合がなければ、どれほど高度なテクノロジーであっても価値を生み出せない可能性があります。E.ONは、「BizDevOps」という考え方を通じてこの課題に対応しており、デジタル施策がビジネス目標の不可欠な一部として位置付けられ、適切な能力によって支えられるようにしています。

総じて、E.ONの変革は、複雑で高度に規制された業界において大規模な近代化を実現するために何が求められるかを示しています。IT投資の強化、専門知識の内製化、そして規律を保ちつつ将来を見据えたイノベーションへのアプローチを通じて、同社はエネルギーの未来に向けた基盤を整えています。

その成果は、単にシステムの性能向上やダウンタイムの削減にとどまりません。テクノロジーがどのようにビジネスの成功を支えるかという点において、根本的な変化をもたらしています。さらに、テクノロジーは、新たなエネルギーを信頼性高く、手頃なコストで、かつ大規模に機能させるための基盤となっています。