
AI の進化に伴い、多くの企業が業務での活用を模索しています。一方、AI を実務に組み込もうとすると、社内システムとの連携やデータ活用など、さまざまな課題に直面するケースも少なくありません。日本を代表する総合商社として幅広い領域でグローバルビジネスを手がける伊藤忠商事株式会社は、海外約 50 拠点に SAP S/4HANA Cloud をクリーンコアの思想で展開した後、SAP Business AI Platformを AI 活用のプラットフォームとして位置づけ、「AIX(AI×Transformation)」を推進しています。同社が目指すのは、業務プロセス全体を自動化する AI エージェントの実現です。現在、SAP Business AI Platform をプラットフォームとして AI 活用と開発体制の両面を強化しながら、業務変革を推進する同社の取り組みをご紹介します。
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海外基幹システム「G-SAP」で取り組む「AI on ERP」
伊藤忠商事は、「G-SAP」の名称で海外現地法人が利用してきた SAP ERP (ECC6.0) を SAP S/4HANA Cloud へ移行するプロジェクトを 2019 年に開始し、2026 年 4 月までに約 50 拠点への展開を完了しました。その後、本格的な AI 活用に着手し、グループのデジタル戦略で掲げる「地に足をつけた AIX」という考え方のもと、その一環として「AI on ERP」に取り組んでいます。同社の AI 活用をリードする IT・デジタル戦略部 兼 CISD (ASIA) CO.,LTD.の Chief Strategy Officer の原田修作氏は次のように話します。
「ERP における AI の活用領域は大きく 2 つあります。1 つは、ERP への入力やオペレーション業務を AI によって自動化すること。つまり、AI エージェントによる Autonomous Enterprise(自律型エンタープライズ)の実現です。もう 1 つは、ERP や経営データを AI が常時横断的に収集、分析することで、AI によるインサイトを活用できる環境を構築することです。これにより、迅速な意思決定の実現を目指します」

IT・デジタル戦略部 兼 CISD (ASIA) CO.,LTD.の Chief Strategy Officer 原田修作氏
AI エージェントで実現する自律型エンタープライズ
この 2 つの活用領域のうち、AI エージェントによる自律型エンタープライズの実現に関しては、既に SAP 社との共同開発を進めています。早期に成果が得られる領域を優先し、AI 活用の加速を目指す同社の AI プロジェクトでは、PoC(概念実証)を前提としない開発方針を掲げています。
「AI プロジェクトでは、小規模な PoC を繰り返すだけにとどまり、本番展開まで至らないということもよくあります。。これに対して、私たちは、PoC はしない、本番適用のみ、と掲げています。現場からのヒアリングに基づいてクイックに成果が出せるところを見極めて、すぐに環境を構築して、3 か月を目安に本番適用をしていくという戦略で進めています。」(原田氏)
同社がまず取り組んだのは、コミッション業務を対象とした会計伝票入力の自動化などの AI 活用です。2026 年 9 月時点では、すでにエージェンシー業務、トレードファイナンス業務などにおける AI エージェントによる会計伝票入力の自動化が実現しています。
その中でも自律型エンタープライズを象徴する AI エージェントが、エージェンシー業務向けの「Agency Order」です。同社のコア事業であるトレードコミッションビジネスでは、売り手と買い手の間で大量のやりとりが発生するため、コミッションの計算だけでなく、取引情報や商流情報、明細情報といった多数の伝票を SAP S/4HANA Cloud に入力する必要があります。従来は担当者が各種伝票を目視しながら手作業で入力していたため、多大な工数が発生していました。
新たに開発した Agency Order では、PDF などのドキュメントファイルを読み込ませるだけで、内容の解析から必要な情報の抽出、SAP S/4HANA Cloud への登録までを AI が自動で実行し、大幅な工数削減が実現しています。
「その他の AI エージェントについても、Agency Order と同様の思想で開発しています。今後、人はデータを入力するオペレーションの役割から脱却し、AI を管理・活用する役割へ転換していきたいと考えています」(原田氏)
「AI Xon ERP」を支えるクリーンコアと SAP SAP Business AI Platform
伊藤忠商事の「AIX on ERP」の取り組みを支えているのが、開発・拡張プラットフォームである SAP SAP Business AI Platform です。同社では、SAP SAP Business AI Platform 上に AI 機能や業務アプリケーションを配置することで、SAP S/4HANA Cloud のコアをクリーンに保ちながら、新たなサービスを柔軟に追加できる構成を採用しています。
海外拠点では AI on ERP の取り組みと並行して、従来は周辺システムや Excel で運用していたトレードファイナンスなどの業務プロセスを、順次 SAP Business AI Platform 上に統合するプロジェクトも進めています。これによりデータ連携はシンプルになり、運用負荷の軽減が可能になります。
「アプリケーションは、SAP Business AI Platform 上で SAP Fiori をベースに開発しています。原則として SAP Fiori のテンプレートで対応できる範囲で検討し、ビジネスの競争力につながる独自の機能についてはスクラッチで開発します。また、SAP Business AI Platform と SAP S/4HANA Cloud のシステム連携は、データ連携の品質とガバナンスを確保するために、SAP Business AI Platform のシステム統合基盤である SAP Integration Suite に集約しています」(原田氏)
SAP の SAP Business AI Platform CoE プログラムで独自の開発ガバナンスを構築
拡張性とアジリティを重視して SAP Business AI Platform を採用した伊藤忠商事ですが、初期の段階では SAP Business AI Platform ならではの課題にも直面しました。当初は要件をヒアリングした後に素早く環境を立ち上げ、トライアルを重ねながら開発を進めるアジャイル開発を採用していました。しかし、SAP Business AI Platform は開発言語や画面設計、アプリケーション構成などの自由度が高いため、開発ルールがあいまいだと ERP の外側に新たなレガシーシステムを生み出してしまい、品質や保守性が低下する懸念がありました。
そこで、同社は SAP Globalの SAP Business AI Platform CoE (Center of Excellence) プログラムへ参加し、必要となるロールや責任分担、ドキュメント体系、レビュー方法、設計ルールなどを習得し、自社に適した開発ガバナンス体制を整備しました。具体的には、SAP が持つ 20 を超える専門ロール体系を参考に、自社の規模や組織構造に合わせて再検討し、ウォーターフォールとアジャイルの中間に位置する開発プロセスへ移行しています。
「変革の速い中でのイノベーションを推進するためには、イノベーションを創出できる強い組織の構築が非常に重要になります。SAP Business AI Platform CoE プログラムは、SAP 社の中で実際に開発をしている部隊の知見が集約されており、非常に多面的な観点で、かつ現場感もあり、実行力をもった組織の在り方を整理できる機会となりました。組織および個人のスキル変革の実行、推進手法の定義、、伊藤忠商事独自のガバナンス体制の整備など、組織改革を進めたことで、SAP の拡張性やツールの自由度を最大限に活用したスピード感のあるイノベーション推進が可能になっています」(原田氏)
クリーンコアと SAP Business AI Platformで開発期間を 50% に短縮
海外拠点における AI on ERP の最大の成果として挙げられるのは、SAP S/4HANA Cloud のクリーンコアと SAP Business AI Platform の活用によって、ERP 基盤の構成を検討する時間がほぼ不要になったことです。従来、ERP 上でアドオン開発を行う場合は、開発工数の約半分が基盤側の検討・調整に費やされていました。
クリーンコアを実現し、SAP Business AI Platform 上でアプリケーション開発を完結できるようになったことで、AI エージェントやビジネスロジックそのものの議論に集中できるようになりました。さらに、SAP Business AI Platform 上の開発ツールや AI コーディングツールの活用によって開発スピードが大幅に向上したことで、全体の開発期間は従来比で 50% に短縮されています。
グローバルを横断した内製開発で AIX をさらに加速
伊藤忠商事では、G-SAP のプロジェクトで確立したクリーンコアの考え方を 2027 年 5 月に本稼働を予定している国内共通基盤にも展開するとともに、SAP Business AI Platform 上でのアプリケーション開発に積極的に取り組んでいます。国内共通基盤では、あらゆる業務プロセスでの AI 活用を前提とし、データの入力から参照までを AI が担う世界を目指しています。
こうした国内外でのイノベーションをさらに加速するため、同社は 2026 年にグローバルを横断した内製化組織としてベトナムにイノベーションセンターを設立し、SAP 本社のメンバーとも連携しながら内製開発の体制を強化しています。今後は内製化組織を軸に、基幹システムから AI エージェントまで幅広い領域のアプリケーションの企画・開発・実装を担いながら AIX を推進し、グループの業務改革およびビジネス変革を加速していく考えです。
SAP Business AI Platform を共通基盤として AI エージェントを業務へ組み込みながら、内製化組織が継続的に改善を重ねる同社の取り組みは、AI シフトを進める企業にとって価値あるモデルケースとなるはずです。
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