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200,000 PEOPLE MOVE TO URBAN AREAS EVERY DAY!

Source: Future of Construction, World Economic Forum, December 2, 2015

この意味を規模に換算すると、「6週間毎にニューヨーク都市圏規模の都市が新たに生まれている」ことになる。ただ、それが生まれているのが「限られたエリア」というのがポイントで、非常に限られたエリアには、大容量を収容できる建物が必要になるということを示している。

その一方で、建物にまつわる幾つかのデータを見てみよう。

  • 世界のエネルギー消費におけるビル・建物の割合は41%を占める
  • エネルギーコストだけでも、オフィスビルの総運用コストの30%を占める
  • 多くの企業での不動産支出が2番目に大きいコストを占める
Source: SIEMENS

都市化の進行やエネルギー問題などを考えると、”ビル・建物の性能を向上させる”ことは非常に重要になる。特に、約41%も占めるビル・建物のエネルギー消費問題は、所有するオーナーの意向に委ねられているため、工場や交通手段などと比べると規制や統制が難しい。また、それ以前に多くのオーナーは消費するエネルギー量すら認識していないと言う。

この問題を大きなビジネスチャンスとして捉えたのが、巨大コングロマリット企業でもあるシーメンスのビルテクノロジー事業(2018年にスマートインフラストラクチャーに統合)である。

シーメンス (Siemens AG) は、ドイツのバイエルン州ミュンヘンに本社を置く多国籍企業で、現在では情報通信、電力関連、交通、医療、防衛、生産設備、家電製品等の分野で製造およびシステム・ソリューション事業を幅広く手がける複合企業。また、ドイツが国をあげて推進している「インダストリー4.0」の担い手としても有名で、2000年前半から「製造業のデジタル化を支援する」ことを主力事業の1つに位置付け、関連産業を丸ごと次世代型にシフトすることを推進している企業でもある。

「ビルテクノロジー事業」は売上全体の約8%を占め、ビル制御や空調・防災設備、セキュリティ制御などの製品を軸に、ビル・建物全体を管理できるソリューション・サービス事業までを幅広く展開している。これも(多国籍企業でもある)彼らは全世界2,500か所に約3,000のビルを保有しており、その管理ノウハウを活かした顧客向けサービス開発も積極的におこなっている。SAPとの取り組みを紹介する前に、ビジネスニーズを深堀してみる。

同事業が実施した調査では、

  • 80%の企業がビル・建物全体パフォーマンス状況の可視化を望んでおり
  • 65%の企業がそれらをどこからでもアクセスできることを要求
  • 69%の企業が(それらの結果を用いて)提供されるサービス自体の改善を期待し
  • 50%の企業で新たなデジタルサービスやサービスモデルも期待していた

この結果からも、顧客が要求するサービスレベルが確保できれば十分ビジネスチャンスになる。

ビルテクノロジー事業のCEOである Johannes Milde氏も、当時のインタビューで以下の様に語っている。

「(大規模な不動産ポートフォリオを持つ企業顧客の)不動産のパフォーマンス向上の実現には、単にエネルギー消費データを収集して評価するだけでは不十分で、市場における賃料の妥当性や賃貸物件の占有率、維持・運用費用など様々なデータが必要となる。当然、データソースもエネルギー消費データからビル制御、基幹データまで多岐に渡り、それらのデータを用いてどの様に改善するのか?のコンサルティングまでが必要となる」

現在彼らは、以下のようなサービスモデルを構築し、新たな付加価値サービスを提供している。

Source: SIEMENS

前置きはこれくらいにして、

今回紹介するのは、この取り組みの基礎にもなった「SAPとの協働イノベーション(Co-Innovation)」だ。

※「協働イノベーション(Co-Innovation)」とは”顧客の真のニーズを追求するためのプログラム”であり、SAPのアンカーイベントでもあるSAPPHIRE NOW Orlandoで2014年に「Building Performance Management Cockpit」として発表された。

※ビデオはこちら

専門知識の結合

調査結果を見ても、多くの企業における(ビル・建物の)パフォーマンスに関する可視性は低いと言える。ただ、取り組み目標は「関連するコストを最適化する方法を迅速・正確に意思決定できること」であり、様々なデータを集約するだけでは不十分なのだ。実際の意思決定には、施設管理者からプロジェクト管理者、CFOまで様々なステークホルダーが関与するため、すべてのユーザーに対してプロファイリングされたKPI定義も必要となる。さらに、必要となる情報には、築年数や稼働率、契約条件などその他の多くの情報と関連するため、これらパフォーマンス結果を見て適切に評価・アドバイスができる専門知識やサポート能力も必要だった。

彼ら自身、ビル・建物の設備に関するソリューション提供やコンサルティングはできていたものの、ビル・建物全体パフォーマンスとなるとERPシステムなどとの企業の基幹システムやその他の情報も統合的に管理する必要もあった。そこで両社は、お互いの顧客をターゲットに、双方の製品・サービスを完全に補完する形で革新的でソリューションを共創・協働することに合意し、この取り組みは開始された。

ビル運営会社でもあるSiemens Real EstateとSAP Global Facility Managementをパイロット対象とし、彼らにも協力を得てプロジェクトを開始したまでは良かったが、(残念ながら)うまくいかなかったと言う。

当初プランでは、実際のユーザーと会話すれば具体的に進められると考えていたのだが、「コンセプトレベルでは理解できるが、実際のモノを見ないと判断が付かない」との評価で、ニーズが深堀できずにいたのだ。

 顧客の真のニーズを発掘、具現化するための「協働イノベーション(Co-Innovation)」

そこで、彼らのニーズをさらに深堀するために、アプローチを変えることにした。デザインシンキングを使ったファシリテーションの専門家集団でもある「SAP Design & Co-Innovation Center(DCC)」を参画させ、2日間のワークショップを開催した(SAP AppHaus Heidelberg)。このワークショップでは、「設備と不動産管理双方の視点でビル・建物のパフォーマンス向上できるようにする方法」をデザインチャレンジとして定義し、両社から様々な社員が協力し、本質な課題とその改善機会を深堀し、それらに対するアイデアを具現化した。このワークショップが進むと、このチャレンジを実現するには「50以上の異なる役割が存在する」ことに気づかされた。それだけ既存業務が分断され、複雑度が高かったとも言える。

”私たちがこのプロジェクトを始める前には大量のデータと管理構造の複雑さのために懐疑的だったが、取り組みを通じモノごとが整理されてくると、管理上何が必要なのか?も明確になり、本当に建設的な進め方だと理解した”

– Peter Marburger氏、 Siemens Building Technologies

”設計、エンジニアリング、現場、事務方が1つのチームとして作業することで、お互いのコミュニュケーションギャップをより効果的に埋めることができた”

–  Alessandro Sposato氏、SAPのDesign&Co-Innovation Center

”協働イノベーションプロジェクトは、ステークホルダーの利害関係を整理しながらユーザーのニーズを取り込むひとつの成功例だ。

–  MarionFröhlich氏、SAPのDesign&Co-Innovation Center

50以上の役割から4つのペルソナ(ビル・建物オーナー、ポートフォリオマネージャー、EHS & サステナビリティ管理者、ロケーションマネージャーの責任者)を抽出し、アイディアを具現化していった。

プロトタイプ化(ダッシュボードの開発)

DCCチームは、ワークショップや調査結果を徹底的に分析後、以下の作業に着手。

  • 様々な役割に応じて利用できる「Building Performance Management Cockpit」の全体コンセプトを作り
  • 個々のペルソナのニーズを反映
  • パイロット開発と実際のビル運営会社でもあるSiemens Real EstateとSAP Global Facility Managementへのフィードバックを3回繰り返し、全体のコンセプトやUXデザインを最終化

そして、完成したのが「Building Performance Management Cockpit」だった。

このコックピットを使うと、約1800万平方メートルのオフィス、工場を管理し、施設管理者からプロジェクト管理者、エネルギー管理者、CFOなど、すべての利用ユーザーの役割に対するプロファイリングされたKPIが表示される。これらには、データダウンロードなどのデータの再利用性を促すだけでなく、個別アクションに対する洞察サポートやダッシュボードにコメントを付けて共有、新たなタスクの作成など、利用者間のコミュニュケーション機能も搭載された。

本プロジェクトサマリ

  • 創出したアイディアを10週間以内にパイロット化
  • プロトタイプ段階でシーメンスの社内システムとも統合
  • SAPは、ここでのアイディアを標準機能として提供

SAP自身も、プロジェクトからこのような好意的なフィードバックにより、このアイディアを標準機能として製品化することに決め、パイロットユーザーでもあった Siemens Real EstateとSAP Global Facility Managementへの導入が計画されている。シーメンスもこれらを企業顧客向けに提供・展開する予定だ。(2014年発表当時のコメント)

まとめ

本プロジェクトのサマリを引用すると、

「創出したアイディアを10週間以内にパイロット化」

SAP自身も従来から「プロトタイプ」という表現を使い、自身の持つコモンプラクティスを用いて検討段階でのスピードアップを図ってきた。ただ、今回のように前例がないケースのニーズとなると、従来アプローチを変える必要があったのだ。そこで、「顧客の真の問題・ニーズにたどり着くスピードを上げれば、検討スピードに関するボトルネックを解消できる」と考え、アプローチ自体を再考した結果、このような短サイクル化を実現できた。

「プロトタイプ段階でシーメンスの社内システムとも統合」

業務プロセス自体は複数のタスクから構成され、担当者や組織、会社を跨いで実行されていた。複数のステークホルダーからのタッチポイントから構成される仕組みを考える場合、必要となる機能視点でデザインするのではなく、プロセス視点でデザインすることが重要だ。機能視点だと、人を介してコミュニケーションしている点がデジタル化されずに抜け落ちてしまうからだ。

顧客の真のニーズに直結した検討アプローチ

SAPは創業当初から新たなニーズを顧客と協働開発する形で標準機能に取り込み、他の企業へ還元し続けてきた。ICT技術が大きく進化した現在でも、そのDNAは変わらない。むしろ、様々なテクノロジーが利用可能となった現在の方が、どの様なソリューションを開発・提供するのか?の重要性が増している。その意味では、今回採用した”顧客の真のニーズを追求する開発アプローチ”は完成度が増せばますほど、ビジネス効果に直結できるアプローチとなる。

 

彼らの取り組みからも、様々なシーンでの様々なデジタルテクノロジーを用いた解決策が考えられる時代だからこそ、正しい問題・ニーズを見つけだせないと、正しい解決策を導けないことになる。私自身、日々お客様と対話する機会が多いので、ソリューションの前にアプローチをガイドしていきたいと思う。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、シーメンス社のレビューを受けたものではありません。