We want to harness digitization to run our business without limits and to be “future ready.”
これは、フランスの総合建設会社で有名な「ヴァンシ(VINCI)グループ」でエネルギーインフラ事業を担う「ヴァンシ・エネルギー社:VINCI Energies」のCIOのコメント。
彼らは、2013年にグループ統一のERP導入プロジェクトを立ち上げた4年後に、SAP S/4HANAへの準備に着手している。今回ヴァンシ社を取り上げたのは、「常に将来の準備をする」と言う発言に興味を持ち、彼らの持つ文脈を紐解いてみることにした。
About VINCI Group
「ヴァンシ:VINCI」は、ベルサイユ宮殿やルーブル美術館、エッフェル塔など芸術的建築を得意とし、今では地下鉄や橋梁、道路などインフラ建築など日本の総合建設会社に近い事業ポートフォリオを持つ企業グループである。
- 3,200もの事業を100か国以上に展開する企業で、
- グループ全体で €43.5 billion (日本円で約5.3兆円:€1=122円で試算)もの売上を誇る
- 主な事業は、建設事業/エネルギーインフラ事業(ヴァンシエネルギー:VINCI Energies)/土木事業/高速道路事業/空港運営事業/不動産事業
この巨大コングロマリット企業の成長戦略は、
- 視点は常にグローバル
- 43%の売上を国内以外で稼ぎ、2014年からは27%増とその割合を確実に伸長
- 積極的なM&Aを推進する一方で、(普遍的な価値として)グループ共通のDNAを持つ(彼らは”マルチローカルビジネスモデル”と表現していますが、様々な多様性の中でも、共通の企業文化や価値観を共有し、本的な組織と管理の原則を統一)
- コンセッション事業の積極展開
- 68.6%(Ebitベース)の利益がコンセッション事業から構成(従来方式(コントラクティング方式)のEbit/Revenueは4.1%なのに対し、コンセッション事業は47.2%)
- 日本でも関西国際空港、大阪国際空港または神戸空港の運営権が「ヴァンシ・エアポート社:VINCI Airport(空港運営事業を担うグループ会社)」とオリックス社などでつくる企業連合に移管したことが大きな話題に
- イノベーションの推進
- イノベーションを成長のドライバー役に位置付け、グループ全体に定着:”Intrapreneur incubator for VINCI’s future business”
- ”The fully recycled road(高速道路事業)”、”Developing next-generation concretes(建設事業)”、”From smart lighting to smart cities(エネルギーインフラ事業)”
Source: VINCI Combined Shareholders’ General Meeting 17 April 2019, VINCI 2019 ESSENTIALS
About VINCI Energies
ヴァンシグループの中で約29%の売上を占め、エネルギーインフラ事業を担うのが「ヴァンシエネルギー:VINCI Energies」。
- 1,800もの事業を持ち、53か国以上に展開する企業で、
- 売上は €12.6 billion (日本円で約1.5兆円:€1=\122で試算)
- 売上の51%がフランス国内、39%をフランス以外のヨーロッパ、残り10%をその他地域からで構成
ビジネスの大半がEPC(Engineering, Procurement and Construction)事業と思いきや、ビルや工業用地などのインフラをつなぎ、エネルギーパフォーマンスを改善できる革新的なソリューションやサービスを展開していた。彼らは、”世界中のエネルギー効率化とデジタルトランスフォーメーションを加速する”と言うビジョンを確実に実行している企業だった。
そんな彼らの事業ポートフォリオを見ると、非常に興味深い(括弧内の数字は、2018年の全体売上に対する事業売上の比率)。
- インフラ事業(27%)
- ビルディングソリューション事業(26%)
- インダストリー事業(29%)
- ICT事業(18%)
Source: VINCI 2019 ESSENTIALS
その意味は、ハードウェアをあつかう エンジニアリング会社でありながら、ソフトウェアをあつかう事業の比率が高いことだ。これは、従来のハードウェアビジネスで得たノウハウを、IT技術を用いてパッケージ化(ソフトウェア化)し、展開可能にしていること。加えて、エネルギー効率も含めたモニタリング機能を持つことで継続的な改善をサービス化している。まさに、自分たちの知識、ノウハウを展開・拡張可能にしたサステナブルなビジネスモデルと言える。
一方で、彼らの事業であつかう製品は「一品一様」と言われる世界で、同一製品を展開する話とは訳が違う。しかも、M&A戦略を推進していることもあり、地域ごとの規制などへの考慮も必要となる。そのため、「全体効率とローカルへの適合」は常につきまとう問題となる。
そんな彼らも例外ではなく、グループ全体で”マルチローカルビジネスモデル”の実現を目指し、地域や事業特性を加味した多様性を維持しながらも、共通の企業文化や価値観を共通化することに着手したのだった。
「Codex(コーデックス)プロジェクト」の開始
”ほんの数年で、何百もの企業がこのグループに加わりました”
Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.
この発言は、「グループ共通のDNA」はありながらもそれらを維持するための苦悩が表れている。当時の彼らは 約15もの異なるERPシステムが稼働している状況で、グループレベルでのビジネスプロセスの標準化とは程遠い状態だった。そんな中、グループERP(Enterprise Resource Planning)戦略が立案され、グローバル規模で単一のシステムをデザインする「Codex(コーデックス)プロジェクト」が2013年に開始した。
2013-2015
- グループ全体のビジネスルールを再定義に着手
- グループ会計基盤を整備(グローバル共通のマスタ整備と管理統一を実現)
- 1の結果から生まれた「コアモデル」は2015年初めには100社への展開が完了
- その後、SAP Fioriを用いて UI(ユーザーインターフェース)を進化
最初の3年間でのポイントは「ビジネスルールの再定義」であったことは言うまでもないだろう。地域や企業を超えた「基本的な組織と管理原則を統一」から始まり、「ビジネスプロセスの再定義(コアモデル)」までを実現したのだから。ここでの基本合意ができないと、グループERPどころか、複数のERPが稼働する最初の状態になってしまっただろう。
SAP S/4HANAへの道のり
「Codex(コーデックス)プロジェクト」の資産は、660社で1,800を超える事業を単一システムで実現させたため、超巨大になった。今度は、常に革新的ソリューションやサービスを提供し続ける彼らの戦略の足枷になってしまったのだ。次世代ERPにリノベーションするに当たり、以下が大きな障壁になっていたと言う。
- 11か国、660社で1,800を超える事業をシングルインスタンスで管理
- 既に26,000人ものユーザが利用、ダウンタイムは3日以内
- 450万コードラインのアドオン資産
- システムの拡張は継続(80%のコアモデルは完成しているが、残り20%は2021年まで続ける)
- そして、システムとしての成熟度 など
それでも決断したのは、常に進化が要求されていたからだと当時を振り返ります。
”新たなイノベーション能力を維持したいのであればこの移行は不可欠です。むしろ問題は、我々がそれを行うべきかどうかではなく、いつ・どのようにして実行するのか?ということでした”
Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.
2016-2017
既存グループERPのデータベースマイグレーションをキッカケに、複数バージョンでのプロトタイプ作業を経て実施することにした。
- グループERPのデータベースをSAP HANAにマイグレーション
- SAP S/4HANAの1st プロトタイプ(1511)
- SAP S/4HANAの2nd プロトタイプ(1610)
2017-2018(10カ月)
- SAP S/4HANA(1709)へのマイグレーション
- 予定通り2018/7末に本番稼働(600社、26,000ユーザー)
- 2018/8には稼働後の問題を修正し
- 2018/9には安定稼働
- 2018年末までに残りの展開も完了(+60社、+5,000ユーザー)
トランスフォーメーションを支えるコアモデル基盤の進化
この稼働により、2018年末までにグループ全体オペレーションの80%が補完され、グローバルレベルでの可視性を実現した。また、「コアモデル」には、お客様のサポートビジネスをカバーするSAP C/4HANAやSAP Cloud Platformを中心としたカスタマーポータルの再設計も含まれ、SAP S/4HANAとの統合により、業務側が要求するエンドツーエンドのプロセスを確立した。それまでは、「これらのビジネスプロセスの実現には、個別プロセス毎に様々なテクノロジーを採用していたため、データを再入力したり、仕組みをつなげたりと多大の時間をロスしていたのだと言う。
イノベーションを支える新たなITロードマップ
彼らは、今回の取組みを通じ、従来のERPアプリケーションの利用方法を大きく変えていくつもりだとも語る。
- グループ内のキャッシュフローを最適化し、エンドツーエンドのプロセスを管理(SAP Cash Management)
- 新たな標準機能の採用
- UIの変革(現場従業員へのモバイルApp展開やそれによるサイトオフィス内の業務シンプル化)
- ビジネスプロセス横断でのリアルタイムモニタリングによるプッシュ型での情報発信
また、上記以外にも、(SAP CoPilotを使用した)音声認識機能付きアシスタント機能を社内・社外へのリリースを予定していたり、(SAP Leonardo Machine Learningを用いた)請求書照合など特定プロセスの自動化を検討中だったりと積極的な進化を図っている。
”ERPとの対話は将来的に、音声がキーボードに取って代わると確信しています”
Dominique Tessaro, CIO of VINCI Energies.
”チャットボット”と”AI”、”音声認識”の採用に積極的なのは、労働集約型のビジネスモデルなのが大きく関係しているのだろう。今回実現したエンドツーエンドプロセスでは、代替可能な作業の機械化(自動化)は出来ても、どこかで誰かのインプットが確実に必要となる。それらインプットの業務プロセスがデジタル技術で代替または再考できるのであれば、彼らはさらに次のステージに進化できるからだ。
まとめ
ここまでの内容だけでも、ヴァンシエネルギー社が実施したビジネストランスフォーメーションは、簡単ではないことが分かるだろう。
1,800事業から構成されるビジネスプロセスの再定義に着手
「コアモデル」の定義には、「事業プロセス全体の最適化(垂直統合)」と「地域や事業を跨るプロセスの共通化(マルチローカル戦略)」が含まれている。グループ社員全員に「グループDNA」の浸透があったとしても、今まで誰もやらなかったことへのチャレンジだけでなく、これら2軸のプロセス定義を同時に推進し、(段階的とは言え)ITシステムまでを約3年間でやり遂げたことは驚きでしかない。
イノベーションの対する意識の醸成
彼らが提供しているのは「インフラ」ではなく、それらをつないだ「革新的なソリューション」であり「サービス」なのだ。彼ら自身で顧客や市場の変化、新たなテクノロジーにアンテナを立て、常に進化させていく必要があることを腹落ち出来ていないと、この変革スピードはいずれ鈍化してしまう。それを意図してか、企業レベルで「イノベーション意識の醸成」にも非常に積極的なのだ。
変化に対するICTの位置付け
「グループERPシステムの構築」からの「SAP S/4HANAへのリノベーション」を、息をつく暇もなく実施した決断・実行力は、私の想像をはるかに超えた内容だった。CIOの発言をみても、「ビジネスとITの融合」が非常に高いレベルで実現できている表れだろう。
ヴァンシエネルギー社の取り組みは、変革度合いや規模も含め、驚かされっぱなしだった。この題材をどのように噛み砕き、企業にどのように伝えるのが良いのか?の想像できないのが正直な所だ。ただ、ひとつ言えるのは、変革に着手することに躊躇が無いことだろう。多くの企業では、「なぜ、変革する必要があるのか?」にとにかく時間が掛かる。もちろん、ステークホルダーの理解・浸透は重要なのだが、費やす時間にも限度がある。ヴァンシエネルギー社のように変革を繰り返しながら、企業内人材や業務プロセスの成熟度を高めて行かれてしまうと、その差は開くばかりだろう。日本からもこの様な変革ストーリーを出すために、私自身ももっと知恵を絞る必要がありそうだ。
※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ヴァンシ・エネルギー社のレビューを受けたものではありません。