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ジャストインケース物流(JIC)から考える今後のサプライチェーン戦略

Large warehouse in car factory, low angle view --- Image by © Monty Rakusen/Corbis

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2021年頃から少しづつ、もしもに備えた在庫拡大化を背景とした倉庫スペースの引き合いが増え、企業のレジリエンス力が着目されてきたなかで、「ジャストインケース物流」が注目されてきました。
では、そのジャストインケース物流とは何か?
「ジャストインタイム物流」との違いなどについて、FINANCIAL TIMESの記事「Supply chains: companies shift from ‘just in time’ to ‘just in case’」から日本語で引用しながら、考察してみました。

 

ジャストインタイム物流(JIT)の終焉か?

”サプライチェーン: ジャストインタイム物流からジャストインケース物流へのシフト”。
“Supply chains: companies shift from ‘just in time’ to ‘just in case’ (Masters and Edgecliffe-Johnson, 2021)

まず、私がこのタイトルを見て想像したのは、いよいよ“ジャストインタイム物流の終焉か”です。2020年からのコロナウィルスによるパンデミックに始まる一連のディスラプションには底知れぬ変化対応が必要と感じていたからです。
そして事実、様々な業界で生産遅延、納期遅延、モノ不足のみならず労働力の不足、トラック、海上貨物運搬用コンテナー、様々なリソースの不足とこれでもかという社会状況の変化を伝えるニュースが氾濫しました。

そのような中で、これまで通り、企業が必要な物資、原材料を製造工程の投入タイミングに合わせて、入手して、お客様の必要な時に必要なタイミングで完成品として供給し続ける事は難しくなっているのではないでしょうか。
業界により異なると考えますが、自動車業界などにあっては、人気車種に至っては納期が2年、3年待ちはざらなようです。顧客が待つのに慣れたのか、待ってでも欲しいものなのか?
それともジャストインタイム物流は、約束した納期の中での調整事項であり、納期そのものをコミットしているわけではないのか?

 

サプライチェーン戦略の岐路

しかしながら、あらためて、現在我々はサプライチェーン戦略の岐路にあると考えられます。
グローバル規模での海上貨物コンテナーの需要供給バランスの乱れ、港湾地区のロックダウンによる港湾業務の混乱、ドライバー不足やコンテナーを運ぶシャーシーなど車両不足などは、直接的に物資輸送の遅延につながっています。
この遅延は製造原材料であれば、製造遅延へ発展し、完成品輸送であれば、製品納品遅延へ発展します。また、物流費用の上昇理由の一つともなっています。
物流費用の上昇は、サプライチェーンにおいて、様々な問題を引き起こします。

また、長引くパンデミックの影響で私たちの生活スタイルは大きく変わってきています。マスクや消毒液、石鹸やトイレットペーパーなどの日常品の買い溜めこそ落ち着いたものの、緊急事態宣言、まんえん防止法などによる人々の行動に関わる制限と変化、ソーシャルディスタンスや在宅勤務によるコミュニケーション手段の変化、働き方、売り方など。

その意味でジャストインタイム物流からジャストインケース物流へのシフトを考察する事は、世の中の変化に対して、どのように対応していくべきかを考える良い機会ではないかと思います。

 

ジャストインタイム物流(JIT)とは?

まずは、ジャストインケース物流の対比として、ジャストインタイム物流について、触れておきたいと思います。

ジャストインタイム物流とは、「ムリ・ムダ・ムラを徹底的に無くした合理化の究極を目指したところとなり、その神髄は効率化の追求である」。

企業であれば、業種・業態に関わらずにその業務プロセスの効率化を追求していく過程で、無駄な脂肪をそぎ落とし、筋肉質な体質の実現を目指す為の手法ということも言えます。

また、この業務プロセスの効率化は、例えば必要な部材を必要な時に供給して頂く必要がある事からも、社内外の協力を要するものとなります。この連携部分については、過去にもありましたが、大きなところでは、震災や火災などの影響から部材供給が滞り、様々な製造企業の操業を停止させる程のインパクトを生み出します。

更に、これまでの経緯から見ると、この業務プロセスの効率化は、多くの企業において一定の成果を収めて、そしてより多くのコスト削減活動へと繋がっています。もちろん、業務プロセス効率化を進めつつ、よりコンプライアンスを重視する企業や、よりサステナブルな製造業務プロセスの構築を行う企業もあるかとは思います。

このコスト削減の方向を辿って行けば、様々なアクティビティーの集約化へと繋がります。
シングルソーシングによる購買の集約化、最低発注数量の設定など発注単位の集約化、より低賃金の国々への労働力の集約化、低法人税の国々への工場のシフトによる工場を基点としたエコシステムの集約化など、サプライチェーンの効率化は、次々と大きな枠組みで進められていくのが一般的な手法となっています。

このように社内の業務効率化に始まり、社外との関わりの中での改善、そしてより一層のレベルでの改善を実行していく事で、企業の運転資金の効率化につながり、サプライチェーンコスト抑制に寄与している事が分かると思います。

 

サプライチェーンを取巻く環境の変化

しかしそのようなサプライチェーンの運用モデルも、今回のパンデミックや半導体不足、グローバル規模での海上貨物コンテナーの需要供給バランスの崩壊、E-Commerce台頭による消費者動向の大きな変遷などにより、そして何よりこれまで一貫して進めてきた、ジャストインタイム物流の肝となるリーン戦略が、時代にそぐわなくなってきているのではないかと感じるところとなり、ゆえに大きな転換期となっていると考えられるのです。

また、普段は消費者として、何気なく見ている多種多様化される商品群ですが、その背景を見ると、より洗練された顧客毎に最適化した商品、カスタマイズ化を可能とする技術、売り方、宣伝方法、価値観の変遷、ソーシャルネットワーク普及による個人と言う名におけるブランディング活動、インターネット販売による、国境を越えた企業間競争範囲の拡大など、様々なサプライチェーン戦略についての見直しの源となっているのではないでしょうか。

現在のサプライチェーンにおいて、消費者とメーカーの、製品への距離感や、消費者が製品に影響をもたらす間合いが急速に縮まっているのではないでしょうか?

これは取りも直さず申し上げると、消費者基点で見たデマンド情報が、よりダイレクトにサプライ側の製品そのものに対して共鳴するという事になります。

 

サプライチェーンの再構築

さて、サプライチェーンの再構築に関して、記事中にも取り上げられているマッキンゼー(Alicke, Barriball and Trautwein, 2021)による調査を下記に記します。

2020年5月時点で、93%の企業が柔軟、アジャイルかつレジリエントを意図としたサプライチェーン構築に取り掛かり、その約4割が製造拠点を事業拠点に近づけるニアショアリングの実行を計画していた。
しかしながら、2021年5月の、再調査では、たった15%の企業がニアショアリングに取り組んだという結果となっている。
また、ニアショアリング以外の再構築実施策を見ると、一般的な在庫拡大策が過半数を得ている事が分かります。その内訳としては、61%の企業が重要部材の在庫拡大、そして42%がそのサプライチェーン上での在庫拡大を実施したという事になっている。

この調査から分かるのは、ニアショアリングのように、生産地自体を消費地に近づける大規模な構造改革から、当面の在庫確保というところで、既存のリソースやサプライヤーネットワークや仕組みを利活用した現実的な策が実行されたと言ったところでしょうか。

一方で、ニアショアリングを実行するにあたって、現状のサプライヤーについて理解する事が大切ですが、ここではティア2以降のサプライヤーの動向が可視化されているといった企業がたったの2%であると判明。

これはすなわちニアショアリングを行うにも、既存のサプライヤー網について十分に理解が進んでおらず、したくともできない構図が浮かんでいます。

順序が逆になりましたが、ニアショアリングが現在のサプライチェーンの課題としているアジャイルかつレジリエントなプロセスの再構築を可能とするかについて、如何でしょうか?

 

ジャストインケース物流(JIC)の実情

そこで完璧な回答でないとしても、一つのステップとして登場したのが、ジャストインケース物流であると考えられます。

ジャストインケース物流とは、「予期しない状況を乗り越えるため、ちょっと在庫を多く持っておこう」に他ありません。

とは言え、闇雲に在庫を増やすわけではなく、その中でも戦略的に部材を取捨選択して、在庫は確保できるときに当面必要な数量以上を確保しておく、ソーシングを複数サプライヤーに分けて、欲しい数量を確保できないリスクを軽減する、サプライヤーとの契約を長期化してコミットメントの数値を増やせるだけ増やすなど、様々な方式で実施されているようです。

また、将来的な先行きを案じ、これまでのグローバル購買から、リージョナル購買に切り替えて、極力原材料・部材については足の短いリージョナル内での取引で、購買物流のリードタイムを短くしておくという事もあります。

このようにニアショアリングの次のステップとして、あるいは、現在の雲行きが様変わりするまでの一時しのぎとしての在庫拡大化施策を総称して、ジャストインケース物流が実践されているという事になります。

ジャストインタイム物流が業務プロセスの効率化に重きを置いているのに対して、ジャストインケース物流では、顧客ニーズに対して、効果的にリーチする為の手段と言える。

一方でジャストインケース物流では、倉庫スペースの確保、作業員や車両のリソース確保など、既存のリソースで対応できない部分の追加資本の投入、業務プロセスやリスクの見直しなど実行する必要があり、決してプラグアンドプレーのごとき自由度で対応が出来るとは限りません。

特に作業員の確保などは、そのスキルや能力も含めての課題もあり、ジャストインケース物流導入にあたって、人工知能(AI)やロボティクスを活用した倉庫作業の構築により、投入人員を抑えた形で在庫拡大化へ対応していくのが肝要となります。

 

今後のサプライチェーン戦略において

効率追求を至上主義とするか、効果追及を至上主義とするか、あるいはジャストインタイム物流を追求し続けるか、柔軟にジャストインケース物流をサプライチェーン戦略の柱として進めるべきか、多くの企業が悩むのではないでしょうか。

これらいずれの手法を活用するにあたっても、現状のディスラプションを理解して、投入人員を抑えた形、または人工知能やロボティクスを活用したサプライチェーンの再構築が必要になります。

将来的には大きな改革となる、ニアショアリングや場合によってはオンショアリングも含めて、総合的に検討する過程が肝心だと思われます。

そのような意味において、サプライチェーン戦略策定は、それぞれの企業が望む効率、効果、コスト、これらのバランスをどのレベルで両立させるかが鍵となります。

また、それぞれの施策が複雑に絡まり、現状に合わせてダイナミックに反応する事で、望みうる結果を伴わない場合もあるかと思います。

そういった意味では、結局のところ、ジャストインケース物流であっても、ジャストインタイム物流を遂行するレベルでの業務プロセスのマネージメント力が要求される事は間違いないようです。

 

(参考文献)

Masters, B. and Edgecliffe-Johnson, A. (2021). Supply chains: companies shift from “just in time” to “just in case.” Financial Times. [online] 20 Dec. Available at: https://www.ft.com/content/8a7cdc0d-99aa-4ef6-ba9a-fd1a1180dc82.

Alicke, K., Barriball, E. and Trautwein, V. (2021). How Covid-19 is reshaping supply chains. McKinsey & Company.

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