“Being the most reliable partner, we continuously take your logistics to the next level”
(最も信頼できるパートナーとして、お客様のロジスティクスを常に次のレベルに引き上げます)
これは、自動車部品を中心とした物流サービスを展開するSchnellecke Logistics(以下、Schnelleckeと表記)が、自分達の強み(Value Proposition)を表現したものだ。彼らは、最先端のテクノロジーを使用し、お客様のビジネスプロセスを変革させることに挑み続けている。実は、この企業は2019年にもSAP Innovation Award Process Innovatorを受賞しており、今回2019年に続く受賞となった。
自動車業界のサプライチェーンは、全体の生産プロセスに各サプライヤーが同期し、最適なタイミングで部品を供給しながら、パーツから本体までが組み立てられる。しかしながら、企業を跨いで関係するステークホルダーとは状況把握ができず、両社共に JIS(Just-in-Sequence)のサービス品質が上げられずにいたという。そこで彼らは、企業を越えてビジネスプロセスを同期させ、潜在的な不足やボトルネックを事前に特定することで、生産現場での需要に正確に満たせるようにしたのだった。
ここから、コロナ禍でも歩みと止めずに、進化の歩みを継続的に実施している彼らの歩みを、深掘りすることにする。
現在のSchnellecke
”WE HAVE NOW ADVANCED TO BECOME ONE OF THE TOP SUPPLIERS(私たちは今、トップサプライヤーのひとつになるために前進しました)”
Jalal Boulaghmal, Vice President of Sales & Business Development
彼が語るように、工場では50台以上の白いロボットが、聞こえないメロディーに合わせてバレエを踊るように稼働している。
物流サービス会社であるSchnelleckeが、なぜアセンブリ工場を持ち、自動車部品のトップサプライヤーを目指すことになったのか?を理解するには、少し解説が必要である。
Schnelleckeは、世界中に70以上の拠点と約17,000人の従業員を持つ世界有数の物流サービスプロバイダーの ひとつであり、輸送・倉庫から梱包・組立・供給までの様々なサービスを提供している。
1939年に家具輸送から始めた事業は、第二次世界大戦を経て、1965年に大きな転機を迎えることになった。フォルクスワーゲンの地域輸送を開始したのだ。その後、長距離輸送、国際輸送と順調にサービスの展開地域を拡大していった。
自動車需要が高まる中、1985年に事前組み立て、シーケンシングなど従来サービスの枠組みを超えた価値を模索し始めた。パイロットプロジェクトの成功が、自動車部品輸送以外のビジネス領域に事業を拡大するキッカケとなった。その後、1994年に組み立て加工工場を買収、その翌年には車体部品製造のための子会社を国内外に設立するなど、今では自動車部品の組み立て加工サービスが新たなコアコンピタンスになっている。
さらに、物流に加えて生産ノウハウや経験を持った彼らは、(お客様のビジネスプロセスと同期できる)ソリューション提供およびビジネスプロセスの最適化もサポートするようになった。
新たなチャレンジ
冒頭の”お客様のロジスティクスを常に次のレベルに引き上げます”の宣言通り、従来の枠組みを越えたサービスを提供してきた彼らだったが、様々なお客様に同サービスを展開するに当たって、幾つかの問題に直面することになった。
”JIT(Just-in-Time)”に代表されるように、自動車業界の生産プロセスには時間的制約があり、ライン停止を回避するために、部品やアセンブリはピンポイントの精度で組み立てポイントに移動させる必要がある。そのため、高速かつ信頼性の高いプロセスフローの制御が必要になるのだ。
“Ford in South Africa has completely different software than Ford in Europe, and Volkswagen also has major differences between Europe and the USA(フォードは南アフリカとヨーロッパでは全く異なるソフトウェアを使用しており、フォルクスワーゲンもヨーロッパとアメリカで大きな違いがあります)”
Tobias Streich, Head of the Corporate Data Integration Competence Center at Schnellecke.
彼が語るように、実態は顧客/拠点ごとに異なるシステム・ITランドスケープが、顧客の求めるサービスレベル実現の大きな障壁になっていたのだ。つまり、このような状況においても、企業を跨ぐビジネスプロセスをリアルタイムでの透明性を確保し、プロセス内の非効率性を排除することが求められていた。
SchnelleckeのITとデジタル化
物流サービス業は、モノを運ぶだけだと差別化が難しいため、荷主企業からのコスト削減プレッシャーが強い。そのため、自身のオペレーションコストを下げるための省力化や自動化に積極的な投資をせざるを得ない。加えて、新たなサービスを開発することで差別化しようにも、それらを考える(有能な)人材確保が年々難しくなっていると言う。Schnellecke も例外なく同じ状況に晒されていたため、 “デジタルという商材をいかに効果的に使うのか?”がこの状況を抜け出す唯一の手段だと考え、「Schnellecke Mission Control(SMC)」プロジェクトを開始した。
このプロジェクトでは、社内業務の省力化、自動化などを目的とした独自ソリューション群を包括的に利用できるようにするフレームワーク(“Schnellecke iX+”)として開発され、AGV(Automated Guided Vehicle)やロボットなどの自動制御も含む壮大な構想だ。(下図)。この中心に位置するのが(企業を跨ぐ)ビジネスプロセスをコントロールする「Digital Control Tower(DCT)」で、プロセス全体の透明性を確保だけでなく、個々のプロセス内イベントの早期検出、予測することで、プロセスフローを動的に最適化しようとしている。
Source: SAP Innovation Awards 2022 Entry Pitch Deck, Enabling Real-Time Transparency and Efficiency with a Digital Control Tower for Logistics, Schnellecke Logistics SE
“理想の実現には、まだ多くの作業が必要だ“と語る一方で、仕組み自体を展開可能にできたことには”画期的だ“とも表現している。その理由を想像するに、彼らの目指すデータドリブン(Data-Driven)の世界観を展開可能にした例が、なかなか他には見当たらなかったからだろう。
それもそのはずで、彼らが目指したサービスでは、JIT(Just-in-Time)や JIS(Just-in-Sequence)などの顧客の生産プロセスとリアルタイムで同期させる必要があったからだ。
このような性能要求を満たしながら、複雑なITランドスケープを吸収できる柔軟性をも考えなければならないだけでなく、このITシステムを展開するとなると運用効率などへの考慮も必要だったからだ。これら苦悩に長年取り組み続けてきた彼らだけに、今回このハードルをブレイクスルーできたことは“画期的”という表現になったのだろう。
データドリブン・ロジスティクスの実現
ここからは、いわば、データードリブン・ロジスティクスを実現した取り組みの中で、中核機能を担うDigital Control Tower(以下、DCT)を紹介する。
この開発に当たってはデザインシンキング手法が用いられ、社内の従業員だけでなく関係する社外のステークホルダーへのインタビューから開始された。このインタビューでは、現場の持つ経験値やノウハウ、新たな要望が抽出され、並行して進められていたビジネスプロセスおよび情報フローの分析結果と共にコア機能のコンセプトが作られた。それらの内容をプロトタイピングにより繰り返し評価され、以下の機能が実装されることになった。
プロセス監視
- 以前は、このプロセスを実行するのに15〜20ものマニュアル作業が発生し、最大2時間を要していた。加えて、デビエーション(顧客の仕様要求から外れること)を把握するのが難しく、原因の特定、対策の定義および対策の有効性確認までに最大3週間の時間が掛かっていた。
- 稼働後は、実行プロセスのリアルタイム把握が可能になったことで、プロセスフローのどこに問題があるかをすぐに確認できるようになった。例えば、部品が足りずにピッキングできない場合、補充不足なのか?または入庫タイミングが遅延しているのか?などの理由も表示される。このように、プロセス上のデビエーションがすぐに検出でき、その対策やその有効性を追跡して検証できるようになった。
- また、この実現により、大幅にマニュアル作業が削減され、全体プロセスを通じて大きく生産性も向上しているという。
インシデント管理
- 以前は、インシデント発生時に従業員がコントロールセンターに電話して、フォークリフトの技術的な問題、配送場所や保管場所の誤りなどさまざまな報告をあげていた。そのため、現場での問題解決が優先され、インシデントが報告されずにいることも多かったという。
- 稼働後は、通知者がスマートフォンやタブレットで簡単な説明と問題の写真を撮って送るだけで、システムで自動的に文書化される。これにより、多くのマニュアル作業が削減され、プロセス全体が高速化された。加えて、抜け漏れなくインシデントが報告されることで、それらはすぐに評価され、プロセスフロー上のどこに問題があるかを特定できるようになった。
シフト管理
- 現場では、ひとりがタイヤをピックアップし、もうひとりがフォークリフトを操作するなど、従業員ごとにシフトが割り当てられている。ここでの問題は、単調作業とストレス作業など仕事配分の不均衡と、作業シーケンスごとにフル稼働状態とアイドル状態が生じてしまうことだった。
- 従業員情報とプロセスフローの稼働状況を組み合わせることで、これらの問題を解決することにした。事前に、従業員の持つ資格によりシーケンスを決定し、ピッキングゾーンの状況に基づき、どの従業員をどのシーケンスに割り当てるかをリアルタイムで決定する。例えば、あるシーケンスで人員が不足している場合、余力のあるシーケンスから従業員が割り当てられる。これにより、ワークロードのバランスが取れるようになった。
- 社内に目を向けると、以前のような透明性の欠如による多くの時間と労力の浪費は、効率的なプロセス、情報に基づく意思決定、積極的な改善行動に取って変わっている。また、顧客と相互利用ができることで、運用指標社に関する共通理解が生まれ、企業を超えた参加者間のコミュケーション促進が図られているという。
過去の取り組みでブレイクスルーできなかったことが、今回できたのは、テクノロジーの劇的な進化もあるが、今回初めて使ったデザインシンキング手法を用いた正しい問題を特定(Problem Finding)アプローチによる成果も大きいと語る。
これらの機能に対するフィードバックは、全体的に非常にポジティブで、中国と南アフリカを除き 2022年末までには世界中のすべての 支社に展開される予定だという。
協働パートナーとしてのSAP
このDCT の技術基盤にSAP BTP が採用され、プロセス監視などのコア機能が実装されている。また、SAP HANA® と SAP Integration Suite の機能を使用し、さまざまなシステムやデバイスと接続させ、リアルタイムでの情報フローを実現している。顧客の中には自社システムに直接繋ぐことに消極的なケースもあったため、Java ベースのロボティック プロセス オートメーション (RPA) ボットを顧客と協働で開発し、迅速かつ簡単に転送できるようにした。
Source: SAP Innovation Awards 2022 Entry Pitch Deck, Enabling Real-Time Transparency and Efficiency with a Digital Control Tower for Logistics, Schnellecke Logistics SE
彼らがSAPを選定した理由には、まず既存のSAP ERPやサードパーティアプリケーションとの接続性などの技術点もあげていたが、イノベーションに対する標準化されたアプローチにより、共創から実装までを伴奏できるパートナーとして評価してのことだった。
Schnelleckeの取り組みからの示唆
現在、コア事業に成長した自動車業界向け物流サービスは、1985年に従来の枠組みを超えてアセンブリ機能を持つことの英断で始まった。ただ、彼らを知ると、これは英断ではなく、当然の選択だったように思える。それは、彼らには、顧客が求めるモノ(サービス)に向き合い、その問題を一緒に解決する姿勢を強く感じたからだ。
今回のケースにおいても、顧客が求めていたのは物流の効率化ではなく生産プロセスの最適化だった。であれば、ピッキング、事前組み立て、それらをコントロールするシーケンシングまでの機能を持った方がその目的を達成し易く、全体をコントロールできれば従来の強みも活かせると考えたのだろう。近年「顧客中心主義」を唱える企業も多いが、このことが日常化している彼らにしてみれば、当たり前の判断でしかなかったのかもしれない。
今回の取り組みでも課題にあがっていたが、B2Bの世界では“Connected”がビジネス・IT双方の観点でそれなりのハードルがある。ビジネス的には、接続するプロセスを持つ両社双方にメリットがあることを証明する必要があり、IT的には、今回Schnelleckeが直面した課題をクリアする必要がある。
ただ、ビジネス的なメリットが得られるのであれば、ITの制約を理由にやらないのは機会損失でしかない。その意味では、今回のSchnelleckeアプローチは、大いに参考できると思う。
Source : SAP
- Connected:自分達ができることをスコープとせずに顧客が求めることをスコープする
- Data-Driven:相手のニーズを満たす価値に変換し、相手が合意し易くする
- Experience:サービス開発に顧客も巻き込み、改善のフィードバックループを回す
まだまだ、DXプロジェクトにおいて何をするかを模索する企業が多いなか、自社が提供する価値を考える前に、顧客の解決したい問題にアドレスしてサービスアイディアを考えているSchnelleckeのやり方も試してみるのはどうだろうか。
※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Schnellecke Logisticsのレビューを受けたものではありません。