2022年11月、調達購買ソリューションを主軸とした「SAP Spend Connect Forum」が開催されました。イベントの大テーマは「不確実性に即応する、ビジネスネットワーク活用の可能性~調達・サプライチェーンの高度化とサステナブルを実現するしなやかな企業経営」。このテーマのもとで展開された基調講演とクロージングセッションのエッセンスを紹介します。
ビジネスを科学する──「失われた30年」を取り戻す企業変革の方策
SAP Spend Connect Forumにおける基調講演で最初のゲストスピーカーとして演壇に立ったのは、東京海上日動システムズ株式会社 元代表取締役社長で現在は特定非営利活動法人CeFIL理事長・DBIC代表の横塚裕志氏です。講演の演題は「ビジネスを科学して30年の眠りから覚醒しよう」。この演題が示すとおり、横塚氏からは1980年代の経済バブルが崩壊して以降、およそ30年の長きにわたって国際競争力を落としてきた日本企業が再びかつての“輝き”を取り戻すための方策として「ビジネスを科学する」ことの必要性が語られました。
ビジネスを科学している状態とは
横塚氏によれば「ビジネスを科学する」とは、以下のような状態を実現することと同義であるといいます。
①科学化対象の業務全般のベストプラクティスをオンライン化する
── 業務ノウハウを仕組み化し、仕組み化した業務をITで自動化・固定化。
何らの事業が発生した時点で処理できるようにする
②対象とする業務全般のリアルタイムの実態を可視化する
── タスクの滞留や無駄なステップ、新規取引先の発生、
取引単価の平常でないといった事象をリアルタイムに見えるようにする
③改善案・改革案を企画する
── 業務の自動化や自動化実施組織の集中・分散、まとめ作業、
リアルタイム化、スピード向上案などを策定、企画する
④調達先をマネジメントする
── 調達先を事業継続性のリスクやカーボンニュートラル、
人権問題などの観点からマネジメントする
⑤調達に関する抜本的な変革案を企画する
⑥大きな課題の予兆を即座に把握する
── 資材・原材料の単価アップや調達先の変化などを即座につかめるようにする
また、このようにビジネスを科学するためのステップとして、横塚氏は「①対象とする業務の海外事例を選び、ベストプラクティスの内容、改善の頻度・方式を学びとる」「②自社の新プロセスを企画。新プロセスはすべて新システムで100%固定し、ローカルルールを全面的に廃止する」「③新プロセスのシステム開発、新プロセスに関する現場トレーニングを展開する」「④実施とフォローアップを確実に行う」といった4つを挙げる。
「これらのステップの中で、最も重要なポイントは、海外のベストプラクティスから学び、取り入れることです。そのうえで、新しいプロセスは新しいシステムで固定化してしまい、全体最適の視点で、ローカル固有の仕事の進め方は可能な限り排除してしまうのがポイントです」(横塚氏)
もちろん、ローカルルールの排除も含めて、ビジネスを科学することは歴史あるエスタブリッシュカンパニーにとってそう簡単に成しえるものではないと、横塚氏は指摘します。
「昭和の時代からやってきたビジネスのやり方を科学して海外のベストプラクティスに合わせて変えることは重い決断であり、タフな準備作業と泥臭く苦労の多い移行作業を伴います。しかも、その改革の旗振り役を経営トップに期待することはできず、ミドルマネジメント層が自社の将来のために腹をくくり、改革を断行していかなければなりません。それには相当の覚悟が必要です」(横塚氏)とはいえ、いまビジネス変革に挑まなければ企業としての成長、発展、そしてサステナビリティの維持は至難になると横塚氏は指摘し、ミドルマネジメントの層の奮起を促し、話を締めくくります。
「行動を起こさないことの損失はきわめて大きく、仲間をみつけて大海に飛び込む勇気が必要とされています。そして、改革を始めたならば、いかなる困難に直面しようとも、絶対に成功に導くことが必要です。日本の将来、そして子どもたちの未来は、ミドルマネジメントを担っている、皆さんの決断と奮闘にかかっています」
第⼀三共ビジネスアソシエが挑む シェアードサービスの進化と新たな価値創造
第⼀三共ビジネスアソシエは、2005年における三共と第一製薬の経営統合を機に2007年に業務を開始した第一三共グループのSSCです。同社では2025年に向けて「第一三共グループから真に頼られるビジネスサポート企業」になるとのビジョンを掲げており、そのビジョンを具現化すべく、進化型SSCへの転換を推し進めています(図1)。
「従来型のSSCは、主としてグループ企業のコストダウンや業務の効率化、ガバナンス強化、経営スピード向上をミッションとしてきましたが、これからの進化型SSCは、顧客(経営層、事業部⾨、利⽤者)のサービスレベル向上を実現するのがミッションとなります。顧客目線で最適な組織、業務、システムを整備し、エンド・ツー・エンドの、付加価値の高いサービスを提供することを目指しています」(加納氏)
進化型SSCへの進化を実現すべく、同社が推進している取り組みの一つが、調達機能の強化です。目指しているのは、第一三共グループにおける「がん事業拡大」に対応したグローバルでの最適調達の実現です。この目標に向けては、大きく「①国内調達機能改革の実行」と「②グローバル連携強化」「③財務/非財務面での経営貢献」という3つの課題があると、加納氏は述べます。(図2)
課題解決に向けて「SAP Ariba」を導入 間接材調達改革の基礎を築く
加納氏によれば、上で触れた3つの課題は、2020年ごろに間接材調達の現状を洗い出したことによって設定されたもので、3つの課題のうち最初の「①国内調達機能改革の実行」に向けて、第⼀三共グループの間接材調達システムとして「SAP Ariba」を導入したといいます。それと並行して、間接材調達専⾨の機能を担う組織を第⼀三共ビジネスアソシエ内に発足。第⼀三共ビジネスアソシエは、国内間接材調達における企画・実⾏機能(グループ各本部・各社⽀援を含む)を担い、第⼀三共は、間接材調達における「グローバル調達機能」と国内を含む「調達管理・統制機能」を中心に担うという体制がスタートしました。
また調達カテゴリーごとに最適な「QCD(品質・価格・納期)」を見出すことに加えて、「ESG」の観点も踏まえた調達戦略の策定を推し進め、「2022年11月時点でカテゴリーごとに15の調達戦略の策定を済ませ、最終的には戦略の数を30程度にまで増やす計画です」と加納氏は述べます。
一方、2つ目の課題「②グローバル連携強化」については、2019年に開催したグローバル調達会議にて一貫した戦略の遂行を阻む課題を検討。結果として、グローバルで統一された「スペンドキューブ」(グローバル共通の⽀出分析/分析軸)の導⼊が最優先課題として設定されたといいます。「また、グローバル調達カテゴリー戦略を強化する目的で、グローバル調達アイテムを改めて定義し直し、各ユニット、グループ各社の調達担当者との協働のもとで取り組みを進めています。いずれにせよ、間接材調達のあり方は海外のほうが進んでおり、グローバル調達会議を含めた海外との連携強化は、海外のベストプラクティスを取り組むうえで非常に有効であると感じています」(加納氏)
サステナブル調達マネジメントの実践
先に示した3つ目の課題「③財務/非財務面での経営貢献」について、加納氏は今回、主に「非財務面での貢献」について説明を加えました。ここでいう「非財務面での貢献」とは、ESGやサプライチェーンリスクを勘案した「サステナブル調達マネジメント」を実現することを意味しています。
第⼀三共グループでは2019年4月に、ビジネスパートナーとの協業ポリシーとして「BPCC(Business Partner Code of Conduct)」を制定しています。これは、第⼀三共グループが実践すると共に、ビジネスパートナーに求める要件を、「倫理」「人権」「安全衛⽣」「環境」「QCD」「マネジメントシステム」の6つの主要な原則として定めたものです。このBPCCにもとづいた調達先のマネジメントによって、ビジネスパートナー由来のリスクを低減させ、持続可能な社会づくりに対する第⼀三共グループの貢献やサステナビリティ向上を目指しています。(図3)
加納氏はまとめとして、国内における間接材調達・購買の主たる活動目的として「コスト削減」「取引プロセスの効率化」「コンプライアンスリスクの最小化」という3点を挙げ、それらの活動目的と、指す姿の関係性についても示しました。その全体像は図4に示すとおりです。「コンプライアンスリスクの最小化」は、SAP Aribaで標準化したプロセスを通じて、システム内に購買活動の履歴がログとして残り、それによってコンプライアンス違反も可視化できるようにしています。
加納氏の話では、国内における間接材調達・購買のプロセス改革は相応の進展を見せ、データ精度の向上と調達戦略機能の強化が進みみつつあるようです。一方で、グローバルレベルでの調達データを⾼度化し、グローバル規模で統一されたスペンドキューブを作り上げ、調達戦略機能を強化するまでには、まだ一定の時間がかかると加納氏は明かします。そのうえで、「グローバルでの調達を高度化させるのは長い道のりになりそうですが、一刻も早く実現すべく取り組みに力を注いでいますと」と述べ、講演を終えました。
サステナブル調達は待ったなしの経営課題
ニューラルはESG投資やサステナビリティ戦略のコンサルティングファームとして2013年に設立された気鋭のベンチャーです。その創設者である夫馬氏は今回、「サステナブル調達~これからの日本企業への期待」と題した講演を行い、サステナビリティ調達が日本企業の将来にとっていかに重要かを訴えました。同氏によれば、企業経営の軸足はすでに「どう売るか」から「どう仕入れるか」に大きくシフトしているといいます(図5)。
この変化をもたらした要因の一つは、地球温暖化・気候変動に起因した大規模自然災害の発生や生物多様性の創出、感染症の増大などの事象がサプライチェーンリスクを高めているためです。夫馬氏によれば、世界経済フォーラム(World Economic Forum)の「2022年版グローバルリスクレポート」でも、今後10年間における最大の経済リスクは気候変動対策の失敗にあるとされているといいます。
こうした状況下では、CO2排出量を抑えること、あるいは持続可能な社会づくりに貢献することは、企業の社会的責任であるのと同時に、自社を含めた産業界全体の経営リスクを低減させる取り組みともいえます。ゆえに、企業は、ESGの観点から、自社のみならず、サプライチェーン全体を管理することが必要とされ、また、そうすることを国際社会に強く求められてもいると、夫馬氏は指摘します。
実際、2021年6月には、民間企業や金融機関が、自然資本・生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価・開示するためのフレームワークを構築する国際組織「自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:TNFD)が発足されました。またEUでは2022年2月、企業に対し、そのグローバルサプライチェーンが人権・環境への悪影響をもたらすことを予防・是正する義務を課す法案「コーポレート・サステイナビリティ・デューディリジェンスに関する指令案」が発布されています。
「こうした傾向は、サプライチェーンを可視化して、その全体として人権問題がないかどうか、環境問題の解決に寄与しているかどうかを証明しなければ、欧州などの海外の国々でモノが売れなくなることを意味しています」と、夫馬氏は説明します。
ESGで始まる産業革命
以上のように、環境問題や社会課題が企業のサプライチェーンのあり方に大きな影響を及ぼすことで、世界では新たな産業革命が巻き起こりつつあるとも、夫馬氏はいいます。
「企業が自社のサプライチェーンを、環境問題、社会課題に適合した姿に変えていくことは、あらゆる産業に技術の転換や素材の転換、ビジネスモデルの転換が引き起こされることを意味します。これを言い換えれば、ESGは、新たな産業革命を巻き起こしつつあり、それに追随できない企業は時代から取り残されるということです」(夫馬氏)
では、その産業革命の波に乗じるうえでは何が必要とされるのでしょうか。
その一つは、「地球の限界(プラネタリーバウンダリー)」の観点から、世の中の事象をとらえ、リスクの高い事象にどう対応していくかを考えることであると、夫馬氏はいいます。そのうえで同氏は、日本企業がESGによる産業革命の流れに乗り遅れないための施策を次のようにまとめ、その遂行を呼びました。
「日本は情報鎖国の状態にあって、それが日本企業による環境問題やESG/SDGs対応への遅れにつながってきたいえます。ですので、これからは意識的に海外に目を向け、情報収集のアンテナを張り巡らせることが大切です。加えて言えば、何事も不確実で過去の経験則が生かせない、いまの時代に対応するために予測データやシナリオデータを収集することも忘れてはなりません」
さらに、同氏は講演の最後にサステナブル調達の重要性について改めてこう説きます。
「ESGによる産業革命の時代は、経営の軸足がマーケティングしてモノを売ることから、R&Dとサプライチェーンへとシフトする時代です。その変化をしっかりと認識し、複雑なサプライチェーン、あるいは調達のプロセスをデジタル化によって可視化し、そのサステナビリティを維持・向上していくことが求められているのです」
<了>