はじめに

世界的な経済状況の悪化やインフレ・金利上昇、サプライチェーンの混乱により企業の早期資金化ニーズが高まる中で、Fin Techを活用した運転資金管理高度化がグローバルで進んでいます。

運転資金の最適化はCFOの重要取組みテーマの1つである一方、実行にあたっては課題も多いです。例えば、企業間取引の支払いが請求書という書類ベースで行われており、規模が小さく立場の弱い受注側(サプライヤー型)の方に資金繰り負担が増えるのはグローバル共通の課題になります。そこで、請求書を発行した時点で発生した売掛債権を早期に現金化するサプライチェーンファイナンスと呼ばれるサービスが銀行などにより提供されてきましたが、書類ベースで審査に時間がかかること、小粒の案件ではハンドリングコストが大きいことなどが阻害要因となり広く普及したとは言えない状況が今も続いています。

しかしFin Techの登場でその状況が大きく変わりつつあります。伝統的プレイヤーとは異なり、テクノロジーの活用で利用のハードルを下げ、幅広い領域の事業者を対象に多数の案件に柔軟に対応できることが可能になりました。

本ブログではグローバルで280万社のサプライヤーが利用し、支払いや回収のタイミングの柔軟性を図るプラットフォームとして広く普及しつつある運転資金管理ソリューションであり、今年3月にSAPが株式の過半数取得を発表した “Taulia(タウリア)” について、オペレーションフローと想定効果について事例を交えてご紹介します。

280万社のサプライヤーが利用する運転資金管理ソリューション Taulia(タウリア) とは?

ファイナンスプログラムとそれを実現するクラウドアプリケーションから構成されるプラットフォームで、バイヤーとサプライヤー双方にメリットを提供できるのが大きな特徴になります。柔軟な条件設定、複雑な書類手続きなく幅広いサプライヤーに早期支払い機会を提供、一つのプラットフォームから複数資金提供者による資金調達(ワンプラットフォームマルチファウンダー)が可能になるなどFin Techによって新たな価値が提供できるようになりました。

この運転資金管理ソリューションを通して、ダイナミック・ディスカウント、サプライチェーンファイナンス、売掛債権の流動化などを通じた早期資金化が可能になります。

本ブログではダイナミック・ディスカウントおよびサプライチェーンファイナンスという2種類の早期支払プログラム(図1)について、オペレーションフローとバイヤー・サプライヤー双方のメリットについて深堀りします。

図1早期支払プログラム オペレーションフロー概要
図1早期支払プログラム オペレーションフロー概要

ダイナミック・ディスカウント

ダイナミックディスカウンティングにより、バイヤーはサプライヤーから直接割引を受けて早期支払実行することで売上原価を引き下げ(純利益を引き上げ)、同時に余剰な流動性資金の利回りを改善することができます。

また、サプライヤーは事前設定された割引率に基づいていつでも好きな時に機動的に早期支払オプションの適用を判断して資産流動性を高められるだけでなく、自社で調達するよりも低いコスト(割引率)で請求額を早期回収できます。

一般的に規模が小さく信用力が劣るサプライヤーとバイヤーの信用力(市場からの資金調達利率)の差などを利用してバイヤー・サプライヤーともにメリットを享受できる仕組みがFin Techによって実現したといえます。

ダイナミック・ディスカウントの仕組みは極めてシンプルです(図2)

  1. バイヤーはポータル上に早期支払い利率(ディスカウント)と資金枠などを設定
  2. サプライヤーの登録は数分で完了。ペーパレス
  3. 請求書をバイヤーが受領・確認するとサプライヤーには自動的に「早期支払オプション」を提示
  4. サプライヤーがポータル上で条件を確認して承認
  5. バイヤーの請求書更新(ディスカウント分のクレジットノートを自動発行)
  6. バイヤーがサプライヤーに早期支払い

 

図2 ダイナミックディスカウント オペレーションフロー
図2 ダイナミックディスカウント オペレーションフロー

 
従来からある割引とダイナミックディスカントとの違いは何でしょうか(図3)

従来の割引は10日以内に払えば2%ディスカウントと固定的な条件設定であり、10日過ぎると割引機会を喪失することになりますが、ダイナミック・ディスカウントはサプライヤーの判断で適宜適用判断を行うことができる柔軟性があります。

また、サプライヤーがこのプログラムに参加するときに複雑な書類手続きは一切不要であり、オンラインかつ数分(図2 プロセスフロー「2」)で参加することができます。これにより、上位サプライヤー限定でなく幅広いサプライヤーに柔軟な条件で早期支払いの機会を提供できるようになり、結果としてサプライチェーン強化に繋げることができる点もサプライヤー、バイヤー双方にとってのメリットになると言えます。

図3 従来の割引とダイナミック・ディスカウントの違い
図3 従来の割引とダイナミック・ディスカウントの違い

 
また、バイヤー分析ダッシュボードにより、バイヤーは運転資金管理ソリューションネットワーク上の 280 万のサプライヤーからのデータを活用してさまざまな運転資本シナリオをモデル化し、プログラムのパフォーマンスをモニターすることができます。

運転資金管理ソリューションにはAIが組み込まれており、サプライヤーの行動についての総合的データを利用できます。例えば、過去の支払いの時期、早期支払い時にサプライヤーが受け入れる年利(APR)、季節性などの要因が参照できます。このような情報に外部の情報源を組み合わせることで、早期支払プログラムを実施する企業の意思決定に必要な情報を提供し、意思決定をサポートします。

一方、サプライヤー側は早期支払いの実行時期、受け入れる意思のある年利、財務状況の変動といった過去の行動などに基づいて、オファーを受けることができます。よって、サプライヤーは、最適な時期に最適な金利でオファーを受けることになり、バイヤーとサプライヤーの関係は結びつきと信頼感が高まることが期待できます。

サプライチェーンファイナンス

サプライチェーンファイナンスは、資金提供者ネットワーク上の資金提供者(銀行等)が早期支払いを実行することでバイヤーの支払期間とバランスシート上の現金保有期間を延ばし、フリーキャッシュフローを改善できるだけでなく、サプライヤーに早期支払オプションを提供することで関係強化を行うことができます。

また、サプライヤーは早期支払いオプションにより資産流動性を高められるだけでなく、バイヤーの信用力により自社で資金提供者から調達するよりも低いコスト(割引)で請求額を早期調達できます。

オペレーションフローの詳細記述は割愛しますが、運転資金ソリューションに組込まれた資金提供者ネットワークにより、一つのポータルから複数の資金提供者より早期支払を受けれる点も魅力といえます。

導入効果と導入期間

既に多くのグローバル企業における導入実績があり、効果も実証できつつあるといえます。各企業の状況にあわせて、適用するプログラムタイプや導入地域、ロールアウトの方法などは様々になります。

例えば、北米が最大市場の独ハイテク企業A社は、米国市場のドル余剰資金有効活用および北米サプライヤー支援策としてまず北米地域にダイナミック・ディスカウントを導入し、その後順次他地域に展開しつつ売掛金流動化・サプライチェーンファイナンスなど地域状況に合わせたプログラム拡張を予定しています。

また、導入という点では開発を伴うITドリブンなプロジェクトとは異なる点も特徴になります。ファイナンスプログラムとそれを支えるクラウドアプリケーションを各社条件に合わせて設定して利用するイメージです。各社基幹システムに影響が出る部分が請求書・仕入先マスターとの連携になりますが、SAP ERPと接続できるアドオンプログラムが用意されているので比較的軽微な対応で済むことが期待でき、サプライヤーの参加促進・支援に時間をかけることができます。(SAP以外のERPとの接続も可能です)

日系企業の運転資金管理ソリューション活用状況~まずは海外拠点から、ESGの織込み~

日系企業においても自動車、製薬などの大手企業が運転資金管理ソリューションとしてTauliaを導入していますが、米国、欧州、アジア等海外拠点で活用している点が特徴です。

既に大手金融機関と同様なプログラムを運用している企業の場合、上位サプライヤーに対しては金融機関プログラムを継続適用しつつ、金融機関プログラムではカバーできない裾野の広いサプライヤーに対してTauliaを導入するというハイブリット導入は多くの企業で実績があり、現実的な選択肢の1つになります。

また、日系製造業では世界に先駆けてTauliaを活用してサプライチェーンファイナンスをサプライヤーのESG動機づけに活用する素晴らしい取組みを推進している企業もあります。
サプライヤーの ESG 格付けを割引金額設定に組み込み、ESG評価の高いサプライヤーに優遇レートを提示するサプライチェーンファイナンスを提供することでサプライヤーを動機づけ、サステナブルなサプライチェーン構築を加速化することを狙っています。

なお、同社の取組みはtmi (Treasury Management International) 機関紙でも取り上げられています。

TauliaとSAPが切り開く運転資金管理の未来

SAP は今年3月、運転資金管理ソリューションの大手プロバイダーであるTauliaの株式の過半数の取得を完了したことを発表しました。Tauliaは以前から、SAPソリューションとの統合実績が高く、SAPの重要パートナーでした。Airbus社、日産自動車株式会社、AstraZeneca社をはじめ、Tauliaの顧客企業の80%以上がSAP ERPシステムを導入しています。TauliaがSAPのソリューションポートフォリオの正式な一部となったことで、SAPのビジネスネットワークはさらに拡大し、SAPの財務資金管理などCFOオフィス向けソリューションが強化されます。

*SAP財務資金管理機能概要はこちらをご参照ください(全体概要編資金繰り管理編銀行管理編

なお、Tauliaのソリューションは、SAPのソフトウェアに緊密に統合されるだけでなく、スタンドアローンでも引き続き利用できます。


テクノロジーの進化により出来ること、および仕事の仕方は大きく変わってきています。

Fin Techの活用によりCCC(Cash Conversion Cycle)や運転資金利益率改善、サプライヤー早期資金化支援やESG動機付けによるサステナブルなサプライチェーン構築が可能になります。バイヤー・サプライヤー・資金提供者がそれぞれメリットを享受でき、サステナブルサプライチェーンにも寄与できる「3方よし」の仕組み作りは今後ますます重要になると思われます。