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デジタル技術を活用した鉄道設備保全業務のこれからの姿 〜第二回鉄道設備保全ラウンドテーブル開催報告〜

Railway workers using digital tablet to view work details on railway tracks --- Image by © Monty Rakusen/cultura/Corbis

鉄道設備保全ラウンドテーブルが2023年9月6日にSAPエクスペリエンスセンターにてインテル様のスポンサーで開催されました。昨年に続き2回目の鉄道業界を対象とした設備保全のイベントでした。

昨年のラウンドテーブルでは、厳しい経営環境の中で変化対応が求められている鉄道業界において、輸送の根幹である設備保全業務の変革の方向性が議論の焦点になりました。具体的には、設備に内在する経営へのリスクが可視化され、それに基づいて経営層から現場までの一貫した活動を行うこと、そしてその実現には、部門を横断して 業務プロセスが体系化され、かつ業界として標準化されていることが重要である、といった内容でした。

この内容を踏まえて、今回は設備保全業務の変革を経営課題として取り組んだ海外鉄道業界事例や日本の他業界の事例に関する講演と、設備保全業務の変革後の姿をテーマにディスカッションを設定しました。

今回も多くの方のお申し込みを頂き、オンラインのハイブリッド開催となりました。結果的に、鉄道事業者と研究機関を含む総勢16社から対面が27名とオンラインが28名の皆様にご参加頂きました。その内容を、振り返ってみたいと思います。

<第一部 講演等>

1) 講演「On the journey to an integrated Asset- and Maintenance Management in the Rail domain」

スイス国鉄(以下SBB)は、世界的にもサービス品質と安全性の高さに定評があり、SAPのユーザー企業様です。そのSBBでアセットマネジメントプロジェクトの責任者であり、またSAPの欧州鉄道のユーザーグループであるSUGRail SIG の会長も務めておられるUrs Gehrig様からご講演を頂きました。

 

○S/4 SBBプロジェクト

SBBでは基幹システムであるERPのSAP S/4HANAへの移行を機に、設備管理・物流・購買販売・会計といった社内の業務プロセスの変革をS/4 SBBという名の下に行いました。この変革は、設備管理を例に挙げると、車両・不動産・インフラ・生産設備と多岐にわたる業務部門における経営課題を、共通したプラットフォーム上で横断して的確に優先順位付けし、その実行計画の策定を迅速に行うことを目的にしています。その実現に向けて、まずは部門毎の業務プロセスを標準化し、その上で各部門の業務を移行というステップで推進してきました。

各部門に所属する多くの社員の業務プロセスに影響する非常に大掛かりなプロジェクトなので、5年前に開始しましたが、今年の7月にインフラ部門の電力関係がようやく稼働しました。

 

○S/4 SBBの進め方と将来的な検討

まずは、部門毎の業務プロセスを標準化のために、それぞれの部門のビジネス要件を整理しました。

具体的には、下記の3つです。

この標準化の取り組みにより、各部門の業務プロセスが各フェーズで統合され、包括的なポートフォーリオが構築され、横断した順位付けと計画策定が可能になりました。

その統合された設備保全管理の概要とソリューションの関係性が下図の通りです。

まず、Microsoft Azure上に設備状態をIoT技術によりセンシングして収集したパフォーマンスに関するデータを蓄積されます。また、現地では作業員がAsset Managerというモバイルアプリを介してデータの確認及び入力を行います。そのデータをAPMにより分析して、リスク・コスト・パフォーマンスのバランスを考慮した保全戦略を策定します。その計画の実行に際しては、AINにより必要に応じて協力会社等の外部機関と連携し、同じ指図に基づいて推進することも可能となります。

この保全戦略の策定には、RCM(信頼性中心保全)に基づいています。この手法は、故障モードに着目して分析することで、機器の信頼性を高めて最適な保全方式を選択することができます。ただし、故障モード毎の分析には非常に時間がかかるという課題があります。そこで、信頼性その分析作業をLLM(大規模言語モデル)の活用により迅速に実施することを検討しています。

また経営的観点では、保全に関する意思決定をより迅速かつ正確に行うために、経営層がKPIとバランススコアカードとビジネスプロセスを一気通貫で経営ダッシュボード上で確認できるような仕組みの構築も併せて検討しています。

 

○電力部門における実際の業務の流れ

実際に先ほどのソリューションを業務上でそのように活用しているかについて、既にgo-liveした電力関係の業務を紹介します。

下図のように、下記の項目に沿ったサイクルで実施されます。

(A:地図情報と連動した設備データ管理)

B:モニタリング項目の時系列データの収集

C:リソースに基づく保守作業計画

D:モバイルソリューションを活用した保守作業

E:故障モード事の稼働状況分析

F:信頼性中心保全に沿ったリスクと影響度の分析による保全戦略定義

G:保全戦略の策定

今回のSAP S/4HANA導入により、上記の中でE:設備の稼働状況の分析とF:保全戦略への反映がシステム内での実施が可能となりました。

このサイクルは、システムを経由して外部と連携して実施することが可能で、実際に電力設備の保全作業の一部を協力会社が実施しています。

 

○まとめ

現状はインフラ系の中の電力部門のみで稼働していますが、今後は車両や不動産等の他の部門でも稼働を開始する予定です。

さらには、LLM(大規模言語モデル)の活用や経営ダッシュボードの進化といった長期的な観点でも取り組んでいます。

このように、SBBでは共通したプラットフォームでさまざまなビジネス要件を管理して、横断した優先順位付けと計画策定の実現を推進していきます。

 

2)講演「Capabilities sharing」

Rizingは、鉄道を始めとしたインフラ業界で設備管理ソリューションの導入プロジェクトに関わってきたITコンサルティング企業です。今回は、Martin Greaves様とEdward Lee様からご講演を頂きました。

 

○EAM Journey

検討にあたって、まずは保守(Maintenance)と資産管理(Asset Management)の違いを理解する必要があります。

保守が「障害が発生した際に修復すること」なのに対して、資産管理は「資産の能力、コスト、およびリスクのバランスを取りながら、 最適な生産性を達成すること」を意味します。この資産管理を実現するにあたっては下記の観点が重要になります。

・安全性 (設計、運用及び保守)

・資産の情報 (情報の取得、品質評価、連携)

・資産の場所 (意思決定のための管理及び使用)

・資産の信頼性 (稼働継続するための状態監視)

 

○取り組み内容

前述の観点を実現するための取り組みの事例として、Rizingが鉄道業界で取り組んだ4つの内容をご説明します。

1:空間設備情報管理及び情報提供

設備の基本情報(場所、設置時期、設備種別etc)を一元管理して整合性を確保されない限り、高度な資産管理の洞察を得ることはできません。こういった情報が整備されて初めて、SBB様の講演のような取り組みが可能になります。ですので、初期段階では下記の通りセンサーや検測車などで正確に取得した情報を、GISやEAMといった各種ソリューションと連携して整備することが必要です。

2:ISOに沿った資産の状態の把握

保全の戦略を立てる上で、資産の状態を正しく把握することが要件になります。この状態に基づき、当面の投資計画のアップデートや長期計画への反映を行うことが可能になります。ですので、下記の通り業務プロセスと連携した精度や分析可能な環境を整備した上で実行することが必要です。

3:予測分析とモデリング

前述の設備状態に関する情報に基づき、事後保全から予知保全への移行を可能となります。その例として、下図のようなシステムに組み込まれた機能を活用して、設備状態や想定コストの可視化及び予兆分析が可能となります。

4:資本計画見込みと策定

中長期の資本計画はコストや環境の予期しない変動に晒され、精度を確保することが難しくなっています。そのため、列車運行や工事といった各種業務プロセスと上記の状態情報に基づき、システムを活用して資本計画とその実行の齟齬を防ぐことが必要です。

○ケーススタディ

1カナダ国鉄の事例

基幹システムを既存のSAP ECCからSAP S/4HANAへの移行に伴う技術の基盤構築に取り組みました。具体的には、GIS上の地理空間情報とEAMの情報の統合に加えて、地図上での操作性のために、Rizing MercuryとGEFを採用しました。その結果、カナダ国鉄の既存のシステムの廃止をし、デジタルツイン環境の構築を実現することができました。

2シドニートレインの事例

基幹システムを2018年にSAP ECCに、そして2023年11月にSAP S/4HANAへ移行するプロジェクト取り組みました。Rizingは戦略的パートナーの立場で、ロードマップの作成から導入を引き受けて、長期的観点で継続的に改善可能な基盤を構築しました。その結果、車両・電気・施設のすべてに対して横断して導入されました。

○結論

上記事例のように、SAP システムのような統合プラットフォームを介して情報が一元管理されていることが必要です。その上で、計画策定及び実行してその齟齬を防止し、継続的な改善に取り組むことが重要です。

これにより、資産の安全性、信頼性、および可用性が維持された上で保全コストを削減することが可能となります。

 

3)講演「他業界アセットマネジメントDXの事例」

ABeam Consultingの榎本様にご講演頂きました。榎本様は幅広い業界にてコンサルティングに従事され、アセットマネジメントシステムの国際規格ISO55001の委員も歴任されておられます。今回は鉄道以外の業界におけるアセットマネジメントDXの事例についてご講演を頂きました。

 

○インフラ管理を取り巻く状況とアセットマネジメント

我が国の社会インフラを取り巻く状況は、設備の老朽化が進行する一方で、財源や労働力の不足、激甚化する自然災害やカーボンニュートラルへの対応強化など、さらに複雑さと厳しさを増しています。これらの対応には、長期的視点で戦略目標を立て、日々の業務に戦略を組み込んで PDCAサイクルを回しながら目標達成へと導く「アセットマネジメント」のプロセスと、それらを組織のルール・プロセスとして実行支援する仕組み「アセットマネジメントシステム」が重要です。

我が国においても、上記2つに着目した取組みにより効果創出した事例が存在しています。

この具体的な事例を、「ISO55001からみた我が国のインフラ管理の課題と考察」と「EAM(Enterprise Asset Management)が実現する設備保全DXの方向性」というテーマでご説明します。

 

○ISO55001からみた我が国のインフラ管理の課題と考察

ISO55001は、鉄道や道路、電力などの社会インフラに適用可能なアセットマネジメントシステムに関する国際規格です。要点としては、各種取り組みが独立しているのではなく「統合」して行われていることです(下図参照)。

しかし、我が国には旧態の組織体制や独自の商習慣等があり、ISO55001と合わないギャップ(下図参照)が見つかることがあります。アセットマネジメントシステムの実現には、これらを単に「日本と海外の違い」と片付けるのではなく、ISO55001と自組織とのギャップが何に起因するものか、何に影響するかを正しく理解し、適切な対策を講じることが有効です。

そういった中で、仙台市下水道ではISO55001をベースとした統合型アセットマネジメントシステムを構築し、運用しています。同市では、リスク管理や投資判断基準、目標/指標管理、業務プロセスを通じて下水道事業のPDCAサイクルを回すと共に、ステークホルダー(市民等)との協働・連携・共助を実現しています。


出典:仙台市下水道事業中期経営計画(令和3~7年度)

また、ある高速道路会社では、新技術を活用したインフラ管理業務の効率化・自動化と業務プロセスの標準化、人材育成を軸としたアセットマネジメントシステムの実現に取り組んでいます。

 

○EAMが実現する設備保全DXの方向性

ISO55001では、情報の用途や目的に応じた情報収集、情報管理プロセスを構築することを求めています。一方で、設備保全は多種多様な設備を対象としていることや、広域に設置された設備をまんべんなく管理しなければいけないために管轄範囲を区分して支社・事業所などに階層化し、それぞれで情報を収集・管理することが一般的となっています。こうした情報の収集・管理を、抜け漏れなく、正確かつ効率的に行うためには、プロセスの統合やDX化が不可欠です。

現場では日々の巡回や定期点検、オーバーホールなど様々な種類の業務を行っており、それら業務毎に別々の帳票で、別々のシステムでデータ管理していることが多くみられます。EAMを使うと、作業指図という共通のデータオブジェクトを使って一元的、首尾一貫して情報を管理でき、業務と情報の流れの分断を防ぐことができます。

具体的には、下記のような効果が期待出来ます。

 

実際に、北陸電力様では火力・水力・工務・通信を対象にSAP EAMをベースとしたシステムを構築しています。これにより、巡視・点検、修理などの情報を一元管理し、分析・見直しのサイクルを回しています。


出典:JSUGホームページ

○結論

インフラ管理を取り巻く様々な課題に対応するためには、一足飛びの解決は難しく、日々の業務を通じて少しづつ良い方向に近づけていくことが重要です。また、本日ご紹介した先行事業者や海外事例などをベンチマークとして、自社との比較や改善余地の検討を行うことも有効です。加えて、近年のIT技術の発達や汎用化により、従来は出来なかったことが実現できる時代が到来しており、改善に取り組むのに今はまさにチャンスかと思います。

弊社は、鉄道、道路、ダム・水路、下水道、電力、石油、化学など様々なインフラ管理の業務を理解し、アセットマネジメントの構築やISO55001認証の取得、業務プロセスの改善、DX化などのご支援を多数手がけています。本日ご紹介した内容やアセットマネジメントに関するご質問、ご相談などがございましたら、何なりとお問い合わせください。

 

<第二部 ディスカッション>

ここからは参加者を6グループに分けて、ディスカッションと発表を行いました。

テーマは、鉄道の設備保全業務がDX化されると、「①業務のやり方はどのように変わるか? 」「②既存の課題はどのように変わるか? 」「③今後人はどのような役割を果たすべきか?」の3点です。このテーマに対して、設備保全の業務に携わる本社支社・保守区・協力会社の3つの立場で取り組みました。

○協力会社

「①業務のやり方はどのように変わるか? 」

まずは、システムによる修繕計画策定や状況確認といった事務業務の自動化に加えて、ロボットによる現地作業の自動化について言及されました。また、各種通信技術とドローンやカメラを活用した遠隔作業や遠隔確認が可能になり、現場作業も一定程度は場所にとらわれない柔軟な働き方が普及することが挙げられました。そして、各種自動化により業務が標準化されて作業員の資格管理の統一が容易になることから、多国籍な共通人材バンクのような組織が形成され、作業員が組織に所属せずにフリーランスで働けるようになる、といった意見もありました。

「②既存の課題はどのように変わるか? 」

事務業務の自動化により、調整業務や変更対応といった業務プロセスの煩雑な手間からの解消が期待できると言及されました。また、現地作業の自動化や柔軟な働き方により作業員の安全性の向上に加えて労働待遇が改善され、さらには共通人材バンクにより人的リソースの融通により、人材確保が容易になることが挙げられました。そして、各種自動化により、業務量の平準化や施工品質の向上に繋がる、といった意見もありました。

「③今後人はどのような役割を果たすべきか?」

自動では判定が難しい微妙な判断や障害などのイレギュラーな対応するための技術力が今以上に必要になり、自動化や効率化で確保した時間を訓練に充てるといったことが言及されていました。また、各種ステークホルダーとの関係性構築や組織を取りまとめるマネジメント力のようなソフトスキルがより重要になる、という意見もありました。

 

○保守区

「①業務のやり方はどのように変わるか? 」

まずは、システムによる年度や工事の計画策定や業者のマッチングや材料発注等の契約業務に加えて、施工データの反映及び支払いを含む竣工処理といった一連の事務業務が自動化されることについて言及されました。また、協力会社と共通システム活用による施工打合せの遠隔実施や高速通信とカメラ活用による遠隔立会やAIによる自動判定、さらにはCBMによる巡回検査が無くなり遠隔監視が進むことが挙げられました。

「②既存の課題はどのように変わるか? 」

まずは、契約及び事務業務の自動化による契約書類作成等の手間からの解消や、遠隔技術やCBMによる保守区の現地作業及び移動時間の解消が挙げられました。また、自動化により働き方が改善されることでの離職防止、さらには確保できた時間を教育に充当することで少人数で業務を行うことが可能になることを述べられました。そして、CBMによりリスクが可視化されるので、突発事象の未然防止や予算の最適配分が可能になるという意見もありました。

「③今後人はどのような役割を果たすべきか?」

作業が自動化されることで、今後人は価値観や尺度を定めるといった方向性を定めることの重要性について言及されました。また、教育時間を有効活用し、安全対策等の専門性を磨き上げることや多彩な能力を身につけてユーティリティプレーヤーとして系統を超えた幅広い業務に対応する、という意見もありました。

 

○本社

「①業務のやり方はどのように変わるか? 」

まずは、システムにより現状の設備状況に関する情報の集約や事業影響リスクの分析作業が高精度かつ自動化され、今後AIによりその進化が期待できることについて述べられました。また、自動的に分析されたリスクが関係者間で可視化されて早期に共有されることで、先手のリスク対応の実施が挙げられました。さらには、自動化による余剰リソースを成長戦略への投資が可能になる、といった意見もありました。

「②既存の課題はどのように変わるか? 」

まずは、自動化により人材育成への時間配分や少数での業務対応に加えて、成長戦略への人材投資のような付加価値業務による訴求力向上により、人材確保が可能になることが述べられました。また、事業影響や施策実施効果といったリスクの可視化によって判断の根拠が明確になることから、重層化された縦割り構造や前例踏襲といった組織や風土に変化が起こることが挙げられました。さらに、リスクと効果の可視化による最適な投資や購買により、予算配分の最適化が期待できることや、現状の把握やルールの最適化が期待できることにも言及されました。

「③今後人はどのような役割を果たすべきか?」

自動化により、人にはルールや根拠に対する評価や結果の妥当性及びリソース分析に基づくリスク許容度等の判断が重視されることが述べられました。また、目指すべき目標の設定や持続的な変革のための社内の体制構築の必要性も挙げられました。さらには、それを担うための人材の育成やシステムなどの環境の構築も重要、といった意見もありました。

<まとめ>

今回のラウンドテーブルの第一部は都合上全てオンライン講演になりましたが、ご参加頂いた方々は一部通訳を介した中でも熱心に聞き入っておられました。また、ディスカッションにおいても、将来の設備保全の姿を描くという非常に難しいテーマをとても前向きな姿勢で取り組んでおられました。

 

SAPジャパンは今後も今回のようなラウンドテーブルを開催し、設備保全変革に関する他業界の具体的な事例やそれを実現するソリューションのご紹介に加えて、変革の必要性を感じておられる方々のネットワークづくりの場をご提供し、日本の鉄道業界における設備保全の高度化の実現に貢献していきたいと思います。

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