製造DX メーカー卒業生のつぶやき
とある製造メーカーに40年在籍し、最後は製造修理のグローバル責任者として執行役員の職を取っておりました。そんな私が、製造を中心とした「サプライチェーンにおけるDX」を推進していくまでの思いをつらつらと記述することにしました。
思いも少々長くなりそうなので、何回かに分けてお話しします。
前回はつぶやき1~2について取り上げました。
本記事では”つぶやき3”をお話ししたいと思います。
つぶやき1 日本製造業と自分の会社を見つめ直す
つぶやき2 製造DXについての悩み
つぶやき3 製造DXへの取り組みの視点
つぶやき4 メーカーから離れて見えてくること
つぶやき3 製造DXへの取組視点
経営者は現場の課題を見ていますか
“サプライチェーン、エンジニアリングチェーン”のDX戦略を進める前に、経営者の方に是非お願いしたいことは、ただ単にITソリューションの「プロバイダーからの提案」を受けるのではなく、社内においてどのような業務プロセスがマニュアルワーク(定型業務)なのか、付加価値を与えていないか、を実際の“経営者の目”で見て欲しいのです。
私自身、なかなか出来なかったことの反省があります。会社トップが開発現場、製造現場、セールス拠点、を訪問する場合に、現場のリーダーは、“良い事例”をたくさん報告します。しかし、本当は、「非効率と思われる実際の事例」を見せる時間を多く取るようにすべきなのです。
例えば、
① 部門間で同じ入力を繰り返している
② 人にやらせなくても出来る
③ 紙の媒体が部門をまたがって回っている
いざ、工場現場に行くと、紙のチェックシートが納品検収、から製造現場、出荷 まで完成品と一緒に回り、「膨大なチェック記録が入った紙」が集まっていることを知ることができるでしょう。
FAXマシーンがまだあることが不思議に感じない日本にいると、そのマニュアル作業や紙文化が日常的に鈍感になってしまうのかもしれません。
瞬間、瞬間に“見る”、“判断する”ことは良くても、紙の情報はその後に別の人間が付加価値をつけられません。またそれがアーカイブになったとしても、必要な情報にトレースすることが簡単には出来ません。時間が掛かり、正確性に欠くトレーサビリティーの体制は、今の世の中では許されなくなっています。
製造DXへの道筋
皆様の会社の経営者も、『ウチは、デジタルトランスフォーメーションはやらないのか』、とよく言われると思います。私も当時言われ続けていました。また、デジタルモノづくり戦略って、何なの?何やるの?とも言われるでしょう。なかなか理解してくれないケースも多いでしょう。
製造のデジタリゼーションとか、デジタルモノづくりとか、範囲、定義がいろいろあります。今やネットを叩けば、膨大な情報を得られますので、逆に何からやったらよいか分からなくなります。現実場面では、生産技術者やIT技術者の人的リソース、ITツール導入の投資コストにも限りがありますので、課題の優先順位をつけて製造のDX戦略、検討シナリオを最低5年レベルで描く必要があります。
【DXシナリオのプロセス】
- 経営戦略を見据えて製造のあるべき姿(To-Be)を描く
- 現状分析(As Is)の実施(*5)
- ワーストケースシナリオの想定
このまま放置しておくとどうなるかのリスクを想定
- To-Beに向けての工程
- 抜本的な課題の深堀(データプラットフォーム、デジタル人材採用、DXの導入カルチャー醸成、ROIの明確化、他の領域のDXの関連性、など)
- 課題解決のためのソリューション(*5)
- 改革に向けたロードマップ
- ビジネス(事業収支)への影響分析 Profit & Loss
- 推進のためのガバナンス体制構築
(*5) (事例)
現状分析をする上で 人が介在している一例を参考に下記にあげてみました。
(業務領域)
- 製造実績情報、品質実績情報、購買実績情報から、経営側に報告する各種情報をまとめるために多くの労力(時間と人)を必要としている
- 設計開発部門と製造準備部門間の設計情報の断絶
-2D/3D CADデータ、BOMデータがExcel, Wordなどによるバケツリレーになっている
-製造の工程設計、工程表、作業基準書などが手作業で実施されている - 部番、品番が、各部門で意味ありナンバーで登録されており読み替えが必要になっている
- 外部機関の監査/査察、また苦情対応時に設計情報までのトレーサビリティーに膨大な時間が掛かる
- 生産管理のためのマスター登録が、製品工程設計者、管理部門、調達部門で手入力になっている
- 苦情処理、リコール発生時の材料、部品、ユニットへのトレーサビリティーに多くの労力と時間が掛かる
- 紙媒体の製造記録の保管スペースの確保が難しくなっていること、上記項目に連動したトレーサビリティーの難しさ
- 個々の製品の原価実績情報を分析し、実際原価情報を経営側を含めた関係部門への提供が出来ない
(製造現場領域)
1)現場情報のデジタル化が出来ていないために下記の領域での負担が大きくなっている
①各工程の検査記録が紙媒体への手入力になっており現場作業者の負担になっている
②製造実績、検査実績、出荷実績、作業実績などなど、製造実績記録のデータ分析に時間が掛かる
③人作業の小人化のために、機械化、自動化、をしているが、稼働情報の見える化が出来ていない
④機械設備のメンテナンス工数、監視に人手が掛かる
設備の稼働情報を容易に分析することが出来ないため、時間基準保全 (TBM: Time based maintenance) からその先の状態基準保全 (CBM: Condition based maintenance) に移行できない
2)人(作業)のデジタル化、匠の技の継承
匠の技は、カンとコツ、長年の経験によって鍛え上げられています。そこに他国に模倣されない理由があるのですが、労働人口の減少に伴い、技能継承が短期間に出来るようにしていく必要があります。人間の五感センサーを総動員して得とくした匠の技をデジタル技術で解明し、技能継承に結び付ける必要があります。
ここは競争領域の源泉であり、高度な生産技術力が求められますが、コアコンピタンスなのであれば、経営者はここへの投資をしていかねばなりません。
製造DXのコンセプト図
今となってはネットには同じような絵がいろいろあります。
当時、製造のDXをどのようにイメージしたらよいのか、私も試行錯誤していました。製造のDXとはどういうことなのか、IoT、デジタルツイン、SCADA、PLM、ERP、MES、AR、等々 いろいろな言葉、ソリューションがネット上では紹介されています。何がどう関係しているのかが、理解できていなかったことをあらためて思い出します。
今までお話してきた製造DXのコンセプトを3階建てのイメージ図(*6)絵にしています。製造の直接現場から間接スタッフの業務領域、また経営層を含むマネジメント領域までをデータで垂直統合する考え方です。
様々なツール、ITソリューションを導入することが目的ではないことは言うまでもないことです。
非常に簡便な言い方にしますと、
経営からのTOPダウン要請、市場からの需要、ニーズ、と製造の直接現場から吸いあがる情報がすべて電子情報で垂直につながっていることで、商品のQCD+安全性、に対する必要なアクションをタイムリーに経営者も含めて実行する。製造DXは、このようなことをすることで企業の収益力向上につなげることだと思います。
(*6)
今回は“つぶやき3”を掲載しました。
次回は、「メーカから離れてみえてくること」 についてつぶやいてみます。
ご興味がある方はまた立ち寄ってください。
*********************************************************
筆者:SAPジャパン株式会社
チーフエグゼクティブアドバイザー 江口和孝
1984年に某医療機器メーカーに入社、長年、製造・修理・調達業務に従事
2017年から執行役員(製造修理担当)としてグローバル製造機能をリードする中で製造DXの施策を推進する