SAP Business Unleashed Innovation Day
日立ハイテク様セッション
クリーンコアのその先へ!データ・プロセス・AI の融合によって、次の 10 年の成長戦略を推し進める日立ハイテクの今
近年、ERP で AI を活用する機運が高まり、さらには自律的に動く AI エージェントの活用によって業務領域を横断してプロセスを連携し、生産性の向上、自動化を実現する未来が現実のものとなりつつあります。SAP は 2025 年 3 月 26 日に開催されたオンラインイベント「SAP Business Unleashed Innovation Day」で、この実現に向けた新たなデータ基盤「SAP Business Data Cloud(SAP BDC)」を発表しました。本イベントでは、データ・プロセス・AI の融合による業務革新プロジェクトを推進する株式会社日立ハイテクをゲストにお迎えし、同社のデジタル推進統括本部 クロスドメイン DX 本部の竹林亜紀恵氏と安田有里氏が、さらなる AI 活用も見据えた DX プロジェクトの成果と今後の展望について発表しました。
◎ 登壇者
株式会社日立ハイテク
デジタル推進統括本部
クロスドメイン DX 本部 本部長
竹林 亜紀恵 氏
株式会社日立ハイテク
デジタル推進統括本部
クロスドメイン DX 本部
コーポレート DX 部 部長代理
安田 有里 氏
未来の成長戦略を実現する業務革新プロジェクト
日立ハイテクでは、次の 10 年の成長戦略を実現するための新たな業務プロセスの創造に向けて、業務革新プロジェクト「DX-Pro」を 2018 年に立ち上げ、既存の業務プロセスの見直しや世界で戦うための業務システムの整備を進めてきました。この DX プロジェクトを支えるデジタル戦略のポイントとして、同社は「グローバルスタンダードシステム」「Fit to Standard」「クラウドファースト」の 3 つを掲げています。
この背景には、運用費が大半を占める従来の IT コストのあり方に対する長年の課題認識がありました。同社では、ユーザーのリクエストに応じてアドオン開発を積み重ねてきたことで運用費が肥大化し、これが足かせとなって ERP のバージョンアップは 10 年サイクルの一大プロジェクトとなり、投資対効果の説明にも苦慮する状況が続いていました。
「2018 年にスタートした当社の DX プロジェクトの目的は単なるシステムの導入ではなく、業務プロセスのシンプル化、経営情報のデジタル化によるビジネススピードの向上、業容の拡大にあります。新たな DX プラットフォームでは、運用費を最低限に抑え、IT コストの大半をイノベーションにシフトすることを目指しています。Fit to Standard に基づく標準機能の徹底活用、アドオンの抑制によって、短いサイクルで ERP のバージョンアップが可能になり、毎年リリースされる新機能をタイムリーに享受することができます」(竹林氏)
クリーンコアを維持しながら新機能を迅速に実装
新たな DX プラットフォームの構築においては、グリーンフィールドのアプローチを採用し、2-tier(2 層構造)アーキテクチャに移行しました。第 1 層では製造プロセスが複雑な国内拠点向けに SAP S/4HANA Cloud Private Edition を、さらにもう 1 層では海外の販売拠点向けに SAP S/4HANA Cloud Public Edition を導入。また開発基盤として SAP BTP を採用し、Side-by-Side 開発による周辺システムとの柔軟な連携によってクリーンコアを実現しています。さらに、グループ内のすべてのデータは SAP Datasphere を経由して BI ツールで可視化されています。
SAP S/4HANA Cloud で構築した新たな DX プラットフォームは、2025 年 3 月時点で世界 18 カ国、41 拠点、6 事業所に展開済みで、残りは海外と国内それぞれの 1 拠点のみです。クリーンコアの維持レベルも高く、アドオンは従来の 9,000 本から 843 本に激減し、91 %の削減率を達成しています。
クリーンコア戦略の成果としては、検証シナリオ数が従来から約 3,907 本減、改修が必要なアドオン数も 1,213 本減となり、その結果としてアップグレード期間は従来から 19 カ月減の 3 カ月、工数も 330 人月減の 13 人月となっています。アップグレードのサイクルも SAP S/4HANA Cloud Private Edition は 1 年に 1 回、SAP S/4HANA Cloud Public Edition は 1 年に 2 回に増えたことで、新機能の迅速な提供が可能になっています。
「個別のニーズに対応した ERP 本体へのアドオンは、運用費の増大ばかりでなく、技術的な停滞も招きます。そのため SAP BTP を活用した Side-by-Side 開発でクリーンコアを維持することで、デジタル化された End to End のプロセス、定期的なバージョンアップによる新機能の早期実装を実現し、ビジネスの加速化に貢献していくことが私たちのチームのミッションです」(竹林氏)
次のステップとしての「データドリブン戦略」
新たな DX プラットフォームの整備はすでに最終段階を迎えつつありますが、これはあくまで新たな成長に向けたスタート地点であり、日立ハイテクでは今後も乗り越えなければならない多くの課題があると考えています。次のステップとして見据えているのが、社内に蓄積された膨大なデータの活用による業務革新の総仕上げと具体的な効果の創出であり、最終的にはデータドリブンの活性化による企業文化の変革と継続的な改善を目指しています。
その中で「Next Step After Clean Core」の旗印の下で現在取り組んでいるのが、「意思決定の迅速化、データドリブンの実現」「変革の痛みの緩和、変革の加速化」「イノベーションの早期適用」の 3 つのテーマです。
1 つめの「意思決定の迅速化、データドリブンの実現」については、データドリブン経営を支えるデータ活用基盤の整備を進めています。SAP S/4HANA や周辺システムを含めて分析に必要なデータソースをデータファブリックの SAP Datasphere 上に集約し、経営ダッシュボード、SAP Analytics Cloud、セルフ BI でリアルタイムに可視化することで、経営層、中間管理職、また現場の多様な分析ニーズに対応しています。また近い将来においては、SAP S/4HANA 上のすべてのデータを統合管理し、サードパーティのデータともシームレスに連携する新たなデータ基盤である SAP BDC の活用も視野に入れています。
このデータドリブン基盤はクリーンコアによって 2 カ月という短期間で整備が完了し、開発期間の大幅な短縮が実現しています。SAP Datasphere を整備した後は分析に必要なデータモデルも 1 日程度で作成できるようになり、またアドオンを徹底的に排除することで、SAP S/4HANA の利用会社は統一されたフォーマットを使ってデータを抽出することができます。
一方、データモデルの作成が容易になったことで、モデルの数が増え過ぎるという新たな課題も出てきています。SAP S/4HANA の専門知識に長けたユーザーであれば、分析に必要なデータモデルを探すことは簡単ですが、そうではない現場のユーザーにとってはハードルが高くなります。そこで同社が期待を寄せているのが、SAP の生成 AI アシスタント「Joule」です。
「Joule にどのデータを分析したいかを伝え、必要なデータがどこに存在するのか教えてもらう。さらに蓄積されたデータをもとに適切な分析モデルを作成してもらうなど、クリーンコアだからこそできる Joule の活躍に期待しています。Joule については今後、実用化に向けて技術検証を行っていく予定です」(竹林氏)
さらにその先に見据えているのが、受注から発注、製造、出荷、売上、アフター保守といったバリューチェーンを横断したデータ分析の実現です。これにより、End to End のプロセスの可視化、ボトルネックの発見、トランザクションの相関関係の把握、業容拡大に向けたインサイトが得られる可能性があります。このサイクルを高速循環させることで、ビジネスのさらなる加速化に貢献することができます。
デジタルアダプションツールによるデータ品質の向上
「Next Step After Clean Core」の 2 つめのテーマである「変革の痛みの緩和、変革の加速化」については、クリーンコアの維持とデータ品質向上のための施策として、DX 基盤の早期定着をサポートする「デジタルアダプションツール」の活用に取り組んでいます。
具体的には、2024 年から SAP のグループ会社となった WalkMe 社のデジタルアダプションプラットフォーム(DAP)の「WalkMe」を採用し、データの品質に大きく関わる各種マスターの申請画面、国固有の入力項目や処理順序、取引形態や国に応じて必須化したい統計項目などのガイドとして活用することで、カスタマイズでは全拠点に適用されてしまう状況やアドオンの発生を回避しています。もう 1 つは、イレギュラーなオペレーションのサポートです。デビクレ、返品、棚卸伝票など発生件数が少ないがゆえに不慣れな操作に関して、DAP を活用することでマニュアル検索や参照の手間を省くことができます。
「DAP 活用のメリットは、クリーンコアを維持したままで実施できる施策であること、クイックな開発・提供が可能であることにあります。今後の目標としては、入力工数の 40 %減、マニュアル検索・手戻りの 80 %減を掲げています。また、データ品質のさらなる向上や DX 基盤活用の深化、採用人材の早期戦力化などの定性効果にも期待しています」(安田氏)
AI 活用によるデジタル価値の最大化
3 つめのテーマである「イノベーションの早期適用」では、AI の活用によるデジタル価値の最大化を目指しています。日立ハイテクでは現在、SAP BTP の AI サービスを活用したカスタム AI 開発の PoC に取り組んでいます。PoC のテーマは、顧客の PO データを読み取り、蓄積した過去データからパラメーターを予測提案し、受注伝票を SAP S/4HANA へ自動登録するというものです。文書抽出や予測提案に AI Core、Python App、SAP HANA Cloud を活用し、予測提案のためにどれくらいの過去実績が必要なのか、過去実績のない新規顧客のケースにどのように応用できるのかなどの評価を進めています。また、SAP S/4HANA に標準で組み込まれる Embedded AI として、Joule、Just Ask などのビジネス AI にも期待を寄せています。
「私たちが目指しているのは、AI を活用して End to End のプロセスやデジタルサプライチェーンを早期に実現することです。すべてのパラメーターの組み合わせを定義して実装する従来型のアプローチではなく、蓄積された過去データを用いて生成 AI で簡単に実現できることを期待しています」(安田氏)
クリーンデータの徹底活用でビジネスの加速化へ
ここまで日立ハイテクにおけるクリーンコアの実現に向けた取り組みと、データ活用、AI 活用を中心とした今後の取り組みを見てきました。その中で同社が強調するのは「No Clean Core, No Clean Data, No AI」。つまり、クリーンコアなくしてクリーンなデータなし、クリーンなデータなくして AI の価値を享受することはできないということです。
「これまで構築してきたクリーンコアによるクリーンデータ、必要なデータの蓄積を促すデジタルアダプション、定期的なバージョンアップによって得られる AI の新技術。この 3 つの要素をフル活用して、ビジネスをさらに加速化していきます。また、SAP BDC にも大きな期待を寄せています」(竹林氏)
クリーンコアを起点とした日立ハイテクの先進的な取り組みは、SAP S/4HANA Cloud を活用した業務革新、データドリブン経営の実現を目指す多くの企業にとって、貴重な先行モデルとなるはずです。