第 2 回海運コミュニティが 2026 年 8 月 28 日に SAP ジャパン大手町オフィスにて開催されました。2025 年に初めて開催されて以来 2 回目の海運業界を対象としたイベントでした。
世界的なサプライチェーンの不安定化、環境規制の強化、デジタル人材の不足など、海運業界は多面的な課題に直面しています。こうした環境下において、企業競争力を維持・強化するためには、新たな運営モデルの構築が求められています。
前回は、 SSC(シェアードサービスセンター)の活用による業務品質の向上、コスト削減、ガバナンス強化、そして人材の再配置をテーマに、SAP や国内外の海運業界の SSC の取り組みに関する講演と、ワークショップにて日本の海運業界への適用についてディスカッションして頂きました。
第二回となる今回は、FP&A (Financial Planning & Analysis) をテーマに、グローバルに分散するデータを統合して収益性や投資判断を迅速に行うための基盤づくりの必要性の観点で、FP&A 思考に基づく意思決定に関する講演と実際の日本企業での事例講演を、そして自部門でやるべきことについてディスカッションを行うという構成でした。
今回は総勢 6 社から 17 名の皆様にご参加頂きました。その内容を、振り返ってみたいと思います。

<第一部 講演等>

1) 講演:「“手が回らない” から “未来を描く” へ ~ FP&A 思考で市況変動時代の意思決定を設計する~」
株式会社 FP&A ラボ代表の鷲巣 大輔さんからご講演を頂きました。

  • 「見る」「判断する」「動かす」

講演では、FP&A の本質を「見る」「判断する」「動かす」という 3 つの役割で整理しました。
「見る」とは、財務情報だけでなく市況や外部環境も含めた事実を数値で把握すること。「判断する」とは、複数の選択肢を比較し、経営者が選択できる状態を整えること。そして「動かす」とは、意思決定された方針に基づき資源配分を実行し、組織を動かすことを意味します。FP&A は単なるレポーティング機能ではなく、意思決定プロセスそのものの品質向上に責任を持つ役割であると説明しました。

その上で、海運業界について独自の視点から考察が示されました。公開情報を見る限り、海運会社各社は市況前提や利益感応度、エクスポージャー管理など「見る」ための仕組みを既に備えており、また傭船・返船・船舶売買・段階投資など「動かす」ための選択肢も数多く持っています。一方で、「どのような条件になったら再度意思決定を行うのか」「誰がその判断を起動するのか」といった“再判断のルール”は必ずしも明示的に設計されていないのではないかという仮説が提示されました。

講演のなかで繰り返し強調されたのは、「前提が変わった後の継続は、新たな意思決定である」という考え方です。市場環境が変化したにもかかわらず、過去の投資判断を自動的に継続するのではなく、一定の条件に到達した段階で改めて継続・変更・撤退を議論する仕組みが必要であると説明されました。

また、AI についても興味深い見解が示されました。AI を市況予測のために活用するのではなく、事前に設定した判断基準への接近や異常値を監視し、経営者へアラートを発する仕組みとして活用するほうが有効であるとの考え方が共有されました。

  • 伊藤忠商事の事例から学ぶ「再判断の仕組み」

講演では、その考え方を具体化する事例として伊藤忠商事の投資管理プロセスが紹介されました。海運業界と商社では事業は異なるものの、長期にわたる資本コミットメント、投資後も継続的に状況をモニタリングする必要性、一度実行した投資を容易には撤回できない点など、意思決定構造には共通点があると説明されました。
伊藤忠商事では、投資判断時点で撤退基準を設定し、基準に抵触した案件を継続する場合には改めて本社承認を求める仕組みを採用しています。これにより「継続」をデフォルトにするのではなく、条件到達時には必ず再判断が行われる仕組みとなっています。講演では、この考え方を海運業界へ適用した場合、投資時に再判断条件を定義し、その条件に達した際には継続の妥当性を再度検証するプロセスを組み込むことが重要であると説明されました。

  • 質疑応答

参加者からは、事業部門に寄り添いながらも客観的な視点を維持するにはどのような体制が必要かという質問や、FP&A 組織を事業部門の内部に置くべきか、それとも CFO 組織側に配置すべきかといった問いが投げかけられました。
これに対し鷲巣 大輔さんは、海外企業や国内先進企業で採用されている「ダブルレポート」の考え方を紹介しました。事業部門と CFO 組織の双方にレポートラインを持つことで、事業理解とファイナンスの客観性を両立させる仕組みです。講演では、国内外の先進企業の事例にも触れながら、FP&A 機能が事業部門に過度に近づきすぎても、本社側だけに属しても十分に機能しにくいことが説明されました。
さらに、海運業界のように市況変動が大きい環境では、将来の予測精度よりも、予測が外れた際に再判断できる仕組みの方が重要であるとの見解が示され、参加者との活発な議論へと発展しました。

2) 講演: 書籍「花王の経理パーソンになる」を題材とした経理組織・管理会計の考察
SAPジャパンの渡沼より、書籍『花王の経理パーソンになる』で紹介されている内容をもとに、経理組織の変革や管理会計の考え方について共有しました。

  • 経理部門の体制と標準化の取り組み

書籍では、経理部門を単なる決算・開示業務を担う組織として捉えるのではなく、「経営の羅針盤」として位置付けられています。経営数値を正確に把握するだけでなく、事業部門や経営層に対して迅速に提案を行い、資源配分やリスクマネジメントに主体的に関与することが求められています。財務会計や制度会計だけではなく、管理会計を通じて経営そのものに貢献することを重要な役割としている点が大きな特徴ではないかと解説されました。

同社の会計財務部門は国内外で約 700 名規模の体制を有しており、本社機能に加えて国内工場、海外拠点、シェアードサービス組織などが連携しながら運営されています。経理企画部、管理部、財務部などがそれぞれ役割を担いつつも、全社的な経営管理を支える組織として機能していることが紹介されています。
また、グローバルで事業を展開する同社では、会計マスタや会計基準ルールの標準化の取り組みが紹介されました。勘定科目、といった基本情報だけでなく、予算プロセスや原価計算ルール、配賦ルールまで標準化することで、地域や事業を跨いでも同じ尺度で業績を把握できる環境を構築しています。

  • 管理会計の実践・FP&A 推進に関する示唆

セッションでは、花王における「責任会計」の考え方も取り上げられました。原価差異を単純に集計するのではなく、どの部門が管理可能な差異なのかという観点で整理する考え方が紹介されました。差異分析がそのまま改善活動につながる仕組みとなっています。こうした考え方は、単に実績を報告するのではなく、業績改善に結び付ける管理会計の実践例として紹介されました。
さらに、花王の管理会計を特徴づける取り組みとして、ブランド別・事業別損益管理についても説明が行われました。同社では事業責任者だけでなくブランドマネージャーにも収益責任を持たせるとされており、売上だけではなく利益や資本効率を意識した経営を推進しています。製造部門や販促活動の影響も含めて採算を把握することで、現場レベルで収益性改善に向けた意思決定が行われる仕組みとされています。

その中で特に注目を集めたのが、「財管一致」の考え方です。多くの企業では財務会計と管理会計で異なる数字を利用するケースがありますが、花王では両者を可能な限り一致させています。これにより、現場で見ている数字と経営層や投資家へ報告する数字の差異を最小化し、組織全体が同じ事実に基づいて意思決定できる環境を実現しています。参加者からも、経営管理におけるデータの一貫性や説明責任の観点から高い関心が寄せられました。

  • 人材育成

花王では会計・財務の専門性だけでなく、事業への理解を持つ人材育成を重視しています。本社部門だけでなく事業部門や海外拠点での経験を通じて、経営視点を持った人材を育成する仕組みが整備されています。経理担当者が事業に深く入り込み、経営課題を自ら考え提言できる存在になることが、経理部門の価値向上につながるとの考え方が共有されました。

<第二部 ディスカッション>

ここからは参加者を 4 グループに分けて、ディスカッションと発表を行いました。テーマは、海運業界を取り巻く経営環境を勘案したうえで、「①今日の話を加味して、経営者目線で自部門がやるべきことは?」「②その実現のためには何をやめるべきか?そしてなぜ今はやめられていないのか?」の 2 点です。要点は下記の通りです。

<まとめ>

今回の海運コミュニティでは、FP&A による意思決定の高度化と、管理会計を通じた経営支援という二つのテーマを中心に議論が行われました。変化の激しい経営環境において、経理・財務部門が果たす役割はますます重要になっています。参加者からは、自社の経営管理プロセスや FP&A 機能を見直すきっかけとなったとの声も聞かれ、活発な情報交換の場となりました。
SAP ジャパンは今後も業界コミュニティ活動を通じて、お客様同士の知見共有とベストプラクティスの発信を支援し、データドリブン経営の実現に貢献してまいります。