昨今のサステナビリティ、SDGsに関連する、環境問題、食料問題、ゴミ問題、人権問題、地政学リスク等、利害関係が複雑に絡み合う社会課題を考える際、個人に着目した“人”中心の思考方法だけでは、課題を一部の側面からしか捉えられない、もしくは、あちらを立てればこちらが立たずと、限界を感じることがあります。これら複雑な社会課題に対しては、人への共感だけでなく、多角的かつ包括的に地球全体を見渡す広い視野を持つ必要が出てきました。そこで近年欧米を中心に新しい思考方法である“Life Centred Design”が注目されています。本ブログでは、Life Centred Designの概要、ユースケース、日本での活用等についてご紹介したいと思います。
Life Centred Design(以下LCD)とは?
LCDは、人への共感に基づく人間中心の思考ではなく、“地球上の生命全体”を対象として、複雑に絡み合うSystematicな社会課題を解決するために生まれた、“生命中心”の思考方法です。例えば、人間にとってどれほど美しく、価値が大きい製品だとして、それを作るためにCO2やゴミをたくさん排出し、地球や他の生命を脅かすものであれば、作り続けるべきではないかもしれない。今、世界の経済活動、消費者の価値観は、大量消費からサステナビリティへと激しく変化しています。地球、海洋、森林、その他あらゆる生命は複雑に絡み合い、互いに依存し、一種の“システム”として存在しています。それらを人と同等に扱い、課題を構造的に理解し、それぞれに望ましい未来を多角的、包括的に思考することが求められています。単にある製品を製造するだけでなく、その原料がどのように生み出されているのか、販売後ゴミはリサイクル可能か、それともそもそもゴミを出さない提供方法があるのか、企業は消費者に選択され生き残るためにも、望ましい価値提供の形を模索する必要があります。
SAPといえばデザインシンキング(DT)ですが、通常のデザインシンキングとLCDを比較すると、“人間中心”としてペルソナを対象とするか、“生命中心”として地球上の生命全体を対象とするか、対象とする範囲、またそれぞれ使用するフレームワーク、アプローチ方法が異なりますが、発散&収束を繰り返し、望ましい未来を創造するという意味では類似した点も多く見受けられます。どちらが優れているという話ではなく、どちらもテーマに合わせて適所で使い分けていく形になります。どんなに地球に優しい解決策、仕組みを作ったとしても、人にとって使いにくく、誰も見向きもしないものであれば意味がありません。例えば、サステナビリティ、社会課題等、ステークホルダーが人間だけに限られないテーマであればLCDを用い、個別グループに属する人間に関する課題や価値提供がメインであれば、デザインシンキングでペルソナに共感して思考する方が適しています。
LCDフレームワーク概要
SAPでのLCDの流れは以下のようになっています。LCDのフレームワークはSAP独自の手法ではなく、デザインシンキングをはじめSystem Thinking / Future Thinking / Speculative Design等を他の方法論を組み合わせて作り上げられており、SAPにおけるLCDは現在でも継続的に進化し続けています。人間中心主義だと、観察や調査のフェーズでインタビューを行い、ペルソナと呼ばれる特定の人に焦点を当てて共感することで、現状を掘り下げ課題を再定義しますが、LCDでは特定のペルソナを立てることなく、なぜこの環境問題は起きるのかテーマに対して人間や環境全体の価値観に焦点を当てながら課題を再定義していきます。
例えば『Present』のフェーズでは、課題を深堀りするためにアイスバーグモデルというフレームワークを使用します。海面に一部だけ顔を出している大きな氷河に見立て、社会課題の一部を切り取っている“象徴的な1枚の写真”を出発点とし、その現象が何を表すのか、その現象には何かパターンがないか、そのパターンを生み出す隠れた仕組みがないか、その仕組みを支える人々のメンタルモデルがないかという形で、課題を構造的に掘り下げていきます。それら各レイヤーの関係性を可視化し、社会課題を構造的に理解し、有効な変革ポイントを探っていきます。通常、LCDのフレームワークは一連の流れを、必要に応じて、調査、ユーザーインタビュー等を織り交ぜ、イテレーションを含めつつ、数週間から、数ヶ月かけて進めていきます。普段SAPで実施する比較的小規模なデザインシンキングと異なり、事前の準備、多岐に渡る調査&情報収集等に時間をかけ、社会課題を深く理解した上で、多角的&包括的に望ましい未来を創造していきます。
SAPにおけるLCDの歴史
SAPでは、2019年頃から欧州を中心にLCDに注目し始め、2020年には社内でサステナブル調達な仕組みを考えるためのタスクフォースに活用し、そこから本格的に社内で展開を開始しました。その後、LCDの概要を理解し活用できる社員を増やすためトレーニングを進め、サステナビリティ関連の外部のお客様とのエンゲージメントでも積極的に活用し、2022年現在ではグローバルで様々なプロジェクトで活用しています。
海外でのLCD活用事例
欧州では、既にSAPとの長期戦略協定や、サステナブルなVisionを策定する際にLCDが活用されています。昨今パーパス経営が注目されていますが、特にPurpose-Led(目的主導型)とされる、会社の利益主導型ではなく、会社の存在目的、存在意義を優先したエンゲージメント等でLCDの手法が活用されています。公開されている事例としては、イギリスの大手水道会社であるAnglian WaterとPurpose-Driven Partnershipがあります。SAPと互いにサステナビリティにおけるVisionを共有し、環境、社会、経済といった幅広い分野で、有益なビジネス変革を模索するため、LCDを活用し、共にアイデアを持ち寄り、先駆者として地球にとって望ましい繁栄を長期視点で策定しています。
日本のCSR活動や社会課題解決をテーマとした取り組みへのLCD活用例
SAPジャパンでもまずは社内向けのイベント等でLCDの手法を活用し始めています。先日CSR活動の一貫として実施されたSAPの河川・海洋ごみクリーンアップ活動(イベント『Waterway Cleanup in ASIANOW』)にて日本各地で清掃活動を実施しましたが、主催者の方からは“悲しいことにまた数ヶ月後にはきれいした川が元通りの姿になってしまう”と伺いました。清掃活動は大いに意義がありますし、大勢でゴミを拾うと開始前とは見違える景色となり、清々しい体験ができます。ただ日々溢れ続けるゴミに対して、一部を回収したとしても根本的な解決策とはなりません。そこで、LCD体験会として、前述のアイスバーグモデルを活用し、荒川にゴミが集まるパターン、隠れた仕組み、人々の社会的心理等、根本原因を掘り下げ、構造的に課題を理解した上で、本来のありたい姿を描いていきました。また、別のブログでご紹介している日本酒の製造/販売における社会課題を解決するイベントでの課題の深堀り、社員向けの社会課題発見ワークショップ等でもLCDの手法を活用しています。
以下はLCD体験ワークショップに参加したSAPジャパン社員の感想からの一部抜粋です。
- 人に注目しなくても課題定義文(How might we..?)を作れること。大きな視野でシステム全体をデザインできる可能性を感じました。
- 社会全体の問題を考えるには通常のDTより向いていると思う。ただ、今回体験的な部分で発散で発展や収束まで至らなかったように感じたので、フルセットで実施すればそのようなポーションがあるのか興味はある。
- DTのファシリでペルソナについて多少無理に説明していた時もあったが、今回のLCDを知れてペルソナの説明も上手くできそう。通常のDTとLCD、うまく使い分けられるようになりたい。
- いきなりペルソナをセットするよりはるかに腹落ち感があった。問題の表層で目に映る写真からアイスバーグモデルで掘り下げる感覚がスムーズ。課題定義文(How might we..?)のセットと未来の姿を創造するのもやりやすかった。ここからアイデア出しと、スコーピングへとつなげられるとよりよいものになっていきそう。
- サービス部門としてこの経験をどう生かしていくかという所はまだわかっていないですが、普段学ぶことは出来ないことだったのでとても新鮮でした!
- 現状分析からアイデア創出までスムーズに実施できました。個人的にアイデアを整理するためにも使えるのではないかと思いました。
- SDGsのような社会(地球)課題=全人類の課題に対しては、LCDアプローチが合っていると思います。DT同様にファシリテーターの役割は重要ですが、DTの諸々ツールを使ってアイデアを捻りだすという感覚ではなく、アイデアを出したくなるような感覚。荒川ゴミ拾いに参加したからかも。お客様と実施する場合は、SDGsに紐付けた課題設定にできるとよいと思います。省庁や地方自治体の課題は、そもそも社会課題なのでLCDが合致しますね。
- 初めてLife Centered Designを体験しましたが、すんなり入れました。皆さんで社会問題に関してディスカッションできたこと自体が楽しかったです。
今後もSAP JapanではLCDを社内外へ普及し、サステナビリティ関連での活動で有効活用していく予定です。もし、LCDを用いて自社のサステナビリティにおけるVisionの作成や、社会課題の解決策を検討することに興味がある方がいらっしゃれば、是非お声がけください。