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三井金属鉱業「匠の技」のデジタル化により習熟期間を大幅に短縮

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三井金属鉱業 上尾事業所 所長 須戸達哉 氏(右)とSAPジャパン 社長執行役員 鈴木洋史(左)

三井金属鉱業 上尾事業所 所長 須戸達哉 氏(右)と
SAPジャパン 社長執行役員 鈴木洋史(左)

※撮影は感染対策を講じたうえで行いました

 

1874年の創業以来、非鉄金属素材分野で世界をリードし続ける三井金属鉱業株式会社(以下、三井金属)。同社では中期経営計画「19中計」において、「ありたい姿を実現する成長基盤の変革」を掲げ、全社的に生産性向上、デジタルトランスフォーメーション(DX)、スマートファクトリー化等のICT改革に取り組んでいます。その中でも、同社の主力を担う銅箔事業部での「スマート・ファクトリー・プロジェクト」は、日本の製造業全体が抱える属人化の問題を解決し、工場運営の高度化を実現するものでした。SAP® Japan Customer Award 2020で「Innovation」部門でアワードを獲得した同社でのSAP Cloud Platformを使った取り組みや今後の展望を伺いました。


「スマート・ファクトリー・プロジェクト」が有する4つの目的とは?

三井金属は機能材料事業、金属事業、自動車部品事業など、多角的に事業を展開しています。そのなかで高い成長性が期待されているのが機能材料事業本部の銅箔事業部。同事業部の強みは半導体パッケージ基板の微細化が進む中で、極薄銅箔の領域で世界最先端を走り続けています。埼玉県上尾市にある上尾事業所を中心に、マレーシアや台湾、香港、中国・蘇州、アメリカにも拠点を有し、グローバルにビジネスを展開しています。

同事業部の中期経営計画における「ありたい姿」について、上尾事業所長の須戸達哉氏はこう話します。

「新商品をタイムリーに創出し、成長分野に投じてビジネスを拡大できる状態を理想としています。特に、5G対応の半導体分野が商機として挙げられるでしょう。しかしながら、“ありたい姿”を実現するためには、乗り越えるべく課題も多く、そう簡単ではありません。そこで、まずは“ありたい姿”の実現を支える基盤の構築を図ったのです」

そこで取り組んだのが「スマート・ファクトリー・プロジェクト」。同プロジェクトには以下の4つの目的がありました。

  1. データの統合
    基幹システムには銅箔生産に関する膨大なデータが蓄積されているが、それを有効に活用することが課題。タイムリーに新商品を創出するにはデータの活用方法を変える必要があった。
  2. 作業の可視化
    電解銅箔工程では、安定生産を重視し、熟練作業員の勘や経験に頼ってきた部分も多く、これらをベースに改善を続け、歩留向上にも繋げてきた。このことが、かえって業務の固定化、属人化に繋がり、技術継承を難しくしていた。匠の技を継承できない状態は、事業継続リスクに直結する深刻な問題のため、これを解消する必要があった。
  3. 生産性の向上
    生産性を向上させるには、まず、現場の各工程での生産状況を的確に把握する必要がある。しかし、実際は、製造工程の全体の状況を、瞬時に、かつ正確に把握できる状況ではなかった。「生産性を向上させるためには、まず、ボトルネックがどこなのかを把握して手を打つ必要があった」(須戸氏)
  4. DXのロールモデルの確立
    銅箔事業部は同社の成長事業のひとつ。そんな銅箔事業部でDXを成功させることで、全社的にDXを広げていきたいという狙いがあった。

 

プロジェクト推進の大きな壁となった「作業の標準化」

「スマート・ファクトリー・プロジェクト」は製造、生産管理、情報技術の3部門のメンバーで構成されましたが、ITへの知見やマンパワーの不足が顕在化し、自力ではプロジェクトの遂行が難しい状況でした。そこで、本社の生産技術部に支援を仰いだところ、紹介されたのがSAPソリューションの導入実績が豊富な株式会社クニエ(以下、クニエ)でした。クニエはNTTデータグループのコンサルティング会社で、グローバルビジネスを展開する企業へのサービス提供を得意としています。プロジェクトは「ありたい姿」を銅箔事業部が描き、具現化はクニエによって進められました。

プロジェクトを推進するなかで最も苦労したのが「作業の標準化」でした。標準化のためには熟練作業員の業務内容を明らかにしなければなりませんが、この行為自体が困難を伴うものでした。それは熟練作業員にとって、現状否定にとられる可能性があるからです。また、標準化が行われれば、これまで慣れ親しんだ作業工程を手放すことになりかねません。生産技術部IT技術担当部長の平井克幸氏が話します。

「作業内容を明らかにするために、週に3日は作業員からヒアリングを行っていました。しかし、なかなか進まない。ここでクニエの力を借りることができたのはとても大きかったですね。自分たちだけでは作業員の本音を引き出すことは難しかったと思います。第三者が入ることで、プロジェクトがスムーズになったと感じています」

そして、プロジェクトを推進するうえで、もうひとつ大きなハードルがあったといいます。それは「システム導入時の費用対効果を数値化して経営陣から承認を得る」こと。初期投資はやりやすかったといいますが、ステップが進むにつれて、投資額も嵩むことから、言うまでもなく承認のハードルも上がっていきました。そのため、「生産性向上や歩留まり改善効果を、実データをベースとしたシステム導入シミュレーションにより、数値化して示すことができました」(須戸氏)といいます。

プロジェクトの期間は1年。あえて期間を限定し、スピーディーに定性的・定量的な効果を関係者に示すことを目指し、SAPジャパン、クニエを含めた3社でアジャイル開発を進行させていきました。開発のために選択したプラットフォームがSAP Cloud Platform。グローバルな拠点で使用するシステムとして最適なプラットフォームであることが選択の決め手となりました。

プロジェクトは2019年4月から開始され、およそ9か月間で仮運用に至りました。この間、須戸氏と平井氏は検証作業を粛々と進め、改善を重ねていったといいます。このようなPDCAサイクルを回すことは同社で最重要視している製品品質を担保のために必要な工程でした。

「本システムのアウトプットの信頼性が得られなければ、品質面でお客様の信頼を失ってしまいます。そのため、検証と改善を何度も繰り返し、信頼性を徐々に高めていきました。この工程に3か月程度を要しましたね」(平井氏)

信頼性のほかに、平井氏がシステム開発において重要視していたことがありました。それがサービスデザインです。作業員の多くはITの門外。そのため、ITのことが分からなくても操作を間違えずに使えるデザインにする必要がありました。工程ではデザイン中のインターフェースを作業員に都度見せて、彼らの声を聞きながら設計していったといいます。

三井金属鉱業のプロジェクトにおける進め方のポイント

生産性や歩留まり向上を実現、短期での投資回収を見込む

そうした努力の甲斐あって、2020年9月には本格運用を開始。運用から1年半が経過し、さまざまな効果が出ているといいます。
最も大きな効果が「匠の技の技術継承の期間短縮」です。これまで数年の期間を要した銅箔製品の熟練作業の習得を、業務やルールの標準化とデジタル化により数日に短縮させることに成功したのです。

「加工計画でデジタル化は威力を発揮しています。加工計画はさまざまな要素が絡み合う複雑なもので、特に電解銅箔の最後の加工工程であるマッピングは熟練の技術が必要なものです。お客様の求めるスペックに応じて銅ロールの切り出す幅や長さを決める工程なのですが、自由自在にそれを行うためには相応の熟練度が必要になってきます。この工程は熟練作業員がそれぞれのやり方で行っていましたが、今回のプロジェクトで標準化が進行し、デジタル化できたことで属人化を解消できました」(須戸氏)

属人化の解消は歩留まりを着実に向上させています。現在では熟練作業員と新人作業員の間でマッピングにおける歩留まりの差が縮まっているそうです。「銅箔生産において数%でも歩留まりが向上することは絶大な改善効果です」と須戸氏は話します。

銅箔生産のボトルネックである加工計画がデジタル化された結果、生産性が高まっています。作業時間が短縮されて作業長や現場の担当者は生産性向上につながる施策に工数をシフトしたり、新しい技術へのチャレンジすることも可能になったといいます。投資回収は同社の一般的なプロジェクトより短く、数年で完了する見込みです。

上尾事業所でのシステムの構成図

 

さらなる事業基盤の強化に「生産設備・現場作業・データ」の相互共有を目指す

「スマート・ファクトリー・プロジェクト」の進行時、須戸氏はひとつの軸を持って判断していたといいます。

「例えば生産現場と課題に対する対策を協議する場合、向き合うと、“あれもこれもやりたい”という話になります。時間と予算が限られているなかで、全てを実行することは難しいケースも多々あります。そんな時だからこそ、確立された判断の軸が必要になってきます。私の場合、まず、“Must”か“Want”かで判断し、その後、優先順位をつけてゴールに向けて取り組みました」(須戸氏)

須戸氏のこのような考え方は、利害調整が求められるプロジェクトを進めるうえで参考になるものでしょう。平井氏は今回のプロジェクトを経験し、「最高のパートナーとは何か?」について改めて立ち止まって考えたといいます。

「今回のプロジェクトはSAPジャパン、そしてクニエの協力があって初めて成功できたもの。実は、本プロジェクトは製造課長の一枚のアイデアから始まったものでした。それを両社が私たちの“ありたい姿”を理解したうえで実現してくれた。両社はお客様視点でものごとを考え、ものごとの本質を見極め、最適な提案をしてくれる存在です。おかげさまで想像以上に業務標準化が進み、銅箔事業部の全商品に業務標準化を適用することができました。当初は限られた商品だけの生産工程を業務標準化する予定でしたが、ここまで実現できたのは驚き。本当に感謝しています」(平井氏)

今後はIoTを活用した予兆検知などの製造設備保全の高度化も実現するといいます。最終的には、生産設備、現場作業、データが相互共有される体制を整え、本社プロジェクトのSAP S/4HANAと連携しながらさらなる事業基盤の強化を進める考えです。

「現在は各事業所や事業部で使っているシステムがそれぞれ異なります。これではリアルタイムにデータを把握できない。これからはデータをどれだけスムーズに収集し、有効活用できるかが競争優位につながる時代。2年ほどでシステム統一を図れるように努力していきます」(平井氏)

SAPジャパンは、事業基盤の強化に向けた同社のDXへの挑戦を、これからも支援していきます。

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