人事領域におけるグローバルガバナンスの現状と打ち手 ~第1回 グローバル人事ガバナンスの潮流~

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  1. はじめに

日系企業の海外進出はまだまだ拡大するトレンドを、データは示している。日本貿易振興機構の「2021年度海外進出日系企業実態調査 全世界編」では44.9%の企業が今後1~2年の海外事業展開を拡大する方向と回答し、現状維持を含めると90%以上となる。一方で、グローバル特有の人事・人材的な課題は、内容に若干の変化はあるものの、解決されているとは言い難く、常に顕在化している状況が続いている。

本稿を執筆する目的は、グローバル経営特有の課題をお持ちの日系企業の経営層や人事機能の方々に対して、ボトルネックになっている要因や解決に向けた勘所についてテーマごとに共有し、少しでも日系企業の海外競争力を高める一助となることである。

また「グローバル人事ガバナンス」という言葉は、状況によって様々な使われ方をしている。狭義では「コンプライアンスに抵触するような事象が起きないよう人事オペレーションを管理すること」を対象とし、広義では「本社が直接的または間接的に海外現地法人へ指示を出し、その結果を本社で集約している施策」を対象としていると捉えているが、本稿では広義の定義で論ずる。そして少しでも直接的に各社の活動に使っていただきやすいよう、比較的多くの企業で取り組んでこられた

  • 人材育成関連施策(後継者計画や人材の現地化など)
  • 要員人件費関連施策(要員人件費の適正化、低減など)

の2つの人事的テーマと、現地における

  • 「人事オペレーション」

を加えた計3つのテーマを設定し、それぞれの課題や要因、解決の勘所を5回に分けて連載する。
第1回は、課題の整理とその課題を生んだ歴史的背景をまとめる。

 

  1. グローバル経営において共通する3つの人事課題

 

ここ10年ほど、多くの日系企業の経営層や人事機能の責任者の方々とお会いし、抱えていらっしゃる人事や人材に関する課題をお伺いしてきた。また日本にいらっしゃる方々だけでなく、海外の現地法人の経営層や人事機能の方々ともお会いし、いろいろと話をお伺いしてきた。もちろん各社各様に課題は異なるものの、共通項が3点あることに気付いた。

1点目は、「ガバナンスの対象と強度」に関する悩みである。毎5年、人事中期経営計画(以下、人事中計)を立て、その度に本社主導の施策が発生し、グローバルでガバナンスを利かせて進める施策が徐々に積もってきている。最近だとSDGsやESGs、少し前だとDEIやタレントマネジメント(後継者計画や個別育成)辺りが対象としてよく聞こえている。日本の人事機能のリソースが限定的な中で、今回の人事中計でどの施策を本社主導でリードするのか、どの程度の強制力を持たせるのか、について、目指す姿と限定的な人事側のリソースや縦割り組織の社内政治の状況を、天秤にかけながら議論されている様子が、多くの会社で共通に見られる。

2点目は、「成果」に関する悩みである。これまでも多くの本社主導施策を導入し、ものによっては毎年決まったようにオペレーションを回しているものもあるかと思われる。一方で、その施策で目指した「果実」は収穫できているのだろうか。例えば、現地法人の経営を担う現地人材を育成するべく、上級管理職を対象とした後継者計画や個別育成計画を、毎年現地法人から日本本社に提出している場合、そのような人材は実際に育っているのだろうか。また育つスピードは、当初期待した速さなのだろうか。私がこれまでご一緒させていただた経営層や人事責任者の方々の中で、これらの取組みの「果実」に満足されている方を見たことは非常に少ない。結局、「仏作って魂入れず」の状態になっていることが多い、と理解している経営層や人事機能の責任者が多く思える。

3点目は、「体制と運用」に関する悩みである。2点目に挙げたような魂がこもっていない本社主導の施策に魂を吹き込み、本来期待した「果実」を得るために適切な体制の推進に関して、頭を悩ませている企業が多い。また体制を変えるということは、運用も変わる。如何にして効率的かつ効果的なオペレーションの基盤を構築し継続して運用するのか、という点も、各企業が共通して悩むポイントであると言える。

 

  1. バブル崩壊後に日系企業が志向したグローバル人事ガバナンス

 

続いて、バブルの崩壊以降に日系企業が志向した、グローバル人事ガバナンスの潮流について記述したい。

バブルが崩壊した90年代以降、日系企業は業績が大きく落ち込み、それまでの投資モードからコスト削減モードに大きく経営の舵を切った。

【図1:有利子負債残高の推移(昭和63年~平成16年)】

引用:法人企業統計調査(財務省)

それに伴い、人事機能も要員人件費の低減を通じたコスト削減が至上命題となった。ゆえに、グローバル人事ガバナンスについても、「中央集権」的に日本本社が主導して、要員人件費管理の強化(要員計画の精緻化、人員削減計画の策定と実行、処遇の抑制など)を実施した。

施策の実施当初は経営層からの注目が高かったため、日本本社の人事機能が海外現地法人を直接サポートし、要員計画の精緻化や人員削減の実行を支援してきたケースが多く見られた。

現地法人の人事機能では、業務の可視化や整流化による工数削減や中長期的な人件費計画を策定したことが無く、現地法人だけでは実行、推進できる状態ではなかったため、本社の人事機能がかなり海外現地法人に入り込んで支援し、日本人主体で施策を進めた。

 

  1. 「中央集権」的なアプローチで直面した困難

 

2005年くらいまでは、本社の人事機能から現地法人への支援がそれなりにあり、各現地法人での活動は推進されたが、それ以降は活動自体が停滞、または動いているもののデータを日本に提出するのみで、本気で要員人件費を低減するに至らないケースが多くなった。背景として、本社側からの支援の減少や現地での訴訟リスク、現地法人の人事機能が抱く「自分の給与が下がる可能性のある施策」に対するモチベーションの低下などが挙げられる。結果、本施策は形式上は実施されているものの、本来期待されている成果を得られていない状態が続いている。

本社からの支援が徐々に減少した理由の一つとして、日本本社の人事機能におけるリソース不足が挙げられる。要員人件費の引き下げにより、本社の人事機能自体もかなりの人員を減らすことになった一方で、日本国内の人事関連業務(新たな業務の例:日本の要員人件費低減対応、成果主義への移行、パソコンやeメールを使った仕事の進め方への転換など)への対応が多く発生し、海外現地法人支援にまで手が行き届かなくなったという背景がある。

結局は「中央集権」的に進めようとした各施策は、なし崩し的に「地方分権」的な進め方に移行せざるを得なかった、と言える。

 

  1. 「地方分権」的なアプローチで直面している困難

 

本社では「仕組みは作り、数年回したので、あとは現地法人で適切に回せる」と認識しているものの、なし崩し的に移行された現地法人は、たまったものではない。

当初は日本本社が施策をリードし、サポートし、成果の共有等を行ってきたが、徐々にサポートは薄れ、成果の共有もなく、情報やデータの提出だけを、毎年ルーティンで求められるようになり、現地法人として施策を遂行するメリットをほとんど感じられなくなってきた。また現地法人の人事機能は本社ほど高度ではなく、現地法人内の人事的課題の解決に手一杯となっている中で、本社からの施策を本格的に進める能力も余力も無いのが現実である。

【図2:事業戦略やビジネスモデルの見直し内容(主要地域別上位3項目)】

引用:2020年度海外進出日系企業実態調査 全世界編(日本貿易振興機構)

結果、本社から言われた「作業」は定型業務として遂行できるものの、各施策の本来の目的達成に必要な「仕事」を現地だけで完遂することは難しく、かといって本社からの支援もないため、結局は期待した成果を得られない状態が続いている。

それどころか、コンプライアンスに抵触するような事象まで発生する可能性を持っている。本社からの施策を適切に実施する以前に、評価や給与支払いなどの通常の人事運用の中でも、ミスや不正が発生している可能性がある。給与支払いミス、幽霊社員による着服(架空の社員を設定してその給与を個人で着服する)など、日本では考えられない事象が起こり、会社に損害を与えたり看板に泥を塗ったりするケースが散見されている。

これが、多くの現地法人の日本人経営層だけでなく、現地の人事機能と話してきた筆者の「地方分権」の現状認識である。

 

  1. 終わりに

 

結局、日系企業のグローバル人事ガバナンスの現状は、「中央集権」的な施策については、形式上の活動に成り下がっていて、本来目指している姿にまでは程遠くなっており、「地方分権」的な施策については、完全にルールから逸脱してコンプライアンスに関わるような事象が発生している、または発生する可能性を秘めている状況となっている。多くの日系企業は、これらの双方の改善に頭を悩ませている。

今後、「人材育成関連施策」、「要員人件費関連施策」、「人事オペレーション」の3つのテーマに分けて、ボトルネックになっている要因や解決に向けた勘所について共有する。

第2回は、現地人材育成のテーマに関する課題と解決に向けた勘所を記述する。

 

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オンラインセミナー詳細

  • 日時 :2022年9月12日(月) 16:00-17:20
  • タイトル :人事領域のグローバルガバナンスの現状と打ち手
    ~潮流とトヨタ海外事業を例に~
  • イベントのアジェンダ
    • 人事領域におけるグローバルガバナンスのトレンド
      SAPジャパン株式会社​ 人事戦略&DXアドバイザー アジアパシフィック&日本地域担当 南 知宏
  • 海外で人事・労務管理をするということ(私の経験)
    トヨタ自動車株式会社 レクサス統括部 主査 加藤 司 氏
  • デジタルで実現するグローバル人財マネジメントの仕組み
    SAPジャパン株式会社​ 人事人財ソリューションアドバイザリー本部​ 事業開発担当マネージャー 西館 義幸