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再生可能エネルギーで利益の2割を占める ~ ENGIEの一貫性あるアプローチを紐解く ~

私はこれまで産業機械のPILLER航空管制サービス業のDFSのIoT技術を使った予知保全の業務改革の例を紹介してきた。その流れとして今回は電力業界の予知保全の取組みで先行するENGIEについて紹介したい。

取り組みそれ自体が先進的であるが、何より目から鱗が落ちたのは、企業戦略から業務に渡る一貫性である。サステナビリティを推進する新規事業の再生可能エネルギー事業は、すでにENGIEの2割の利益(*)を占める中核事業に成長している。それを実現させているのは、確固たる戦略に基づいて、組織、テクノロジー、業務が、齟齬なく結合していることによると納得させられた。この4つを順番に見ていくことで、ビジネスにおける一貫性の重要性を感じていただけるはずだ。

*ここでは簡略的に利益と記載しているが正確にはEBIT (Earnings Before Interest and Taxes / 利払前・税引前利益)

戦略 : サステナビリティへの鮮明な意思、新規事業への原資の確保

ENGIEは元フランスガス公社。かつては国営でフランス国内のガスを主事業としてきた企業である。2019年にサステナビリティ戦略とパーパスを発表。この戦略は、経営層だけで作ったわけでも外部コンサルタントが作ったものでもなく、従業員や顧客、投資家、市民団体と一緒に作ったものだという。そして2020年には株主総会での同意を得て、会社の定款に加えて、そのコミットメントを外部にも示している。

戦略の柱は、再生可能エネルギーへの傾注である。ENGIEは、以前水道事業も行っていたが、2020年にその事業の株式をヴェオリアに売却。その額は34億ユーロ(約5,000億円)。この原資を再生可能エネルギー事業への投資に充てた。また、2045年までにNet Zero (二酸化炭素排出および温室効果ガス排出のゼロ化)を実現するという目標を掲げ、2027年までに石炭火力発電をゼロにする計画である(2015年時点で15GWの発電をしていた事業を2020年にはすでに4GWまで減らしている)。

同社のサステナビリティ戦略は従業員からも強い支持を得ている。ENGIEで働く人々の90%は同社で働くことを誇りに思っている(対2019年比で従業員のエンゲージメントスコアが10ポイント向上している)。

組織 : 国をまたいで技術を横展開し、事業ごとの強みを磨く組織構成

ヨーロッパのユーティリティ企業の多くは、ビジネスのグローバル化を進めている。ENGIEもその例に漏れず、継続的に海外企業の買収を行っている。競争が激しい中、事業ごとの強みを磨き続けることに注力し、技術を横展開できるよう、2021年に事業軸別の組織に改編している(以前は25の地域別事業)。

なお、組織改編に先立って、2018年には、世界各地でバラバラだった100以上のERPを統合するプロジェクトを実施し、買収した企業も含めた経営に関わる用語や指標を共通化。全世界の事業の状況が、いかなる社員でも即座に分かる環境を構築している。

研究開発やデジタル/IT部門は共通の支援部門と位置付け、これにより地域や事業を横断した技術の展開を行いやすい組織体制にした。例えばデジタル/IT部門には、もともと散らばっていた2,000名のデータ分析専門家と1,000名のIT開発者が集まった。それまでは散発的に300もの様々な実証実験が行われてきたが、実業務へ適用できるよう成熟化させるのが難しかった。しかし新組織となって、各事業と優先順位を協議する形を採ることによって、重要プロジェクトの成熟化と展開を確かなものにした。

2割の利益を占める再生可能エネルギー事業

ENGIEの事業は大きく4つの分野で運営されている。

  1. RENEWABLES  再生可能エネルギーによる発電事業
  2. NETWORKS  ガスの流通事業 (大手顧客は電力会社)
  3. ENERGY SOLUTIONS  暖房や冷房の集中提供事業
  4. THERMAL & SUPPLY  火力発電事業

前述のように、元はフランスガス公社であり利益全体の3割はフランス国内のガス流通事業が占めている。注目すべきは、ENGIEにとって新規事業分野である再生可能エネルギー事業がすでに利益全体の2割を占めている点だ。その利益はフランスではなく南米から上がっている。

テクノロジー  :  IoTを使ったデジタルツインによるソーラーパネル予知保全

地域の特性と規模の経済を活かす再生可能エネルギー事業

再生可能エネルギーと一言でいっても、発電の方法は太陽光・風力・地熱・中小水力・バイオマスと複数ある。しかも地域によってそれぞれの方法の発電効率は異なり、国ごとの規制や補助金も異なる。ENGIEはもっとも利益を上げやすい地域で最適な発電方法を採用するだけでなく、厳しい環境で業務の質を高め、全世界にその技術を横展開することで業務効率を高めている。

IoTを使ったデジタルツインによるソーラーパネル予知保全

チリにある太陽光発電施設において、7,600枚のソーラーパネルとインバーターに対するデジタルツインによる予知保全を実現した。保全コストを45%削減。保全に関わる交換部品や人件費などを半減させる大きな成果である。その仕組みはIoT技術によってセンサーから発電量とともに温度や振動など機器の状態が通知され、蓄積されたデータから故障の予測が行えるというものだ。ちなみにこのデジタルツインの実現で2022年のSAP Innovation Awardsを受賞している。

参考までに、似た例としてはカイザーウェッターの風力発電に対するIoT活用事例があげられる。太陽光と風力では設備に関わる把握すべきデータが異なるが採用するテクノロジーについては共通部分が多い。

このチリの太陽光発電施設はENGIEの実験場である。7,600枚のソーラーパネルでも十分に大規模に感じるが、たとえばメキシコの太陽光発電施設は80万枚のソーラーパネルを擁する。チリの実験場で様々な実証実験が行われ、ここで磨かれた技術が全世界の太陽光発電設備に展開されていき、さらには風力発電など他の事業にも展開されていくだろう。

業務  :  前提は「設備は壊れる」

砂埃による発電効率の低下に対応する洗浄業務

デジタルツインの取組みの他に、設備の洗浄に対する実証実験も興味深い。

ソーラーパネルにとって汚れは大敵である。発電効率が下がるし故障の原因にもなる。日の光が強い地域は乾燥していることも多く、砂埃が舞うことも珍しくない。

ENGIEは、人が水をかけて洗浄する従来の方法ではコスト効率が悪く、また大量の水を使うことは環境に負荷をかけ、しかも冷たい水による急激な温度差によってソーラーパネルの故障を引き起こすという課題認識があった。そこで、ソーラーパネル専用の掃除ロボットの開発を行った。

この取組みにおいても、前述のデジタルツインが役立っている。設備状況と発電状況のデジタルツインを通じて環境特性に応じた最適な洗浄方法を見つけられる。

「壊れない」から「壊れる」への前提の転換

多くのユーティリティ事業は、大型の設備が“容易には壊れない前提”で、定期的に保守作業を行う。一方で、太陽光発電事業に使うソーラーパネルは野ざらしの環境で利用され、その物量も多く、そもそも壊れるものである。また壊れた際には修理ではなくモジュール交換が主であり、保守業務のあり方は他の発電方法とは大きく異なっている。

今回SAP Innovation Awardsで受賞したソーラーパネルのデジタルツインによる予知保全は、太陽光発電固有の、言い換えれば同社にとって新たな技術の獲得だけでなく、新たな業務プロセスの確立も意味するものだった。

さらなる戦略  :  人々やエコシステムへの展開

企業として継続できる利益をあげるサステナビリティ

ここまでENGIEが再生可能エネルギー事業を利益全体の2割を占めるまでに成長させた軌跡を追ってきた。サステナビリティを経営の方針と掲げる企業は多いものの、ここまで一貫した取組みを行えている企業の例を見ることはなかなかない。

サステナビリティを追求する戦略と徹底した実行、ビジネスのスケールと事業ごとの強みを磨くための組織構成、事業の選択と集中による原資の確保、新しい業務への習熟と技術の横展開、従業員への浸透と支持の獲得。ENGIEでは戦略、組織、テクノロジー、業務、全てが整合した形で包括的に進んでいたのだ。

収益化を実現し掛け声だけで終わらせないサステナビリティへの取組み。これであれば一時の流行などでは決してなく、継続できるし、取組みを発展させることができる。

人々に活動を知ってもらう、一緒にサステナビリティを進める

インターネットで、ENGIEとInnovationやIoTというキーワードで検索すると様々な取組みが表示される。電気・ガス・水道といった事業は社会インフラ事業であり、消費財企業と比べると、人々にその事業を意識されることが少ない。SAPのInnovation Awardsをはじめ、ENGIEはエコシステムパートナーとの関係を通じて取組みを発信することで、多くの人々に活動を周知することを意識的にやっているように感じられる。実際私も今回の執筆を通じて、発電方法について注意が向くようになった。

ENGIEのホームページにアクセスすると、最初に表示されるのはAct with ENGIEというページだ。そこで表示されるのは「What if the common good was everyone’s business?」(もし仮に共通善がすべての人に関わることだったら?)の問いかけである。人々に知ってもらい、そして一緒に活動を進めるというメッセージが感じられる。

IoTを使った予知保全、3つの事例から

過去に紹介した産業機械のPILLER航空管制サービス業のDFSの予知保全との共通点、それは、明確な目的と必要性の設定と、組織や業務まで含めた一貫性である。

PILLERは全世界の顧客に収めた機器の稼動を高めるためにIoT予知保全を必要としていた。DFSはユーバーリンゲン事故の過去もあり絶対に止めない航空管制機器のために必要としていた。ENGIEは本稿で見てきた通り。

どの企業も新技術を利用しているが、本来なすべきことのために利用しているのであって、その目的や必要性が明確。ゆえに施策としてのぶれがない。サステナビリティを社会に要請されるコストとして捉えるのではなく、経営に資する必要な手段として捉えている。私自身が、改めて経営の一環としてのDXを認識できたENGIEの事例だった。理想としたいひとつの形として、心に留めておきたい。

※本稿は公開情報に基づき筆者が構成したもので、ENGIEのレビューを受けたものではありません。

 
 

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