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※当記事は、旧ブログサイトよりの転載です。部分的にリンクが機能しない場合があります。予めご了承くださいますようお願い致します。

SAPにおける素材産業のお客様向けグローバルイベントが、2022年9月27〜29日の日程で、スペインはマドリッドにて開催されました。業種・業界としては、化学(Chemicals)、金属(Mining and Metals)、製紙・繊維(Forest Products, Paper and Packaging)、および、建材(Building Materials)といったプロセス製造業の多くを対象するものです。当ブログでは、前編と後編の2回にわたりその様子をお伝えしようと思います。

業種・業界別イベントサイトへのリンク
化学:
InterInternational Conference for Chemicals, presented by SAP and  TAC Events
金属:
International Conference for Mining and Metals, presented by SAP and  TAC Events
製紙・繊維:
International Conference for Forest Products, Paper & Packaging, presented by SAP and TAC Events
建材:
International Conference for Building Materials, presented by SAP and  TAC Events

イベントブローシャーとアジェンダへのリンク(PDFファイル)

開催概要

イベントの開催概要としては、35カ国から約400名の参加登録があり、日本からは3社5名のお客様にご参加頂きました。前回の物理開催のときと同様、今回も基調講演や業界別トラックに別れての様々な事例発表、クロスインダストリーセッション、また、パートナー企業によるマイクロフォーラムやデモンストレーションといった数多くのコンテンツから様々な情報が発信されていました。同時に、SAPエグゼクティブやお客様同士のミーティング、ネットワーキングが随所で活発に行われていました。なお、イベント企画・運営会社であるTAC Events社とのこの形態での開催は4年ぶりであり、マスクなしの会場はコロナ禍前の活気が戻ってきていました。

SAP Opening Keynote: Driving Your Business with Sustainability

[講演資料リンク(PDF)]

初日(Day1)の基調講演はサステナビリティが主題でした。あらゆる企業にとってもはやビジネス上の最重要課題といえるでしょう。SAP Espanaにて南欧及び一部アフリカ地域を統括するJoão Paulo da Silvaが登壇し、”サステナビリティの最も大きなチャレンジ(Sustainability’s biggest challenge)”として、やはりバリューチェーンをこれまでの線形なもの(TAKE − MAKE − DISPOSE)から循環型(MAKE − USE − RECYCLE)へ転換していくことの喫緊度合い、そしてそれを進めていくことそのものが新たなビジネス機会であることを語りました。また、カーボンニュートラルへ向けては「パリ協定への#1の脅威(#1 threat to the Paris Agreement)」ということで、”The Scope 3 Gap”についての言及がありました。2050年までにCO2排出量=ネット・ゼロを目指すと宣言している企業は全体の58%あるが、Scope 3も含めて言及しているのはたったの26%に過ぎない、と。また、企業からの情報発信については、”Greenwashing”、つまり「環境保護に取り組んでいると世間に思わせるために偽りの情報を流布している(#2 threat is Greenwashing)」可能性もあるとのことでした。欧州委員会の調査によれば40%以上の企業Webサイトでは、サステナビリティやエコについて誇張された主張も多く見受けられる、場合によっては人の目を欺く情報となっているであろうとのことです。いずれにせよ、もはや”Scope 3″という言葉自体がビジネス会話のなかで誰もが普通に使う時代になっていたことが印象に残ります。

João Pauloは、企業に対する2つの「プレッシャー」についても言及します。ひとつはサステナビリティについての消費者や制度要件、投資家からのプレッシャー、もうひとつはテクノロジーのプレッシャーです。すなわち、サステナビリティについての課題に対処する上で、日々進化するテクノロジーを適切・有意に活用できない企業は”License to Operate”を失うであろう、ということです。そして、SAPは制度要件やレポーティング要件への対応に始まり、ビジネスパフォーマンスの見える化を通してプロセスの効率化を図ること、また、ビジネスモデル含め製品やサービスをサステナブルにすることに貢献しようとしています(下図)。余談ですが、基調講演の会場では、冒頭にSAPの創業50周年を語る動画が流されており、これまで培った様々な業界のビジネスプロセスに対する知見を活かしながら、それらをサステナブルにしていこうという文脈として受け止めました。

 
既にテクノロジーを有効に活用している企業の事例も紹介されました。Arpa Industrialeは、製品の製造工程において水資源を80%、スクラップを96%削減しています。Terniumは12,000時間の工数削減を、データ入力やリスク・コンプライアンスマネジメント領域で達成しています。Costainは工場設備・機器の稼働効率を30%向上し、より少ないリスク・コストでデータ活用のレベルを高めています。

João Pauloは”Our Vision”についても語りました。お客様企業が”Intelligent, Sustainable Enterprises”になることを支援するとともに、今後より重要となるであろう企業同士を繋げるビジネスネットワークを拡張していくこと、そして、持続可能な世界の実現に貢献することが”Our Vision”である、と(下図)。


 

その過程の中では、①SustainabilityとProfitabilityを両立させること、②サステナビリティのインパクトを定量的な経済指標として測るべきこと、③ビジネスをマネージする新しい手法が求められていることを主張していました。より具体的には、Scope 3への対応を例示し、サプライヤーリスク管理ソリューションであるAriba Supply Chain Due Diligenceや、製品カーボンフットプリントの管理・可視化ソリューションであるSAP Product Footprint Management、また、GreenToken by SAPを活用したコモディティのトレーサビリティーやカーボンフットプリントの企業間連携を挙げました。これまでERPがカバーしてきた「コアプロセス」の領域をさらに拡張し新しいテクノロジーを適用するとともに、サステナビリティアジェンダを包含し得る製品ポートフォリオを展開していこうということです。


Chemicals Track Sessions

Day 1の化学業界向けトラックでは、様々な事例セッションがありました。ここではそれらをダイジェスト版でお届けします。

Procurement in Transformation – SAP S/4HANA as the Next Step to Unfold a New World for Buyers

[講演資料リンク(PDF)]

2021年に既存のECCシステムをSAP S/4HANAへコンバージョンしたEvonikですが、調達領域における変革に取り組んでいます。サプライヤーとの契約管理(Contract Management)においては、Create − Signature − Storage − Managementといった各機能のデジタル化を進めるとともに、可視化・分析(Analytics)の機能含め、SAP AribaSAP Analytics Cloudを導入しながらエクセルを含む様々なマニュアルプロセスのデジタル化を進めています。一方で、以下に示すような調達領域における”パラダイムシフト”も見据えており、調達部門の働き方やマインドセット、スキルセットも変わっていくであろうとの主張が印象的でした。SAP Aribaネットワークを通して、サプライヤーとのアジャイル・コラボレーションを進めていきたいとのことです。

  • What: 新しいデジタル製品の登場と製品にまつわる様々な情報のデジタル化
  • With whom: 将来のサプライヤーを探すための新しいスカウティングの可能性と多くのデータに基づくよりよい意思決定
  • In which way: 新しいビジネスモデルと作るか買うかの判断
  • How: 全体のプロセスの自動化と「買う・売る」だけではなく「エクスペリエンス」をマネージ

Enabling Chain of Custody via Blockchain for Trust and Transparency in Your Sustainable Value Chain

[講演資料リンク(PDF)]

“She calls me DADDY”のスライドから講演が始まりました。本当に「いいお父さん」であることが、その後交わした会話からもよく分かりましたが、EastmanのDaniel Pereira氏が、3つのクライシス、すなわち、”Waste, Climate, 10 Billion (people)”への対処や、Eastmanのサーキュラリティーに向けたコミットメント、また、リサイクル技術について解説してくれました(例: Mecanical Recycling vs Molecular Recycling)。主題はプラスチック製品のサーキュラリティーにどう取り組んでいるかについて、GreenToken by SAPのパイロット導入事例でした。Eastmanが提供するプラスチック素材のトレーサビリティの取り組みです。すなわち、リサイクル材がどれだけ含まれるのかを明示できるか、その原材料の出自やサプライチェーンのトレース/認証が監査に耐えられるものなのか、といったことがポイントとなります。ひとつの大きなビジネスバリューとして「効率性」に言及がありました。例えば、ISCCの監査を受ける、あるいは認証を受けていることを示す上で、紙やエクセルでは効率性が落ちます。標準化されたプロセスやツールが重要で、GreenToken by SAPがそのエネーブラーであるとのことです。”She wants to know and trust …” − 冒頭の娘さんが言っているようですが、GreenToken by SAPが、コスト(マニュアル作業)削減のみならず、ブランド価値の向上や消費者からの信頼確保にも寄与しようとすることが、紹介された消費者向けモバイルアプリからも読み取ることができました。

Managing Cost and Improving Margins in a Volatile Market Environment

[講演資料リンク(PDF)]

Clariantの原価シミュレーションの事例セッションです。市場の不確実性が高まり、予見可能性も低下する中で、リアルタイムにシミュレーションし、需給調整などの意思決定の質を高めていこうという取り組みです。また、価格決定プロセスのリデザインでもあります。なお、これらはERPシステムの「外側」で実現されています。すなわち、SAP HANAをデータベースとし、SAP BTP(SAP Business Technology Platform)上に、いわゆる「作り込み」をして実装しています。一方でより重要なことは、シミュレーションの基礎となるデータが標準化されていることです。それらは通常、ERPシステム上で管理されており、レシピ/BOM(Bill of Materials)や原材料、製品といったマスタデータ、あるいはそれらの調達実績や販売実績などが標準化されていなければなりません。それにより「作り込み」された機能にERPからのデータがシームレスに連携され、ほぼリアルタイム(”near real-time”)にグローバルレベルで活用できることが可能となります。Clariantはこのプラットフォームを”Simulation Suite”と名付け、原価シミュレーションやCO2最適化、BOMのマネジメント、調達先の透明性確保等にも用いようとしています。なお、取り組みを進める上で「データを活用しないとデータの精度は上がらない(”Unless data employed, data accuracy will not improve”)」という言葉が印象的でした。

Establishing a Future-Proof Finance Function at AkzoNobel with SAP Central Finance

[講演資料は非公開]

化学業界のお客様においては、ERPシステムを「グローバルシングルインスタンス」で運用する事例が多数派であることは確かです(例: BASF, Evonik, Albemarle)。一方で、AkzoNobelのように、「分散型ERPシステム」を採用しているケースも少なからずあります(例: Linde)。そういったケースにおいて、SAP Central Financeを用いて、複数のERPシステムからデータを連携し、グループ全体の情報の可視化・分析や、それらを通した意思決定の質の向上を図ろうとするケースが多数あります。そこで重要になるのは、やはり「標準化」です。標準化されていないデータをいくらかき集めても、スピーディーかつ質の高い意思決定には結びつかないでしょう。AkzoNobelは分散型ERPとはいえ、業務プロセスやデータの標準化に向けた取り組みを精力的に行ってきました。GBS(Global Business System)と呼称されるこのシステム群は、以下のプロセスをカバーし、”1 system, 1 standard, 1 way, 1 truth”を実現しています。

Attract to Grow | Invoice to Cash | Source to Pay | Plan to Report | Master Data Management | IM Services

Q&Aセッションで、Key takeawayを求められていましたが、「レポーティングが目的なのか、それとも、標準化や(意思決定の)セントラリゼーションが目的なのか、よくよく吟味した方がいい」というコメントが印象的でした。

Customer Keynote Panel Discussion: Collaboration and Business Networks – Catalysts for Innovation and Sustainability?

Day 1のクロージングは、SAPの業種・業界別組織(IBU: Industry Business Unit)における製造業クラスターを統括するStefan Kraussがホスト役を務めるパネルディスカッションでした。EvonikのThomas Meinel、CEMEXのCarlos Augusto Mantilla Espinosa、EastmanのDaniel Pereira、LyondellBasellのLorenz Doerteがパネリストとして登壇しました。

イノベーションとサステナビリティが主題でしたが、全体を通して、組織や風土(Culture)、マインドセット変革、エコシステムやネットワークといったものがキーワードでした。もちろん、DX=Digital TransformationがITだけの話ではなく、コーポレートレベルでの変革の話であるとか、ステップ・バイ・ステップで進めて行かなければならない”Journey”であることが共有されました。EastmanのDanielが、上述のサーキュラープラスチックについて、その取り組みが意義のあるものなのかどうか、”We don’t know the result today”と語っていたのが印象的でした。ビジネスケース含め、試行錯誤しながらの取り組みであることを伺わせます。

また、ビジネスネットワークやコラボレーションについては、中小企業(SME: Small & Mid-size Enterprise)を巻き込んでいくことの重要性やオープンな環境を提供・維持することの重要性が語られました。サステナビリティに向けて、ERPが訴求してきた企業「内」プロセスの効率性・有効性の向上にとどまらず、企業「間」のプロセスをどうデジタル化するか、コラボレーションできるように変革していくことができるか、私たちに課せられた大きな課題だと感じました。
 


当ブログの後編では、SAP Industry CloudとDay 2の化学業界向けトラックの様子を中心にダイジェストします。