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デジタル技術を活用した鉄道設備保全業務のこれからの姿 〜鉄道ラウンドテーブル開催報告〜

Railway worker checking railway track levels, surface level view --- Image by © Monty Rakusen/cultura/Corbis

鉄道設備保全ラウンドテーブルが2022年10月31日にSAPエクスペリエンスセンターにてインテル様のスポンサーで開催されました。SAPジャパンとしては初めての鉄道業界を対象としたイベントでした。

これまで鉄道業界では、安定した収益に基づいて確保された要員と磨き上げた業務プロセスにより、世界からも称賛される安全でかつ安定した輸送を実現してきました。しかし、少子高齢化による旅客収入減少と労働力不足に加えて、アフターコロナのニューノーマルにより、より厳しい経営環境に変化しており、この変化への対応が求められています。それは、輸送の根幹である設備保全の領域においても例外ではありません。

このような背景もあり、我々の想定を大幅に超える多くの方のお申し込みを頂き、当初は対面のみの開催で計画していましたが、急遽対面とオンラインのハイブリッド開催となりました。結果的に、鉄道事業者と研究機関を含む総勢20社から対面が35名とオンラインが32名の皆様にご参加頂きました。その内容を、振り返ってみたいと思います。

第一部 講演等

1) 講演「鉄道アセットマネジメントDX」

東日本旅客鉄道の奥村様から、9月の土木学会の全国大会で発表された「鉄道アセットマネジメントDX ~線路メンテナンスの展望~ 」をベースに内容を追加してご講演いただきました。

冒頭は、本取組みの経緯をお話し頂きました。「鉄道を守りたい」「鉄道から新しい価値を創出したい」「次の世代をワクワクさせたい」という想いから、会社を超えた有志で取組みを開始したそうです。その中で、海外事業者にインタビューした結果、日本のように社員がデータ収集や資料作成をせずとも、ISO規格に基づきERPにより自動的かつリアルタイムに設備管理に関する提案がされることを知り、自分たちで検討を開始したとのことでした。

検討に際して土木学会から2020年6月に公表された「鉄道インフラの健康診断と将来のメンテナンスに向けた提言」等を参考にした結果、必要な要素として、「Ⅰ経験と勘の体系化」「ⅡCBMシフト」「Ⅲアセットマネジメント標準化」の3点に着目しました。

Ⅰ経験と勘の体系化

設備管理の業務は、技術者が現地で設備を点検した際に、リスクを評価し、対処の優先順位付けをして取替修繕の計画を立てるという流れで実施されます。その際の課題として、一連の判断が人の経験と勘に依存しきっているというということです。そこで、この経験と勘に頼る部分を体系化してシステム実装し、自動化することで、高効率で高精度な設備管理を実現したいということでした。

その具体的なやり方は、以下のとおりです。

  1. リスク評価 設備に内在するリスクを「管理状態リスク」と「社会的影響度」の観点でマトリクスを作りそれに基づきリスクスコア化する
  2. 優先順位付け マトリクスから算出したリスクスコア別に、経過観察や修繕、場合によっては運転中止等の対応を設定し、その期限に基づき順位付けし、スコアマップで可視化する
  3. 計画調整 対象作業の必要人員・材料と作業員データに基づき、作業計画表作成や材料調達を自動的に行う

このように、同じデータベースとシステムを採用することで、全系統が同じリスク基準で経営資源を自動的に最適配分することが可能となります。その結果、これまでその業務に携わっていた人材を新しい価値創造の業務への転用出来るという効果も期待できます。

実現の課題としては、車両・電気・施設といった鉄道の系統毎に異なるリスク評価の概念の合わせが必要ということでした。

ⅡCBMシフト

着眼点として強調されていたのは、「真に重要なTarget」に絞り込んでCBMシフトするということでした。例えば、枕木やレール締結装置などの設備が複数で構成されている並列系は1つが故障しても安全上のリスクに直結しませんが、分岐器やロングレールなど1つの故障が安全上のリスクに直結する直列系は高頻度センシング/モニタリングでCBMシフトすべきということです。このCBMにより得られたリアルタイムの状態のリスクデータをデジタルツイン環境で可視化することで、現地での対象箇所の状況把握も可能になります。CBMによるデータ収集方法については、営業列車で取得する方法が必須というわけではなく、収集周期は異なるものの軌道検測車やスマートフォン等その他計測機器でも可能で、まずは安価に実践する方法を意識することの重要性を強調されていました。

実現の課題としては、現在鉄道会社では系統毎に同じ設備でも異なる位置情報で管理していますが、これを全系統で統一した位置情報である地球座標で管理をすることが必要ということです。将来的には、この統一された位置情報管理手法を「鉄道版デジタルツイン」の世界標準企画として日本がリードしていきたいと語っておられました。

Ⅲアセットマネジメント標準化

アセットマネジメントの国際標準であるISO55000は、アセットの「コスト」「リスク」「パフォーマンス」のバランスを考慮して最大の価値を生み出すことを目的に、11項目の要件を定めています。この項目の中で、前述のⅠとⅡで述べた取り組みが実現できれば、下記の通り全11項目を満たすことができますので、標準化が可能になります。この標準に従うことで、系統横断でメンテナンスをPDCAサイクルで実施できるのではないか、とのことでした。

このように、上記のⅠ経験と勘の体系化、ⅡCBMシフト、Ⅲアセットマネジメント標準化を実現できれば、リスクをもとに現場から本社までEnd-to-Endで一気通貫で評価から計画まで自動的に実施されます。その結果、ヒトモノカネの観点で現状(as is)からあるべき姿(to be)への実現に貢献できるということでした。

全体を通じて強調されていたのが、非常に壮大で時間がかかる取り組みではあるが、設備管理は鉄道事業者の共通の課題であり、競争ではなく共創することで実現していきたいということでした。こういった議論を草の根活動的に繰り返して、次の世代に新たな価値や魅力を訴求したいという思いを熱く語っておられました。

2) パネルディスカッション、Q&A

鉄道総研の溝口様から、9月の土木学会の全国大会で発表された「日本の鉄道事業者における ISO55000(アセットマネジメント)適用の一考察」をベースに設備保全に関する方向性についてご説明頂きました。

冒頭は、ISO55000の概要についてお話しされ、それに基づき設備管理を実施している事例としてロンドン地下鉄をご紹介いただきました。その中で、日本の鉄道会社への示唆は、組織全体にアセットマネジメントの方針が浸透していることと設備管理の優先順位付けが行われていることを組織的に実行することでした。

この実現に必要な要件として、下記の2点について言及されました。

①システムの標準化

系統別ではなく一元的に管理されたヒトモノカネのデータに基づいて、リスクを基準に安全とコストのバランスを明確にする。

②データの標準化

データの構造とデジタル化の方法が統一されれば、メンテナンスのための分析評価に適用可能で、またその信頼性が確保されるのでオペレーションへの活用が可能になる。


時間の関係上残り時間は上記講演内容を踏まえてのQ&Aを実施しました。参加者からは、日本で欧州のようにアセットマネジメントの手法が浸透しなかった理由、鉄道事業者間を超えたデータの共有の方法、会社の経営力に応じた判断指標の設定、本取組みの社内での反応、そして鉄道設備管理分野におけるSAPへの期待といった内容についてやり取りがありました。

 

○第二部 ディスカッション

ここからは参加者を6グループに分けて、ディスカッションと発表を行いました。

テーマは「鉄道の設備保全業務の現状の課題は?」「課題が解消されない原因は?」の2点です。このテーマに対して、設備保全の業務に携わる本社支社・保守区・協力会社の3つの立場で取り組みました。

その結果は、以下のとおりです。

協力会社

グループ3からは、課題として、人手不足・安全安定輸送へ直結する責任の重さ・存在意義が挙げられ、その原因として、劣悪な労働環境・がんじがらめのルール・発注者側との関係性について言及されていました。

グループ6からは、課題について、組織体制と風土・働き方・人材の確保が挙げられ、その原因として、発注者に対して受け身な姿勢・劣悪な労働環境・人材への投資配分不足について言及されていました。

質疑応答では、協力会社と鉄道会社との関係性について、協力会社が自走できる仕掛け作りが必要という意見や鉄道会社が指示する部分と協力会社に任せる部分の最適なバランスに関する意見がありました。

保守区

グループ2からは、課題として、作業性・ルール・金・教育・システム環境・組織について述べられ、その原因として、システム化の遅れ・現状非悪化の考え方・経営状況の悪化・教育する人手の不足・低いITリテラシー・多様性の不足について言及されていました。

グループ5からは、課題として、人手不足・勘と経験への依存・古いルールが挙げられ、その原因として、劣悪な労働環境・過去の事例への依存・現状維持志向と責任回避の意識について言及されていました。

この中で人材確保については、変化の少ない業界でルールは変えられないという意識が強いが、最先端の取り組みをアピールし魅力を訴求することが重要という意見がありました。

本社支社

グループ4からは、課題として、煩雑なルール・採用難・タイムリーな予算配分・設備量・データ活用不足が挙げられ、その原因として、鉄道事業の規制・弱い発信力・弱い事前計画・低い情報精度・IT人材不足ついて言及されていました。

グループ1からは、課題として、人材不足・古いルール・系統優先の思考・予算確保が挙げられ、その原因として、多様性の低さ・鉄道事業の規制・系統主体の組織構成・投資効果の不透明さということについて言及されていました。

この中で、多様性や規制に関連して、組織として現状維持志向が強く、また安全性を重要視するが故に現状非悪化の意識から変革することが難しいという意見がありました。

その後、懇親会でも引き続きお客様同士の設備保全に関するディスカッションやネットワーキングが随所で活発に行われていました。

 

まとめ

今回のラウンドテーブルにご参加頂いた方々は、皆さん大変熱く議論をされておられました。そのお姿を見て、改めて鉄道業界の皆様にとって厳しい経営環境の中でもいかに上質な設備保全を実現するかということへの熱い思いと強い責任感を感じました。

今後もSAPジャパンは今回のようなラウンドテーブルを通じて構築された鉄道業界のネットワークとSAP社内に有するデジタルに関する知見を活かして、日本の鉄道業界における設備保全の高度化に貢献していきたいと思います。

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