2022年2月、ロシアによるウクライナ軍事侵攻が始まって以来、数多くのウクライナ国民が海外に避難し、日本でも受け入れを行っています。日本財団では日本に避難してきたウクライナ国民に対する支援活動を行うと共に、SAPジャパンと連携して、日本での避難民の状況や支援ニーズを把握し、適切な支援策を講じるための「ウクライナ避難民支援プラットフォーム」を構築しました。SAP Japan Customer Award 2022で「Japan Society部門」を受賞した日本財団が、プラットフォームの活用を通じ、NPO法人や地方自治体等も巻き込みながら今後どんな支援活動を展開していきたいと考えているのか、お話を伺いました。
日本で暮らす避難民の生活の安定を実現するために支援を開始
2022年2月24日、ロシアによって始まったウクライナへの軍事侵攻は、ヨーロッパから遠く離れた日本に住む私たちにとっても、衝撃的な出来事でした。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば、戦火を避けて国外に避難した人の数は、既に3月1日の時点で87万人以上に達していました。これに対して日本政府も3月2日、岸田文雄首相がウクライナから避難してきた人たちの日本への受け入れを表明します。
そうした中で日本財団も3月28日、日本に逃れてきたウクライナ避難民に対して、独自に支援を行うことを決定し、発表しました。日本財団は、全国の地方自治体が主催するボートレースの売上金を交付金として受け入れ、これを活動資金として、NPO法人等の公益性の高い事業を実施している団体への事業支援を行う助成型財団です。一方で近年では、社会課題の解決に率先して取り組むべく自主事業にも力を入れています。
今回のウクライナ避難民支援活動についても、日本財団が直接ウクライナ避難民に対して行う「渡航費・生活費・住環境整備費の支援」と、「ウクライナ避難民への支援事業を行っている一般財団法人や公益財団法人、NPO法人等への助成」の二本柱で展開することにしました。このうち「渡航費・生活費・住環境整備費の支援」は、ロシアの侵攻により日本に避難するウクライナ国民の中で日本在住の身元保証人がいる方を対象に、渡航費1人あたり最大30万円、生活費1人あたり年100万円(最長3年間)、住環境整備費1戸あたり最大50万円を支給するというものです。日本財団ウクライナ避難民支援室部長の長谷川隆治氏は、次のように話します。
「私たちが何よりまず実現したいと考えたのは、ウクライナ避難民の生活の安定でした。避難民の方々は日本にいるご家族や知人を頼って着の身着のままで来日したものの、多くの方は日本語がほとんどわかりません。そのため最初のうちは、役所に一つ手続きに行くにしても身元保証人の方が付き添わなければならず、仕事に支障を来すこともありました。また日本の狭い住環境では、ストレスを感じることも多いと伺っていました。そこで渡航費だけでなく、月々の生活費や、新しい住居に住まわれる方を対象に家具や家電の購入費を支援する住環境整備費についても支給することにしたのです」
日本財団が支援申請の受付を開始したのは4月20日のこと。当初長谷川氏は、「私たちが支援を行うことになるのは、多くても300人ぐらいではないか」と予想していたそうです。ところがウクライナ情勢はいっこうに好転する兆しが見えず、その後もウクライナから国外への避難する人数はどんどん膨れ上がっていきました。日本に避難するウクライナ国民も1月時点で2,256人を超え、そのうち1,810名(1月18日現在)に対して支援を決定しています。
収集した情報を効果的に分析・活用できると判断し、クアルトリクスが提供するプラットフォームを導入
日本財団の支援は、「避難民に渡航費や生活費などを支給したら終了」ではありません。避難民や身元保証人の生活の安定を実現するためには、きめ細かな支援が不可欠になります。そこで当初から重視してきたことの一つに、支援対象者へのサーベイがありました。避難民の日本国内での居住地や年齢や性別、日本語や英語でのコミュニケーションがどの程度できるか、帰国への意思(戦闘が落ち着いたらすぐにでも帰国したいか、しばらく日本にとどまりたいか)、日本での生活のどんな点に困っているか、どのようなサポートを必要としているか、といったことをサーベイによって把握できていないと、適切な支援策を講じることは困難になるからです。
また避難民が必要とする支援は、状況の変化によっても変わっていくことが予想されました。例えば短期滞在のつもりで日本に避難してきた方の場合、就労支援に対するニーズはさほど高くないかもしれません。しかし戦闘が長引き、いつ母国に帰れるかわからないという状況になれば、そうした方でも日本での就労を真剣に考えざるを得なくなり、ニーズが変化していくことが起こり得ます。そのため、それぞれの時点での避難民のニーズを的確に捉えるために、サーベイを継続的に行っていく必要があるとも考えていました。
当初は、避難民に対するアンケートの収集はGoogleフォームを利用して行い、集計はExcelを使った人海戦術で行うことを想定していました。そのような時に日本財団の支援活動の取り組みを知ったSAPから、「収集した情報を効率的かつ効果的に分析し、活用できるようにするために、クアルトリクスが提供するプラットフォームを利用してみませんか」という提案を受けました。長谷川氏は、SAPが説明用に準備したウクライナ避難民支援プラットフォームのデモ画面を目にしてすぐに「ぜひ使ってみたい」と思い、5月上旬に導入の検討を開始し、6月17日にはプラットフォームの稼働を始めました。
「特に魅力的だったのは、分析情報を瞬時に可視化できることでした。例えば『避難先の地域によって、避難民の支援ニーズがどのように違ってくるかを知りたい』と思ったときでも、操作一つで今の状況を簡単に把握できます。一方、もしExcelを使って自分たちの手でさまざまなクロス集計を細かく行おうとしたならば、膨大な作業が発生します。しかもせっかく集計しても状況は刻々と変化していきますから、すぐに情報は古いものになってしまいます。我々支援室の6名のメンバーだけで、状況をタイムリーに追いかけていくのはとても無理だったと思います」(長谷川氏)
アンケート項目の検討段階からSAPとクアルトリクスのエンジニアに加わってもらう
SAPとクアルトリクスの協力を得ながらプラットフォームを構築し、サーベイを実施できたことで、避難民の状況やニーズを的確に把握できるようになりました。特にニーズが高かったのは、「日本語教育」「就職機会、職業訓練」「医療」「いつでも相談できる環境」といった支援サービスでした。また日本語での日常会話ができる割合は1割程度、英語だと5割程度という結果が出ました。これを受けて、避難民及び支援者向けに、ウクライナ人通訳者、日本人支援者、ウクライナ避難民など最大4者での同時通話が可能なオンライン通訳サービス(対応言語はウクライナ語とロシア語)を開始。さらに企業と連携した就労マッチングサービスや、日本語学校と連携した日本語教室の提供などについても、現在検討しています。
またウクライナ避難民への支援活動をおこなっているNPO法人などの支援団体や地方自治体に対しても、有益な情報を提供することが可能になりました。支援団体や地方自治体は、自分たちが日々接している避難民が置かれている状況はよくわかっています。しかし全体の状況がどうなっているのか、その状況がどのように変化しているのかについては把握する術がありません。そこでこうした情報を日本財団が提供することで、支援団体や地方自治体は俯瞰的、多角的な視点から活動計画を立てられるようになることが期待できます。
またプラットフォームには、避難民一人ひとりの状況を細かく把握できる情報も蓄積されています。そこで地方自治体と、サーベイの分析結果ともに避難民一人ひとりに関する情報を共有すれば、地方自治体はその地域ごとに適時適切な支援策を講じることができ、また多様な課題を抱えている個別ケースへの対応も、よりスムーズに行うことができるようになると考えられます。もちろん情報提供にあたっては、個人情報の扱いには十分に配慮する必要があります。現在、神奈川県とも連携しながら、地方自治体との適切な情報共有のあり方についての検討を進めているところです。
長谷川氏は、「質の高いサーベイを実現できたのは、SAPとクアルトリクスのエンジニアにアンケートの設問に関する検討の段階から加わっていただいたことも大きかったと思う」と振り返ります。
「私たちはサーベイのプロではありませんから、自分たちだけでアンケート項目を考えようとすると、ヌケやモレが生じるリスクがありました。一方クアルトリクスのエンジニアのみなさんは、サーベイを行う際の調査設計の手法にも精通しており、どういう質問をどの順番で行えば回答者が答えやすく、かつ避難民の状況やニーズを偏りなく把握できるかなど、クロス集計を行うことを前提とした設問設計の段階からアドバイスをしてくれました」(長谷川氏)
さらに長谷川氏は、日本財団主催のNPO法人や大学、地方自治体向けに開催したデザインワークショップに、SAPの社員が全面的に協力してくれたことにも感謝していると話します。このワークショップは、サーベイの結果を素材にして、参加者がディスカッション等をしながら、自分たちの組織ではウクライナ避難民に対してどんな支援ができるかを考えてもらうというもので、計100名が参加しました。ファシリテーターを務めたのは、デザインワークショップの運営ノウハウを持っているSAPの社員でした。
「ワークショップを開催したことで、日本財団とNPO法人や地方自治体とのパイプが強化され、我々からの情報提供や、逆に先方からの情報収集が、これまで以上に行いやすい関係性を築くことができました。また参加団体同士のネットワークも深まったと思います。SAPの社員は、サーベイの結果を社会全体で効果的に活用し、避難民の支援に役立てるためには、多くの支援団体や地方自治体を巻き込んでいくことが大切であることを理解し、どうすればそれを実現できるかについて、私たち以上に熱い思いを持って考え、取り組んでくださいました」(長谷川氏)
NPO法人などの支援内容についてもプラットフォームに集約したい
ウクライナ避難民支援プラットフォームは、運用開始から半年近くが経過した2022年12月初旬の段階で、サーベイの内容について若干の修正を施しました。滞在期間の長期化によって、避難民の就労へのニーズが深まっているであろうことを踏まえて、就労に関する設問を充実させるとともに、子どもの教育環境(日本の学校に通学しているか、オンラインでウクライナの学校の教育を受けているか)についての設問を新たに設定しました。
さらに日本財団では、今後は避難民に対するサーベイ以外にもプラットフォームを活用していくことを構想しています。
「SAPからも活用方法についてのさまざまな提案をいただいています。その中でもぜひ実現したいことの一つに、NPO法人などの団体の支援内容をプラットフォームに集約することがあります。そのうえで避難民が求めている支援ニーズと、支援団体が提供している支援内容を照合すれば、支援者側が十分に対応できているニーズと、不十分なニーズを明らかにすることができます。ニーズと支援策とのミスマッチを防ぐことにつながります」(長谷川氏)
支援者の家族を含めると1,000名を超える避難民の状況やニーズをサーベイによって把握したうえで、支援策を講じていくという活動は、これまで日本社会では、日本財団のみならず誰も経験してこなかったことです。そこで得られた知見は、今回のウクライナ避難民への支援はもちろんのこと、今後も別の場面で文化や言語が異なる人たちを海外から受け入れることになったときに、きっと活かせるはずです。SAPも、日本財団の活動を今後とも支援していきたいと考えています。
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