FP&A (Financial Planning & Analysis) という機能(職種)が注目されています。FP&Aとは、会計・財務をバックグランドに持ち、経営者や事業・機能責任者の意思決定をサポートするビジネスパートナーです。外資系企業ではCFO傘下で確立されている機能ですが、日本でも2020年にNECがコーポレートトランスフォーメーションの一環としてFP&A部門を新設するなど徐々に普及し始めています。
一方、日本ではあまり馴染のない職種でもあるため、本ブログではSAP自身のFP&A実践例や進化の経緯を具体的に示すことで、各社におけるFP&Aのありたい姿を考えるヒントにしていただければと思います。
独SAP社のビジネスモデルシフトを支えるオペレーションモデル変革とFP&Aの位置づけ
SAPはドイツに本社を置くソフトウエア企業ですが、ここ10年で売り切り型(オンプレミス)からサービス型(クラウド)へM&Aを活用しながらビジネスモデルのシフトを推進しています。新しいビジネスモデルシフトの鍵となるのは新旧両ビジネスを支えることができるオペレーションモデルへの変革になります。
サービス型ビジネスへのシフトは契約の少額化と取引量の増大、利益率低下を伴うため、業務プロセスの徹底した標準化・自動化および利益管理が鍵となります。そこで同社は、北極星(大義名分)を明確に定めた上で強化すべき機能(ケイパビリティ)と徹底的に標準化・自動化する業務領域を識別し、組織・プロセス・ルール・人・データ・ITの六位一体でオペレーション変革を推進しています。
例えば、CFO組織ではビジネスパートナー機能強化という北極星を掲げ、各国・各拠点にばらばらに存在していた経理機能を「シェアードサービス」、「CoE(専門エキスパート)」、「BP(ビジネスパートナー)」の3つに分類して再配置しました。標準化できる業務は「シェアードサービスセンター(プラハ、マニラ、ブエノスアイレス)」に集約し、CoEは適所に配置、BPは事業・機能責任者の横に配置するという具合になります。指揮命令系統(レポートライン)も機能軸に統一してCFOの戦略施策を各国末端まで浸透させる仕組みを整えました。
また、プロセス管理組織を新設して、SAP S/4HANAなど標準アプリケーション(*1)が提供する標準プロセスを雛形にエンドツーエンドで業務プロセスの標準化・簡素化・自動化を進めながら、シェアードサービスセンターへの業務集約を推進しました。効率化で得た原資を人財育成やBP/FP&A機能の高度化などに再投資しています。
FP&Aの土台となる経営管理モデルの進化
複雑化するビジネスモデルに対応し、経営資源のクラウドビスネスシフトを推進するため、グローバル経営管理モデルもボトムアップ型からトップダウン型に大きく舵を切りました。
企業戦略を5年間の中期計画に落とし込んで毎年ローリングしており、5年計画の一年目を翌年予算のターゲットとして切り出して予算策定プロセスに繋げることで中計と予算の整合性を取っています。そして予算に対する予測を可視化・分析し、GAPを埋めるための施策を検討・実施するのが事業管理の根幹となります。
SAPではFP&A機能を本社と各市場に配置しています。本社FP&Aは戦略に基づいた中期計画・全社経営資源配分や本社事業・機能責任者の予算予測実績分析や戦略施策・投資などに関する意思決定支援を行っています。
中期計画および経営資源配分シミュレーションの土台となるのがバリュードライバーツリーです。グループ営業利益を起点して5年間のスケールを持つロジックツリーで、本社事業・機能責任者による経営資源配分の合意形成のみならず、自部門が他部門に及ぼす影響もツリー上で可視化できるため、全体最適視点での意思決定を促す上で大きな役割を果たしています。
従来、FP&Aは典型的なエクセル職人集団でしたが、エクセルに向かい合うことが本当にビジネスパートナーなのかという反省のもとエクセルのバケツリレーに使う時間を極小化し、最新テクノロジーを活用して経営者とのコミュニケーション・洞察・提言を通してビジネスに寄与できるよう仕事の仕方を変えています。バリュードライバーツリーはテクノロジーを活用した本社FP&A意思決定支援高度化の一例と言えます。
また、SAPは全世界を32の市場単位(MU)に区分して事業を行っており、市場単位毎に社長(MU MD)とCFO(MU CFO) を配置しています。各市場CFOは社長のビジネスパートナーとしてビジネスゴール達成に向けた意思決定支援を行っており、各市場におけるFP&Aの担い手と言えます。
FP&Aの果たす役割 ~SAPジャパン社長とCFO双方の視点から考察~
ここで32の市場単位の1つ、日本市場を例に取りFP&Aの果たす役割を深堀りしていきたいと思います。
まず、オペレーションモデル変革を通してSAPジャパンCFOの仕事の仕方がどのように変わったのかを示したのが図4になります。変革前は支払いや資金繰りなどオペレーションに追われSAPジャパン社長のビジネスパートナーとしての時間確保が困難な状況でありました。
一方、変革後はオペレーション業務をシェアードサービスセンターおよび専門エキスパートに移管することができたため、稼働時間の約8割をビジネスパートナー活動に使えるように進化しました。一方、時間確保だけでは社長の信頼を勝ち取るビジネスパートナー活動は成り立ちません。人財育成/教育投資とデータ利活用の仕掛け作りを並行して粘り強く実施し続けているのが重要な成功要因と言えます。
では、SAPジャパン社長から見てFP&Aの担い手であるCFOのビジネスパートナー活動がどのように見えているのでしょうか。下記は数年前のSAPジャパン社長からみた率直なフィードバックになります。
~SAPジャパン社長視点でのFP&A担い手であるCFOに対する評価~
①適切なパフォーマンスをあげるための土台となる計数を常に把握している
・日々出てくる様々な事業ニーズ/投資判断について、現状・見込みを把握した状態で意見・アドバイスを述べるので、適切な判断を保てる
・過去の数字ではなく、現在の状況・今後の見込みをきちんと把握しているため、様々なシミュレーションを一緒に出来る
②ビジネスパートナーの役割が強化されたことを実感
・シェアードサービスセンターが日常業務を巻取ることにより、ビジネスパートナーとしてのファイナンス機能が強化されたことでビジネスへの的確なアドバイスをいただけている
・事業レビューには必ず出席いただき、ファイナンスの視点から意見・アドバイスを頻繁に貰っている
③ガバナンス・コンプライアンス体制が万全なため、安心して事業に集中できる
・業務プロセスと情報システムがファイナンスの視点から統括されたことで透明性/リアルタイム性/コンプライアンスが向上し、不正や投資不全が起こらない安心感が高まった
・ITとガバナンス、シェアードサービスを掛け合わせた生産性向上により、利益率は毎年継続して向上し、投資余力を生み出している
・この面に関する、社長としての負担が軽減され、よりビジネスに集中できる環境を用意してもらっている
このように経営者からビジネスパートナーとしての評価を得る付加価値の高い業務遂行に欠かせないのが、データを活用した洞察と提言であり、その前提となるデータ利活用の仕掛け作りになります。
下記はデータ利活用の仕掛けが整う前のファイナンス部門で業務担当をした後退職、データ利活用の仕掛けが整った後再入社した現SAPジャパンCFOによる実体験になります。
~データ利活用基盤整備による仕事の仕方の変化 SAPジャパンCFO実体験共有~
SAP ジャパン株式会社
代表取締役常務執行役員最高財務責任者(CFO)
大倉裕史
再入社して仕事の仕方が変化したと感じている一つの例がフォーキャスト会議です。これは各国が売上着地を報告する重要な会議体なのですが、ここでの準備と議論の比重が“過去”から“未来”へと大きく変わったと感じています。具体的には“データの整合性と前提の議論”から“データのインサイトと打ち手の議論”へのシフトです。以前は各部門Excelベースの積み上げで資料を作成。しかし、それぞれに前提があり、各チームと認識合わせしながら調整項目を確認といった事を繰り返す、いわゆるExcel突合とバケツリレーといった部分が多くの時間を占めていました。さらに会議においても、度々数字認識の違いが起こり、その理由確認に議論が集中。会議時間も長くなりがちでした。一方現在はデータとダッシュボードのグローバル統合が進み、前述のフォーキャスト会議ではデジタルボードルームと呼ばれる共通経営ダッシュボードを統一して活用。世界中全く同じ切り口で同じデータをみています。前提が一致しているため、そこにないものを持ち出すことも、隠すこともできません。そうなると、各国の責任者がオーナーシップをもってそのデータクオリティを担保することに尽力します。そして会議では端的にレビューが始まるため、議論はほぼ「未来」の視点で行われます。ビジネスパートナーとしても迅速に次の一手として何が打てるのかにフォーカスでき、会議時間自体も非常に短くなっています。この経験から、データ利活用の仕掛けづくり、そして、そこへのマネージメントのコミットが合わさって、仕事の仕方の変化へとつながり、“ワンファクト、ワンプレース、リアルタイム”が実現でき始めてきていると肌で感じています。
FP&Aを支えるデータ利活用の仕掛け作り
仕事の仕方の変化を支えるデータ利活用の土台として大きな役割を果たしているのが以下3つになります。
1.本社インテリジェントデータ&アナリティクスによる共通言語・共通レポート利用環境整備
各事業・機能に散在して横連携なく自部門責任者のためのレポート作成に腕を振るっていたレポート職人を集約して設立したのが本社インテリジェントデータ&アナリティクスチームになります。そこで事業・機能毎に微妙に異なる前提条件やKPI・分析の切り口、言葉の定義・解釈などの共通化を進めながら、共通言語を組込んだレポート作成とレポートを利用しやすいようにカタログ化したアナリティクスストアを整備しました。フォーキャスト会議などSAPの公式会議では共通言語が組み込まれた共通レポートをマネージメント自ら率先して利用することで、国や事業・機能を跨り共通言語で意思疎通できる環境を根付かせていきました。
FP&Aチームが使う各種分析レポートもアナリティクスストアから提供されるため、FP&Aメンバーはエクセルのバケツリレーから解放され分析・洞察と提言にフォーカスできるようになりました。
2.本社コントローリング組織内CoE(専門エキスパート) による
予測モデル・計画テンプレート提供
経営/事業管理上重要な科目については本社コントローリングに所属するCoEチームが機械学習等を活用した予測モデル化を推進し、予測モデルに基づいた予測値・計画値を組込んだ計画・予測テンプレートを本社FP&A、市場FP&Aに提供することで計画・予測業務の効率化と精度向上を図っています。
3.経営・事業管理システム基盤の整備
中期計画・予算・予測・実績を統合的かつ一貫性を持って管理する経営・事業管理システムがデータ利活用の屋台骨となります。M&Aで異なる文化・システム&コード体系・管理会計モデルの企業が続々と加わる中でチャレンジではありますが、組織・顧客・製品&サービスを主要な分析の切り口としてマスターデータの一貫性確保を確保し、全階層の利用者が極力取引明細データを直接参照・即時集計・多軸分析できる環境を提供できるよう、SAP Business Technology Platform(*2) を活用しながら変化に強い基盤整備を推進しています。
イメージを持っていただくために実際に経営会議で利用しているレポートを紹介します。
図7が四半期着地予測ダッシュボードであり、権限さえあれば経営会議前にスマホやiPadなど場所・時間を問わず参照できます。
各地域責任者のコミットした売上予測数値と成約確度が高い個別案件を積み上げた予測値を比較して確かさしさを検証できる他、機械学習による予測数値も併記されるようになっています。
数年分の過去案件データを使って人のバイアスを排除した形で機械学習が導き出す予測値と地域責任者のコミット値の差異の大きさで、例えばグローバルCFOはどの地域責任者と丁寧に会話すべきかを即座に判断できるようになります。また、ダッシュボードをドリルダウンすると機械学習が高リスクと判断した案件を識別できるため、地域責任者は経営会議で聞かれる前に当該案件担当者に状況確認して追加対策要否を議論するなどアクションを促すことにも貢献しています。
図8はグローバルの流動性・資金状況を可視化するダッシュボードになります。特徴的な点はダッシュボードで表示されている数値はERP取引明細データを直接参照・即時集計している点です。従って、ERPで支払いや資金移動などの取引行うと、ニアリアルタイムに取引明細を直接参照・即時集計してダッシュボード上に反映されることになります。先が見えない状況の中で、今この瞬間の状況をオンデマンドで把握できる仕組みが、変化に柔軟に対応し、迅速かつ的確な意思決定を行う上で大きな役割を果たしています。
SAP自身もデータ利活用基盤として順次導入を進めているSAP Business Technology Platform (SAP BTP) のデータ&アナリティクスソリューション全体像が図9になります。図7のダッシュボードや図8のERP取引明細直接参照・即時集計の仕組みはこうした最新テクノロジーによって支えられています。
ソリューションの詳細情報につきましては下記リンクよりご参照ください。
- SAP BTP (Business technology Platform) : https://www.sap.com/japan/products/technology-platform.html
- SAP Datasphere : https://www.sap.com/japan/products/technology-platform/datasphere.html
以上、本稿ではSAP自身がオペレーションモデル変革の一環として推進するFP&A高度化実践事例について体験談を交えて紹介させていただきました。FP&Aのありたい姿は各社によって異なると思いますが、各社状況にあったデザインを検討する上でヒントになれば幸いです。
*1 標準アプリケーション: SAP S/4HANA(次世代インテリジェントERP)、SAP Concur(出張・経費管理)、SAP Ariba(購買・支出管理)、SAP SuccessFactors(人事・人財管理)などE2E業務プロセスを支えるアプリケーション群
*2 SAP Business technology Platform(SAP BTP):データおよびアナリティクス、人工知能、アプリケーション開発、自動化、統合の機能を 1 つの統一された環境にまとめたプラットフォーム
Posted by 中野 浩志
大手精密機械メーカーにて、輸出・外為業務、海外営業、海外現地法人立ち上げと同社ERP 導入及び事業管理・財務経理マネジメントを担当。1998 年に SAP 入社後は、ERP (ファイナンス)導入コンサルタントとして大手製造業、総合商社プロジェクトを担当し、ファイナンスソリューションマネージャーなどを経て現在は経営管理・経理財務領域のデジタル変革を支援するシニアプリンシパル。 日本CFO協会主任研究委員、早稲田大学大学院非常勤講師、公認内部監査人(CIA)、公認情報システム監査人(CISA)、公認不正検査士(CFE)、米国公認会計士全科目合格