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「現場を変える、会社を変える、未来が変わる。~Future-Proof Your Business~」をテーマに、9 月 22 日に The Okura Tokyo で開催されたSAP ジャパンの年次カンファレンス「 SAP NOW Japan 」。当日の基調講演レポート第二弾では、経済学者で一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏をお招きし、「 2040 年の日本」と題して、日本の現状分析と未来予測、労働生産性の低さを解消するための方策についてお話しいただいた講演の模様をお伝えします。


現状と未来予測① 先進国から脱落寸前の日本

基調講演の後半では、経済学者で一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏が登壇しました。野口氏は、一橋大学、東京大学、スタンフォード大学、早稲田大学などで教壇に立つ一方で、『「超」整理法』(中公新書)をはじめとする知的生産の手法を世に広めてきたことで知られています。また、日本の労働生産性の低さに早くから警鐘を鳴らしてきた著名人の一人でもあります。

近著『 2040 年の日本』(幻冬舎新書)で日本の現状に対する処方箋を提示した野口氏は、同著の内容を踏まえながら、日本が置かれている現状、労働生産性の向上を阻害する要因、未来の成長に向けた方策について、来場者に語りかけました。

野口 悠紀雄氏 一橋大学 名誉教授

まず、野口氏が示したのは「先進国から脱落寸前の日本」と題したスライドです。これは 1960 年以降の日本の1人当たりの GDP の推移を示したグラフです。山形の赤い線で示された日本は1970年代から成長を続け、一時は上の濃い赤線であるアメリカを追い越し、世界で最も経済が発展した国になりました。

しかし、日本の経済は1990年代半ばをピークに右肩下がりになり、2020 年には紫の線で示した OECD 平均まで落ちています。「この状況が続けば、日本はいずれ先進国の地位を失うでしょう。濃い紫の右肩上がりの線、韓国にも追い抜かれると予想されています」と野口氏は話します。

また、企業が生み出す付加価値も 1990 年代からほぼ横ばいの状況です。付加価値が上がらなければ、賃金、営業利益への分配率も上がりません。横ばいの賃金、営業利益を増やしていくためには、同じく付加価値全体を引き上げる必要があると野口氏は指摘します。

日本の成長はなぜ、1990 年代で頭打ちになってしまったのか。その大きな要因は 2 つあるとして、野口氏は次のように分析します。

「 2 つの要因は、どちらも 1980 年代から 1990 年代にかけて起こったことです。まず、中国の工業化です。日本の得意分野であった製造業において、中国はどんどん輸出を増やし、これにより日本の輸出が圧迫されるようになりました。もう1つは、アメリカを中心に新しい技術、つまり IT が登場したことです」

かつて、経済を左右する技術は製造業が中心でしたが、この状況は IT 革命によって大きく変わりました。日本はこの変化に対応できなかったのです。IT 革命を実現したアメリカは、1980 年代以降に GDP を順調に伸ばし、他の先進国もこれに続きました。その結果、2000 年に G7 でトップだった日本の 1 人当たりの GDP は、2023 年には G7 で最下位となったのです。

現状と未来予測② 日本の経済成長を阻害する要因

なぜ、このように日本の経済成長は停滞してしまったのか。野口氏は、OECD が試算した 2020 年から 2040 年までの平均成長率のグラフを示しました。青い棒グラフが各国の平均成長率、オレンジ色のグラフは労働人口の増加率です。左から3番目の日本は、少子高齢化により 2020 年から 2040 年にかけて、労働人口が著しく減少します。この労働力の減少が、日本の経済成長率を低下させている大きな要因だといいます。

「ところが、労働力の成長率がマイナスになっているのは、日本だけではありません」と野口氏は指摘します。日本の右隣のグラフで示された韓国も、労働力の成長率はマイナスです。にもかかわらず、韓国は将来の成長率の見通しが非常に高くなっています。その理由は、灰色の棒グラフで示された資本・技術要因の伸びにあります。

「韓国では今後、高い技術革新が見込まれており、そのことが将来の経済成長の見通しを高めています。一方で日本は、労働力の減少に加えて、技術革新のスピードが十分でないことが成長率の見通しを下げているのです」

日本政府は少子高齢化対策を打ち出していますが、仮に今後、出生率が急回復したとしても、労働人口が増加するまでには 20 年程度の時間がかかるため、労働力の成長率が 2040 年までに上向きになることは見込めません。野口氏は「つまり、2040 年までの経済成長率向上のために、日本が今できるのは技術革新力を高めることなのです」と強調しました。

スイスの IMD(国際経営開発研究所)が発表する国際競争力ランキングでは、日本は 2022 年の 34 位から順位を下げ、2023 年には 35 位となっています。このように日本の技術力が低い位置にいるのは、1980 年代の IT 革命に対応できなかった結果だと考えざるを得ません。

それでは、なぜ日本は IT 革命に対応できなかったのでしょうか。それ以前の大型コンピュータの時代には、日本はデジタル技術の世界でもトップを走っていました。そのことから野口氏は「日本はデジタル化自体が出遅れていたわけではありません」と指摘します。

「デジタル技術そのものの問題だけではなく、日本の産業構造や企業の仕組みが IT という新しい技術に適応できなかったことが大きな問題です。それらを克服することで、日本が再び高い成長率を取り戻すことは十分に可能だと私は考えています」

現状と未来予測③ 生成 AI が変える企業経営の未来

技術革新を阻害する要因を克服すれば、日本の経済成長は回復が可能だとする野口氏は、その実現の方策について、現在起こりつつある大きな転換が糸口になると話します。

「現在進行している『デジタル化』を広い視野で見ると、『自動化』というキーワードが浮かび上がります。この自動化は、これまで主に労働力を対象にしてきました。しかし、現在は『経営判断の自動化』が実現しようとしています。これは、ブロックチェーン上で条件が満たされると自動的に契約を実行・締結する『スマートコントラクト』によるものです。

経営者の有無、労働者の有無を 4 象限に当てはめると、双方が存在するのが左上の伝統的な株式会社です。他方には、経営者も労働者もいない完全自動会社があります。これは先に挙げたスマートコントラクトによって、仮想通貨という形でブロックチェーン上にすでに存在しています。また 4 象限の左下、経営者のいない企業は DAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自律組織)と呼ばれ、やはりブロックチェーンの金融領域で実現しています」

ここに介在する画期的なテクノロジーの 1 つが「生成 AI 」です。野口氏は「生成 AI によって、誰もが企業のデータベースにアクセスできるようになる」という点を強調し、今後の可能性について次のように言及しました。

「生成 AI によって、企業のデータベースを人間である経営者だけでなく、スマートコントラクトに反映させることも可能になります。労働者が自動化され、さらに経営も自動化された企業が出現し、大きく成長してくることも十分考えられます」

最後に野口氏は「未来は与えられるものではなく、選択するもの」とした上で、「今、技術の面で非常に大きな変革が起きています。この使い方によって、未来は大きく違ってくるでしょう。本日お集まりの皆様が、新しい技術を使って、新しいビジネスモデルをどう組み上げるか、それを日々考える努力が、未来の日本経済を大きく変えるのです」と話し、講演を終えました。

※基調講演の前編はこちらをご覧ください
不確実な時代の中で、日本企業が見据えるべき未来のロードマップ – SAP NOW Japan 基調講演レポート Vol.1 –