2023年7月、SAPジャパンは調達購買のイノベーションにスポットを当てたイベント「SAP Spend Connect Forum」を東京で開催しました。ここでは、その基調講演のエッセンスを紹介します。
変容するサプライチェーンと「サプライウェブ」
村尾氏に続き、基調講演の演壇に立ったローランド・ベルガーの小野塚氏は、SAP Spend Connect Forumのメインテーマである「調達購買のイノベーション」に沿ったかたちの講演を展開しました。演題は「サプライウェブ ~ 商流・物流のネットワーク化を見据えたDXの重要性」です。
演題にある「サプライウェブ」とは、不特定多数の企業が「蜘蛛の巣(=ウェブ)」状で相互につながり、「調達」「生産」「保管」「輸送」「販売」のサプライチェーンを形成する世界を指しています。
これまで、多くの日本企業のサプライチェーンは固定的で、限定的なサプライヤーや販売先によって構成され、それらのサプライヤー、販売先と密接な関係を築くことでチェーン全体を最適化してきました。
それが今日では、商品(製品、サービス)のあり方や事業モデル、ターゲット市場が変化・多様化し、これまで取り引きのなかった数多くのサプライヤーや販売先とサプライチェーンを形成し、全体を最適化する必要が出てきています。
「例えば、自動車業界ではEV市場の拡大に伴い、完成品メーカーは新規の部品サプライヤーや販売店と取り引きする必要が生じています。しかも、EVの部品は、PCなどのハイテク製品の部品のように、コモディティ性が高いものが多く、EVの車種ごとにコストパフォーマンスに優れた部品のサプライヤーを選び、調達するといったことが多くなっています。言い換えれば、EV市場の拡大によって、完成品メーカーと部品サプライヤー、ディーラーとの密接な関係の上で成り立ってきた自動車業界のサプライチェーンが崩れつつあるというわけです」(小野塚氏)
写真: 株式会社ローランド・ベルガー パートナー 小野塚 征志 氏
図1:EVの普及によって変化する自動車業界のサプライチェーン
資料:ローランド・ベルガー
また、食品業界などでは、eコマースの拡大により、メーカーから直接物流に乗せ、消費者の元に商品を届けるといった方式も一般化しつつある。結果として、メーカーが、多数の物流サービスサプライヤーとつながりを持つ必要も生じている。こうしたサプライチェーンの変化の中で必要とされ始めているのが、不特定多数の企業と企業とを“蜘蛛の巣状”につなぎ、サプライチェーンを形成するサプライウェブであるわけです。
サプライウェブプラットフォームの活用でコアコンピタンスの強化を
小野塚氏によれば、サプライウェブの世界では、不特定多数の企業と企業をネットワークで結ぶデジタルプラットフォームが必要とされるといいます。そのデジタルプラットフォーム(サプライウェブプラットフォーム)を提供する企業(プラットフォーマー)はすでに、製造(マニュファクチャリング)や物流(ロジスティクス)などの領域で登場し始めていると、小野塚氏は説明します。
図2:サプライウェブプラットフォームの全体像
資料:ローランド・ベルガー
そうしたサプライウェブプラットフォーマーの一例として、小野塚氏は、米国Fictiv(フィクティブ)社を挙げます。同社は、3Dプリンタなどの製造用のデジタルデバイスの空き稼働をマッチングするサービスを提供しています。
このサービスにより、製造事業者は3Dプリンタなどを保有せずとも、必要ときに、必要な場所で、試作品などを出力することが可能になり、結果として、製造コストや輸送コストの低減をはじめ、納期の短縮につながります。また、3Dプリンタなどを保有している製造事業者は、自社でその機器を使わないときに他社に使用させて稼ぐこともできると、小野塚氏は指摘します。
図3:Fictiv社のビジネスモデル
資料:ローランド・ベルガー
さらに、中国のロジスティクス系のサプライウェブプラットフォーマー、満帮集団は、荷主と運送会社のマッチングサービスを提供し、同サービスを通じて得られたデータを活用しながら、各種のファイナンスサービスを展開しているといいます。
図4:満帮集団のビジネスモデル
資料:ローランド・ベルガー
小野塚氏は、日本の企業の中にも、すでにサプライウェブプラットフォームを提供しているところがあるといいます。加えて、サプライウェブプラットフォーマーの多くはベンチャー企業であり、日本企業がプラットフォーマーとして活用できるチャンスは十分にあり、かつ、プラットフォーマーにならずとも、サプライウェブのプラットフォームを使用するだけで相応のベネフィットが得られる可能性があるとも指摘します。
「サプライウェブを使い、新規のサプライヤーや販売先との取り引きを始動させることは、新しいビジネスチャンスを広げることを意味します。また、固定化された少数のサプライヤーに依存したサプライチェーンは、新型コロナウイルス感染症の流行のような大規模な有事に脆く、レジリエンスが低いといった問題を内包しています。その点、世界各所の不特定多数の企業で構成されたサプライウェブは、有事によるサプライチェーンの寸断リスクが小さく、レジリエンスが高いといえるでしょう」(小野塚氏)
もっとも、日本の製造業界では、特定のサプライヤーや販売先との密接なつながりを強みとする企業も多くあります。サプライウェブ、ないしはサプライウェブプラットフォームの活用は、そうした日本企業の強みを無力化してしまうのではないかという懸念もあります。ただし、それは杞憂に過ぎないようです。
「自社のコアコンピタンスを支える業務プロセスを、サプライウェブのプラットフォームに置き換える必要はありません。サプライウェブプラットフォームは、自社の競争力とは関係のない非コアの業務プロセスを効率化、ないしは自動化する仕組みとして活用すべきです。それによって確保されたリソースの余裕をコア部分の強化に振り向けるようすることで、企業の市場での競争力は従来よりもアップするはずです」(小野塚氏)
小野塚氏によれば、サプライウェブプラットフォームの活用を図る際には、非コアの業務プロセスを標準化したうえで、プラットフォームに適応させてデジタル化しなければならないといいます。「また、それだけでは十分ではありません。繰り返すようですが、デジタル化によって生まれたリソースの余裕を自社のビジネス強化に役立てるというデジタルトランスフォーメーション(DX)を実現することが、サプライウェブプラットフォームを使う本来的な意義です」と、小野塚氏は訴え、こう続けます。
「今日、標準のデジタルプラットフォームであるPCを使うことで企業の競争力が下がると考える人は誰もいないでしょうし、自社の競争力を高めるためにPCのOSを一から作り上げようとする企業もないはずです。サプライウェブプラットフォームを使い、業務プロセスのデジタル化を図るというのは、それと同じことです。大切なのは、標準的なデジタルプラットフォームを使うこと、ないしはデジタル化を図ることではなく、それを業務、ビジネスの変革(トランスフォーメーション)につなげ、市場における競争力を高めることです」と講演を締め括りました。
<了>