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2023年7月、SAPジャパンは調達購買のイノベーションにスポットを当てたイベント「SAP Spend Connect Forum」を東京で開催しました。ここでは、その基調講演のエッセンスを紹介します。


変われない日本の現在地
今回のSAP Spend Connect Forumでは、基調講演のスピーカーとして2人の識者が登壇しました。1人は、「NEWS ZERO」(日本テレビ系)のメインキャスターとして活躍した経験を持つ関西学院大学教授の村尾 信尚氏であり、もう一人は、グローバル戦略コンサルティングファームであるローランド・ベルガーのパートナー、小野塚 征志氏です。

このうち、村尾氏の講演は「我々は未来に何を残すのか?」と題されたもの。日本の将来に向けて、私たちが何をすべきかについての見解が示されました。その講演で村尾氏はまず、時代の変化、あるいは世界の変化から取り残され、サステナビリティを低下させている日本の現在地について言及しました。

例えば、近年ではCO2削減、あるいは地球環境の保護を国家全体で追求しなければならず、それが世界のトレンドでもあります。ところが、2020年における先進各国の発電エネルギーの構成(*1)を見ると、日本は依然として化石燃料に大きく依存した状態にあるといいます。

「日本の発電エネルギー全体に化石燃料が占める割合は実に73%。ドイツ(43%)や英国(39%)、米国(61%)に脱炭素化で明らかに後れをとっています。また、再生可能エネルギーなどによる発電は、日本の場合、全体の15%でしかなく、英国(43%)やドイツ(42%)に大きく水を開けられています。(*注1)エネルギーの自給率にしても、日本は米国、英国、ドイツ、フランスよりもかなり低く、その点でもサステナビリティに問題を抱えているといえるでしょう」(村尾氏)。

加えて今日では、ジェンダー平等が世界の潮流であるにもかかわらず、日本は「男性社会」の文化から脱していません。その一例として、村尾氏は、日本の国会における女性議員の割合(10%)が、米国(28.7%)や英国(34.5%)、ドイツ(35.1%)、フランス(37.8%)の3分の1程度(ないしは、それ以下)でしかない点を挙げています。

さらに村尾氏が、サステナビリティを巡る日本の大きな問題点として挙げるのは、企業の開業率の低さです。「日本の開業率は4.4%でしかなく、米国(9.3%)や英国(12.4%)、ドイツ(7.2%)、フランス(11.3%)との間にかなりの差があります(*注2)。開業率が低い分、廃業率も低いのですが、これは産業界の新陳代謝がきわめて悪いこと、つまり、古い体質の会社から新しい時代に適応した企業への入れ替えがほとんど行われていないことを意味します」と
村尾氏は指摘し、こう続けます。(左写真; 村尾氏)

「こうした産業界の新陳代謝の悪さこそ、日本の創造的破壊の大きな妨げになっているものです。この状況が生まれた最大の要因は、日本政府が雇用を守るために産業界、あるいは企業を保護してきたことにありますが、企業の栄枯盛衰は消費者が決めるものであって、政府がコントロールすべきものではありません。産業界、ひいては国家のサステナビリティを高めたいのであれば、市場原理の中で淘汰されようとする企業を救済するのは明らかに間違った
政策であり、悪しき税金の使い方です」

 

日本のサステナビリティを高めるために必要なこと
村尾氏によれば、日本政府が産業や企業の保護に税金を使い続けてきた結果、財政状況は危機的な状況にあるといいます。

「国の『一般政府純債務残高』をGDPで割ることで、国の債務(借金)が、その経済力に比してどの程度のレベルにあるかが算出できます。その2022年推計値を割り出したところ、日本の値(172.6%)が、米国(94.7%)や英国(75.3%)、ドイツ(47.7%)、フランス(100.3%)に比べて突出して高いことがわかりました。要するに、日本は自分たちの実力(経済力)を大きく超える借金をすでに抱えているということです。これは大変危ういことです」

さらに村尾氏は、こうも続ける。

「現在、どんどん国債を発行し、弱った企業を救済すべきという意見もあります。ただし、そうした間違いを、日本を含む各国の政府は過去に幾度も繰り返してきました。その反省から諸外国では政府の借金に
法的な縛りをすでに設けています。ところが、日本だけが古くからのやり方を変えられずにいて、莫大な借金を次の世代に押し付けようとしています。

このような国はすでに世界にはなく、日本だけであると認識すべきです」こうした社会を変えるためにも、日本の企業人は
変わらなければならないと村尾氏は訴えます。

経済の原動力は、政府による資金のバラマキでは決してありません。経済学者のケインズが言うように、企業人の“アニマルスピリッツ(生き抜くため、勝ち残るための野心的な意欲)”こそが、経済を支えるのです。私たち日本の企業人は、太平洋戦争後の焼け野原から、政府による資金的な支援なしに復興を成し遂げました。そのスピリッツを取り戻し、これからの時代を生き抜いていくべきではないでしょうか」

さらに村尾氏は、企業や社会のサステナビリティを脅かす最大の脅威とも言える戦争の廃絶に向けて、個人と企業の国を越えた団結にも期待を寄せています。そして最後に、未来に向けて日本が変わることの重要について改めてこう述べます。「ドイツの哲学者で社会心理学者であるエーリッヒ・フロムによれば、人は生き方のあまりにも極端な変革を要求されると、『いま犠牲を払う』ことよりも『将来の破局』を選ぶそうです。いまの日本の状況は、まさにそれです。私たちすべての日本人が、自分たちの置かれた状況を正しく認識し、変革の痛みを乗り越えていくことが大切ではないでしょうか」と講演を締め括りました。

(*注1) 参考:経済産業省「エネルギー白書2023」https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2023/pdf/

(*注2) 参考:経済産業省『2023年版中小企業白書』https://www.meti.go.jp/press/2023/04/20230428003/20230428003.html