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「現場を変える、会社を変える、未来が変わる。~ Future-Proof Your Business ~」をテーマに、9 月 22 日に The Okura Tokyo で開催された SAP ジャパンの年次カンファレンス「 SAP NOW Japan 」。この日を締めくくる特別講演「 AI を仕事で当たり前に使う世界 ~ Business AI 黎明期を語る~」は、脳科学者の茂木健一郎氏、ナビゲーターを務めた PIVOT株式会社 代表取締役社長の佐々木紀彦氏、SAP ジャパン株式会社 常務執行役員 SAP Labs Japan マネージングディレクターの原弘美の 3 名が、ChatGPT など生成 AI の登場により誰もが AI を利用できるようになった世界、そして今後のビジネス活用について活発な意見を交わしました。


(写真左から)PIVOT 佐々木氏、脳科学者 茂木氏、SAPジャパン 原

◎ 登壇者
脳科学者 茂木健一郎氏

SAPジャパン株式会社
常務執行役員 SAP Labs Japan マネージングディレクター 原弘美

◎ ナビゲーター
PIVOT株式会社
代表取締役社長 佐々木紀彦氏

ChatGPT の登場は本当に衝撃的なのか

佐々木 ここ最近、メディアでは ChatGPT や大規模言語モデル( LLM )の話題で持ちきりです。本当に革命的なんでしょうか?

茂木 我々がこれまでコンピュータには無理だと思っていたことの 1 つにチューリングテスト(知能があるかを判別するテスト)があるのですが、ChatGPT はこれに合格しているので、それなりに衝撃的ですよ。仮想通貨、ブロックチェーン、NFT など、従来の“バズったテクノロジー”と比べても、生成 AI は本物で、ビジネスで使える可能性が高いです。

 私自身も、生成 AI はビジネスに使えると思っていて、名前だけのブームとは違うと感じています。

茂木 象徴的なのが、ChatGPT はユーザー登録のスピードが史上最速なんですよ。我々の生活の隅々まで浸透していく可能性があるビジネスツールではないでしょうか。

茂木 健一郎氏 脳科学者

生成 AI で生産性爆上げは本当か

佐々木 原さん、AI の進化の歴史について説明していただけますか。

 AI が商用として実用化されたのは、1970 年以降の第 2 次 AI ブームのあたりからです。最初は分析で使われることが多く、トラックの配送ルートの最適化や需要のバランスに基づく値付けといった用途で使われていました。そして 2010 年代に機械学習が出てくると、ビジネス界隈でも AI のプチブームが起こり、データサイエンティストや AI 人材を作ろうという動きが出てきました。ただこれは、一部の担当者が、AI 人材と呼ばれていただけでした。それが 2022 年に生成 AI が出てきて、「これは違うぞ」と一気に雰囲気が変わったんです。一部の研究者や専門家が使っていた AI が、誰でも日々のビジネスで使えるものになってきたということです。そうすると、判断に基づいてモノを作ってくれる、生産性を爆上げしてくれる可能性があると期待が高まってきました。

茂木 いわゆるカンブリア爆発みたいな、生物の種の大幅な増大に相当することが、起こっていると思いますね。

 

佐々木 私には生産性爆上げの実感がまだないのですが、企業はどう変わるのですか?

 2 つの切り口で紹介します。1 つ目は、「ユーザーインターフェースの概念が変わるかもしれない」ことです。今までのビジネスシステムの作り方は、いかにユーザーが使いやすいか、結果が見やすいかを重視していました。生成 AI ではそれが一切関係なくなります。ある企業が主要製品のパフォーマンスを前年や同月比で見たくなったら自然言語でシステムに投げかけるだけでチャートを出してくれるんです。また、AI 支援型の利用ヘルプもあります。従来型のシステムは、開発者がユーザーに分かりやすい UI 画面や、慣れるためのトレーニングを実施する必要がありましたが、生成 AI をエージェントとして使うとそれも不要になります。

茂木 企業の M&A もそうですが、トランスフォーメーションというのは面倒なものですから、AI がいろんな文書化やアナリティクスを支援してくれるとありがたい。業態を変えたり、取引先と新しい関係を持ったりする時、AI がバックアップしてくれたら、摩擦がなくなってやりやすくなるかと。

 

 次は 2 つ目の切り口です。こちらはより生成 AI に近いですが、「専門的あるいは支援的な業務を、システムが代替してしまうかもしれない」ことです。例えば、採用業務を AI が支援するということで、対話型でポジション登録処理をする、職務定義書のドラフトとインタビュー質問を AI が作成するといった用途での活用が可能です。もう 1 つは、プロセスモデリングと KPI 生成での活用です。最後は開発者向けの機能で、こういう機能やシステムが欲しいと問いかけると、コードとテスト用サンプルデータを一緒に作ってくれるというものです。

佐々木 人材採用を AI が支援するっていうのはわかりやすいですね。

茂木  採用に AI を活用することで、ある種のバイアスや、人間文化の中にある相対的好意度(プレファレンス)みたいなものを乗り越えられる可能性があり、フェアネス(公平性)やインクルージョンが実現しやすくなると思います。

SAP の AI は、使うデータをビジネスデータに限定

 次に、SAP の AI について説明します。SAP はビジネスプロセスの領域で AI を使い、あらかじめ組み込んでから提供します。使うデータをビジネスデータに限定するところがポイントです。大規模言語モデルを外部データに適用してしまうと、企業外のデータを学習して不正確な回答を示してしまう心配がありますが、SAP のデータだけを参照することでそれを回避しています。

茂木 これからの人間がやるべきことは、判断、選択、決定です。ビジネスパーソンの役割は、データの海の中でも最後に自分自身で判断して選択することになります。人間の脳は、最後の 2 秒で判断しています。その 2 秒のチョイスを研ぎ澄ますためのサービスを SAP が提供してくれると、もっと良い仕事ができると思います。

 

 SAP は、AI の実装において「 3 つの R 」を大事にしています。1 つ目は「 Relevant:すぐに使える AI 」で、ビジネスプロセスに沿って関連性の高い AI 機能を利用できることです。2 つ目は「 Reliable:信頼できる AI 」で、これは変な答えを出さない、しっかりした受け答えをするということです。3 つ目は「 Responsible:責任を果たす AI 」です。SAP はドイツ発祥の企業であり、欧州は GDPR( EU 一般データ保護規則)の発祥地ですので、プライバシーやユニークさを重視します。この 3 つの R を、お客様と約束した形で作っていきます。

生成 AI は人間の欲望を高度に実現する

佐々木 原さんのお話で、企業がどう活用するかはわかりましたが、個人としてどう生成 AI を活用していけばいいと思いますか。

 私自身は、アイデアを練る際に利用しています。例えば 6 つの思考を切り換えながらアイデアを叩いていく「シックスハット法」というのがあり、これが AI だと 1 人でいろんなアイデアを叩いたりすることができます。

茂木 AI のアラインメントで重要なのは、徹底的にサボることもできるし、シックスハット法のように自分を鍛えることにも使えるということです。将棋の藤井聡太さんは、AI が示す高度な手を研究して、進化を遂げてきました。一方で素人の将棋指しが相手との対局をAI に任せきりにして、何も考えなくなったら、脳は退化しますよね。英語翻訳の AI も、英語力を上げるために使うこともできるし、すべて AI に丸投げして、英語学習を放棄することもできる。そこが分かれ道です。

佐々木 私自身は正直、AI が自分を鍛えるために役立つ、生産性が爆上がりすることが体感としてまだイメージできないのですが。

茂木 生産性は、人間の欲望を高度に実現していくことです。おいしいものを食べたい、水が飲みたいなどの欲望もあるけど、生成 AI は人間の欲望を、より高度な実現というところで助けてくれると思います。「あなたの欲望はこれでしょう」というものを生成 AI が提示してくれるのであれば、その価値はものすごく高くなります。

佐々木 紀彦氏 PIVOT 代表取締役社長

AI と人間はドラえもんとのび太の関係

佐々木 では企業は、どのようにビジネス AI を導入していくのでしょうか。例えば、雑務はすべて AI に任せ、余剰人員を削減する動きになっていきますか。

 生成 AI を使ったシステムは、中堅・中小企業にこそ入れやすいと思っています。日本は 99 % が中堅・中小企業で、お客様を訪問すると、IT 部門がなく総務や工場の担当者が IT を担当していることも少なくありません。システムを直感的に使えるところをサポートしてくれる AI は可能性があると思います。

佐々木 IT 担当者がいないところに入って、担当者の役割を果たすことですか。

 そうですね。中堅・中小企業も大企業のサプライチェーンに組み込まれているので、そこからデジタル化を進めていかないと、日本全体の成長に影響します。生成 AI が、デジタル化や DX に勇気を与えるものになるなら日本の未来は明るいと思います。

茂木 生成 AI を使ったシステムで効率化していくと、本当にやりたかったことが見えてくるんじゃないかな。僕の理解では、それが生産性を上げることになります。本当に人が求めるものをより多く作って提供することこそが、経済成長だと思います。

佐々木 もっと前向きに、クリエイティブに脳を使えるようになるってことですね。日本では、どういうところに生成 AI を使うといいでしょうか?

茂木 日本と海外では、AI に対する議論が全然違いますよね。海外で議論されているのは、AI がもたらす危機の側面が大きく、原爆以上に危険だとか、人間がコントロールするべきだといった議論が真剣に行われています。しかし、日本は聖徳太子の時代から「なごみ」を大切にしている国で、なごみや生きがいを原理とした人間のアラインメントがあります。オックスフォード大学の論文などでは「 AI が人間の仕事を奪う」と書かれていますが、日本では最初からそう思っていない。AI と人間は「なごみ」、「調和」でしょって。そのアラインメントの道筋を示すことが、日本のミッションだと思います。

佐々木 それって、ドラえもんとのび太みたいな関係ですか。

茂木 そうです。海外では自律型兵器になるけど、日本は最初からアトムやドラえもんのイメージが普通。米国のコンビニエンスストアのビジネスモデルが日本で発展して、米国に逆輸入されたように、AI でも理想的な形を作った日本のモデルが、世界に浸透していけばいいと思います。

佐々木 VTuber も日本が世界のトップレベルにあり、いろいろなキャラクターがあるように、ビジネスシーンでもドラえもんのような感じで相談できるようになると仕事が楽しくなりますよね。

茂木 「 AI =怖い」ではなくて、人間と AI が介在したチームパフォーマンスなら、クリエイティブに変化する未来が見えてくると思います。

 SAP の目指すところは、まさにそこです。日本のお客様の中で見つけたプラクティス、日本のユースケースを SAP の AI に加えていきたい。ですので面白そうと思ったら、ぜひ使ってみてください。AI がドラえもんのレベルまで発展できるかは、使ってみないとピンときません。まずは慣れてもらって、こうしたほうがいいということがあれば私たちに伝えていただき、SAP が新しい切り口を実装するために協力していただければ幸いです。

佐々木 本日は皆さんありがとうございました。

(写真左から)PIVOT 佐々木氏、脳科学者 茂木氏、SAPジャパン 原