HR Connect Tokyo レポート
NEC(日本電気株式会社)は、過去の経営危機を経て、再びグローバルで勝ち続ける企業となるために、2018 年から人とカルチャーの変革を推進。創業 125 年を迎えた現在はエンゲージメントスコアとともに、業績や企業価値も向上しています。現在は、「全社方針・戦略の浸透」、「評価・報酬・登用・キャリア」、「働き方・心身のコンディション」の領域にフォーカスした人的資本経営を展開し、AI も積極的に活用しています。2024 年 7 月 31 日に開催された「HR Connect」の事例講演では、同社の CHRO である堀川 大介氏より、「NEC の人的資本経営:危機を経て『選ばれる会社』となるための人・カルチャーの変革」と題し、取り組みの今を解説いただきました。
〇 登壇者
堀川 大介 氏
日本電気株式会社
執行役 Corporate EVP 兼 CHRO 兼 ピープル&カルチャー部門長
挫折を経て多様性重視へ転換
グローバル競争力を高める人事制度改革
2024 年 7 月、NEC は創立 125 周年を迎えました。現在は社会価値創造型企業として、生体認証・サイバーセキュリティ・生成 AI やネットワークを軸に、社会の DX の加速に貢献しています。
同社は 1899 年に日本初の外資系企業として通信技術を基盤に創業し、1977 年にはコンピュータとコミュニケーションの融合を目指す C&C 構想を打ち出して、インターネットや ICT の時代を先取りしました。
堀川氏は「2000 年頃には売上高 5.4 兆円を達成しましたが、その後のグローバル競争激化により、10 年で売上高が半減する事態に陥りました。市場からの信頼も失ったこの危機を乗り越えるため、改めて NEC の存在意義を問い、従来のモノづくりからコトづくりへの転換を図ることにしたのです。かつての半導体や PC、携帯電話で培った技術力を活かし、新たな社会価値の創造に挑戦し続けています」と語ります。(図 1 参照)
(図 1)
社会価値創造型企業への転換を目指し取り組みを進めましたが、2013 年からの 5 年間はなかなか成果が上がらず、中期経営計画をやり遂げることができませんでした。そこで「実行力の改革」に踏み切り、社員の力を最大限に引き出すカルチャーの変革「Project RISE」をスタートさせます。
「Project RISE」をスタートした 2018 年にエンゲージメントサーベイによる調査を始めましたが、当初のエンゲージメントスコアは 19% と、日本企業の平均を下回る結果でした。(図 2 参照)この数字に対し危機感を覚えた経営層は、これまでの経営方針が社員にどれほど受け入れられていなかったかを痛感し、経営スタイルを変革していこうというさらに機運が高まりました。
(図 2)
当時の社長 新野隆氏(現会長)が、全国各地でタウンホールミーティングを開催し、1万人の社員と対話をするなかで、内向き志向や意思決定の遅さなど NEC のさまざまな問題点が浮き彫りになりました。この声をベースに、NEC は人事制度、働き方、コミュニケーションを軸に変革を推進しました。
「Project RISE」において、変革のキーとなったのは多様性です。従来の新卒大卒中心の同質性の高い組織から、イノベーションを生み出すために多様性を重視する組織への転換を図りました。そこで、グローバル企業としてのビジネスの勝ち方を理解している人材を社外から登用し、海外事業、ファイナンス、人事、デジタルなどの主要ポジションに配置。この異例の人事は当初反対意見が多かったものの、結果的に NEC の再生のきっかけとなりました。
「人・カルチャーの変革」のための三本の柱
NEC の 2025 中期経営計画では、戦略と文化を両輪として取り組みを進めており、文化面では「人・カルチャーの変革」を推進しています。この「人・カルチャーの変革」においては、エンゲージメントスコアの相関分析を行い、相関の高い「全社方針・戦略の浸透」、「評価・報酬・登用・キャリア」、「働き方・心身のコンディション」の領域に注力しています。
■ 全社方針・戦略の浸透
現社長である森田 隆之氏は、就任から毎月タウンホールミーティングを開催してきました。コロナ禍はリモートが中心でしたが、現在ではリアルでの開催とともに、地方や海外拠点などにも赴いて実施しています。また、経営層の社外イベントでの露出を増やし、社員が自社の状況を客観的に理解できるように努めています。(図 3 参照)
(図 3)
NEC はグローバル総計で 11 万人のメンバーが在籍しており、多様な部門で構成されています。部門間のコミュニケーションを強化し、多様性を活かすために、役員や部門長といった幹部層を中心に、同じ役職レベルでの横のつながりの場を創出し、情報連携や共有、人材交流などにつなげる「面のコミュニケーション」を展開しています。さらに、会社としての目標・戦略を組織全体に浸透・整合させ成果につなげていくために「カスケードコミュニケーション」を実施しています。
■ 評価/報酬/登用/キャリア
(1)ジョブ型人材マネジメントの本格展開
真にグローバルで競争力のある企業になるため、2024 年 4 月からまず NEC 本体で「ジョブ型人材マネジメント」を本格展開しました。これは単なる流行への追随ではなく、経営危機を乗り越える過程で必然と判断した戦略的な決定です。(図 4 参照)
「ジョブ型人材マネジメント」の本格展開に至るまでには、2021 年の SAP SuccessFactors の導入を含むさまざまな組織改革や制度整備を行い、実に 5 年もの準備期間を要しました。「ジョブ型人材マネジメント」の核心は、適時適所適材にあると考えています。会社にとっては戦略実行に必要な人材を適時に適切な場所に配置できること、社員にとってはキャリアの自律と適切な評価・報酬が得られることを両立させることを目指しています」(堀川氏)
(図 4)
(2)多様な人材を採用するための取り組み
多様性を高めるため、キャリア採用者を新卒採用者と同じ割合まで増やしています。さらに、エージェントを介さないダイレクトソーシングにも力を入れ、現在では採用の 3 分の 1 程度をこの方法で行っています。
(3)社内人材のキャリアサポート
キャリアをサポートする仕組みとしては、若手からシニアまで幅広い層に対してリスキリングのサポートを提供する専門会社「NEC ライフキャリア」を設立しました。また、「NEC Growth Careers」という社内人材公募の仕組みも導入しました。以前は年 2 回の募集でしたが、現在は常時開放型とし、今後は、NEC グループ全体や海外拠点も含めた人材の最適配置を目指しています。(図 5 参照)
(図 5)
(4)人材育成
社内の人材育成においては、職種別の人材育成委員会を設置しました。この委員会は人事部門主導ではなく、各事業分野のトップがリーダーとなり、必要な人材像を明確にし、それを標準的なジョブディスクリプションに反映させて、必要な教育体系も整備しています。
また、上位層と現場層のリーダーシップを引き出し、主体性とスピードのある組織へと変革をする「RISE Fast」を NEC の全職場で展開しています。これは、現場レベルでの無駄の削減や非効率な慣行の見直しにつながっています。
特長的な取り組みの 1 つとして、「褒める文化」の醸成にも注力しています。社会価値創造に貢献する高い成果を上げた社員を、創立記念日のイベントで表彰し、全社で称賛をしています。また、地下鉄三田駅から本社ビルの地下通路に、表彰された社員の活躍を展示するなど、NEC グループで働く誇りの醸成や次なる挑戦につなげる取り組みを行っています。
■ 働き方や心身のコンディション
働き方は、ワークライフバランスや心身のコンディションに関係する重要な取り組みです。社員が自律的に自己実現できるようなサポート環境を用意しており、福利厚生の充実に加え、最近では、個人の資産形成支援を推進しています。また、会社としての戦略実行力をさらに上げていくために、コミュニケーションを重視し、チーム単位で必要な場面において、対面機会を有効活用するよう、働き方をアップデートしています。
HR の領域においては、AI も積極的に活用しており、エンゲージメントサーベイの分析、スキルと業務内容を分析した人材公募のマッチング、社員の成長を支援するコーチングなどさまざまな場面で活用しています。(図 6 参照)これは自社をゼロ番目の顧客として想定し、各種サービスやソリューションを活用する「クライアントゼロ」の取り組みの一環で、ここで得られた知見を、NEC の顧客に対しても提供していく方針です。
社員の利便性向上・ HR 業務での工数削減などの目的で、SAP のデジタルアシスタント「 Joule(ジュール) 」の活用もグローバルで検討しています。
(図 6)
「NEC Way」の実践:社会価値創造を軸としたカルチャーの醸成
NEC は、以上のような数々の取り組みの結果、エンゲージメントスコアが 2023 年度に 39 % に達し、「ややエンゲージしている」層を含めると 75% まで向上しています。2025 年には 50 % 達成を目標とし、特に若手社員のエンゲージメント向上にも力を入れています。取り組みの一つとして、新入社員と役員によるリバースメンタリングを実施し、AI ネイティブな若手の能力を活用しています。役員は若手の潜在力を再認識するなど、新入社員から多くの気づきを得ることもできています。
多様性が増すなか、NEC は「NEC Way」を重視し、社会価値創造をパーパスの中心に据えています。単に理念を掲げるだけでなく、実践を通じて社員一人ひとりが自分の言葉で語れるようにすることを目指しています。多様な個性が集い、イノベーションを創出し、顧客や社会に高い価値を提供することで、利益を創出する。それを次なるイノベーションにつなげていくサイクルを、各社員が自分なりに回せるようにすることが重要だと考えています。(図 7 参照)
(図 7)
最後に堀川氏は「NEC は、2023 年から 2024 年にかけて株価が倍増するなど、いま躍進しています。創立 125 周年を迎え、さらに成長を遂げるために挑戦を続けてまいります」と話し、講演を締めくくりました。