鉄道設備管理ラウンドテーブルが2024年10月31日にSAPエクスペリエンスセンターにてインテル株式会社様のスポンサーのもとで開催されました。一昨年、昨年に続き3回目の鉄道業界を対象とした設備管理のイベントでした。
昨年のラウンドテーブルでは、海外の鉄道事業者の事例や国内の他業界の事例をもとに、設備管理の将来像について議論しました。具体的には、業務プロセスを標準化したうえで、共通したプラットフォームで部門横断の要件を管理し、全体最適の優先順位付けと計画策定と実行を継続して実施することでした。
この内容を踏まえて、今回は日本の鉄道事業者から設備保全業務の変革を経営課題として取り組んだ海外鉄道業界の事例やコンサル会社から日本の他業界の事例に関する講演と、設備管理業務の変革に必要な要素についてディスカッションを設定しました。
今回は鉄道事業者をはじめ総勢6社から22名の皆様にご参加頂きました。その内容を、振り返ってみたいと思います。
- <第一部 講演等>
1) 講演: 「海外鉄道会社先進事例訪問」
西日本旅客鉄道株式会社の小林誠さんと岡洋平さんが、ブラジルMRS社とスイスSBB社への海外鉄道会社先進事例訪問について講演しました。
現在会社が直面する重要なリスクとして「人材不足・流出」「技術レベルの低下」「災害・テロ・疫病の発生」「サプライチェーンの破綻」が挙げられる中で、顧客価値に直結する領域に経営資源を効率的に投入し、内向き業務を削減して創造的な挑戦に注力できる環境を構築することが求められます。そのような状況に対峙すべく、幹部対象の合宿で議論した結果、各部署が協力して業務プロセス変革を進めることとなりました。そこで、海外鉄道会社から最先端の動向を学びそれを取り入れるために、MRS社とSBB社に訪問して意見交換を行いました。
MRS
プロジェクトの背景
ブラジルのMRS社は、国内シェア1位を誇る鉄道貨物事業者です。MRS社が直面していた課題として、レガシーシステムの乱立によるシステム運用コストの肥大化や、システム人材の不足があり、これにより、最新技術の導入が困難であり、経営課題である生産性向上が進まない状況でした。そこで、MRS社は2011年に生産性向上プロジェクトがスタートし、業務プロセスの見直しや統合、グローバル標準のパッケージシステムの導入により、KPIに基づく経営管理体制を構築しました。
設備管理のPDCAサイクル
このKPI管理のために、MRS社は、検査結果の計画差異の分析、必要施策の抽出、人・物の調達分析、優先順位付け、修正計画の策定といったPDCAサイクルが行われています。この中で必要施策の抽出について、検査結果は即時システムへ連携され、過去の検査結果や故障率等から今後の予測を含めてKPIの推移が可視化されます。これに基づき、週次で計画を修正し、同様に四半期、年度ごとに計画修正が行われます。その結果、常に今後五年間の計画が更新されています。
プロジェクトの進め方
このプロジェクトは、①事前準備(データ構造の整理や関係ルールの整備)、②システム構築(業務プロセスの見直しとシステム導入)、③機能拡張(信頼性中心保全(RCM)とAI故障予兆診断)の3つのステップで進められ、現時点で②まで完了しています。②において、システム導入に際して業務プロセスの見直しを行い、系統横断かつEnd2Endで業務を設計して各部門がつながるように8つのテーマに分類して業務の標準化を行いました。その各テーマにKPIを設定し、それを管理するKPI管理責任者を配置する体制にしました。
現時点の効果として、ヒト・モノ・カネのデータを一元管理し、検査・工事施工結果を本社とデータ連携することで、ヒト・モノ・カネに関わるKPIの変化がリアルタイムに可視化されて、実施判断に要する期間が大幅に削減された結果、経営リソースの活用が最適化されました。今後は、システム運用コストの減少や、現場からのデータが直接吸い上げられることによる間接社員の要員削減の効果も期待されています。
MRSの事例からの学び
MRSの事例から、日本が遅れているという事実を受け入れた上で、社員が事業経営の一員であるというマインドを持つこと、生きたKPI設定による全体最適な業務の進め方、そしてそれを支えるバラバラなシステム、コードを統一することの重要性を認識しました。
SBB
プロジェクトの背景
スイス国鉄(SBB)は、鉄道業界における業務変革の先駆者として、その取り組みが注目されています。SBBは、鉄道事業の持続可能性を高め、顧客満足度を向上させるために、全社的な戦略「SBB Strategy 2030」を掲げています。この戦略の中心には、「Rail in Focus」というスローガンがあり、鉄道を中心に据えた持続可能な未来を目指しています。
その実現のために、従来の部門ごとに分かれた業務プロセスを統合し、全体最適の視点で業務を進めることを目指しています。以前は、各部門で異なるルールやプロセスが存在していましたが、これらの業務を標準化した上で一つの統合されたシステムを導入し、顧客目線で設備管理することを重視しています。
顧客起点の設備管理
SBBにおける顧客目線での設備管理は、顧客のニーズやフィードバックを基に、業務プロセスや保全戦略を見直し、最適なサービスを提供することを重視しています。例えば、列車の揺れに関する顧客からのフィードバックがあった場合、SBBはその情報を基に設備の状態データを横断的に分析し、最適な修繕計画を立てます。このように、顧客の視点を起点にした業務プロセスの再構築が行われています。
RCMによる横断的な分析
設備の状態データを横断的に分析するために、SBBでは信頼性中心保全(RCM)の考え方を取り入れています。具体的には、まず設備の機能と性能を定義し、次に機能障害の特定と故障モードの分析を行います。各故障モードが設備やシステム全体に与える影響をリスクマトリクスにより評価し、定期点検・予防保全・状態監視など最適な保全タスクを選定します。これにより、リスクの高い部分には積極的にリソースを投入し、リスクの低い部分には必要最低限の対応を行うことで、信頼性を高め、運用コストを削減するものです。
プロジェクトの進め方
従来の部門別のプロセスからの脱却を実現するために、CEOおよび本社機関が中心となってリードしています。全社設備管理や購買及び財務関係を含む統合システムプロセス導入を2018年から実施し、昨年に統合システムに基づく業務を電力部門にて開始し、今後は不動産部門、2027年度にインフラ部門へ展開予定です。
SBBの事例からの学び
SBBの事例からは、業務プロセス改革プロジェクトにおける経営幹部の強い意志と関与の重要性、故障モード分析に基づくRCMによる合理性と効率性、システムに業務を合わせることによる業務の一貫性と連続性を確保することの重要性を認識しました。
まとめ
MRSとSBBでアプローチは異なるものの、業務プロセス標準化や組織横断といった課題感は同じでした。今度は、訪問内容を勘案して、幹部も含めた系統横断的な設備管理に向けた検討、社内の理解者を増やす活動、顧客への価値提供を第一にするための組織設計を推進していきます。
2) 講演: 「他業界先進事例紹介 ~ テクノロジートレンドと持続可能な運転・設備管理への取組み ~」
アクセンチュア株式会社の山﨑智さんから、設備管理に関する他業界先進事例紹介として講演しました。
○テクノロジートレンドと持続可能な運転・設備管理への取り組み
アクセンチュアのテックビジョン2024のテーマは「人間性を組み込む – AIはいかに人間の可能性を切り開くか」です。AIは人間の仕事を奪うものではなく、可能性を拡張するものと捉えるべきです。実際に、生成AIの進化が急速に進んでおり、言語モデルが現実世界のセンサーやロボットと連携し始めています。
日本の設備産業の課題と事例
日本の設備産業は少子高齢化による労働力不足、デジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れ、環境規制への対応、サプライチェーンの脆弱性、技術継承の遅れといった課題に直面しています。これらの課題に対して、AIやロボットを活用した自動化や効率化が求められています。
事例1. データ収集と処理の自動化
ドローンを使った石油精製プラントの外面腐食検査や、四足歩行ロボットを使ったデジタルツイン上での検査が開始されています。これにより、効率的なデータ収集と処理が可能になります。
事例2. 生成AIを活用したナレッジマイニング
専門領域ごとのAIエージェントを作成し、設計や保全、環境問題に関する質問に答えるシステムの検討が推進されています。これにより、専門知識の共有と効率的な問題解決が可能になります。
事例3. プラントの運転制御員の支援
運転支援AIがプラントの運転制御員の業務を支援し、不具合原因の究明や対応事例の検討が推進されています。これにより、対応結果の記録をシームレスに行うことが期待されます。
事例4. デジタルツインを用いた保全サービス
鉱山業界では、デジタルツインを用いてタイヤの摩耗予測や保全スケジュールの最適化を行っています。これにより、コスト削減や効率化が図られています。
まとめ
日本の設備産業は構造的課題への対応が遅れている一方で、AIやロボットを活用した自動化や効率化が進んでいます。データのコンテキスト化やガバナンスが重要な要素となり、これからの技術進化に期待が寄せられています。
3) パネルディスカッション
西日本旅客鉄道株式会社の小林誠さんと岡洋平さん、アクセンチュア株式会社の山﨑智さんと岩井大地さんの4名でパネルディスカッションを実施しました。
変革を妨げるものとその対応
変革を妨げる要因として、文化とマインドセット、リソースの制約、技術的な課題が挙げられました。これらの課題に対する対応策として、経営層のコミットメント、教育とトレーニング、段階的なアプローチが提案されました。
標準化の重要性と難しさ
標準化の重要性として、業務プロセスの効率化、コスト削減、品質向上が挙げられました。一方で、部門間の調整、既存システムとの統合、文化的な抵抗が標準化の難しさとして指摘されました。
トップダウンの必要性と引き出し方
トップダウンのアプローチが必要な理由として、迅速な意思決定、全体最適の視点、リソースの配分が挙げられました。トップダウンの引き出し方として、経営層の巻き込み、成功事例の共有、段階的な成果の報告が提案されました。
質疑応答
参加者からは、AIの進化と業務効率化、トラブルシューティングのAI活用、設備の老朽化と予測の精度、全体最適の視点での業務進行について質問がありました。回答としては、AIの活用方法や予測の精度向上のための段階的な取り組み、人間の判断との組み合わせの重要性が強調されました
ディスカッション
ここからは参加者を5グループに分けて、ディスカッションと発表を行いました。テーマは、鉄道の設備管理のDXを推進する上で、「現状を鑑みて、推進を妨げているものは何か?」「解消するための対応策は何か?」「優先順位は?」の3点です。このテーマに対して、「業務プロセス標準化」「システム・データ統合」 「全体最適のマインド」の3つの観点についてそのメリットを勘案した上で取り組みました。要点は下記のとおりです。
「業務プロセス標準化」
メリット: 業務プロセスの標準化により、効率の向上、コスト削減、コンプライアンス強化、効率的な教育と運用が実現できます。また、システム投資の抑制や外国人採用の促進も期待できます。
妨げるもの: 現場からの反発や現状維持を望むマインドセット、属人化、情報不足、人材不足、現場に即していない制度や省令、指導内容が挙げられます。
対応策: 他社の事例を共有し、連携を強化すること、外部人材の活用、業務の見える化、経営陣からの強いリーダーシップが必要です。
「システム・データ統合」
メリット: 系統横断的な取り組みの可視化、作業の効率化、コストダウンが挙げられます。
妨げるもの: 現場のメリットの見えづらさ、人手不足、システムの老朽化、経営層の理解不足が挙げられます。
対応策: 現場の業務効率化を図ること、経営層のマインドセットを変えるためのセミナーの実施、ジョブ型採用の導入が提案されました。
「全体最適のマインド」
メリット: 業務変革により給料やワークライフバランス(QOL)の向上、生産性の向上により、社員の残業時間が減り、プライベートの時間が増えることが挙げられます。
妨げるもの: 業務変革のメリットをうまく伝達できていないこと、リーダーシップの不足、部署間の村意識や系統意識が挙げられます。
対応策: 給料を会社の業績に連動させること、プロジェクトチームを作り、各部署に業務変革のメリットを伝えること、経営層に業務変革の必要性を丁寧に伝えること、ポスト公募や中途採用を通じて、系統意識を変えていくことが提案されました。
<まとめ>
今回のラウンドテーブルは全てオンサイトで実施し、講演とパネルディスカッションで参加者と登壇者の双方向で議論をされていました。また、ワークショップにおいても、「業務プロセス標準化」「システム・データ統合」 「全体最適のマインド」という設備管理領域に留まらない変革テーマについて、熱心に議論されていました。
SAPジャパンは今後も今回のようなラウンドテーブルを開催し、設備保全変革に関する他業界の具体的な事例やそれを実現するソリューションのご紹介に加えて、変革の必要性を感じておられる方々のネットワークづくりの場をご提供し、日本の鉄道業界における設備保全の高度化の実現に貢献していきたいと思います。ご興味ご関心がおありの方は、是非ともご参加ください。
・鉄道データドリブン経営
https://youtu.be/aPEq3kwZebg?si=AEg5cZ7GwTe49zIN
・鉄道データドリブン設備保全