SAP TechEd Japan 2024 レポート: 富士通と日立ハイテクが推進するクリーンコア戦略の成果と、SAP パートナーのコンサルタントが語るクリーンコアの現在地と未来

フィーチャー

SAP TechEd Japan 2024
クロージングセッション

富士通と日立ハイテクが推進するクリーンコア戦略の成果と、SAP パートナーのコンサルタントが語るクリーンコアの現在地と未来

 

SAP の最新テクノロジーやさまざまなユースケースを掘り下げて議論する SAP ジャパン主催のオンラインイベント「SAP TechEd Japan 2024」が 12 月 3 日に開催されました。本イベントのクロージングセッションでは「SAP ユーザーとパートナーが語る、クリーンコアの今と未来」と題して、ユーザー企業である富士通と日立ハイテクの先進的な取り組みの紹介と、4 社の SAP パートナーによるパネルディスカッションが行われ、「クリーンコア」「SAP Business Technology Platform(SAP BTP)」「SAP Business AI」をめぐる現在の状況と今後の展望について理解を深める場となりました。

 

◎ 登壇者

(第1部)

株式会社日立ハイテク
デジタル推進統括本部
クロスドメイン DX 本部 本部長
竹林 亜紀恵 氏

 

株式会社日立ハイテク
デジタル推進統括本部
クロスドメイン DX 本部
コーポレート DX 部 部長代理
安田 有里 氏

 

富士通株式会社
Corporate Applications Division Digital Systems Platform Unit
統括部長
永井 賢司 氏

 

富士通株式会社
Corporate Applications Division Digital Systems Platform Unit
シニアディレクター
亀井 貴之 氏

 

SAP ジャパン株式会社
BTP カスタマーサクセス事業部
カスタマーサクセスパートナー
増井 良則

 

SAP ジャパン株式会社
BTP カスタマーサクセス事業部
カスタマーサクセスパートナー
立石 道生

 

(第2部)

日本アイ・ビー・エム株式会社
IBM コンサルティング事業本部
Associate Partner
柳川 典久 氏

 

JSOL 株式会社
法人イノベーション事業本部 部長
野田 浩志 氏

 

アクセンチュア株式会社
テクノロジーコンサルティング本部
SAP ビジネスインテグレーショングループ
マネジング・ディレクター
池田 隆 氏

 

PwC コンサルティング合同会社
Enterprise Transform – Enterprise Solution Senior Manager
岩田 一真 氏

 

SAP ジャパン株式会社
Business Technology Platform 事業部
Solution Advisory シニアエキスパート
梅沢 尚久

本セッションは以下からご覧いただけます。

SAP TechEd Japan 2024(2024/12/3開催)セッション録画 C-1:『クロージングセッション: SAPユーザとパートナーが語る、クリーンコアの今と未来』

 

 

(第 1 部)クリーンコア戦略の最新事例

富士通が経営プロジェクトとして推進する「OneERP+」

 

第 1 部ではまず、富士通株式会社(以下、富士通)の永井氏と亀井氏が同社の「OneERP+プログラム」を紹介しました。富士通は経営方針として「IT 企業から DX 企業への転換」を掲げ、全社の事業や企業風土の変革に取り組んでいます。IT 面ではシンプル化を原則とし、OneFujitsu の理念のもと「リアルタイムマネジメント」「End to End でのデータ化・可視化」「グローバルでのビジネスオペレーションの標準化」という 3 つの重点施策を推進しています。永井氏は「その中核をなすのが OneERP+プログラムです。これは IT プロジェクトではなく、経営プロジェクトの 1 つとして位置づけられるものです」と説明します。

 

OneERP+プログラムの体制は、CEO の直下に PM/PMO と業務グループを新設し、PM が業務グループと IT グループの双方を統括。さらに各業務領域にデータプロセスオーナー(役員)を置き、データプロセスリーダーを中心に業務の標準化に取り組んでいます。意思決定の場としては、全社横断の方針を協議する会議体として「BTSC(ビジネス・トランスフォーメーション・ステアリング・コミッティ)」を立ち上げ、業務変革のテーマを決定しています。

OneERP+の実際の導入では、経営・業務・IT が三位一体となった「合流型」のアプローチを採用しています。

「日本企業に多いテンプレート方式(展開型)では、システムの導入が目的になってしまい、多くの“似て非なるもの”ができあがりがちです。そこで、OneERP+では最初に 1 つのベースを作り、そこに各リージョンが合流するアプローチによって、徹底した標準化に取り組んでいます」(永井氏)

 

OneERP+のシステムの全体像は、SAP S/4HANA と各 SaaS・既存システムとの連携により、データドリブン経営、オペレーショナルエクセレンスを実現するグローバル共通の IT プラットフォームを構築するものです。

「システム連携については PaaS として SAP BTP を採用し、クリーンコアの方針のもとで Side-by-Side 開発によって SAP の標準機能への影響を極小化しています。実際の開発では、Fit to Standard に基づいて SAP Fiori 標準アプリの利用を最優先しました。アドオンが必要な場合の Side-by-Side 開発は、画面を使った参照・更新機能に適用しています」(亀井氏)

またSAP BTP 導入時の課題と対応について、亀井氏は「Side-by-Side 開発は新技術に近いものでしたので、開発の仕方・型化を進め、先行開発を行いながら習熟度を高めていきました。Side-by-Side 開発の技術者も少なかったことから、社内の外販部隊と協業したほか、外部ベンダーの支援も仰ぎながら人材を育成してきました」と振り返ります。

 

アドオンを 90 %削減した日立ハイテクの DX

 

続いて、株式会社日立ハイテク(以下、日立ハイテク)の竹林氏と安田氏が同社の業務革新プロジェクトを紹介しました。同社では成長戦略を実現する新たな業務プロセスの創造に向けて、2018 年に業務革新プロジェクト「DX-Pro」を立ち上げ、業務プロセスのシンプル化、経営情報のデジタル化によるビジネススピードの向上、業容の拡大、働き方改革といった広範なテーマに取り組んでいます。竹林氏は「この DX プロジェクトを支える新たなプラットフォームのポイントは、グローバルスタンダードシステムの採用、Fit to Standard によるクリーンコア、標準機能を使いこなすためのマインド変革の 3 点にあります」と話します。

 

新たな DX プラットフォームでは、国内は SAP S/4HANA Cloud Private Edition、海外は SAP S/4HANA Cloud Public Edition の 2-Tier モデルを採用。開発基盤には SAP BTP を採用し、Side-by-Side 開発でクリーンコアを実現しています。SAP S/4HANA の展開状況は 18 カ国、47 拠点にほぼ導入済みで、2024 年度中には完了の見込みです。安田氏は「クリーンコアの達成度は非常に高く、アドオンは従来の 9,000 本から 843 本へと約90%を削減することができました」と話します。

Fit to Standard の徹底、クリーンコア戦略に基づく SAP S/4HANA へのアップグレードでは、検証を要するシナリオ数が ECC6.0 の 4,102 本から 195 本に削減(3,907 本減)、アドオンの改修数も 1,232 本から 19 本に大幅削減(1,213 本減)。またアップグレードに要する期間も従来の 22 カ月から 19 カ月短縮して 3 カ月、工数も 343 人月から 330 人月減って 13 人月という大きな成果が生まれています。さらに ECC6.0 では 10 年に 1 回だったアップグレードサイクルは 1 年に 1 回(Public Edition は 1 年に 2 回)となり、常に最新機能を活用できる環境になっている点はクラウド ERP ならではのメリットだといえます。

 

このほか同社が推進するクリーンコア戦略では、アドオン調査の廃止による外注運用リソースの 40 %削減、エンジニアのトレーニング期間の短縮によってリソースの戦略化速度が 85 %向上といった成果も確認されています。これを受けて、今後は意思決定を高度化するためのデータドリブン経営の加速、統一されたプロセスによる変化への迅速な対応、イノベーションの実践へとつなげていく考えです。

特にデータドリブン経営については、新たな DX プラットフォームでは SAP S/4HANA のデータと周辺システムのデータを SAP Datasphere 上に集約し、デジタルボードルーム、SAP Analytics Cloud、セルフ BI でリアルタイムに可視化しています。

「クリーンコアはデータドリブン経営の観点でも有効で、SAP Datasphere はさまざまな接続方法に対応することができます。標準の CDS を活用することで、開発期間の短縮、SAP S/4HANA を利用する会社でのフォーマット統一、データ構成の容易な把握などが実現しています」(竹林氏)

同社が今後目指していくのは、イノベーションへの対応スピードのさらなる向上です。IT コストはこれまでシステム運用費が大半を占めていましたが、現在はイノベーションに多くのコストがかけられるようになり、IT 部門の業務も新機能の開発や検証にシフトしています。この背景には、アップグレードサイクルの短縮によってSAP S/4HANA や SAP BTP の新機能が活用しやすくなっていることがあります。

「AI などの新機能をいち早く取り入れることで、イノベーションのスピードを高めていきます。さらに今後のあるべき姿として、日立ハイテクだけでなく、社外も含めた業界全体での End to End でのプロセスの標準化や、サプライチェーン全体のプロセスマイニング、トレーサビリティの可視化も目指しています。これを実現するためには、同じ志を持つクリーンコアの仲間を増やすことも大切だと考えています」(安田氏)

 

クリーンコア戦略の鍵を握る Fit to Standard の徹底

 

それぞれの講演の後には、パネルトークが行われました。富士通の取り組みを聞いた日立ハイテクの竹林氏からは「Fit to Standard によるクリーンコアを維持するうえで、アドオンや拡張要求にはどのように対応しましたか?」という質問が出されました。これに対して、富士通の永井氏は「アドオン判定会議を設け、IT 部門だけでなく業務部門も交えて徹底的に審議を重ねることで対応しました」と回答。

また、日立ハイテクの安田氏からの「画面系の開発で SAP BTP を採用した理由は?」という質問については、富士通の亀井氏から「メニューの統合を図るというポリシーから、シームレスに動く画面を SAP BTP で開発しました」という回答がありました。

富士通の永井氏からは、日立ハイテクの竹林氏に対して「約 90 %ものアドオンを削減できた成功要因を教えてください」という質問が寄せられました。竹林氏は「複数のインスタンスを統合してシンプル化したことが 1 つ。それ以上に大きいのは、富士通さんと同様に Fit to Standard を方針に掲げて、グローバルを標準システムで統一する意識を持ったことです。アドオン審議会で経営幹部が議論に参加したことも大きな効果でした」と答え、第 1 部が終了しました。

 

(第 2 部)SAP パートナーのパネルディスカッション

SAP ユーザーに根付き始めたクリーンコアの文化

 

後半の第 2 部は SAP ジャパンの梅沢をファシリテーターに、日本アイ・ビー・エムの柳川氏、JSOL の野田氏、アクセンチュアの池田氏、PwC コンサルティングの岩田氏の 4 人によるパネルディスカッションが行われました。

 

最初のテーマ#1 は「クリーンコアの現在地」として、クリーンコアが実際の現場でどのように受け止められているかについての議論が行われました。梅沢からの「SAP が発信するメッセージに対して、順調に進んでいると思う領域はどこですか?」という質問に対して、4 人の SAP コンサルタントは以下のように答えました。

「SAP 製品のコンセプトを理解し、Fit to Standard やクリーンコアで標準機能を維持する文化は着実に根付いてきていると思います。一方、開発手法としての Side-by-Side 開発や ABAP Cloud といった新技術については戸惑いもあり、さらに啓蒙活動を進めていく必要があります」(野田氏)

「当初こそクリーンコアの実現に対する解像度は高くありませんでしたが、SAP さんを含めて私たちパートナーやお客様側での理解が進み、Side-by-Side 開発といった技術をどう使うかについての最適解を見つけやすくなっていると思います」(池田氏)

「当初はクリーンコア=Side-by-Side 開発のイメージがありましたが、最近は ABAP Cloud などが登場したことで、お客様に最適な手法を提案する環境が整備されてきたと感じています」(岩田氏)

「SAP BTP に限らず、お客様には SAP S/4HANA Cloud の Key User 拡張、OData、CDS View といった技術を試していただきながら、理解のレベルを底上げすることも大切だと思っています」(柳川氏)

続いて、野田氏から「先ほどの富士通さんや日立ハイテクさんの事例を見ても、お客様の中でクリーンコアの意識が着実に高まっているように感じます」という意見が出されたのに対し、池田氏は「クリーンコアで目指す方向性が異なるケースもあり、お客様ごとの事情を加味しながら方針を決めていく必要があります。テクニカルアップグレードを選択されるお客様はアドオンが多く、一部で Side-by-Side 開発を行っても大きな投資価値は得られません。そのため、今すぐにではなく中長期的な視点でクリーンコアを目指すアプローチもあると思います」という提言がなされました。また岩田氏は「SAP のソリューションは API で連携がしやすく、クリーンコアを進めていくと AI 活用や自動化が容易になると思います。私たちも先のことまで考慮してお客様に訴求していく必要があります」と話しました。

同じくテーマ#1 に関連して、梅沢から出された「クリーンコアを推進するうえで直面している課題はありますか?」という質問に対して、4 人からは以下のような回答がありました。

「クリーンコアや Fit to Standard が将来に対する最適解であることは理解しながらも、開発リスクの増加や開発期間の長期化という課題もあり、バランスを取ることの難しさを感じています」(柳川氏)

「業務プロセスの標準化やデータ化から得られる価値を理解されているお客様は多くいる一方、そこに対する投資判断は難しいところがあります」(野田氏)

「クリーンコアのメリットの 1 つとして、アップグレードによる新機能の早期活用がありますが、そのメリットを十分にお客様に伝えきれていないもどかしさも感じています。AI 活用や業務プロセスの自動化など、未来が変わることをより具体的に訴求していかなければなりません」(岩田氏)

「現実には SAP システムを保守期限ギリギリまで使い続けるお客様が多いため、これからはアップグレードのメリットを訴求していく必要性を感じています」(池田氏)

 

SAP BTP と SAP Business AI でクリーンコアを加速

 

続いてテーマ#2 として、SAP BTP や SAP Business AI の役割についての議論が行われました。SAP ジャパンの梅沢の「クリーンコアに取り組むうえで、この 2 つの役割はどこにあるとお考えですか?」という質問に対して、4 人から寄せられたのは以下の回答です。

「SAP BTP にさまざまな機能が追加されて Side-by-Side 開発がやりやすくなり、そこに AI が加わることでクリーンコアがさらに加速していくことが 1 つ。もう 1 つは、AI の進化によってチャットベースのインタラクティブな処理が進むようになり、そこに AI エージェントが入ってくることで、標準の OData を呼び出すだけですべて処理できる世界が実現すると思っています。これによりアドオンが減り、クリーンコアが維持されるはずです」(岩田氏)

「SAP BTP 自体にもアップグレードがあるので、無尽蔵にアドオンが作れるわけではなく、結果的にアドオンは減っていくと思います。さらに AI 活用が進んで自然言語分析が可能になることで分析系のアドオンが削減するなど、全体としてクリーンコアが加速することを期待しています」(池田氏)

「AI とデータベースの親和性などを考慮すると、今後は SAP BTP の活用が前提になると考えています。SAP には SAP BTP 上の Knowledge Graph の機能や基盤モデルの強化を加速してもらえるとパートナーとしては嬉しく思います」(柳川氏)

「AI を活用するうえではデータの重要性も増してきますので、システムのデータだけでなく日常の活動などもデータ化しながら集約していく必要があると思っています。それを支えるのが SAP BTP で、その後ろで起こるイベントドリブンの Event Mesh といったものが将来的にクリーンコアを加速する重要なファクターになると感じています」(野田氏)

最後に梅沢が「SAP BTP や SAP Business AI の具体的な活用事例や成功事例はありますか?」と尋ねると、池田氏は「SAP Build Apps や SAP Build Code、SAP Build Process Automation などを駆使してモバイルでのワークフローをお客様と一緒に開発し、作った画面でデモなどを実施しています。テストの自動化事例も増加傾向にあり、クリーンコアを支える仕組みとしてホットになっていると感じています」と話しました。

 

第 2 部の最後には、グローバルのベストプラクティスである「Clean Core Guide」や「Suite Qualities」などをベースに取り組むべきテーマをわかりやすく日本のお客様へ向けて再定義したクリーンコアを推進するためのコンセプトの紹介がありました。SAP ジャパンでは日本のお客様、パートナー様と一緒にクリーンコアに取り組んでいくための「クラウド ERP 活用のための基本五箇条」を用意しています。まずはここからはじめてみてはいかがでしょうか。

 

さらに詳しく知りたい方へ

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