2024年10月10日に富士通株式会社代表取締役副社長兼CFO磯部武司氏(以下磯部氏)をゲストスピーカーとして迎えてCFO Executive Exchangeを東京ミッドタウンカンファレンスで開催しました。各業界を代表する15名のCFOが集まり、「サステナブルな企業価値向上に向けたCFOの役割」をテーマに、実践事例共有や双方向の意見交換が行われました。
本稿では、ご参加いただいたCFOの皆様から高い評価と共感を得ました富士通磯部氏の「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」講演概要の共有、およびコーポレートトランスフォーメーションに関する富士通とSAPの共通点について考察します。
図表1 CFO Executive Exchangeアジェンダと会場の様子
*写真右下 左側が磯部氏、右側がDominik氏
富士通における「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」(磯部氏ご講演要約)
富士通グループは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを掲げており、2030年のありたい姿の実現に向けて3年後にどうあるべきかを考えて中期経営計画を立案推進しています。
図表2
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
目指す姿に向けて4つの重点戦略を推進している中で、CFOのミッションは企業価値の持続的な向上と考えています。
企業価値向上のサイクルを作るために最も重要な要素が企業活動を表す大量のデータであり、データに基づいてビジネスの次の一手を打つデータドリブン経営を目指しています。
図表3
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
■変革前の現実
ここまでが目指す方向性になりますが、ここからは現実の世界を紹介します。
まず、こちら(図表4)が2010年頃に整理した社内業務システムの実態になります。富士通の従業員はITに関しては優秀ですので、様々な業務プロセスごとに最適な社内システムを構築することができました。これは痒い所に手が届く素晴らしいシステムであるのと同時に、富士通グループ内に4,000 を超える個別ルール・個別プロセスが組み込まれた業務システムができあがってしまう悲劇にもなりました。
図表4
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
決算に関しては最後に帳簿を作る必要があるため、このバラバラさ加減を統合する仕組みを整備しました(図表5)。
しかし、入力インターフェース経由でのバッチ処理でリアルタイムでの情報連携はできておらず、決算処理に不要なデータは削ぎ落とされてデータウェアハウスには限られた情報しか格納されなかったため、管理会計は表面的な分析しかできませんでした。
図表5
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
予算や計画のプロセスも左端のシステム群からExcelによるバケツリレーで集約するためリードタイムは長くなり、鮮度と精度に欠けた情報の中で意思決定せざるをえない状況でした。
当時はテクノロジーやコスト面の制約でやむを得ない選択でしたが、目指す姿に向けて大きく舵を切ったのが現在進行中のプロジェクトになります(*1)。
■富士通が目指すデータドリブン経営
目指す所はデータドリブン経営、データを全ての中心に据えた経営基盤の変革プロジェクトであります。
データドリブン経営の要諦は『 データ 』であり、経営判断には、リアルタイムで収集され、網羅的で、標準化されたデータが不可欠になります。
そしてリアルタイムに蓄積された膨大なデータをもとにAIによるシミュレーションでヒトが見いだせなかった洞察を素早く導き出し、マネジメントダッシュボードで可視化、経営判断に繋げていく世界を目指しました。
図表6
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
データドリブンに繋がる業務プロセス基盤をつくる上での方針は3点になります。
・ルールとプロセスの 『 標準化 』 、
・そして 『 シンプル化 』 の徹底、
・それを 『 グローバルワンインスタンス 』 のシステムで行う
特にグローバルワンインスタンス(1つのERPをグローバルで共通利用するシステム構成)の実現は大変困難であることが明確であり、覚悟が必要でしたがトップの判断で決めました。このシステムのベースがSAP S/4HANAになります。
そして、この難易度の高いプロジェクトを進めるためには組織軸と業務軸でガバナンスを強化する事が不可欠でした。
■データドリブン経営に向けたガバナンス体制
従来は事業軸・縦方向(図表7)のサイロでの発想が中心でしたが、今回は全社視点での取組みのため業務軸・横方向を主軸にデータとプロセスの標準化とガバナンスを考えて臨みました。
業務軸グローバルガバナンスの仕組みとしてDPO(データ&プロセスオーナー)を配置して権限と責任を明確化しました。
図表7
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
■経営判断を支援するマネジメントダッシュボード
財務指標に関するダッシュボードとして最初にスタートしたのは商談パイプラインのリアルタイムデータの可視化になります(図表8)。このパイプラインデータをもとに、AIによる受注着地予測を行いマネジメントに繋げています。
また、非財務指標としてお客様NPS、従業員エンゲージメント、GHG排出量、女性幹部社員比率、生産性などの可視化を進めており、財務・非財務の因果関係分析にも取組み始めています。
図表8
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
■コーポレート機能高度化の推進:3 pillar model(CoE/FP&A/SSC)の導入
データドリブン経営の実践に向けてコーポレート機能高度化も進めています。
例えばファイナンス組織は地域や会社ごとに機能がバラバラでした。この会社単位の体制を見直し、ファイナンスの機能をCoE/FP&A/SSCと3つに分類してグローバル横串で再配置を進めることで(図表9)、ファイナンス組織をデータ分析、戦略立案、業務変革を推進する機能にシフトさせています。
図表9
出所:「持続的企業価値向上を実現するデータドリブン経営の実践」磯部氏ご講演資料
ここまで様々な取組みを紹介してきましたが、進めていく過程には多くの高いハードルがありました。その課題は現場だけで解決できないものも多く、トップダウンでの実行を強く意識してここまで進めてきました。
変えていく為には、我々トップマネジメントが決める事が何より大切であると実感しています。
■企業価値向上への取組みと考え方
富士通では3年間の中期計画期間でキャピタルアロケーションのポリシーを設計しています。
既存の継続事業で得られるベースキャッシュフロー、それを次の成長に繋がる成長投資と、資本効率を意識した株主還元にアロケートする枠組みがベースとなります。データを活用して持続的な利益成長と資本構成の最適化が実現できれば、財務指標を最適化して企業価値向上に繋げることができます。
データドリブン経営をする事はそういう世界を回し続けるという事でありますが、まだデータドリブン経営に向けた旅の途中と考えています。
日独2社(富士通・SAP) コーポレートトランスフォーメーションにおける共通点の考察
CFO Executive Exchangeでは富士通磯部氏の講演の後、SAP CFOドミニク氏より全社およびCFO組織内での変革実践事例の紹介があり、パネルディスカッションでは富士通・SAP両社の変革実践事例を深堀りする形でご参加いただいたCFOからの質疑応答含めた活発な意見交換が行われました。
SAPの変革実践事例内容は本稿では割愛しますが、グローバルに事業展開する富士通・SAP日独両社のコーポレートトランスフォーメーションには多くの共通点がありました。
共通点には示唆や学びがあると期待されるため、主なポイントについて紹介します。
- 北極星の明確化:
両社ともにパーパスを起点にありたい姿を描いて戦略施策への落とし込みを実施
企業の存在理由と価値観・信条は、海外現法との制度含めた仕組みの統合・標準化を進める上での基本的な原動力となっていることが考察できます
- コーポレートファンクション横断での高度化:
両社ともにCFOが中心となりCXOsが全体感を持って横連携し、様々な分断を乗り越えながら各コーポレートファンクションを巻き込みエンドツーエンドで変革を推進
- グローバル組織化:
各国・各法人単位で最適化していた経理機能を、法人の枠組みを外して、①FP&A(ビジネスパートナー機能)/CoE(専門エキスパート機能)/SSC(シェアードサービス機能)の3つに分類して再配置
合わせて指揮命令系統も法人の枠組みを外してグローバル機能軸に行列変換
- データ&プロセスガバナンスと最新テクノロジーの活用:
国・組織横断でデータ・プロセスの標準化・自動化を推進する強力なガバナンス体制と仕組みを整備
SAP Signavioなどプロセスモデリング・プロセスマイニングテクノロジーを活用して可視化と標準化を強力に推進
- グローバルワンインスタンス&フィットツースタンダード:
SAP標準を最大限活用した1つのERPをグローバルで共通利用
標準システムの共通利用を通して標準ルール・プロセスが遵守されると同時に、データドリブン経営に必要なデータの均質化を推進
- グローバルグレーティング:
グローバル全体でのジョブ/ロールの定義、同一基準での評価制度を整備
- FP&A機能の強化:
データを活用した経営・事業推進に向けて、人材育成・テクノロジー活用の両面でFP&A機能を強化
上記FP&A機能の強化に関して、SAPのFP&A改革およびSAPジャパンCFOのFP&A変革前後の体験共有については、下記You Tube動画より参照可能になります。

本稿では富士通が実践しているデータドリブン経営を紹介した後、富士通・SAP日独2社のコーポレートトファンスフォーメーション推進上の共通点について考察しました。
グローバルワンカンパニー(多数の会社があたかも1つの企業内であるかのように振る舞う)を目指している両社ですが、その土台となるのはERPを中心とした全社共通業務基盤であり、その全社共通業務基盤をビジネスバリューに繋げる鍵となるのが境界を越えて機能するCFO、HR、IT組織であるといえます。
この全社共通業務基盤は、将来の大きな変化に柔軟に対応する土台になり、最適なポートフォリオの組み換えやスムーズなPMIを推進する上でも大きな役割は果たすことが期待されます。
各社の状況により必ずしも両社の取組みが参考になるわけではありませんが、先行事例を1つの型として捉え、データドリブン経営およびコーポレートトランスフォーメーションをご検討・推進する際のヒントになるようであれば幸いです。
*1:ERPについては10月初旬に本稼働後、最初の月次決算を迎えてその後おおむね順調に稼働、3月末の年度決算、海外展開に向けたプロジェクトは引き続き進行中。