SAPジャパンは2023年、中期変革プログラム「Japan2026」を始動。2026年のゴールであるNo.1クラウドカンパニーを目指す上で欠かせない3つの成功「Customer Success(顧客)」「People Success(人)」 「Society Success(社会)」と、SAPジャパンの「Growth(成長)」という計4カテゴリーを設け、カテゴリーごとのメンバーのボトムアップでの変革を推進している。
今回は「People Success」にスポットを当て、世界に躍進できるリーダーシップを磨きながら、各々が自分らしく、新しい時代に適応した多様なキャリアを探る。
「People Success」では、個人のパフォーマンス最大化と持続的な成長を実現するため、3つのフォーカスチームを設定
<取材対象者>
石山 恵里子…常務執行役員人事本部長
高橋 裕之…製造産業統括本部長
施向 寿栄…People & Cultureアドバイザー
坂田 健司…カスタマーサービス&デリバリー事業本部 ソリューションデリバリー本部 本部長
森 太郎…人事・人財ソリューション事業本部長
――「People Success」カテゴリーが始動した背景を教えて下さい。
石山: 「Japan2026」におけるビジョン”Bloom with Japan~世界に誇れる仲間と共に、ニッポンの未来を咲かせよう。さあ、No.1クラウドカンパニーへ”が掲げられた際、組織としての成長イメージと同時に、「我々は“世界に誇れる”人材であるか?」という本質的な問いが浮上しました。これは非常に示唆的です。SAPジャパンは、グローバルグループ内で常にトップ3に位置する収益性の高いマーケットユニットとしての実績があります。しかしながら、日本特有のビジネスカルチャーのひとつともいえる、謙虚さやコミュニケーションスタイルにおける控えめな姿勢が、時として組織や個人としての潜在力を最大限に発揮する障壁となっていないかーー。私たちは、グローバル市場で確固たる地位を築いている企業として、またプロフェッショナル集団として、より積極的に自社、そして自己の強みを認識していくべきではないかーー。そのように考えました。
――“世界に誇れる仲間”というキーワードに代表されるように、組織を構成するメンバー一人ひとりにフォーカスする。そこが出発点となったのですね。
石山: 企業を構成している従業員一人ひとりのパフォーマンス最大化と持続的な成長を実現させるため、個々がより成長を実感しながら、自分の持てる価値をそれぞれのフィールドで最大限に発揮していく。これを「People Success」と設定し、今後3年間をかけ、具体的なアクションプランとともに推進していきます。
――「People Success」が目指すビジョンと、その実現に向けた戦略についてご説明ください。
石山: 「世界に誇れる仲間と共に躍進を」をテーマに、社員がワクワクできる環境づくりを目指しています。グローバルに躍進できるリーダーシップを磨きながら、各々が自分らしく、新しい時代に適応した多様なキャリアを描くことをゴールとしています。
従来のトップダウン型の戦略展開では、スピーディで不確実な市場の変化に追随することが時に困難となります。組織としての競争力を高めるためには、個の成長が不可欠です。この実現に向け、「People Success」がリーダーシップを発揮し、変革を推進していきたいと考えています。
――「People Success」では、チーム内にさらにフォーカスチームを設定しているそうですね。
石山: 「Career Journey」、「Inclusive Culture for Everybody」「Well-Beingで最高の職場をつくろう!」という3つのフォーカスチームを設定しています。ここからは各チームのメンバーにバトンタッチして説明してもらいます。
――では「Career Journey」チームからお願いします。
高橋: 私たち「Career Journey」チームが着目したのは、働き方の変化がもたらす新たな課題です。リモートワークはメリットもある一方、他部門の状況が見えにくくなり、自身のキャリアに不安を感じる従業員が増えているというデメリットも生じています。また、クラウドシフトによる役割の変化や、組織の細分化によるスキルの偏りなど、新たな課題も露見しています。
マズローの五段階欲求にもあるように、向上心・パフォーマンスが上がるのは承認欲求、自己実現欲求にほかなりません。そこで私たちは、「人生100年時代を機に、改めて自分に合ったキャリアを考えよう」をテーマに活動を展開しています。
「Japan2026」初年度となった2024年は、特定社員のキャリア事例を深掘りして紹介する取り組みや4~5人の少人数グループでパーソナルビジネスモデルキャンパス(PBMC)と呼ばれるフレームを活用し、自身のスキル、能力、個性、興味などを棚卸し、今後のキャリアを考えるワークショップを開催しました。
また「もくもく会」と呼ばれる、黙々と集中して共同学習する場を提供し、キャリアについて考え、次のステップとしては継続的な学習習慣を支援しています。
本来社員のキャリア開発は各マネージャーの責務ですが、全社的な活動として体系的にキャリア支援に取り組むことでより均質で効果的な支援の実現を目指しています。この全社的なアプローチにより、個々のマネージャーの負担軽減とともに、支援の質の向上を図っています。
――次にInclusiveに関わるチームですが、チーム名を「Inclusive Culture for Everybody」と掲げています。その理由などもぜひ教えてください。
施向: SAPでは以前から「Diversity Equity & Inclusion」の活動を行ってきましたが、“特定の層のための活動”という印象を持たれがちでした。しかし、現実には誰もが状況によってマイノリティになり得る。その可能性も広く共有したいと考えていました。
例えば、日本ではマジョリティに属する従業員でも、グローバルミーティングの場面では唯一のアジア人だったり、母国語が英語ではない等の理由で突然マイノリティの立場になることがあります。また、会社の中で異動した際は新チーム内ではマイノリティになるでしょう。このような経験は、インクルージョンが本当の意味で“全員の課題”である必要があることを教えてくれます。だからこそ「for Everybody」を強調したい、全ての人の意識を変えたいという意味合いも込めています。
坂田: 「Inclusive Culture for Everybody」は3つのサブチームで活動を展開しています。
まず、「心理的安全性の向上チーム」。ここでは、職場での上下関係、成績といったことに関わらず、自由な発言や挑戦が歓迎される環境づくりを推進します。
「インクルーシブな職場づくりチーム」では、皆に必要なインクルーシブとは何か?を考え、誰もが活躍できる環境の整備に取り組んでいます。
「個人の強みの発見と活用チーム」では、ストレングスファインダーを活用することで自分の弱みではなく強みに目を向けるようなことをしています。
重要なのは、これらの活動を段階的に展開していることです。初年度の2023年は基礎知識の普及を中心にしましたが、2024年は構造的に活動に取り組むべく、マネージャー層へのアプローチを強化し行動を伴うような形にしたいです。可能なら、2026年には全従業員がInclusive Cultureを真に理解し、実践することを目指しています。
――「Well-Beingで最高の職場をつくろう!」チームの具体的な取り組みについて教えて下さい。
森: 私は普段、人事ソリューションのビジネスを担当しています。特に日本企業ではまだまだレガシーな人事システムやワークフローに課題を抱える企業が数多く、そこに対して当社のHRトランスフォーメーションを紹介しながら、SAPのソリューションがいかに先進的な取り組みであるかを実感し、我々の組織的な能力を市場に提供できることに誇りを感じています。
一方で、「そうした組織背景を誇る当社のメンバーは、ウェルビーイングな状態で働いているといえるだろうか?」、という基本的な課題意識が生まれました。
というのも、SAPは会社として自らの健康文化を測定し、それが業績に与える影響を5年間にわたって調査してきました。そこから、従業員の健康とWell-beingに配慮することは、業績面で明らかな効果があることがわかっています。
もちろん、ウェルビーイングというキーワードは非常に広義です。世界保健機関 (WHO) 憲章では「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)」とされ、これをWell-beingとしてとらえる考え方が一般的だと言われていますが、人によって捉え方が異なり、定義も難しい。
そこでまず私たちは、SAPグローバルの「Health, Safety and Well-being」という組織が定義しているフレームワークに基づき、二つの側面からアプローチを開始しました。一つは組織としてのウェルビーイング、もう一つは個人のウェルビーイングです。
具体的な取り組みとして、まずはチームのウェルビーイングを考えるデザインシンキングワークショップを実施しました。2024年は5回にわたって開催し、延べ100名以上が参加しました。ここでは、“理想的なチーム運営とは何か”“ウェルビーイングな状態で働くために必要な要素とは”といったテーマについて、チームごとに議論を重ねました。ここから、「週1回のFace to Faceミーティング」「仕事以外の話題も共有できる1on1」「透明性の高いコミュニケーション」など、具体的なアクションプランを各チームで策定されています。
“チームのWell-beingな働き方”を考えよう!セッションの様子
第二の取り組みが、9月に開催した「People Month」です。NHK番組『みんなで筋肉体操』で知られる谷本教授を講師に招き、オフィスで取り組める運動を実践。参加者からは「デスクワークの合間にできる具体的なエクササイズを学ぶことができた」「チームで一緒に取り組むことで継続的な実践につながっている」といった声が寄せられています。
People Monthでの谷本教授によるワークショップの様子
――ビジネスにおいては目標数値が求められますが、「People Success」のアクションにおける評価指数などはありますか?
石山: そうですね、数値化はSAPのネイチャーともいえます。実際、SAPでは従業員満足度、リーダーシップへの信頼度、D&Iインデックス、離職率の推移、組織における女性比率、若手社員の比率など、様々な指標を数値化しており、これらの指標は、私たちが顧客にも提供しているソリューションを用いてリアルタイムでダッシュボード化されています。一見、数値化が難しいと思われる「人」に関する要素についても、技術を活用することで様々な角度からの分析が可能となっています。
ただ、数値を達成することだけがゴールではありません。それらの数値を通じて意味のある対話を生み出し、実効性のあるアクションプランを策定することこそが、私たちの目指すところです。ディスカッションし、ボトムアップのアクションを導きだす。そこに重点を置いています。
SAPでは2023年から大きな構造改革を継続しています。企業が構造改革を実施するとなると、基本的には従業員満足度が下がるのが定説です。2024年5月の調査では不安感が数値に表れましたが、9月の「People Month」実施後のサーベイでは従業員満足度が上昇。具体的な施策の効果が、確かな数値となって現れたことを実感しました。エンゲージメントも上がっていたこともあり、これらの推移を見ながら来年のアクションを向けて検討しています。
――まさに、成長を実感できるような環境・文化づくりが推進されている最中かと思います。People Successチームとして、今後の目標、変革のロードマップをお聞かせください。
石山: これまでの成果を土台に、さらなる発展を目指します。特に注力するのが、40代以降の従業員向けの施策強化です。平均年齢43歳という当社の特性を踏まえ、キャリア相談のオフィスアワー設置や、シニア層向けのメンタリングプログラムなど、きめ細かいサポートを展開していく予定です。
また、社内での成功体験を外部とも共有していきたいと考えています。そして、私たちの掲げるメッセージである「Time to Thrive powered by the World-class Team!」を発信し、新しいエコシステムを作っていく。それが、次の3年に向けた私たちのビジョンです。