2025 年 8 月 6 日(水)にグランドプリンスホテル高輪で開催された HR Connect。今回は、SAP ジャパンが主催する年次最大のイベント SAP NOW AI Tour Tokyo ならびに JSUG Conference と共催となりました。基調講演「未来の HR AI が切り拓く新時代 Make every employee a success story」では、SAP SuccessFactors の最新機能を通じて未来の人事変革の最前線が示されました。SAP ジャパンの Dan Beck が、世界的な人事リサーチ企業 The Josh Bersin Company の Kathi Enderes 氏を迎え、AI を組み込んだ人事業務プロセスの高度化について解説しました。

〇登壇者

Dan Beck
SAP SuccessFactors
President and Chief Product Officer

Kathi Enderes 氏
The Josh Bersin Company
Senior Vice President Research and Global Industry Analyst


企業の AI 投資は進むが成果は低調~鍵は人と文化の変革

講演冒頭、Beck は 33 年間日本市場にコミットしてきた SAP の歴史とともに、現在は日本に本社を置く 220 社以上に採用されていることに触れました。「今こそ、DX を実現するのに最もエキサイティングな時代です。SAP Business AI がゲームチェンジャーとなり、皆様の利益につながる DX に貢献します」と語ります。 ゲストに迎えた Kathi Enderes 氏が所属する The Josh Bersin Company は、人事/人材開発分野における世界的なリサーチ・アドバイザリー企業です。今回が日本初訪問という同氏は、食事の注文が難しく、AI 翻訳アプリを駆使してなんとか注文できたという体験に触れ、「今ではスキルが十分でなければ AI の助けを借りて自分のスキルを増幅させ、物事をうまく進められます」と語り、今回の本題に入りました。

まず挙げたのは、すべての組織に影響を与える 4 つのトレンドです。第一に労働市場の課題として、日本をはじめとする各国で労働力の高齢化や人材不足への対処が急務であること。第二に、業界の境界が曖昧になり、すべての企業がテクノロジー企業としての側面を持つべき必要性。第三に AI テクノロジーの浸透により、企業がビジネスモデルや働き方の根本的な変革を迫られていること。第四に従業員がより多くのエンゲージメントや発言権、AI 変革への参画を求めていることです。

ただし、AI に関する課題もあるとして、コンサルティングファームの PwC が CEO 4,000 名を対象に行ったグローバル調査を示します。「 92 % の CEO がより多くの価値と収益を創出するために AI への投資を増やしていますが、実際に多くの価値と収益を創出できているのは、わずか 7% でした。その理由はテクノロジーではありません。理由は人、文化、そして職務設計にあります」( Enderes 氏)

そして、この課題の解決策として「スーパーワーカー」の概念を提唱。これはすべての従業員が AI を使ってより生産性を高め、より意味のある仕事ができるようになることです。日本企業でも、トヨタではすべての従業員がイノベーションを創出し、AI を活用して仕事を拡張できるよう権限付与を進めています。また、パナソニックでは単純に人数を増やすのではなく、チームを適正規模にしてすべての従業員が正しい仕事をできる環境を整備しています。

すべての従業員をスーパーワーカーにするため、人事部門が取り組むべき 5 つの重要課題は「AI 活用に向けた職務、業務、組織モデルの再設計」、「タレント密度(Talent Density)という新たな人材モデル:増員ではなく既存社員のスキル強化による価値向上」、「リーダーシップ、文化、雇用ブランドの再定義」、「人事部門自体を AI により根本的に変革する “ Systemic HR ” の実現」、そして、「より良い従業員体験と高価値な仕事を実現するための HR テクノロジースタック再構築」です。

(図1)
5つの重要課題

AI 活用によって人事を進化させる「4E モデル」

人事領域での AI 活用によって得られる効果は、業務の効率化だけではありません。Enderes 氏は、組織の価値を最大化するための「4E モデル」を示しました。

1 つ目は Efficiency(効率性)です。AI 活用による人事情報検索が 95 % 改善されると、従業員が人事制度の情報を見つけるのに 5 分かかっていたものが 15 秒で完了できます。これは単純な時短効果にとどまらず、従業員が本来の業務により多くの時間を割けるようになります。

2 つ目は Experience(体験)で、従業員とマネージャー双方の働きやすさを向上させます。AI コーチを活用したマネージャーへの報酬議論のコーチング機能を活用すると、以前は難しかった給与交渉や評価面談がスムーズに進み、従業員の離職率を削減できることが実証されています。

3 つ目は Effectiveness(効果性)で、人事業務そのものの質を高めます。AI 使ったコンプライアンス問題の早期特定により、法的リスクを未然に防ぎ、コンプライアンス違反コストを 10 % 削減できます。従来の人的チェックでは見落としがちな複雑な規制要件も、AI が継続的に監視することで確実に対応できるようになります。

4 つ目は Employee productivity and performance(従業員の全体的な生産性とパフォーマンス)で、組織全体の競争力向上を目指します。AI が定型的なトランザクション処理を担うことで、マネージャーがより戦略的な業務に集中できるようになり、最大 30 % の生産性向上を実現できます。

(図2)
AIのインパクト

こうした AI 活用を通じて、人事部門そのものも変革する必要があると Enderes 氏は強調します。「もはや人事を単なるサービス部門として捉えることはできません。人事部門が、より問題解決志向かつビジネス志向で、もっとビジネスと統合された存在となるためにはどうすべきか、大きな役割について考えなければなりません」

SAP SuccessFactors が示す AI 時代の人事変革

続いて再登壇した Beck は SAP 全体の戦略について「世界で最も堅牢なエンタープライズアプリケーションとビジネスデータクラウド、AI を組み合わせることで、強力な好循環、フライホイール効果を生み出します」と語り、SAP が開発した生成 AI 搭載デジタルアシスタント「Joule」の機能を紹介するライブデモを促しました。

Joule では、従業員が自然言語で質問するだけで複雑なシステム操作を実行できます。デモでは慶弔休暇制度の確認、有給残日数の照会、休暇申請までを、すべて日本語の対話のみで完結させる手順を紹介しました。また、パフォーマンスレビュー機能では、科学的リサーチに基づいた UI デザインにより従業員が集中して業務を進められるよう設計されており、AI が 1 年間の目標、フィードバック、成果を自動的にサマリー化して提供します。

キャリア開発機能では、個人のスキル、キャリア志向、スキルなどの属性情報を総合的に分析し、社内のキャリア機会を提案するほか、必要なスキル習得のための研修プログラムや目標設定、適切なメンター推奨など包括的なキャリア形成支援を提供します。デモンストレーターは Joule について「まるで社内のことをすべて知っているキャリアコーチのような存在」と表現しています。 さらに Beck は、SAP Business AI の最新イノベーションも取り上げました。現在 38 の大規模言語モデル(LLM)をサポートしながら、2025 年 3 月末には日本語を含む 11 言語に対応しており、年末までに 30 言語に拡大予定です。また、SAP Store に参加しているソフトウェアパートナー全 350 社が Joule を活用しています。

(図3)
Joule

 

ビジネス価値の獲得例として挙げたのが、スタンダードチャータード銀行です。「50 カ国の従業員 85,000 人に対して生成 AI を活用した目標設定を導入し、パフォーマンス管理サイクルで 30 % 以上の時間短縮を実現しました。150 年以上の歴史を持つ金融機関がこれほど迅速に動けるなら、皆様にもできるはずです」( Beck )

さらに、2025 年 11 月に提供開始予定の Joule Action Bar のデモを実施。この機能により、Gmail や Outlook などの外部アプリケーションから SAP SuccessFactors へのシームレスな連携が可能になり、特定の従業員に関するメールから情報を自動収集し、要約して SAP SuccessFactors に直接取り込むことができます。デモでは、パフォーマンスレビュー時にメール内容を分析して自動的に評価データを生成する過程が実演されました。

さらにインサイトからアクション、自律的な実行まで対応する AI エージェント機能も紹介。SAP SuccessFactors 全体で、コア人事、勤怠、分析、採用、評価、報酬、給与など少なくとも 8 つのエージェントを提供予定です。パフォーマンスレビューの時期にマネージャーへチームメンバーの目標設定状況を自動通知し、未完了の従業員には自動的にリマインドを送信、目標設定プロセスが完了するまで継続的にサポートするデモを通じて、Beck は「単なる自動化に見えるかもしれませんが、マネージャーの時間節約に大きく貢献します」と強調します。

また、「ピープルインテリジェンス」では、シンプルな質問を入力するだけで分析モデルからリアルタイムの回答を得られます。SAP SuccessFactors のデータだけでなく、財務、サプライチェーンにわたる SAP アプリケーションと連携し、従業員と請負業者の適切な組み合わせがあるか、ビジネス目標を達成するために必要な人材があるかといった、より具体的な質問に答えていくことができます。

(図4)
ピープルインテリジェンス

 

Beck は最後に、SAP SuccessFactors が毎年 700 以上のイノベーションをリリースしていることに触れ、「すべてのお客様の従業員がビジネスで成功を収められるようご支援します。来年の今頃までにはさらなる成果を実現し、皆様とのパートナーシップを強化します」と締めくくりました。