SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference ハイライト:AI ドリブン経営の実現に向けて アプリケーション、データ、AI の 3 層で推進する SAP の AI 戦略の最前線

フィーチャー

SAP ジャパンが主催する年次最大のイベントとして、8 月 6 日にグランドプリンスホテル新高輪・高輪 国際館パミールで開催された「SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference」。S-07「Joule と AI エージェントが変革する SAP の AI 活用の世界」と題したブレイクアウトセッションでは、SAP が AI デジタルアシスタント「Joule」と AI エージェントを活用して推進する AI 戦略の最前線について、SAP ジャパンの本名進が解説しました。

 

(登壇者)

SAP ジャパン株式会社
APAC カスタマーアドバイザリー
Business AI Japan Lead
本名 進

SAP NOW Tokyoイベントで講演を行う,SAPジャパン 本名 進のお写真。


アプリケーション、データ、AI の 3 層による AI 戦略

 

ChatGPT の登場により、一気に AI 活用のトレンドに躍り出た生成 AI と LLM(大規模言語モデル)は、ソフトウェア開発、広告制作、商品企画、文書作成、翻訳など、個人の業務の生産性向上に大きく寄与しました。今後は業務アプリケーションへの AI 適用が経営課題となる中、SAP は AI 活用の本丸として、エンドツーエンドのプロセスで生産性を向上する AI エージェントの開発に力を入れています。

一方、会計、販売、物流、生産など、AI 活用がさまざまな業務領域にまたがるケースでは、複数ベンダーの AI エージェントを使い分ける企業も多く、マルチベンダー AI エージェントへの期待も高まっています。Google からは AI エージェント間を連携するプロトコル「Agent2Agent(A2A)」が発表され、多くのアプリケーションベンダーが参画しています。SAP も初期の立ち上げメンバーとして参画し、A2A プロトコルをサポートした AI エージェントのリリースに向けた取り組みを加速させています。

SAP は AI ドリブン経営の実現に向けて、2025 年から「アプリケーション」「データ」「AI」の 3 層による AI 戦略を打ち出しています。第 1 層は、AI ドリブンの源泉となる会計、サプライチェーン、人事、支出管理、顧客管理などのアプリケーションであり、SAP が最も得意としている領域です。そこから生まれてくるデータを AI が扱いやすくするのが第 2 層の「SAP Business Data Cloud」で、これは AI 活用の中核となるデータ基盤です。

「従来、アプリケーションデータを集める際にはデータモデルを作成し、ETL を設計していました。SAP Business Data Cloud はデータモデルや ETL の領域をパッケージ化したマネージドサービスとして提供されるため、クリーンな形でデータを効率的に管理することができます。そして、第 3 層の SAP Business AI が SAP Business Data Cloud にアクセスすることで新たなデータが生成され、好循環が生まれてきます。これが SAP が推進する 3 層戦略の概念です」(本名)

 

第 3 層の SAP Business AI については、代表的なツールとして AI デジタルアシスタント「Joule」があります。ブラウザベースの UI である SAP Fiori の画面上に Joule を呼び出すことで、自然語ベースで伝票作成や情報抽出などを行うことができます。SAP Business AI の主力となる Joule および Joule エージェントは、ビジネスユーザーだけのものではありません。SAP コンサルタントや開発者向けの「Joule for Consultants」「Joule for Developers」、標準シナリオを拡張するための「Joule Studio」、業務アプリケーションに組み込まれた AI シナリオが生産性を向上させる「組み込み AI」、生成 AI+RAG などのカスタム開発が可能な「カスタム AI」があります。これらを支える共通の AI 基盤として AI Foundation があり、AI エコステムのパートナーで構成されています。

「SAP は LLM をゼロから開発するアプローチは採用せず、業界をリードする AI パートナーとタッグを組み、ベストな LLM を活用したり、業務シナリオによっては SAP データを追加学習させたりしながら、ファインチューニングモデルを開発しています」(本名)

SAPが提供しているAIシナリオの全体像を表した図。

 

AI エージェントの新たなシナリオを続々とリリース

 

現在、SAP では AI シナリオをカタログとして公開中で、2025 年 8 月時点で全カテゴリーを含めて 272 のシナリオが用意されています。シナリオは SAP BTP のサービスページ「SAP Discovery Center」からカテゴリー別に絞り込むことが可能です。

セッションでは、AI エージェントを活用した業務シナリオの一例として「クレーム管理」が紹介されました。顧客からクレームメールが届いた際、CRM システムのバックグラウンドで Joule がメールの内容を分析して、過去の問い合わせ履歴、解決履歴などを参照し、解決手段、お詫びメールの文面などを Microsoft Teams 経由で営業担当に通知するといった一連の流れを AI エージェントが支援してくれます。

SAP では 2025 年の Q4 までに Joule エージェントによるシナリオを 40 以上リリースする計画で、サプライチェーン、支出管理、会計、CRM、人事などの業務変革に寄与するシナリオを提供していく予定です。また、カスタム AI エージェントを開発したい顧客に向けては、ローコード・ノーコード開発の機能を備えた「Joule Studio」のリリースを 2025 年末に予定しているほか、異なるベンダー間のエージェント連携のプロトコル(A2A)実装についても、2025 年の Q3 に最初のリリースを予定しています。

 

Jouleエージェントの40以上のシナリオ計画を説明するスライド。サプライチェーン、財務、支出管理、顧客体験の変革、カスタムAIエージェント開発、ベンダー間連携の概要が記載されている。

 

 

業務で AI エージェントを活用する際、AI が信頼できる推論を実行するためには、SAP の業務プロセスと関連するデータモデルの正しい知識をグラウンディングすることが不可欠です。しかし、汎用 LLM では目標を達成するための一般的なタスクは計画できても、SAP の業務プロセスを理解したうえで正しいデータを取得できるかについては疑問が残り、ハルシネーションが起こるリスクが高まります。そこで SAP では、アプリケーション間のデータの意味や業務プロセスとの関係を結ぶ構造化モデルとして「SAP Knowledge Graph」を開発中で、これにより Joule エージェントは業務プロセスを理解したうえで正しいデータにアクセスし、分析結果やアクションを回答することが可能になります。

 

SAP Knowledge Graphを説明した概要スライド。

 

「お客様からも AI エージェントはどうやって SAP の正しいデータにアクセスしているのかといった質問が寄せられます。お客様にとっては 1 社のベンダーの AI エージェントを使うのか、複数ベンダーの AI エージェントを使うのかの議論があると思いますが、SAP の業務プロセスであれば SAP の AI エージェントを使うのが理想で、それを担保するのが SAP Knowledge Graph です。SAP の 3 層戦略においても、SAP Knowledge Graph は SAP Business Data Cloud と SAP Business AI を結ぶ重要な要素として位置付けられています」(本名)

 

未知の解決策を模索する「Joule エージェント」

 

AI デジタルアシスタントの Joule について、Joule には「Joule スキル」と「Joule エージェント」の 2 種類があり、これを組み合わせて使うのが一般的です。Joule スキルは従来のマニュアルでの画面操作を会話ベースで支援するもので、非常にシンプルです。伝票やマスターの照会・更新などを依頼するとユーザーの意図を理解し、対応するスキルを実行して、API 経由で SAP ソリューションの処理を実行して結果をユーザーに返します。Joule スキルはすでに 1,600 以上あり、現在も増え続けています。

これに対して Joule エージェントは、複雑な業務を AI が自ら思考して自律的に実行するものです。ユーザーが顧客からのクレーム処理などを Joule に依頼すると、対応する Joule エージェントを実行し、各システムへの API や Joule スキルを活用して解決のための最適なプランを推論したうえで、結果をユーザーに返します。

 

JouleスキルとJouleエージェントのそれぞれの特徴をまとめた概要スライド。

 

「両者の違いをわかりやすく説明すると、例えば受注管理において Joule スキルに対して『私が受けた注文のステータスを確認してください』と指示を送ると、既存の対応手段に基づいて回答を返します。一方、Joule エージェントは『受注処理が遅れている理由を分析して、代替の輸送ルートを含めた提案をお客様に通知して欲しい』と指示を送ると、未知の解決策を模索して回答を返してくれます。つまり、自ら思考して実際の人に近い働きをするのが Joule エージェントの世界です」(本名)

 

JouleスキルとJouleエージェントの違いについてまとめたスライド。

 

SAP 以外のアプリケーション上でも AI エージェントが活躍

 

近い将来、さまざまなベンダーの AI エージェントが業務で活躍していく可能性があり、カスタム AI も含めると管理が煩雑化する恐れがあります。そこで SAP では増加する AI エージェントを一元的に管理・統制するプラットフォームとして「AI Agent Hub」のリリースを 2025 年末に予定しています。Joule/カスタム/3rd Party の AI エージェントを問わず、すべての AI エージェントを一覧化し、業務プロセスやアプリケーションとの関連性をマッピングします。これにより、どのエージェントがどの業務に関連しているかを明確に把握できます。

また、SAP 以外のアプリケーションから Joule を利用できる「SAP Joule action bar」のリリースも 2025 年秋に予定しています。SAP Joule action bar がアプリケーションに常駐することで、どこからでも Joule との対話が可能になります。WalkMe の技術との統合により、ユーザーの行動や業務コンテキストをリアルタイムで分析し、必要な情報やアクションを先回りして提案します。Microsoft 365 や ServiceNow などのクラウドアプリケーションにも対応しているため、ユーザーは異なるアプリケーション間を移動しても一貫した AI サポートを受けることが可能です。デモンストレーションでは、ServiceNow のチケットのインシデントを起点とした部品調達の事例を紹介されました。

 

Joule Everywhereを説明した概要スライド。SAPだけでなく、Microsoft 365やServiceNowなどの3rd Partyアプリからも利用可能なSAP Joule action barの概要と画面イメージが示されている。

 

セッションの最後には、すでにリリースされている「Joule と Microsoft 365 Copilot」との連携機能、Joule が SAP コンサルタントのカスタマイズ・ABAP 拡張タスクを支援する「Joule for Consultants」、ABAP 開発者の生産性向上を支援する「Joule for Developers」が紹介され、終了となりました。