SAP ジャパンが主催する年次最大のイベントとして、8 月 6 日(水)にグランドプリンスホテル新高輪・高輪 国際館パミールで開催された「SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference」。IT・DX トラックのキーノートセッション「持続可能な成長を実現するビジネス変革 ~未来を切り拓くITと経営~」では、IT と経営に精通する 3 人のリーダーが登壇。企業が持続的な成長を実現するための変革(トランスフォーメーション)の考え方、企業が持つべきケイパビリティ、そして AI 活用とどう向き合うかについて、それぞれの経験に基づく活発な意見交換が行われました。

【登壇者】
鈴木 国正氏
インテル株式会社
前・取締役会長
経済同友会 企業の DX 推進委員会委員長
兼 株式会社 JTB 社外取締役
兼 公益財団法人日本バレーボール協会理事
兼 半導体後工程自動化・標準化技術研究組合 理事長
兼 株式会社リコー 社外監査役
兼 Apollo Global Management, Inc. シニアアドバイザー
兼 株式会社ベイカレント 顧問
遠山 興平氏
富士通株式会社
執行役員常務 CDXO
数見 篤氏
トラスコ中山株式会社
取締役 経営管理本部 本部長
兼 デジタル戦略本部本部長
兼 オレンジブック本部本部長
Japan SAP Users’ Group(JSUG)会長
佐野 太郎(ファシリテーター)
SAP ジャパン株式会社
常務執行役員 エグゼクティブカスタマーオフィサー
兼 ビジネストランスフォーメーション 事業担当
JSUG常任理事
ビジネス変革は一過性のものではなく、継続する取り組み
かつてないほど予測困難な時代を迎え、企業はどのように持続的な成長を実現していけばよいでしょうか。ビジネス変革に求められるのは一過性の取り組みではなく、企業文化・価値観そのものの変革を継続する活動です。
セッションの冒頭に、ファシリテーターの佐野から SAP が提唱するビジネス変革について概説しました。ERP をコアビジネスとしてグローバルに成長してきた SAP は、2010 年頃から大規模なビジネス変革を推進。クラウド、アナリティクス、モバイル、BPR と、次々とポートフォリオを拡張してきました。「人」「プロセス」「アプリケーション」「データ」といった 4 つの観点から変革(トランスフォーメーション)をとらえ、それぞれに対応するソリューションを自社で活用するとともに、世界中の企業に展開しています。
佐野が強調するのは、ビジネス変革は断続的なプロジェクトではなく、無限ループ状(インフィニティ)に継続する取り組みであることです。変革はいつ、どんなフェーズからでも始められる一方、その営みに終わりはありません。トランスフォーメーションとは、企業の能力(ケイパビリティ)であり、企業文化や価値そのものであると言えます。

ビジネス変革が必要とされる背景には、目まぐるしく変化するマーケット、人手不足や組織のサイロ化、プロセスの複雑化といった内的要因、そして AI をはじめとするテクノロジーの進化があります。なかでも AI への対応は、本セッションを通して中心的なトピックとなりました。
好奇心と批判思考で AI に向き合う
続いて鈴木氏が、経済同友会の「企業の DX 推進委員会」で自身が委員長としてまとめた政策提言を紹介。「不確実性と AI」を主題とするこの提言は、まず「AI を俯瞰して捉える」ことの重要性を述べています。
AI を時間軸で捉えると(横軸)、CUI→GUI→ブラウザ→スマートフォン→生成 AI という進化の構造が見えてきます。空間的に俯瞰すると(縦軸)、電力、半導体、基盤モデル(LLM)の上に、アプリケーションからユーザーへと至る階層構造があります。「横軸と縦軸を踏まえて、今後の AI を考えるべき」と鈴木氏は指摘し、そのうえで日本としては「おもてなし/和み」といった文化的特性や、デバイス構築力、半導体バリューチェーンなどの強みを活かし、独自のポジションを築く必要を説きました。

企業の実践においては、コア業務への AI 活用を前提に外部依存から脱却し、内製のナレッジを積み上げることが重要だと鈴木氏は語ります。AI の活用が評価される人事制度、人材育成の構築が課題です。
さらに、政府に対しては「DFFT」(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)の実現を強く求めています。
最後に鈴木氏は、最も重要な個人への提言に言及しました。「『好奇心』と『批判思考』の両方を持つことが大切です。ハルシネーションの課題など、AI に対する批判思考は多くの方が持っているでしょう。一方で私たちの提言は、好奇心を重視しています。またAI に何を任せ、何を任せないか。努力して好奇心を磨き続ける人材こそが、変化するテクノロジーを存分に使いこなし、ヒューマンインザループ(Human-in-the-Loop:HITL)を持続させるのです」
システム統合からプロセス、カルチャーの変革へ
遠山氏は、2020 年 10 月から始まった富士通の全社 DX プロジェクト「フジトラ(富士通トランスフォーメーション)」を紹介しました。経営/現場が一体となった全員参加の取り組みで、「4 つの X(トランスフォーメーション)」として、事業、人・組織、マネジメント、オペレーションの変革を掲げています。

同社は着実に変革を進めていますが、その過程は簡単ではありませんでした。フジトラのスタート当時、社内では 4,000 以上ものシステムが使用され、その間をつなぐマニュアルオペレーションも無数に存在していたといいます。そこで変革に向けたグループ横断イニシアティブ「OneFujitsu」のもと「OneERP+プロジェクト」として SAP S/4HANA をベースにグローバルにシステムを統合し、全社的なカルチャーやマネジメントの変革までつなげていく構想を掲げました。
「『フジトラ』の取り組みが進むにつれて、社員の関心は方針・制度といった全社的な変革から、業務効率化やビジネス変革、AI・データ活用など具体的に実感できる変革にシフトしていきました」と遠山氏は振り返ります。同社は、社会課題を起点として顧客の成長に貢献するデジタルサービス「Fujitsu Uvance」を推進する一方、社内でも生成 AI の活用に取り組み、複数のAI エージェントが分散・協働して複雑な課題を解決するマルチ AI エージェントの活用を進めています。

顧客本位の「ありたい姿」へ向けた変革
機械工具などのプロツールを手掛けるトラスコ中山は、61 万アイテムもの商品を取り扱う卸売企業です。仕入先、販売店、エンドユーザーと、多数のステークホルダーを有し、トランザクションが非常に多いビジネスモデルが特徴です。省人化は重要な課題ですが、顧客サービスの観点からは、単に業務を効率化すればよいわけではありません。
「デジタル、データ、AI を利用することで、本来非効率なプロセスをお客様の利便性の高いサービス、自社の強みに変えていくのが、当社のビジネス変革です」と数見氏は語ります。例えば、見積の要請に対して人が対応していたプロセスを AI の自動応答に変えれば、サービスのスピードは格段に上がります。効率化の結果として顧客満足度を高め、受注に結びつくサイクルが理想です。

また、同社は顧客や社会から必要とされる「ありたい姿」を目指し、「1 日 24 時間受注、1 年 365 日出荷できる企業になりたい」「日本のモノづくりを支えるプラットフォーマーになりたい」など、11 の「能力目標」を掲げています。
目標実現へ向けた実務を支えるのが、基幹システムである SAP を中心とするシステムアーキテクチャです。基幹システムが仕入先の商品データベースや販売店向けの AI 見積、販売店/ユーザーが利用する電子購買システムなど、すべてのシステムと連携。「今、どこで、何が起きているか」を即座に把握して局所で起こる問題をいち早くとらえてスピーディに解決し、顧客の利便性向上につなげます。

個々のケイパビリティの積み重ねによって
企業の継続的なビジネス変革を実現
その後のパネルディスカッションでは、ビジネス変革の継続について活発な意見が交わされました。まず鈴木氏が指摘したのは「ケイパビリティ」を理解することの重要性です。「社員は企業のケイパビリティを自分ごととしてとらえ、積極的に提案できるか。経営者はケイパビリティの見直しに、どこまで注力できるか。そこでビジネス変革の成否が決まります」
鈴木氏の意見に続いて遠山氏が挙げたのは、「トップのリーダーシップとコミットメント」です。トップが行動と言葉で示すことで、変革の意識が社内に広がり、一人ひとりが議論しアイデアを生み出す過程で、ケイパビリティが構築されると語ります。
一方、数見氏は顧客視点からのケイパビリティに言及。顧客のニーズを満たすため、目標とするありたい姿に皆が共感することで変革が進み、カルチャーとして定着していくという考え方です。その共感を醸成するためにはまずリーダーが考え、自分の言葉で伝えることが重要といいます。
そこから議論は、AI 活用をめぐるケイパビリティに移りました。「企業は人材が AI をフル活用できる環境を整えているか。個人は好奇心を持ち、脳の一部になるほどに AI を活用しようとしているか。意識の違いが、近い将来、AIデバイド(格差)になるでしょう」(鈴木氏)
企業と個人の AI の活用について、遠山氏は「現場の肌感覚で AI を使いこなす人材を増やすことが重要」と指摘し、数見氏は「事業側の人材が、テクノロジーに対して好奇心を持って学べる環境づくりが必要」と語りました。
一連の議論を受け、佐野は「企業のケイパビリティは、個々のケイパビリティの積み重ねによって形作られる。そのなかで AI は絶対に不可欠な存在となります。AI の活用について、一人ひとりが考えていくことが大切です」と、さらなるビジネス変革への展望を示し、セッションを締めくくりました。



