SAP ジャパンが主催する年次イベントとして、過去最大の参加者を集めた SAP NOW AI Tour Tokyo & JSUG Conference(8 月 6 日開催)に続いて、9 月 11 日にザ・リッツ・カールトン大阪で開催された SAP NOW AI Tour OSAKA。
「越える、その先へ ~AI とデータが拓く未来~」と題したグランドキーノートでは、ヤマハ発動機株式会社の IT 本部長を務める小野豊土氏が登壇し、同社が SAP S/4HANA Cloud を基盤として推進する DX、ビジネス変革をテーマに、経営と現場それぞれの視点での取り組み、また挑戦を支える組織文化のあり方について講演を行いました。セッションの後半では、SAP ジャパン 代表取締役社長の鈴木、コンカー 代表取締役社長の橋本を交えたパネルトークが行われ、挑戦できる組織を育てるための施策について意見が交わされました。

(登壇者)
ヤマハ発動機株式会社
IT 本部長(兼)IT 本部 サイバーセキュリティ推進部長
小野 豊土 氏
(パネルトーク登壇者)
SAP ジャパン株式会社
代表取締役社長
鈴木 洋史
株式会社コンカー
代表取締役社長
橋本 祥生
(パネルトークモデレーター)
SAP ジャパン株式会社
常務執行役員 最高事業責任者
堀川 嘉朗
デジタルの価値を享受するためのビジネス変革
講演の冒頭、ヤマハ発動機の小野氏は「本日皆様にお伝えしたいことは『経営と現場をつなぐビジネストランスフォーメーション』についてです。その中心には『学び続ける組織が変革を生む』という私たち独自の理念があります」と切り出しました。
静岡県磐田市に本社を構え、オートバイや電動アシスト自転車などのモビリティ事業、船外機やボートなどのマリン事業のほか、ロボティクス事業や金融事業など、多種多様な商材を扱うグローバル企業として知られるヤマハ発動機。海外にも多数の開発、生産、販売拠点を持ち、約 2.5 兆円の連結売上高(2024 年度実績)のうち 90% 以上は海外市場からの売上となっています。
こうした事業構造は単なる経営の多角化によるものではなく、その背景にはコア技術をベースに絶えず新たな分野に挑戦し続ける同社の文化があるといいます。
「現在進めているアメリカ、ヨーロッパ、ブラジルなどグローバル拠点への SAP 導入プロジェクトに代表される DX の取り組みも、こうした文化の上に築かれる新たな挑戦です。当社は企業目的として『感動創造企業』を掲げていますが、この感動とは単に商品をお届けすることではありません。昨今、お客様がワクワクする体験の多くは、リアルとデジタルの融合によって生み出されています。つまり、これからもお客様に感動を提供し続けるためには、私たちにも DX による新たな挑戦が必要だということです」(小野氏)
この DX の取り組みにおいて、インドネシア、アメリカなどでの海外赴任の経験が豊富な小野氏が当初から感じていたのは、講演の冒頭でも言及した「経営と現場をつなぐ橋渡し」の重要性です。
そこで、まず DX 戦略のあるべき姿については、「何のためにデジタル化を進めるのか」「IT を発展のための投資と捉えて、どこにお金を使うべきか」といったテーマについて、経営陣と時間をかけて議論しました。その結果、デジタル化はそれ自体が目的ではなく、DX の最終目標は「デジタル『も』うまく活かせるようにビジネスを『変革』すること」という結論に至りました。

次に、経営側の DX 戦略の考え方と現場のギャップを埋めるために、全社の共通ビジョンとして「シンプルを力にヤマハ発動機を強靭にする」を定義。ここでは、組織・システム・オペレーションの 3 つをシンプルにすることで、「経営が得られるもの」と「現場が得られるもの」を明確化して社内で共有し、互いに称賛し合いながら、さまざまな課題に挑戦できる仕組みを整えました。
また、DX という言葉に対する理解を統一するために、以下のように 3 つのカテゴリーに分けて全社に示しました。「このような分類を行うことで、社員 1 人 1 人が、どの領域の DX に取り組んでいるのかを明確に捉えられるようになりました」と小野氏は話します。
Y-DX1:競争力のある経営システムを構築(会社を変える)
Y-DX2:既存事業をデジタルで強化(顧客との関わりを変える)
Y-DX3:デジタルで未来を創る(新たな価値創造に向けた挑戦)
経営と現場、2 つの変革をつなぐ「データの力」
続いて、小野氏はヤマハ発動機の DX の具体的な取り組みについて、「経営からの変革」と「現場からの変革」という 2 つの視点で紹介しました。
まず経営からの変革では、徹底的な「見える化」と「一元化」によって、グローバル層、拠点層などあらゆるレイヤーで意思決定をスピードアップさせること、また間接業務を効率化してリソースを成長領域にシフトすることを大きな目標として掲げました。

これらを実現するための主な仕組みとしては、すべての社員が同じ情報をもとに対話するための経営ダッシュボードの構築、グローバル連結 DB によるデータの一元化、業務とシステムの標準化によるシェアードサービスの実現の 3 つがあります。同時に、グローバル共通 KPI の定義と責任の明確化、本社と拠点の密なコミュニケーション、タイムリーな情報開示などのビジネス改革にも取り組みました。
グローバル拠点への導入を進めている SAP S/4HANA Cloud は、こうした広範にわたる変革を支える基盤となるものです。手づくりのシステム群から脱却し、データの流れをシンプル化・整流化することで、業務の透明性と一貫性が向上します。また、各地域のシステム運用はインドにある情報子会社で一元管理し、IT 要員の集約とスケーラビリティの向上を目指しています。
「見える化や一元化はゴールではなく、意思決定をスピード化、高度化するための手段です。近い将来においては、AI を活用した予知型経営の実現も見据えています」(小野氏)
一方、現場からの変革では「データの力」に着目し、「すべての社員が当たり前のようにデータを活用できる会社」を目指しました。小野氏は「データは自由闊達なヤマハ発動機の強みを引き立ててくれる道具であり、経営と現場、IT 部門をつなぐ接着剤でもあります」と話します。
グローバルの全拠点のデータが SAP 上で集約され、経営層と現場が経営ダッシュボードで情報を共有しながら、さまざまな議論を行う。この実現のために、現場がデータを使いこなすための教育を行い、自発的な学びのサイクルを社内に根づかせる取り組みも進めてきました。
その施策の 1 つが「社内留学制度」です。IT 部門の社員が生産部門に留学し、現場のものづくり、デジタル化や自動化を体験。逆に生産部門の社員も IT 部門に留学して、データの分析手法やツールの活用方法を学ぶ。そして、それぞれに学んだことを自部門に持ち帰り、活用するというものです。
また、同社ではデータサイエンティストを「現場サイエンティスト」と呼び、その活動が社内で称賛される仕組みを取り入れています。今年度も「ハピネスデータEXPO」を開催し、データを活用して業務が楽しくなった事例を募集し、社員同士が学び、称賛し合う場を提供していくということです。
「利用が拡大する AI についても、私たちの基本的な考え方は変わりません。重要なのは AI を使うことではありません。目的を共有し、解決すべき課題に向き合う姿勢があってこそ、AI は真に価値のあるツールとなります」(小野氏)

講演の最後に、小野氏は来場者に向けて「挑戦と称賛が共存する組織を、皆様の会社でどのように育てますか?」と改めて問いかけました。このメッセージは、DX に取り組むすべての企業にとって共通のテーマであることに異論の余地はありません。
DX を阻む経営、現場、IT 部門のギャップの解消
後半のパネルトークでは、小野氏に加えて、SAP ジャパン 代表取締役社長の鈴木、コンカー 代表取締役社長の橋本が登壇。SAP ジャパンの堀川をモデレーターとして、小野氏が講演で取り上げたテーマについて意見が交わされました。

モデレーターの堀川から出された最初の質問は、「組織が一体となって DX に取り組むために、経営と現場のギャップをどのように埋めていくか」です。これに対して小野氏は「まず、さまざまな観点でデータを可視化し、会社がどのような状態にあるかを見せていくことが重要です」と回答し、経営ダッシュボードをつくり上げ、現場のデータ活用を支援することで、同じ目線で議論を行えるようになった自社の取り組みに改めてふれました。
鈴木は、SAP ではグローバルで 1,000 近いダッシュボード画面が活用されていることを紹介した上で「私も毎日約 20 のダッシュボードを見ていますが、データを一元管理し、共通言語として可視化していくことは非常に大切なことです」と応じ、「重要なのは、唯一無二の最新のデータがダッシュボードに反映されていることです。そうなれば、経営会議でも Excel やスライド資料などを準備する必要はなくなります」と話しました。
続いて、「IT 部門と業務部門の関わり方」について小野氏は、過去にはヤマハ発動機でも IT 部門が事業部門の要求に応じて個別最適のシステムを開発してきた経緯を踏まえ、「SAP の導入によって全社共通の基盤が構築されたことで、IT 部門のメンバーも『このプラットフォームをいかに使ってもらうか』という全社視点を持つようになりました」と振り返ります。将来的に同社の IT 部門が目指すところは「社内プラットフォーマー」であり、そのために他部門との対話を続けながら、教育体系やコミュニケーションの設計を進めているといいます。
挑戦と称賛が共存する組織をつくるために
3 つめのトピックとして堀川が挙げたのは、「グローバルな視点での人材育成と融合」です。これに対して小野氏は、「いかに多様性を楽しめるかが重要だと思っています」と答えました。
「当社がグローバルで進める SAP 導入プロジェクトにおいても、各リージョンのメンバーとの双方向での対話を心がけています。コミュニケーションの方法も本社が中心となった『ハブ&スポーク型』ではなく、各拠点が相互にやりとりする『メッシュ型』になってきています。これをうまく進めるポイントは、異なるバックグラウンドを理解して、コミュニケーションのプロセス自体を楽しめることです。今後は、これができる人材を増やしていきたいと考えています」
人材育成というテーマと関連して、橋本はコンカーの「フィードバックし合う文化」について紹介しました。これは、社長を含めて社員がお互いに業務上のフィードバックを繰り返しながら、それを受けとめることで各自の成長の機会につなげていくという取り組みです。価値の高いフィードバックを積極的に行っている社員を「Most Valuable Feedbacker」として毎年表彰するなど、組織文化を醸成するための施策として定着しています。

同様に鈴木も、SAP の取り組みとして「グローバル・ジョブ・ポスティング」という制度を紹介しました。これは常時 3,000 以上のオープンポジションが全社員に対して開示されており、基準を満たせば誰もが手を挙げてチャレンジできるというものです。
「SAP ジャパンはグローバルにある 35 のマーケットユニットの 1 つですが、自ら手を挙げて他のリージョンの仕事にもチャレンジできることが、主体的にキャリアをデザインしながら成長していく SAP のカルチャーにつながっています」(鈴木)

そして、小野氏は最後に次のように話して、パネルトークが終了しました。
「私たちヤマハ発動機の目的は、お客様に対して、さまざまな社会課題に対して、技術で貢献する『感動創造企業』となることです。そのためのさまざまな仕組みを構築していますが、最終的には『楽しみながら仕事ができる』という自由闊達な文化が最も重要だと感じています。その中で IT 部門は、SAP の活用も含めたプラットフォーマーとして、社員の主体的な取り組みを称賛し合える環境を用意していくことが重要な使命だと考えています」
「越える、その先へ」というグランドキーノートのテーマにもあるように、ヤマハ発動機の小野氏、また SAP ジャパンの鈴木、コンカーの橋本から紹介されたさまざまな取り組みは、DX、AI 活用を通じた持続的なビジネスの成長、それを支える組織のあり方を考える上での大きなきっかけとなるはずです。



