制度だけでは変わらない。 日本企業の人事変革に必要な “ つなぐ力 ” 制度・データ・AIを、経営と現場の力に変えるために

フィーチャー

HR Connect Tokyo 2026 レポート

2026 年 7 月 29 日に開催された『HR Connect Tokyo 2026』の事例講演に登壇した、いすゞ自動車株式会社 人事部門 VP の武田 修氏は国や業界を超え、一貫して人事のキャリアを歩んできました。その武田氏が今直面しているのは、大きく異なる日本と北欧の企業文化の統合という新たな課題です。人事制度は国や地域、業界によってそれぞれ異なります。データや AI 利活用を含め、現在進行形の取り組みから見えてきたのは、個の「責任」と「権限」をどう捉え、人財の成長につなげられるかという、多くの日本企業に共通する課題でした。そして武田氏が示したのは、制度・データ・AI を経営と現場の力に変える“つなぐ力”という視点でした。

〇 登壇者

いすゞ自動車株式会社
人事部門VP
武田 修氏


人事改革の解を求めるプロセスを共有したい

米国、欧州、アジア、日本の電機/ IT ・サービス/自動車業界で一貫して人事畑を歩んできた武田氏。セッション冒頭で提示した「個人の経験に基づく仕事マップ」はその言葉通り、自身の経験から各国の人事に関する傾向をわかりやすくまとめたものです。(図 1 参照)

(図 1)

自己紹介

武田氏は、人事という仕事の中で広い景色を見てきたことが自身の矜持につながっているとし、今の職場ではその知見を活かした「応用編」の仕事に取り組んでいるといいます。

「本日お話しするのは『制度があっても行動が変わらない』『データがあっても意思決定が変わらない』といった、私が直面している課題です。あらかじめお断りしておくと、その解は私自身も持っていません」(武田氏)

改革のカギは、文化の奥にある「責任」と「権限」を見極めること

制度があっても行動が変わらない―。これは多くの人事担当者が直面する課題です。制度を考える際は、組織文化に根付いた責任の持ち方や意思決定の仕方といった部分まで考慮する必要があります。

例えば、サッカー日本代表は、監督の出身国にかかわらず、チームへの献身性や規律を一貫した特徴としてきました。欧州でプレーする選手が大部分を占める今もそれは変わりません。

「同様に企業にも、同じような文化の型が存在します。それは所在地だけでなく、業種による違いも大きいように思います。私の場合、前職は IT・サービス業界でしたが、製造業に移ってまず戸惑ったのは、あらゆることにイエス/ノーの答えを問われる文化でした。人事の事柄は必ずしも白黒はっきりしたことばかりではありませんが、結論だけでなく、その背景や理由まで明確にすることが求められるわけです」(武田氏)

こうした違いの背景には、アウトプット品質の最高化を求める「改善型」と、アウトプットの価値の最大化を求める「ソリューション型」という仕事の考え方の違いがあると武田氏は指摘します。

改善型は上司と部下が正しさをすり合わせ、品質向上を図ります。一方、ソリューション型では対話を通して価値を問い直していくことが一般的です。

武田氏はこの違いを、個の「責任」と「権限」をどう捉えるかという問題に行き着くと整理します。改善型・ソリューション型は対立するものではなく、人によって仕事に応じて使い分けていることもあり、武田氏が改善型の特徴を感じるいすゞ自動車の社内にも、ソリューション型に近い部署は存在するといいます。

「私自身は、2 つの考え方をどう両立していくかが、これからの大きな課題になると感じています」(武田氏)(図 2 参照)

(図 2)

問いを立てず、決めず、巻き込まない組織はAI時代に弱くなる

AI活用は多くの企業に共通する課題ですが、その前提として押さえておきたいのが人間の役割です。

「先日、SAP社のデータサイエンティストの方と対話する機会があったのですが、そこで再認識したのが、人間中心で考えることの大切さでした」(武田氏)

AI は膨大なデータの整理や比較・予測に優れる一方、人間の感性や共感、周囲を巻き込む力までを踏まえた判断は、人間が担うべき重要な領域です。こうした多面的な意思決定は、経営層に求められる重要なコンピテンシーであると同時に、社員一人ひとりに求められるものでもあります。武田氏は「問いを立てず、決めず、人を巻き込まない組織こそ、AI 時代に弱くなる」と語ります。

制度やシステム、データの整備は人財戦略に欠かせません。しかし、それだけで管理職が部下を上手に育てられるわけではなく、個が自ら判断し行動する経験こそが、これまで以上に重要になります。(図 3 参照)

(図 3)

AI時代に、人間に残る仕事は何か

データや業務の可視化だけでなく、「経験の可視化」が現場を支える

経営状況や人事情報の可視化はデータ利活用の要ですが、可視化されたデータを実際の判断に活かすことは容易ではありません。データと自らの経験が結びついたとき、はじめて人の判断が変わります。カギは、「経験の可視化」だと武田氏はいいます。

「見込んだ部下にはあえて仕事を任せ、自分で決めさせ、小さく失敗し、振り返ってもらう。この繰り返しこそが人を本当に変える経験になります」(武田氏)

人財戦略を煎じ詰めれば、人財が強くなる行動・体験を組織のなかに蓄積していくことに尽きるといいます。

一方で、こうした人事改革の取り組みは、現場に最も近いファーストラインマネージャーに負荷が集中しがちです。1 on 1やキャリアマネジメントといった新制度が成果につながりにくい背景にも、この問題があります。経営層や部長が掲げるミッションは、日々の業務に追われるファーストラインマネージャーには伝わりにくいことがあります。だからこそ、組織として現場の管理職を支える仕組みを考える必要があると、武田氏は指摘します。

再設計に求められるのは二者択一ではない

先日、いすゞ自動車は傘下のUDトラックスとの合併に向けた検討を開始したことを発表しました。かつてボルボ・グループ傘下にあり、北欧由来の企業文化や、職務を軸とした人事制度、グローバルで通用する仕組みを持つUDトラックスとの統合は、武田氏が今直面する課題の 1 つです。

改革は改善型/ソリューション型、ジョブ型/メンバーシップ型のように二者択一で議論されることが一般的です。いすゞ自動車は今、日本発の企業文化と北欧をルーツとする企業文化の統合という課題に直面していますが、その解は「どちらか一方を選ぶ」という性格のものではないといいます。

武田氏はこれをサッカー日本代表になぞらえます。「ミスをしない」「正確につなぐ」というこれまでの強みと、「個がリスクを取る」姿勢は二者択一ではなく、今の強みを保ったまま個が賢くリスクを取れる文化を育てられれば、チームはさらに強くなります。

企業も同じで、両立には組織のあり方を再設計する必要があり、そのキーワードが「権限」「責任」「対話」だといいます。

「当社の例でいえば、改善文化を捨てることなく、いかに個に権限を委譲できるかが重要なカギになると考えています」(武田氏)(図 4 参照)

(図 4)

日本らしさを再設計する

人財を強くする 3 つのポイント

制度やシステムを整え、AI でデータを可視化するだけでは、人財は強くならず、意思決定の質も大きくは変わりません。組織の人財を強くするポイントとして武田氏が挙げたのが、「データを経営の問いにつなげる」「意思決定を経験設計につなげる」「対話を組織学習につなげる」の 3 点です。

1 点目は、人財データを集めること自体を目的とせず、「重要ポジションはどこか」「後継者は育っているか」を経営レベルで議論するためにデータを活かすこと。人財の問いが『経営の問い』になれば、人事は個別課題への対応を担う部門から、経営に貢献する機能へと変わります。

2 点目は、意思決定を経験の設計につなげること。人は研修だけでなく、任され、決め、小さく失敗し、振り返る経験で大きく成長します。この経験を人財への投資と捉えることこそ、人的資本経営の本質だといいます。

3 点目は、対話を組織学習につなげること。優秀な人財でも自分の力だけで成長するには限界があり、上司との対話やコーチングがカギを握ります。心理的安全性やプライバシーへの十分な配慮を前提に、対話から得られる知見は、AI時代の重要な経営資産になり得ます。(図 5 参照)

(図 5)

人財を強くする③つ

武田氏が締めくくりに掲げたのは、人事を”人財を管理する機能”から”人財が強くなり続ける仕組みをつくる機能”へ転換させるという展望です。制度を整え、データ・AI を使うその先で、人が問いを立て、決め、失敗し、巻き込む、そういった経験から学ぶ——その循環をつくることこそ、これからの人事の本質だといいます。

1 人の若者が社会人として育ち、やがて誰かを助ける姿を目にできるのが人事の面白さだと語る武田氏は、最後にこう結びました。

「人財の成長を設計する人事は、最終的には社会貢献につながる仕事です。共感いただける方々とともに人事改革に取り組めたなら、本当に喜ばしいことです」(武田氏)

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