HR Connect Tokyo レポート
1804 年創業の老舗企業であるミツカングループは、2024 年からの中期経営計画において、「自考自動・挑戦・多様性」を大切にする組織風土を醸成し、社員のやりがいと成長を会社の成長につなげることを明確化しました。まだ改革が始まったばかりだというミツカングループの目指す姿や、人・組織に関する戦略や方針はどのようなものなのでしょうか。2024 年 7 月 31 日に開催された「HR Connect」の事例講演「社員と会社の成長を加速する『自考自動・挑戦・多様性』の組織文化づくり」の模様をダイジェストでお伝えします。
〇 登壇者
有冨 菜穂子 氏
株式会社Mizkan J plus Holdings
人事本部 本部長
“変化の年” 2024 年からの中期経営計画を見据え、
「人・組織戦略」を策定
酢や鍋用調味料、つゆなどを開発・生産しているミツカングループは、今年で 220 周年を迎えた老舗企業です。創業地である愛知県半田市に現在も本社を置きながら、日本だけでなく北米、イギリスを中心とする欧州でも事業を展開しています。
株式会社 Mizkan J plus Holdings 人事本部は、日本エリアにおける人事戦略や人事制度の策定などを担当しており、この 2024 年に初めてミツカングループのミッション、ビジョン、バリュー(MVV)や、「人・組織戦略」、「組織風土改革」のゴールや戦略を策定しました。(図 1、2参照)
(図 1)
(図 2)
株式会社 Mizkan Holdings の代表取締役社長に中埜裕子氏が就任して初めての中期経営計画が策定された 2024 年は、会社としても変化の大きな年でした。
「当社の中埜裕子には『事業のスピード感を出すためにも、現場への権限移譲が必要』という思いがありました。そこで、グループの持つ価値観とゴールをよりシンプルにして、社員が自考自動で新しいことに挑戦できる環境にすること、そのために人と組織の意識変革を進めることを念頭に置き、『人・組織戦略』の策定にあたりました」(有冨氏)
組織風土改革チームを発足、仮説に基づく施策を実行
「人・組織戦略」などを策定する際には、品質保証部門の部門長をしていた有冨氏のほか、人事・総務部門、マーケティング部門出身からメンバーを 4 名招集し、それぞれが所属部門と組織風土改革チームを兼務しながら取り組みを進めていきました。
■ チーム内での問題認識の把握、理想→課題→仮説の設定
第 1 段階として行ったのは、組織風土改革チーム内でのマインド面や職務・職位面、スキル・経験面など各分野についての問題認識のすりあわせです。既に中埜裕子リードのもと、他社を経験した部長・本部長からのヒアリング結果や、若手社員からの提言なども材料としてありました。これらにより浮かび上がってきた社員のエンゲージメントに関する課題や上位下達的な文化からの脱却、ミツカングループに存在する不文律の存在なども問題認識の参考にしました。
第 2 段階では、理想の組織像について検討を行いました。
各メンバーからは、以下のような理想像が意見として挙げられました。
- 社員が自分のやりたいことを理解していて、それが会社の価値観や方向性と一致していること
- それぞれのチャレンジが認められて評価される組織であること
- 声かけや雑談、傾聴が行われる組織であること
第 3 段階では、実現に向けた解決すべき課題について議論を重ねました。
その結果、①ビジョン・方針・戦略への共感、②チャレンジしやすい環境、③チャレンジが認められること、の 3 つを主な課題として整理しました。(図 3 参照)
「施策を実行するためには元となる仮説が必要です。そこで私たちは、今までの検討内容から『社員が新しいことに積極的にチャレンジできるようになれば、結果として会社を好きになる人が増えるのではないか?』という仮説を立て、これを元に施策を実行することにしました」(有冨氏)
(図 3)
■ 日本エリアの社員を対象にアンケート調査とインタビューを実施
組織風土改革チーム内での仮説を前提として、次にリアルな社員の声をヒアリングするため、日本エリアで働く約 2,200 名の社員を対象としたインターネット経由でのアンケートを実施しました。約 1 週間で 1,300 名以上から返答があり、任意回答欄には多くの意見を記入してくれる社員も一定数いて、その熱量の高さがうかがえました。
その結果、課題とされていた「チャレンジ」に関しては、7 割以上の社員が何かしらの新しいことに取り組んでいることがわかりました。(図 4 参照)
(図 4)
また、キャリアにおける目標に関しては、約 5 割の社員が「あまり明確でない」、「明確でない」と回答。キャリア上の目標がミツカングループで実現できると思っている人は 5 割を下回っていて、この点に大きな課題があることがわかりました。(図 5 参照)
(図 5)
その他、部下から見た管理職以上の役職者が部下の育成にかける時間は「やや少ない」、「少ない」と回答した人が 76% だったのに対し、管理職以上の役職者本人は「部下の成長を手助けできる」などと感じていると回答。ここに上司と部下の認識のズレが生じていることが明確になりました。
その一方で、管理職以上が部下育成に興味・関心を持っていることもわかり、施策のやり方によって改善可能な印象を受けました。(図 6 参照)
(図 6)
加えて、オンラインツールを使って社員一人ひとりにインタビューも実施。当初は数十人程度の回答を想定していましたが、実際には想定以上の応募があり、結果的に計 104 名の回答を得ることができました。
“もっとも大きな収穫は、ともに改革を進める「仲間」が多くいるとわかった”
前述のアンケートやインタビューにより、企業として定めた行動指針(バリュー)にある「ともに」を体現するような仲間が社内に多くいるとわかりました。
アンケートへの回答人数が想定以上に多かったことはもちろん、インタビューに際しても協力的な姿勢が見られました。インタビュー時間を 1 人あたり 20 分と設定した上で、事前アンケートを実施し、その回答を元にインタビューする形式にしたところ、「20 分では答えきれないから」とメールで事前回答を送ってくれる社員が多数いました。
■ 仮説に対する現状、そして施策として検討すべきことが明確に
社員からの意見を元に仮説を検証し、現状を把握した結果、施策として検討するべき内容が明らかになりました。
例えば「チャレンジをしない」、「失敗をおそれる」といった仮説に関しては、チャレンジ精神がある会社を志向する人が多く、実際に約 7 割の社員が仕事を進めやすくしたり、会社をよくしたりするために何らかの改善を実行していることがわかりました。
「今後は、チャレンジ行動を評価する項目を含め、MVV や戦略に沿った行動を評価項目に置くことや、社員それぞれの成長に伴って仕事の幅が広がり、専門性の追求も目指せるような制度設計などを見直すべきだとわかりました」(有冨氏)
■ 日本エリアにおける組織風土改革の方針を策定
一連の取り組みで得た意見や気づきを元に、組織風土改革における方針を策定しました。方針は「『自考自動・挑戦・多様性』を大切にする組織風土を醸成して、社員のやりがいと成長を原動力に、会社の成長につなげる」こと。その数値的なゴールとして、エンゲージメントサーベイの指標である「社員エンゲージメント」、「社員を活かす環境」をそれぞれ 10 ポイントずつ向上させることを定めました。
そして戦略としては「どこで重点的に勝負するのか」、「どうやってそこで勝っていくのか」という項目を置き、社員が新しいことに積極的にチャレンジできるようになるための各戦略を明文化しています。
「人・組織戦略」や組織風土改革の方針が策定された今、まずは人事領域のトピックについて、社員とコミュニケーションを取っていくことを大切にしています。1 年間で多くの意見をヒアリングしたので、会社に期待してくれる社員のためにも、変革を推進していかなければなりません。
そこで、コミュニケーションに関する変化の一環として、情報開示の方法を変更しています。これまでは施策の実行が決定してから社員に伝達していましたが、現在はまず「何をやろうとしているのか」から伝えるようにしています。その後の施策が実施されない可能性もありますが、それを含めて伝達して早い段階から社員とコミュニケーションを取り、社員との接点を増やしていこうと考えています。
また人事総務に関するルール変更においては、「自考自動・挑戦・多様性」とのつながりを常に示し、なぜルールが変わり、それが会社の方針とどう結びついているのかを説明するようにしています。
「SAP SuccessFactors」を活用し、社員のキャリア開発を後押し
今後は、キャリア開発施策(タレントマネジメント)にも本格的に取り組んでいこうと考えており、AI 機能を搭載した統合型人材プラットフォーム「SAP SuccessFactors」を活用しています。(図 7 参照)
(図 7)
社員の情報は秘匿性が高いからこそ、散在しやすかったり連続性に欠けていたりしていて、いち管理職ではなかなか情報を把握しきれませんでした。そこで、事業戦略や組織設計に基づいた職務定義や人材要件などを整理し、社員の情報を SAP SuccessFactors 内で一元管理しています。
社員側が使用する内容は、キャリア開発シートの作成です。これを通してやってみたい仕事を知り、キャリア目標を持てるように促し、キャリアに向かって自己開発を進められるようサポートしています。
そして会社側としては、必要な質・量を確保するための人材開発という視点から、集約された社員の情報をサクセッションプランや人材レビュー、評価会議などに活用しています。
「SAP SuccessFactors によって、円滑で適切な人材マッチングが今後さらに進められると期待しています。社員が真に求めるキャリアを実現し、ミツカングループとしてもそれをサポートできるよう、今後ますます SAP SuccessFactors を使いこなせていけたらと考えています」(有冨氏)