日本企業の財務経理組織は、これまで正確性・統制・説明責任を重視する「守りの組織」として高度化してきた歴史があります。
しかし現在は、市場変化や地政学リスク、M&A・事業ポートフォリオ変革、AIによる意思決定の高度化を背景に、「標準化されたオペレーション × 高付加価値な判断・提言」を両立する「組織能力」が、今まで以上に求められています。
AI時代において企業が持続的に成長していくためには、AIを導入するだけでなく、変化に柔軟に対応できる経営基盤と、人とAIが協働する新たな組織のあり方が求められます。本稿では、その中でも「組織能力」に焦点を当て、ヒトとAIが協働するCFO組織への進化を支える7つの変革要素について、具体的な事例を交えながら前編・後編の2回に分けて考察します。
「事業」の柔軟性を支える「組織能力」
全社変革を着実に成果へ結びつけている企業の特徴の1つは、明確なビジネスゴール(北極星)と全社変革の共通コンセプトをベースに、社会・市場・顧客に対する価値提供(本稿では「事業」と記載)と、それを支える基盤(本稿では「組織能力」と記載)を調和させながら変革を進めていることです。
「事業」は、外部環境の変化に応じた柔軟性が常に求められ、事業間シナジーや、社内外を含めた多様性も重要になります。
そして、「組織能力」は、事業の柔軟性を支える土台としての強靭さが求められます。
コーポレート機能に代表される「組織能力」は、組織・プロセス・ルール・ヒト(マインドセット)・データ・ITを六位一体で捉え、全社横断で最適化することが重要です。
「事業」と「組織能力」は、プロ野球に例えると、試合に出るプレイヤーと、それを支えるスコアラー・アナリスト・トレーナーの関係に近いといえます。試合の場がメジャーリーグのように高度になればなるほど、データをもとにチームの脳力を引き上げ、勝利に導く“戦略アナリスト”の果たす役割は大きくなります(図表1)。
図表1:「事業」と「組織能力」: ヒトの脳力に「組織能力」という下駄を履かせて余力を作る

ヒトの脳力には限界があります。
よって、「事業」と「組織能力」を分けて考え、ヒトの脳力に「組織能力」というゲタを履かせて余力を作り、その余力を社会・市場・顧客への価値提供の拡大につなげるという言い方もできます。
「組織能力」を全社事業横断で整えることは、事業戦略の実行力および事業のスピードの向上、事業間シナジーの創出につながります。プロセス・システム・データが整うことでAIによる予測・最適化が可能になり、ルールを明確にすることでAIの判断を業務に組み込みやすくなります。さらに、人のマインドセットが変わることで、AIを「使う前提」で継続的に業務改善を回せるようになります。SAPではこうした業務・データ・AIを分断せずに捉えることを、AIを実業務でスケールさせるうえで重要な考え方の1つとしています。
「組織能力」が弱いと、事業もAI活用も“点”で終わるが、「組織能力」が整うと事業もAIにも“面・スケール”で効果を広げやすくなります。
一方、自主自立を重んじ、事業が強く、個社最適や事業部長が中小企業の社長のように独自オペレーションを行うことに慣れている日本企業にとって、「組織能力」を全社事業横断で整えるのは容易ではありません。
また、企業ごとに「事業」と「組織能力」の境界線は異なり、同じ企業でも進化の経緯でその境界線は変化し、「事業」においても、事業特性ごとに事業横断で共通化(組織能力化)できる領域があります。そのため、どこまでを共通化するかを見極める常設機能の要否と配置も、検討が必要になるかもしれません。
本稿では2回に分けて、「組織能力」の代表格であるCFO組織に焦点を当て、その土台となる7つの要素、
1)北極星
2)組織
3)業務プロセス
4)社内ルール
5)システム
6)データ
7)ヒト
について、実践事例と最新テクノロジーを交えて理解を深めていきます。
今回は前編として、1)北極星、2)組織、3)業務プロセスについて、次回は後編として4)社内ルール、5)システム、6)データ、7)ヒトについて考察します。
変革要素1:明確な北極星
「組織能力」を整える際、まず各企業におけるありたい姿、すなわち長期ビジョンや経営計画などを起点とした北極星の明確化が必要になります。
変革の旅路は長く、途中で道に迷うことも少なくありません。よって、全従業員に「なぜそれを行うのか」「どこを目指しているのか」を理解してもらうことが重要であり、その指し示すありたい姿=北極星が大切になります。
欧州ハイテク企業A社が15年ほど前にファイナンストランスフォーメーションの中で掲げた北極星は、「ビジネスパートナー」でした。同社CFOは、売切り型からサービス型へのビジネスモデルシフトを推進するにあたり、財務諸表の正確性・コンプライアンスは引き続き最重要である一方、今後は事業にも貢献するCFO組織になるという新たな方向性を、「ビジネスパートナー」という短く分かりやすい言葉で宣言しました。
日系ハイテク企業B社は、同社中期計画に基づくファイナンストランスフォーメーションの推進にあたり、「企業価値の持続的向上を支えるプロフェッショナルチーム」という明確かつ簡潔な北極星を掲げてグローバルにアナウンスし、同社のファイナンスリーダーが世界各地を訪れ、ファイナンスメンバーとの対話を積み重ねて浸透を図りました。
日系コングロマリット製造業C社は、サステナブルな企業価値向上に向けた中期計画で挙げた課題を解決するため、財務部門の経営基盤を強化する財務トランスフォーメーションを推進しています。2030年に向けた同社CFO組織の北極星は「私たちは企業価値の最大化に貢献する。最高のチームワークで、規範を守り、困難な課題に挑戦する」と、非常に明確です。
また、明確な北極星を戦略と施策につなげる仕組みも、重要な「組織能力」といえます。
そこで有効なアプローチの1つが、ケイパビリティアプローチです。
北極星を実現するためにどのようなケイパビリティ(能力)が必要なのか、⾃社のケイパビリティの充⾜度合いや競合他社に⽐べた優劣はどのような状況なのか、戦略的重要性の⾼いケイパビリティとそれを⽀える重要施策はどれなのか、どの業務プロセスの分析や⾃動化に優先的にリソースを投⼊すべきか、フレームワークを使って可視化することで、北極星と戦略・施策をつなげた経営資源配分を共通⾔語でナビゲートできるようになります(図表2、*1)。
図表2 ケイパビリティマップ 北極星を戦略と施策に繋げる仕組み (*1)

*ケイパビリティに関する事例詳細はこちらをご参照ください
変革要素2:組織
組織については、北極星に向けてありたい組織を再定義し、グローバルでの指揮命令系統や機能分担・配置を段階的に整えていくケースが多く見られます。
A社は、グローバルに事業展開してきた歴史的経緯から、国・会社ごとに経理部門の業務プロセスや処理方法、勘定科目の使い方などが異なり、バラバラおよび個社最適な状態にありました。
一方、ビジネスモデルシフトの過程の中で競合状況も大きく変化し、市場で勝ち残るためには、生産性向上、グローバルレベルでのスピード・柔軟性・スケーラビリティが不可欠となり、組織のグローバル化に舵を切りました。
具体的には、下記のように、指揮命令系統および機能分担・配置のグローバル化を段階的に推進しました(図表3)。
指揮命令系統:指揮命令系統をグローバル機能軸に変更。例えば、各国CFOは、各国社長の部下から地域CFOの部下へと変わりました。これにより、グローバルCFOの全社戦略に基づく財務戦略施策が各国社長の反対により滞ることなく、各国までスムーズかつスピーディーに展開しやすくなりました。
機能分担・配置:個社ごとにばらばらに存在していた経理財務機能を、ビジネスパートナー、シェアードサービス、CoE(専門エキスパート)の3つに分類し、グローバル組織として適切な場所に再配置しました。ビジネスパートナーは事業責任者の近くに配置し、シェアードサービスはグローバル3拠点(プラハ、マニラ、ブエノスアイレス)に集約、CoEは、グローバルポリシーやガイドラインを担う機能は本社、ローカルタックスは各地域・各国に置くなど、適所に配置しました。
また、CoE機能は段階的にシェアードサービスに移管してシェアードサービスセンターの高機能化も推進しています。
図表3:機能を「3本柱」に分割し専門化させることを通じてビジネスパートナー機能を強化

組織のグローバル化により仕事の仕方は大きく変わりました(図表4)。
各国CFOを例に取ると、変革前は月次決算などに時間を取られて、ビジネス支援の時間は限定的でしたが、変革を通して月次決算等のオペレーション業務はシェアードサービスセンターや専門エキスパートに移管したため、変革後は各国社長やビジネスリーダーに対する意思決定支援、ファイナンスの専門知識を活かしたリスク分析や解決策提示などビジネスパートナー業務の割合が大幅に増えました。
北極星である「ビジネスパートナー」に向けて、役割・責任配置を大きく変えたと捉えることもできます。
一方で、時間を捻出できれば、ビジネスパートナーになれるわけではありません。
ビジネスパートナーとして機能するためには、ビジネスリーダーとの信頼関係の構築が鍵になります。そのため、コミュニケーションやリーダーシップなどのソフトスキルトレーニングの提供・充実、そしてデータを活用してビジネスリーダーにインサイトを提供できる仕組みづくりと利活用の推進など、ヒトやデータ・システムなど他の変革要素と並行して取組を進める必要がありました。
図表4:各国CFOの仕事の仕方の変化 ~財務レポート作成からビジネスパートナーへ~

また、同社は数年前からシェアードサービスセンターをハブロケーションと位置づけ、本社グローバル機能に所属するCoEおよびFP&Aの新規採用をハブロケーションで実施するというロケーション戦略を打ち出しています。
この新たなロケーション戦略で、ハブロケーションにはCFO組織の主要機能が網羅されることになり、シェアードサービスセンターで経験を積んだ若手タレントが、同じロケーション内でコーポレートFP&Aに異動して、本社視点での業務経験を積めるなど、効果的な人材育成やエンゲージメント向上、離職率の低下などの成果につながっています。また、エンドツーエンドで幅広い実務を熟知しているエキスパート集団のハブロケーションが、“AI活用の最先端実験場”へと進化を遂げています。このように、ビジネスパートナー、CoE、シェアードサービスセンターへ機能を分類・再配置したらおしまいではなく、進化し続けることを仕組化している点も、同社の特徴といえます。
「北極星」に向けて再編したビジネスパートナー、CoE、シェアードサービスセンターという「組織」を機能させるには、それを支える「プロセス」の整備(本稿)、変革を動機づける「ルール(社内評価制度)」設計(次回後編)、組織・プロセス・ルールが組み込まれた「標準システム」(次回後編)、標準システムの利用を通したプロセス・ルール遵守と「データ」の均質化(次回後編)、そしてデータを活用してビジネスパートナー機能を強化したいと思う「ヒト(マインドセット)」(次回後編)を、七位一体で「組織能力」として整備する必要があるということを、同社は長い変革の経験を通して学びました。
日系ハイテク企業D社は、「事業」とそれを支える「組織能力」に近いコンセプトをベースに、コーポレート機能を下記4象限で再分類しています(図表5)。
図表5:コーポレート機能の再分類

4象限のうち、ポートフォリオ経営や全社変革を推進する「経営戦略機能」や、「効率性を追求するシェアードサービス機能」が「組織能力」、つまり「事業」を支える強靭さの部分を担います。
同社は、すでに広範な「組織能力」関連業務を大胆にシェアードサービスへ集約しており、生産性向上など多くの成果を上げています。
そして、同社の特徴的な取組がビジネスパートナー機能です。過去150程度あった事業部を10のビジネスユニットに集約し、各事業部所属であった多能工人材をビジネスユニット単位で集約して、FP&Aビジネスパートナー、HRBPなどの新たな職種として再定義しました。
ビジネスパートナー立ち上げ時は、指揮命令系統をビジネスユニットと各CxOへのデュアルレポートとし、全社最適化の役割半分と、事業特性・戦略を理解しつつファイナンスやHRの専門性も合わせて事業部長を支える役割半分を同時に担うようにデザインしています。まさに、「事業」と「組織能力」をつなぐ役割を体現したポジションといえます。
FP&Aビジネスパートナー機能により、事業部ごとに異なっていたルールやプロセスが標準化されると同時にノウハウの共有も進み、コーポレートと事業間の情報の非対称性(壁)が解消されることで、予測精度も大幅に改善されるなどの成果がでています。
さらに、組織に加えてプロセス・データ・システムの整備を進めて、データ収集・整理の膨大な工数や予実差異分析・報告に忙殺される事後対応型から、データシミュレーションなどで事業課題への仮説立案・検証を行い、事業部門へ戦略施策を提案できる予測型経営へのシフトを推進しています。
日系ハイテク企業B社は、「企業価値の持続的向上を支えるプロフェッショナルチーム」という北極星のもと、グローバル展開中のSAP S/4HANA Cloud を土台に、ファイナンス部門の提供価値をさらに高めていくため、以下3つの機能強化を推進しています(図表6)。
図表6: ファイナンス部門の提供価値を高めるための3つの機能強化

着手するステップやスコープは各社の状況に応じて異なるものの、グローバル市場で戦う先進企業の共通点としてファイナンス機能の最適分類(ビジネスパートナー(FP&A)/CoE/シェアードサービスなど)と最適配置・集約、指揮命令系統を見直し、そしてそれらを機能させるプロセス・ルール・システム・データ・ヒト(マインドセット)を一体として整えようとしている点が挙げられます。
変革要素3: 業務プロセス
業務プロセスをエンドツーエンドで描く際、企業戦略を支えるバリューチェーンの中で、標準化すべき業務プロセス、ユニークさを認める業務プロセスを識別し、マネジメントで共通認識を持っておくことが重要です。
標準化領域の共通認識の大切さは、中期経営計画に基づいた全社変革を着実に成果へ結びつけている日系大手ハイテク企業D社CEOの実体験に基づく言葉から示唆を得ることができます。

CFO組織の業務プロセスは、標準化すべき領域であることが少なくありません。そのため、SAP S/4HANA Cloudなどの標準ERPに組み込まれた標準プロセスを起点にFit-to-Standardで検討することは、将来の変化対応や継続的なイノベーションを見据えた有効なアプローチです。一方、業務プロセスをエンドツーエンドでデザインする場合、標準システムだけではすべてのプロセスをカバーできないケースもあるため、留意が必要です。
そして、受注や入金処理など、個別業務プロセスは標準化や効率化が進んでいるが、個別業務プロセスのつなぎ目、組織のつなぎ目、標準システムと周辺業務のつなぎ目、実態に合わないと感じながらも手が出せない隣の組織の社内ルールや業務プロセスなどに、課題が潜んでいるケースが多くあります。
そのため、エンドツーエンドでの業務プロセス整流化は、プロセスのみならず組織や社内ルール、システムなど7つの変革要素を調和させながら解いていくことが重要になります。
A社は、組織のグローバル化を推進する中で国境を越えた業務オペレーションが常態化し、グローバルかつエンドツーエンドでの業務プロセス整流化が不可欠になりました。
そこで同社は、エンドツーエンドという新たな視点で業務プロセスの整流化を行うため、今まで存在していなかったプロセス管理専任組織をファイナンス組織内に新設しました。
「購買から支払(Procure to Pay)」などの業務プロセスごとにプロセスマネージャーを配置し、プロセスマネージャーが責任を持って、エンドツーエンドで業務プロセスの標準化、簡素化、可視化(プロセスモデリング)、自動化を関係部門と連携しながら推進しました(図表7)。
図表7 プロセスマネージャーとシェアードサービスセンター

一方、各国が長年かけて築いてきた自負と誇りのある業務プロセスを、グローバル標準に変えるのは容易ではありません。各国からの猛反発は想像に難くありません。
そこで同社CFOは、北極星のもと、「これからはグローバル標準がデフォルトプロセスであり、各国固有のプロセスが必要な場合は各国側に説明責任がある」と説明責任を逆転させる大原則を打ち立てるハードな施策と、プロセスマネージャーには各国リーダーからの信頼の厚い各業務領域のオピニオンリーダーを抜擢して彼/彼女らの言葉でグローバル標準の重要さを説明して共感と協力を引き出すというソフトな施策、そしてプロセス可視化により「自分のプロセスがいいと思う」という思う論ではなく可視化されたプロセスを客観的に比較してお互いに学び合いながら良いものを取り入れていくというデジタルな施策を推進しました。
これらが上手く噛み合い、同社ファイナンス部門はエンドツーエンドでのプロセス整流化を段階的に推進することができました。
また、プロセスマネージャーは様々な部門の間に立ち、北極星に向けた最適なプロセスを中立的にデザインする責務を持つ必要があることから、プロセス管理専任組織は特定部門の利益代表と見られないようにニュートラルな組織に仕立てる必要がある点もA社が変革を通じて得た学びです。
このファイナンス部門での成功体験が、全社を対象にしたプロセス管理組織への進化と全社エンドツーエンドプロセス整流化推進に繋がる契機にもなっています。プロセス管理領域においても、小さくはじめて大きく育てるアプローチは有効です。
プロセスの可視化にあたり、共通言語化も重要な考慮点です。A社は、部門ごとにExcelや独自ツールなどを活用したプロセスフローからエンドユーザーが使いやすいクラウドベースのプロセスモデリングツールであるSAP Signavio(*2)の共通利用に切り替えています。専門知識が無くても共通の表記法(*3)での業務プロセスフローを簡単に描くことができ、よく使う用語は辞書に定義して共通利用できるため、国・組織横断でプロセスフローを共通言語で描写できるようになりました(図表8)。
図表8:共通言語で描写されたプロセスフロー

また、同社は社員に対するプロセスの見せ方や、利活用の方法についても工夫を重ねています。
下記図表9の上半分が同社の業務プロセス全体像を表すプロセスマップです。当初はプロセスが執行役員ごとに分断されているサイロなマップでありましたが、2018年に組織の壁を取除いてオペレーションライフサイクル全体をエンドツーエンドで俯瞰できるよう進化させました。そしてプロセスはお客様に価値を提供するためのものであることを意識させるため、その翌年にお客様との接点(カスタマージャーニー)を融合させるマップに進化しました。
図表9:プロセスモデリングツールを活用した進化の経緯
~サイロからエンドツーエンド、顧客視点へ~

図表9の下半分で示しているのが業務プロセスフローの進化です。最初はタスクとロールのシンプルなプロセスフローから始め、タスクへのデータインフロー、アウトフロー、それを処理するアプリケーションが属性情報として追加されました。そして現在は、KPI/PPI(プロセスパフォーマンスインジケータ)、リスクとコントロール、プロセス成熟度、ケイパビリティなど、様々な属性情報の拡充を進めています。
こうしたタスクと属性情報を紐づけることで、ITマネージャーはシステム改修を行う際、どのプロセスや部門に影響が出るかをオンデマンドで確認できるようになり、内部統制マネージャーはキーコントロールの有効性評価の際、前後のプロセスフローや関連部門などをすぐに確認できます。このように、各部門が異なる目的で共通利用できるプロセスアセットに進化しました。
また、同社はM&Aを活用して売切り型ビジネスからサービス型ビジネスへのシフトを加速させましたが、標準プロセスが可視化・共通アセット化されたことで、買収企業との業務プロセスの差異把握・分析、対応策の検討もスピーディーに行うことができるようになり、スムーズなPMIにも大きく寄与しました。
一方で、標準プロセスフローを描いただけでは、実際にその通り業務が行われているかは分かりません。
そこで、実際の業務フローのモニタリングと測定・分析が不可欠になります。
標準プロセスとして定めたプロセスフロー通りに各拠点がオペレーションを行っているか逸脱を分析する際、SAP Signavioのようにプロセスマイニングとモデリングを一体的に活用できる基盤は、大きな効果を発揮します。
下記はA社における受注から請求プロセスの逸脱分析例ですが、プロセスモデリングで描写した標準プロセスフロー上に、マイニングによる実際の業務の流れが赤字でマッピングされることで、どこで逸脱が起きてその結果どれだけ余計に時間がかかっているか容易に把握できるようになり、逸脱理由を分析することで適切な改善施策に繋げることができるようになりました。
図10:標準プロセスフローと現実の乖離分析

こうしたプロセスの持続的改善基盤が整ってくると、エンドツーエンドの業務プロセスの中でヒトとAIの協働を推進しやすくなり、AIを大きくスケールできるようになります。
SAP Signavio(*2)のプロセスマイニングを活用すれば、現状業務を可視化してAIエージェント導入に最適な自動化ポイントを特定するだけでなく、プロセスパフォーマンス指標の継続的追跡によりAIエージェント導入前後の定量的効果を可視化できます。また、SAP Signavioには生成AIを活用してプロセス改善に関する指標などの検討を支援する機能もあり、プロセス設計・改善のスピード向上を支援します。
さらに、SAP Signavio(*2)は、SAPのAIエージェントの挙動をプロセスの観点から分析するための基盤を提供します。AIエージェントを導入して終わりにせず、業務プロセスの再設計やコンプライアンス準拠性モニタリンなど、その実行状況をモニタリングして継続的なプロセス改善につなげる考え方が重要です。
また、SAP AI Agent Hub in SAP LeanIX(*1)では、SAPおよびサードパーティーを含むAIエージェント、AIモデルなどを企業全体のアーキテクチャーと関連づけて可視化・ガバナンスすることができます。AI活用が広がるほど、個別最適でのエージェント乱立および野良AIエージェント増殖を回避し、全体像を把握しながら配置・ライフサイクル・ガバナンスを管理する視点が重要になります。
図11: SAP Signavio AIエージェントマイニング

ここまで述べたような業務プロセスに関する様々な取組を、通常業務との兼務で継続的に進めることは容易ではありません。
こうした仕組みづくりに欠かせないのが、プロセスに関する専門性を持つプロセス管理組織と、プロセスガイドライン(プロセスデザイン標準、測定、標準モデリング・マイニングツールの導入・定着化、持続的改善の進め方など)、そしてガイドラインに沿ってエンドツーエンドの視点でプロセスの標準化・簡素化・自動化・可視化・改善を推進するプロセスマネージャーです。
A社では本社にプロセス専門チーム(CoE)を配置し、プロセス標準・ガイドラインの整備、ガイドラインを織り込んだプロセスモデリングツールの利用推進、戦略に基づいたプロセスマップのアップデート、プロセスKPIの設定・測定やプロセス成熟度評価、プロセスマイニングの計画・実施・分析、業務プロセスごとに配置したプロセスマネージャーの支援、各事業・機能組織のビジネスオーナーおよびプロセスマネージャーの連携やコミュニティづくり、エンドユーザーからのプロセスに関するフィードバック収集などを推進しています。
プロセスマネージャーを中心に全社員がプロセス資産を活用するためのガイドラインは、「ゴールデンスタンダード」として全社員に公開されています(図表12)。
図表12: ゴールデンスタンダード

「言っていることは分かるが、うちにはプロセス人材がいない」と話す日本企業のリーダーは少なくありません。
一方、多くの企業では、基幹業務システムのプロジェクトでプロセスフローをExcelなどに文書化していますが、プロジェクトが終わるとメンバーは解散となり、そこでプロセスフローの進化が止まって陳腐化してしまうケースが少なくありません。
こうした基幹業務システムプロジェクトは、プロセス人材を育成する絶好の機会となる点は留意すべきです。
例えば、SAP Signavioでは、SAP S/4HANA CloudなどのSAP Best Practicesとして提供される標準業務プロセスを参照し、プロセスフローの雛形として活用できます(*2)。標準プロセスを“システム導入時だけの設計資料”にせず、継続的な業務改善の共通アセットとして活用することがポイントです。
プロジェクトをプロセス人材育成の場と捉え、プロジェクトを通してプロセスデザインやプロセスモデリングツールのスキルを身につけ、プロジェクト終了後に常設プロセス管理組織のコアメンバーとして持続的改善の仕組みづくりを推進することは、現実的なアプローチの1つであり、日本企業でもそうした取組みが進みつつあります。
図表13: 標準ERP 業務プロセス(ベストプラクティス)を活用したプロセスモデリング

最後に、デジタルやAIのポテンシャルを最大限に活かす場合、人が行う前提で最適化された既存プロセスに捕らわれない点も重要です。デジタルやAIを前提にした業務プロセスに再設計して入れ替えるという発想が効果を最大化するという点は、やや古い例ではあるが下記図表14が分かりやすく示しています。
図表14 デジタルのポテンシャルを最大限活かしたプロセスの再設計

ここまで、「人とAIが協働するCFO組織の組織能力(前編)」として、組織能力に必要な7つの要素と留意点のうち、1)北極星、2)組織、3)業務プロセスを整備するうえでのアプローチや留意点について、実践事例や最新テクノロジーの例を交えて考察してきました。
SAPのクラウドERP、プロセス変革、エンタープライズアーキテクチャー、SAP Business AIの各ソリューションも、こうした「組織能力」を継続的に高めていくための基盤として活用できます。重要なのは、個別のテクノロジー導入を目的にするのではなく、北極星から逆算して、組織・プロセス・ルール・システム・データ・ヒトを一体で変えていくこと、その取組みをグループ・グローバルにスケールするために上手くテクノロジーを活用していくことです。
次回は、CFO組織の組織能力(後編)として、4)社内ルール、5)システム、6)データ、7)ヒトについて考察します。
本稿が、各社における「組織能力」を検討・検証する際のヒントとなり、ヒトとAIが協働する未来のCFO組織を考える一助になれば幸いです。
了//
*1 ケイパビリティ / EAツール:
ケイパビリティマップについては、SAP LeanIXを活用してビジネスケイパビリティとアプリケーションの関係を可視化
EAツールについては、SAP AI Agent Hub in SAP LeanIXを活用してAIエージェントの利用状況やライフサイクルを可視化・管理
*2 プロセスモデリング/マイニングツール:
SAP Signavioは、業務プロセスのモデリング・可視化とプロセスマイニングを一体的に提供。
SAP AI Agent Miningなど、AIを含む業務プロセスの分析・改善を支援する機能も提供。
*3 共通の表記法: BPMN(Business Process Model and Notation) 2.0
参考文献: ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか 村田聡一郎著 プレジデント社
