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パートナー企業を巻き込んで洗練されたカスタマージャーニーを描くイスタンブール空港

1/27/2017 — Seatac Airport, Seatac, Washington, USA Photograph by Stuart Isett/Concur.

最高の顧客経験を提供するのに自社という枠で十分か?

私が空港を利用する際は、時間に余裕を持って早めに出発し、航空会社のラウンジで過ごすことを心がけています。非日常的で悪くない経験ですが、搭乗ゲートまでの距離がわからず不安になって早々に行ったり、空港内で自分の口に合う食事がとれるか不安で先に食べておいたりと、乗り遅れるわけにはいかないという思いから、むしろリスクヘッジのほうに心を砕いているのが実情です。

しかも、搭乗口に向かう途中に美味しそうな飲食店や魅力的な小売店の存在に後で気づき、時間の使い方がもったいなかったと後悔することも多いのです。

一歩引いて搭乗客の経験という観点から考えると改善の余地があるように思えます。飛行機への搭乗場所としての目的には十分ですが、空港をヘビーユースするような目の肥えた搭乗客の満足を得るには至りません。搭乗客には、空港運営会社とその関係する企業の境目はなく、空港全体での経験で評価します。個々の企業の範囲内の対応では不十分であり、関連する他の企業も巻き込んだ協力関係を作って包括的なカスタマージャーニーを描くことで、もっと搭乗客の満足が得られるはずと考えられます。

本稿ではひとつの空港の取り組みをもとに、より包括的なカスタマージャーニーの実現例として見ていきたいと思いますが、空港事業に限定せずB to Cビジネスに共通するテーマとお考えください。個人顧客にサービスを提供する企業にとって役に立つ視点だと思いますので、ぜひご一読ください。

 

包括的なカスタマージャーニーに礎となるパートナー企業との連携実現のための要素

より包括的な顧客体験を提供する。その実現を目的に他企業との連携を強めるためには、①どのような顧客の体験(カスタマージャーニー)を実現したいのかという戦略、②どのように実現していくのかというロードマップ、③顧客と自社とパートナー企業をつなぐプラットフォーム、の3つの要素が重要になります。

さらにこれらを、パートナー企業にもわかりやすく開示することが重要です。自社で描いた戦略を自社だけに閉じていては、パートナー企業から共感を得ることは難しく、彼らからの自発的な協力を得ることは困難です。最高の顧客経験を実現するには、パートナー企業の自発的かつ継続的な改善が必要になり、そのためには共通の戦略を共有したうえでの連携が不可欠です。

イスタンブール空港とそのパートナー企業の戦略共有手法、改善サイクル仕組み化、そしてプラットフォーム活用方法をもとに、実際の取り組みから他社を巻き込んだカスタマージャーニーの実現の要諦を探ってみましょう。

 

イスタンブール空港

イスタンブール空港は、トルコのイスタンブールにある2018年に開港した新しい空港で、年間2億人が利用するハブ空港として期待されています。スカイトラック社からファイブスターを受賞し、また国際空港評議会からデジタル変革部門で最優秀空港を受賞しています。また、今回紹介する取組みは2021年 SAP Innovation AwardsにおいてCloud Genius賞を受賞しており、最高の搭乗客経験の提供やデジタル・プラットフォーム活用において、全世界的に評価されています。

 

戦略とロードマップ

イスタンブール空港が最高の搭乗客経験を提供するために、パートナー企業との関係については大きく3つの方針を立てています。

  1. 主要な関係者の強固な協力関係構築
  2. Customer Experience – 搭乗客が得る経験にフォーカス
  3. デジタルとデータ中心のマインドセット

協力関係を持つパートナー企業とは、広告代理店、ホテル、免税店、飲食店、駐車場、公共交通機関、旅行代理店、設備管理企業と定めており、それらの企業と戦略を共有しています。戦略とは、ブランド方針、カスタマージャーニー(詳細は後述)、顧客満足方針、環境とサステナビリティの方針、品質方針、情報セキュリティ方針、労働安全方針と、多岐に渡ります。また巨大な空港であることから、戦略は10年以上にわたる、大きく4つのフェーズに分かれたロードマップとして描かれています。

 
一方、イスタンブール空港のパートナー企業の視点から見てみると、あらかじめ戦略を共有されていることによって、同じ方向を向いて能動的に活動を行うことができます。

 

搭乗客の不安に着目しHome to Gateでデザインするカスタマージャーニー

カスタマージャーニーの出発点は顧客視点での共感です。空港を利用する搭乗客の多くは、それほど高い頻度で利用する場所ではなく、行き先が海外にせよ国内にせよ、非日常の時間に対して少なからず不安を抱えています。イスタンブール空港では、まずそれを解消することに着目しました。搭乗客は例えば次のような不安があると想定し、より快適に過ごすには、空港の外を含めた「Home to Gate」を定義して、彼らに情報を提供することが必要であると考えました。

搭乗客に快適な時間を過ごしてもらうことを目指して、イスタンブール空港は、専用のモバイルアプリを開発しました。駐車場や店舗などのデータと連携するだけでなく、Googleの渋滞情報など外部データとも連携し、快適な旅のための必要な情報を提供しています。

 
搭乗客は、専用のモバイルアプリを使って、家を出発する時刻や、利用する駐車場、食事や買い物を簡便に計画し、その計画にそってアプリが地図を表示しルートを教えてくれます。安心感を持つことで空の旅を楽しむ余裕が生まれます。

 

システム連携で手続きの快適性を高める空港内のカスタマージャーニー

搭乗客は、専用のモバイルアプリや空港内の各種の案内板から、戸惑いなく空港内で過ごすことができます。222の休憩スペース、278人が利用できる昼寝用長椅子、14の授乳室、ペット用トイレ、スポーツジム、カプセルホテルと、フライトの乗り継ぎなど疲れた際にも様々なサービスが提供されており、それらの場所も迷うことなく利用できます。

そして搭乗手続きがスムーズに手続きを行えるように、ここでもカスタマージャーニーを描き、各種のシステムが連携するように設計されています。搭乗客と搭乗予定の飛行機の情報に基づいて各種の手続きをスムーズに行うための動線設計が行われています。

 
年間2億人が利用する大規模な施設においては、混雑への対応が必須です。待ち行列を管理するQueue Management Systemは、空港内の混雑状況を即時に把握し、柔軟に動線を変更できるようになっています。搭乗客のモバイルアプリや空港内の案内板、情報提供ロボを通じて、空いているセキュリティゲートを案内するなど、即座に情報提供がなされます。

 

搭乗客の声を聴きカスタマージャーニーを常に改善する運営の仕組み

顧客のニーズは変わりゆくものです。また、企業側で描いたカスタマージャーニーが完璧であるとは限りません。継続的に顧客の声に耳を傾け改善していくことが重要です。

イスタンブール空港では、簡易アンケート用のキオスク端末を含め、16種類の方法で旅行客の声を集めています。2019年だけで43万件の声を集めました。

 
せっかく集めた顧客の声を定常的に活用していく運用があってこそのアンケートです。

イスタンブール空港では、以下のような施策を通じて、確実に搭乗客の声を反映する運営の仕組み化を行っています。

 

仕組みは緊急時への対応にも強みを発揮

カスタマージャーニーを描き、それを関係者と共有し、顧客の声を聴きながら修正していく。このような流れが運営を含め仕組み化されていると、急激な変化の際にも対応力が高まります。

2020年、新型コロナウイルスの流行期には、デジタルとデータ中心主義の戦略とともにいち早く新たなカスタマージャーニーを描き、対応することができました。

既存のカスタマージャーニーにおける人との接点を重点的に点検し、可能な限りのデジタル化と、それによって不便が生じる際には対策を検討し、効率的に新たなカスタマージャーニーを描くことができました。


 

最高の搭乗客経験を提供する包括的に連携されたプラットフォーム

空港にある様々な機器やシステム、そしてパートナー企業との連携、その際のGDPRなど規制に対応。スムーズに対処するには包括的なプラットフォームが必要になります。

イスタンブール空港では、SAP S/4HANAを中核システムとして据え、設備管理や駐車場管理、Eガバメント、銀行、航空など様々な外部システムと連携します。データはSAP BW/4HANAに格納され、包括的なデータウェアハウスは、搭乗客データだけでなく、運航データ、設備データ、売上やコストといった勘定データを含めた分析が可能です。またSAP Customer Experienceを使うことにより、空港内の小売店や飲食店、免税店との連携や、専用モバイルアプリへの販促や案内を行います。

包括的な仕組みの構築には、長期間かかるように思われがちですが、SAP S/4HANA導入に要したのは6か月です。自社の強み部分と標準化分野が明確になっていることにより、基本的な業務は標準プロセスのまま使う方針を早期に打ち立てられたことが大きな理由です。

 

まとめ

未曾有の危機に見舞われた2020年、神経が尖り、無意識にアンテナを張り巡らせて身を守る姿勢を取る習慣がついたせいか、普段は自分自身と直接的な関わりがない業界・業態からも自然にインスピレーションを得るようになっている気がします。

「イスタンブール空港の搭乗客」という設定から、自分が顧客である場面、例えば大きなイベントの観客、世界遺産のような観光地を訪れる旅行者、さらには新型コロナウィルスのワクチン接種を受ける一般市民。そこでは果たして包括的なカスタマージャーニーが描かれ、自分がまごつかずに快適に目的を果たすことができるだろうか・・・。

イスタンブール空港の場合は、新たな空港建設というスタート地点や、そもそも空港という「場」を提供する企業であることなど、カスタマージャーニーを描く理由が存在していたことは明らかです。しかし、顧客が求めることを実現するにはカスタマージャーニー視点に立った包括的なアプローチが必要であり、それを実現するために自社だけでは困難ならば、積極的にパートナー企業と連携し、そのパートナー企業にとっても快適にビジネス運営ができるように、最初に方針や戦略レベルで情報共有しお互いの認識を合わせ、それを常にブラッシュアップしていくことは、そもそも何を実現したかったのか — for your customer — に立ち返ってみれば至極当然のことと言えるでしょう。

 

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、イスタンブール空港のレビューを受けたものではありません。

 
 

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