Internet of Things (IoT)も今ではすっかりと普及した言葉になりました。適用例として最も多く取り上げられるひとつが機器の予知保全分野。海外の事例を見ると既に普及期に入ったように見えますが、一方で日本での事例はまだ少ないように感じます。
今回取り上げるのはDeutsche Flugsicherungというドイツの航空管制を提供する企業の例です。航空管制という間違いの許されない業務。他業務との比較が難しいほど確実な形でIoT予知保全の取り組みを進めています。“間違いを許さない”レベルを頂点と考えた場合の取り組みからのインサイトをお届けします。注目はプロジェクトの進め方とそれを支えたカルチャーです。

人命に関わる航空管制サービスを提供するDeutsche Flugsicherung

Deutsche Flugsicherung(以降DFS)はドイツにおいて航空管制サービスを提供する企業です。飛行機同士が衝突しないように管制塔から飛行機に連絡する姿をイメージすると想像しやすいと思います。ドイツ国内の約20の主要空港および1日あたり約1万フライトに対して航空管制サービスを提供しており、一部のサービスをイギリスのふたつの空港に提供しています。平時においては民間機だけでなく軍用機に対しても管制を行い、さらに今日においては空港の1.5Km圏内にドローンが進入しないよう監視も行うようになりました。
下図はある日のドイツの一地域(中心の飛行機が多い場所はフランクフルト国際空港)の飛行機の様子です。このほぼ全ての飛行機に対して管制を行っています。

 
ドイツは、ヨーロッパのハブ空港であるフランクフルト空港を擁し、空港数においても突出しています。航空管制は人命を預かる重責を担う業務であることは言うまでもありません。
かつてドイツでは2002年に「ユーバーリンゲン空中衝突事故」があり(隣国の航空管制に起因)、痛ましい経験からの学びを生かし、常に危機意識を抱いた日々の業務遂行であることは想像に難くありません。
当然ながらDFSで働く人々は、職務に対して強いコミットメントを持っています。さらに今後のユーロコントロール/欧州航空航法安全機構によるヨーロッパ共通化に向けて実践的なイノベーションを志向しており、その実現に向け全社でイノベーションマネジメントの方針を共有、『明日の航空管制を今日実現する』をモットーとしています。この方針のもと様々な試行錯誤を行われ、年に2回 「イノベーション・フォーカス」という冊子を発行し、社外に対しても発信しています。

背景:日常の航空管制を行うための止められない設備

航空管制サービスを提供するには、高度に訓練された専門家(航空管制官)に加え、各種の設備の果たす役割が重大です。空港にある管制塔の他に、飛行機や気象状況を把握するレーダー、各種のカメラやセンサーを組み合わせて、その場にいなくても空港内の管制が行える遠隔管制塔、これらの設備が動いていなければ安全な空は実現できません。そして天候以外の理由で飛行機が飛ばない日は無く365日設備の稼動を維持する必要があります。

 
しかし、空港設立とともに作られた管制設備は経年による劣化が進んでいきますし、レーダーや遠隔管制塔は機能の高性能化と複雑化が進んでいます。そのため、交換部品や保守費用はここ10年で1.3倍になっています。

 

DFS管制設備予知保全プロジェクト

上述の背景のもとDFSはIoT技術を活かした予知保全のプロジェクトを開始しました。そのプロジェクトの目的は以下の2つです。

  1. いかに止められない設備をメンテナンスするか
  2. いかにコストを増やさずに100%のメンテナンス完備状態を実現するか

この目的を実現するためにIT部門、設備管理部門、研究開発部門からのメンバーがプロジェクトに集結しました。間違いが許されない業務に対して新技術を適用していくというプロジェクトには2つの特徴が窺えます。

 

特徴① 3か月単位でプロジェクトを発展させることで確実性と迅速性を両立

プロジェクトのタスクは3か月単位で機能的に進められました。最初の2019年下期に行われた技術面の確認においては、SAPが提供するクラウド検証環境を利用し、空港の機器にRaspberry Piを早々に設置、市販のセンサーを組み合わせて技術検証を行いました。本格展開の前に先に1拠点を対象に早期に試行を実施する、その試行の結果を受けて後続の活動を柔軟に変更するというアプローチにより、プロジェクト計画や準備も短期に完遂することができています。

 

特徴② 実現性の高い分野は早々に実施しつつ、開始当初に実現性が担保されていない分野にはデザインシンキング・ワークショップを活用

新技術をどのように日々の業務に適用できるか、多くの新技術については不明確なことが多いのも事実です。そのような中、デザインシンキング・ワークショップという手法を活用して、ユーザー視点に立って新しいアイデアを生み出し、簡易的な検証を繰り返す形がベストプラクティスとして採用されました。
遠隔管制塔やレーダーといった機器に対するIoT予知保全は、実は事例が多く、業務適用の形がほぼでき上がっています。それに比べて建物や大型設備の予知保全については事例が少なく、当初は業務への適用形態が不明確でした。そこで躊躇なくデザインシンキング・ワークショップを行い、現状課題に目を向けて新技術の適用分野の洗い出しから行うことを決断しました。
この進め方は正にデザインシンキングの考え方を体現していました。顧客やユーザーの視点に立った問題の捉え直し、生まれたアイデアを簡易的に形にした試用、これらを通じて、人的・技術的・ビジネス的に実現可能なイノベーションを実現。DFSは、PoC“だけ”を行うわけでも、デザインシンキング・ワークショップ“だけ”を行うわけでもなく、実践に向けた仕事をしました。

自動化を支えるシステム

DFSがIoTを使った予知保全を実現するために備えたシステムはビジュアル化されています。このシステム構成には重要な4つのポイントがあります。

 

① IoTに関わる様々な機能を単一のシステムに包含することによる将来の拡張性担保

センサーの大量かつ不揃いなデータの格納と変換の機能、オフィスの外にいる利用者のためのセキュリティやモバイル対応、大量データから有意な法則を見出す機会学習、複数のシステム間でのデータやプロセスの連携など、IoTを活用した予知保全には様々な技術要素が必要になります。求められる様々な機能が単一のシステムに包含されていることで、IoTプロジェクトの展開にあわせて柔軟に機能拡張を行うことができます。

② 基幹ERPシステムとの連携で保全業務まで一気通貫に

IoTからデータを取得し、そのデータを分析すれば将来の故障の可能性について予測できます。その情報を修理や交換などの作業にスムーズにつなげ、また場合によっては予定していた作業スケジュールを調整する必要もあります。これらの処理を365日確実に実行していくために、IoT系システムと基幹ERPシステムの連携が必要でした。

③ 現場担当者への即時の情報伝達

②とも関係しますが、現場担当者の業務指示にスムーズにつなげることが必要でした。現場の保全担当者はオフィスの外にいるため、必要な内容に絞った情報をモバイル端末に表示し分かりやすく指示を伝えるしくみを導入しました。

④ 簡便にデータ分析できることでの業務改善

IoTのデータ、業務のデータ、現場担当者のデータ、それらを統合して分析することによる業務改善を実現。予測精度が高まっても修理を行うことができなければ故障は防げません。予測の精度だけでなく、故障の発生や対応業務まで含めて一貫して把握することで、注力すべき改善の機会が見えるようになりました。

 

実践的なプロジェクトのベースとなるイノベーションマネジメント

前述の通り、『明日の航空管制を今日実現する』はDFSのモットーです。それを実現するDFSのイノベーションマネジメントのあり方は関係者が同じイメージを持つために図式化されています。

 
ポイントは3点です。

  1. 経営層が最初から最後までサポートし続けること
  2. 現場を最初の段階から巻き込むこと(図中のTransferは現場への技術移転の意味で、最初の段階から現場部門を巻き込む点が特徴的)
  3. プロトタイプを通じながら方針を定めていくこと

DFSのイノベーションマネジメントの考え方は、デザインシンキングのそれに近く、極めて実践的なアプローチであると感じます。また今回のプロジェクトはこのカルチャーが深く浸透し、確実性と迅速性を両立させていることも伝わってきます。

まとめ

これまで数多くの日本企業のデザインシンキングに関わってきた私としては、その有効性を再認識した思いです。さりとてDFS同様のカルチャーを持つ企業ばかりではないことも承知しています。DFSが自身のカルチャーに即して実践的にアレンジした点に着目すると、むしろ今後自分が心がけるべきなのは、先にお客様のカルチャーを学び、お客様にとって実践的なアプローチにアレンジをすることではないかと思い至りました。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Deutsche Flugsicherungのレビューを受けたものではありません。