SAP Japan Customer Award 2021 会津産業ネットワークフォーラム様

会津産業ネットワークフォーラム 代表 阿部進氏(右)と
SAPジャパン 代表取締役会長 内田士郎(左)

 

福島県会津地域の産業界を軸に、企業の立場から地域とともに成長・発展することを目的として2008年に設立された産官学の連携組織「会津産業ネットワークフォーラム」(以下、ANF)。同フォーラムではアクセンチュア株式会社(以下、アクセンチュア)およびSAPジャパンと共同で共通業務システムプラットフォーム「コネクテッド マニファクチャリング エンタープライゼス(CMEs)」を構築、提供しています。SAP Japan Customer Award 2021で「Innovation部門」を受賞したANFが推進するCMEsを活用した地域全体の生産性向上に向けた取り組みと、日本の社会課題解決に向けた今後の展望についてお聞きしました。


日本の製造業の生産性は凋落の一途をたどっている。衝撃の事実から始まった会津地域発のDX

会津地域といえば会津塗などの伝統産業や観光業を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、当地では昔から大小の製造業が集積してきました。オイレスベアリング製造などを手がけるルービィ工業株式会社顧問で、ANFの代表を務める阿部進氏がこう語ります。 「会津地域の産業構造は実に多様です。一次産業や観光業などのイメージが強い一方で、現在も多くの製造業が立地し、地域経済に大きなインパクトをもたらしています」 そんな地域経済において重要な役割を果たす製造業ですが、以前は企業間でのつながりが薄く、連携に課題がありました。そのようななかで、会津地域の多彩な産業を担う幅広い企業や大学、行政、金融機関などが各分野で協力関係を構築し、持続的成長を図ることを目的として設立されたのがANFです。ANFには現在、会津地域17市町村のものづくり企業約70社のほか、12自治体、7教育機関などが加入。今年で14年目を迎え、企業間の交流連携促進や産学連携促進、各種展示会の出展支援などを行っています。 そのような取り組みのなかで、2018年のANF経営者会で行われたのが、アクセンチュアの講演でした。そこでは日本の生産性についての説明がされ、多くの会員が衝撃を受けたといいます。精密部品加工を手がけるマツモトプレシジョン株式会社代表取締役社長の松本敏忠氏は、次のように述懐します。 「日本の製造業の生産性が凋落の一途をたどっていることを知り、とても驚きました。それまで、日本の製造業の生産性は世界随一だと思っていました。しかし、ものづくりの現場は効率化が図られている一方で、それが全体最適になってはいないことに気付かされたのです。この講演で初めてデジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉を知ってDXの必要性を認識、その後に経産省のレポートを読んだことでデジタル化を推進しなければならないと強く思ったんです。“Digital or Die”という強烈なメッセージには、ドキッとさせられました」 この講演の後、ANFにおいて取り組むべき重点テーマが、地域企業全体での「生産性向上」に決定。ERPによる地域全体の生産性向上のための取り組みが、ANFのIoTプロジェクトとして立ち上がったのです。

ANFの概要

ANFの概要

 

部分最適化はなされているが、全体最適は実現できず、生産性が上がっていない

中小企業における生産性低迷の要因は2つあるといいます。一つ目は「個社最適のシステム」。個社ごとにスクラッチ開発を行い、多額の費用をかけて運用をしているものの、システムができあがった時点が最高到達点になってしまう傾向にあり、その後は最新の技術動向から大きく取り残されていきます。二つ目が「業務個別最適」です。安価な既製品を導入するも局所改善に留まっており、経営にまでデジタル化の恩恵をもたらすことができていません。 「会津の中小企業でも、ものづくりの現場の改善はかなり進んでいますが、一方で全体を見ると業務がまったくつながっておらず、改善のためにどこに手を打ったらよいかわからない状態。ほかの言い方をすれば、生産設備やライン化などは世界で最先端を行っているのに、それ以外の部分では生産性が上がっていないのです」(阿部氏) 一方で、これらの要因の解決に対し、中小企業に大きな障壁となってくるのは「コストとリソースの壁」です。大企業に比べて設備投資に割けるコストは低く、高齢化や過疎化が進む地方の中小企業にとっては、人手不足がより深刻な問題として圧し掛かります。このような障壁を個社のアプローチで打破し、生産性を向上させることは非常に困難であるとともに、無理な投資を行えば、経営を傾かせるリスクすら生んでしまいかねません。 このような中小企業が抱えるジレンマを肌で知るANFが見出した答えは「点ではなく面からのアプローチ」。つまり、ANF会員企業が共通で利用できる中小企業向けの共通業務プラットフォーム「コネクテッド マニファクチャリング エンタープライゼス(CMEs)」の構築でした。CMEsは中小企業が“相乗り型”で利用することで個社に開発や運用リソースの負担を軽減し、安価な利用を可能にする「サブスクリプションモデル」での開発を選択することで、人手とコストの壁をクリアしました。

中小企業におけるIT化の課題と面的なIT化推進の概要

中小企業におけるIT化の課題と面的なIT化推進の概要

 

共通業務プラットフォームの基盤となるERPには、会員企業がすでに活用しており、世界でも多くの採用実績があるSAPを採用。ERPを中心に簡易なMESとサプライヤ向けの発注連携ポータルが連携し、業務を効率化および高度化。一足飛びでのプロジェクトは実施せず、5段階での連携を目指しました。重視したのは、非競争領域(受発注や購買管理など)である基幹業務は連携・共通化しつつも、個社の競争領域(コア技術など)は非公開で使用できるようにした点。そうすることで各企業が連携しやすい体制を構築しました。

ANF代表 阿部進氏

ANF代表 阿部進氏

「中小企業でも業務全体を統合して使え、個別原価までしっかり掴み、徹底的に無駄を排除したうえで、どこに手をつけたらよいか把握できるようなプラットフォームを構築したいと考えました。最終的には顧客やサプライヤ、協力企業間のデータを連携してコスト、納期、デリバリーを最短かつ最適な状況にすることを目標にしました。この共通業務システムプラットフォームこそがCMEsなんです」(阿部氏) こうしてANFは、地域全体のデジタル化を促進する取り組みを始動させたのです。
「中小企業でも業務全体を統合して使え、個別原価までしっかり掴み、徹底的に無駄を排除したうえで、どこに手をつけたらよいか把握できるようなプラットフォームを構築したいと考えました。最終的には顧客やサプライヤ、協力企業間のデータを連携してコスト、納期、デリバリーを最短かつ最適な状況にすることを目標にしました。この共通業務システムプラットフォームこそがCMEsなんです」(阿部氏) こうしてANFは、地域全体のデジタル化を促進する取り組みを始動させたのです。

 

Connected Manufacturing Enterprises(CMEs)の概念図

Connected Manufacturing Enterprises(CMEs)の概念図

 

CMEsの活用でアナログな作業は一掃し、生産性向上や在庫圧縮などを実現

CMEsは2021年4月に稼働し、導入・運用が開始され、具体的な効果も表れはじめています。では、実際に導入した企業ではどのような効果が出ているのでしょうか。

マツモトプレシジョン株式会社代表取締役社長 松本敏忠氏

マツモトプレシジョン
代表取締役社長 松本敏忠氏

精密機械部品の加工を行うマツモトプレシジョン株式会社では「生産性130%向上」「可処分所得3%アップ」「顧客や従業員から選ばれる企業になること」を掲げ、CMEsを導入しました。製品の資材調達から設計、加工、熱処理まで、すべての作業をワンストップで手がける同社では、すべての工程に人が介在し、その都度Excelベースでの入力が発生。それをデータベースのソフトなどに転記していました。資材の発注は管理者の勘により行われていたといいます。 しかし、CMEsを導入した現在では、各職場にあるiPadでバーコードを読み取り、各工程で進捗管理を行うことで経営データまでが瞬時につながるようになりました。また、受注データが入れば顧客の納期に合わせて積み込みを行い、必要な時に自動で材料を発注し、ラインに製造指図書が出るようになりました。さらに、製造現場のデータが一元管理されることにより、個別原価が把握できるようになり、減価差異がどこにあるのか、問題の把握が容易になったといいます。 このような成功事例が生まれたことで、ANF会員のCMEs導入は加速しています。医療機器などの精密部品加工を手がける西田精機株式会社代表取締役の西田高氏も、CMEsの導入を決めた一人です。

 

西田精機株式会社代表取締役 西田高氏

西田精機 代表取締役 西田高氏

「業務の効率化や経営情報の可視化、経営スピードの向上を目指しながら自社の課題を解決できるシステムだと感じました。弊社は3代続く同族会社ですが、CMEsは事業継承問題の解決にも効果のあるシステムではないでしょうか。事業継承がうまくいかない理由として、渡す側も引き継ぐ側も現状の経営課題を本質的に理解できていないという側面があります。CMEsを使えば企業の経営課題をクリアにできる。経営課題が見えれば中小企業でも本質的改善が期待でき、継続的な経営が実現できます。CMEs導入を成功させ、先行事例に続きたいですね」 ANFは中小企業の生産性低迷という社会課題に対して「連携」という解を導き出し、CMEsを構築しました。そして、導入企業では成功事例が生まれ、それを見た会員企業がそれに続く。まさに「イノベーションが次のイノベーションを呼ぶ」エコシステムが生まれつつあるのです。

 

 

インタビューに応じるANF代表 阿部進氏、マツモトプレシジョン株式会社代表取締役社長 松本敏忠氏、西田精機株式会社代表取締役 西田高氏

CMEsは日本の製造業の未来に必要不可欠なコネクテッドツール

CMEs導入企業では、生産性向上の“次”を目指しています。それは「従業員の給与引き上げ」です。 「生産性向上を実現した状態になれば、会社のなかに利益が残っているはず。そうなれば今まで設備にかけていた資金を人に投資していきます。今後、設備投資だけでは企業競争力は保持できない。そうなれば企業競争力の源泉は人になるはず。人材への投資を大胆に行っていきます」(松本氏) 続いて西田氏が働き方改革にも触れてこう話します。 「CMEsにより職場間でのタイムラグのないデータによるスピーディーな改善や無駄のない作業で生産性向上が実現できれば、残業がなくなるでしょう。CMEsは働きやすい職場形成にとっても、極めて重要なものだと考えます。従業員と経営者、それぞれにメリットのあるシステムであり、手を携えながら企業価値の向上を図ることができます」 企業にとってデジタル化は成長の原動力。CMEsはサプライチェーンに必要なコネクテッドツールです。「重要なのは経営者のマインドセット。DXはボトムアップでは実現できない」と松本氏は強調します。 最後に、CMEsでつながった日本の製造業の未来について、阿部氏は次のように語ります。 「世界を見ると、中小企業同士が連携して企業競争力を高めています。そんななか、日本の中小企業も競争領域は守りつつ非競争領域はオープンにし、連携してより大きな企業体とならなければ、世界で戦えない。CMEsで会津地域はもちろん、日本全国の中小企業とつながって、日本を世界で一番のものづくり大国にしていきたいと考えています」 連携により競争力を高める。会津地域発の試みは、中小企業におけるデジタル変革のモデルケースとなるだけでなく、地方産業の維持・振興という地域課題解決の糸口をも示しているといえるでしょう。SAPジャパンは、日本の製造業の未来を創るANFの取り組みを、今後とも支援して参ります。